続・性春時代

あかいとまと

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カズの行動

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### カズの行動

 カズは朝の光を浴びながら、キッチンに立っていた。
 窓の外では、まだ眠っている街が静かに目覚めようとしている。
 コンロの上で、卵がじわりと火を通され、バターの香りが部屋中に広がる。
 フライパンを手際よく振って、オムレツをふんわりと仕上げる。
 その手つきは、もうまるでプロのシェフだ。

「マサシ、起きてる? 朝ご飯できたよ」

 声をかけながら、カズはテーブルに皿を並べた。
 トーストにのったオムレツ、目玉焼き、炒めた野菜、味噌汁。
 シンプルだけど、心のこもった朝食。
 マサシが寝室からふらりと出てくると、まだ寝ぼけた顔で、

「⋯⋯またカズさんの手料理か」

 と呟いたが、目は嬉しそうに細めている。

「当たり前だろ。お前はインスタントを食べたいのか? オレの物語も、マサシの物語も、ちゃんと食べてこそ描けるんだよ」

 カズは笑いながら、マサシの前にコーヒーを置いた。
 そのカップは、マサシが初めてサイン会で使ったものと同じ、少し欠けた縁のマグカップだ。
 二人の間では、それが「運気のカップ」として、毎朝使われている。

 マサシは一口コーヒーを飲み、ふっと目を閉じた。

「⋯⋯今日も、描ける気がする」

「そりゃよかった。オレも、今日の連載分、書き上げるからな」

 二人は同じマンションに住んでいた。
 もともとは、マサシがカズの恋人として住み始めたのがきっかけだったが、いつの間にか、まるで家族のような関係になっていた。
 カズが物語を書き、マサシがそれを漫画として形にする。
 時に喧嘩もするし、意見がぶつかる日もある。
 でも、そのたびに、お互いの物語が深まっていくのを感じていた。

 朝食後、カズは自分の部屋に戻り、机に向かった。
 ノートパソコンの画面には、今連載中の小説『影の向こうの君へ』の原稿が並んでいる。
 主人公は、過去の過ちを背負いながらも、誰かを救うために筆を執り続ける作家。
 ――それは、どこか、今のカズ自身の姿でもあった。

「⋯⋯まだ、届いてないな」

 カズは一文を削除し、新たな言葉を打ち込んだ。
 物語は、読む人の心に届くべきだ。
 ただの娯楽じゃなく、誰かの「生きる理由」になるべきだと、彼もまた、ずっと信じていた。

 昼過ぎ、カズは一度外に出た。
 食材の買い出しと、出版社への原稿持ち込みのためだ。
 編集者たちは相変わらず、彼の原稿に熱狂していた。

「カズ先生、今回の展開、読者からの反応がすごいですよ! 特に、主人公が亡き妹の日記を読むシーン――泣いたって人が続出です!」

「⋯⋯そうか。よかった」

 カズは静かに笑った。
 感情をストレートにぶつけるのではなく、言葉の隙間に「声のない声」を埋め込む。
 それが、彼の物語の核だった。

 帰り道、スーパーでマサシの好きな食材をいくつか買う。
 冷凍庫に残っていた中華の素麺も補充し、ついでにマサシが最近ハマっている甘いスコーンも二つ。

 玄関を開けると、マサシはリビングのソファでスケッチブックを広げていた。
 ペンを走らせる手が、まるで呼吸しているかのように滑らかだ。

「おかえり。今日も仕事、順調?」

「ああ。お前の好きな野菜も買ってきたぞ」

「⋯⋯カズ、料理ばっかり上手くなりすぎじゃないか。俺、置いてかれる気がしてるよ」

 マサシが笑う。
 カズもそれに合わせて笑った。

「別に競争してないだろ。オレたちは、同じ物語を、違う形で届けてるだけだ」

 その夜、二人は久しぶりに一緒に夕食を作った。
 カズが中華風の炒め物を、マサシが味噌汁とおひたしを担当する。
 台所は少し狭いが、肩が触れ合う距離で、自然と笑い声がこぼれる。

「⋯⋯でもさ、カズ」

 食事の最中、マサシがふと口を開いた。

「俺がカズのペンを継いだって、世間は言ってるけど⋯⋯実際は、カズがずっと横にいてくれてるから、なんとか書けてるんだ。代わりなんかじゃない。支えられてる」

 カズは、少し驚いたようにマサシを見た。
 それから、ゆっくりと箸を置き、笑った。

「⋯⋯馬鹿だな。オレも、お前がいなきゃ、今の物語、書けないよ」

「え?」

「お前の描く世界を見て、オレはまた、書きたいって思えるんだ。お前の絵が、オレの言葉をもっと深くする。逆も然りだろ?」

 マサシは黙って、うなずいた。
 目が少し潤んでいる。

「⋯⋯じゃあ、俺たち、二人で一つの物語を描いてるってことか?」

「そうさ。塔の向こうへ、二人で行くんだ」

 次の日、カズは久しぶりに料理教室に参加した。
 今度はフランス料理。
 シェフの厳しい指導の中、ソースの濃度や火加減に神経を尖らせる。
 でも、その集中力は、まるで小説を書くときと同じだ。

「物語も料理も、温度とタイミングが命だよ」

 そう教えてくれたシェフの言葉を、カズはノートに書き留めた。

 家に帰ると、マサシはアニメの絵コンテのチェック中だった。
 テーマ曲の歌詞も、すでに話題になっていた。
 SNSでは「マサシ先生の声、心に刺さった」「カズ先生の世界観が、歌になって蘇った」と、多くのファンが感動を共有している。

「カズ、これ見てください」

 マサシがタブレットを差し出す。
 そこには、アニメのオープニング映像の試作版が流れている。
 塔の向こうに昇る太陽。
 影と手をつなぐ少年と少女。
 そして、マサシの歌うテーマ曲が重なる。

 カズは、思わず立ち上がった。

「⋯⋯これは、オレたちの物語だ」

 声が震える。
 マサシも、うつむいて唇を噛んだ。

「カズの言葉が、俺のペンが、そして、俺たちの日常が――全部、ここに詰まってる」

 その夜、二人は屋上に上がった。
 街の夜景が、星のようにきらめいている。

「⋯⋯昔は、一人で書いてるとき、孤独だったよ」

 カズがぽつりと言った。

「誰かに届いてるかどうかなんて、わからなくて。でも、今は違う。お前が隣にいて、俺の物語を別の形で届けてくれてる。それを見て、オレもまた、書き続けられる」

 マサシは空を見上げた。

「⋯⋯でも、カズは、俺なんかよりずっと先に、誰かの光になってた。その灯を、俺がちょっとだけ継いだだけだよ」

「違うよ」

 カズは強く言った。

「光は、一つじゃない。灯りを分け合うほど、部屋は明るくなる。オレの光も、お前の光も、同じ物語の一部なんだ」

 ふと、カズはポケットから一本のペンを取り出した。
 マサシがいつも使っている、インクのにじみがついたペン。

「⋯⋯これ、オレが最初に使っていたやつだ。壊れて使えないと思ってたけど、お前が直してくれたんだっけ?」

「⋯⋯覚えてましたか」

「忘れるわけないだろ。あのとき、お前が言ったんだ。『カズの物語は、まだ終わってない』って」

 マサシは、そのペンを見つめた。
 そして、そっとカズの手に戻した。

「⋯⋯じゃあ、今度は、カズさんが先に書いてください。俺は、その次を描きますから」

 カズはうなずき、ペンを握りしめた。

 数日後、カズの新作小説が発表された。
 タイトルは『君が残した朝』。
 物語の主人公は、亡くなった作家の遺作を完成させる青年――そのモデルは、紛れもなくマサシだった。

 読者たちは気づいた。
 この物語は、カズとマサシの関係そのものだと。

「カズ先生、また誰かの心を救いましたね」

 編集者が言うと、カズは静かに答えた。

「いや⋯⋯今度は、救われたのは、オレの方かもしれない」

 そして、ある朝。  
 マサシが目を覚ますと、キッチンからいつもの香りが漂っていた。  
 カズがまた、朝ご飯を作っている。

「⋯⋯おはようございます、カズ」

「おはよう。今日もがんばろうな」

 テーブルには、ふたつのマグカップ。
 欠けた縁のそれと、新しいそれ。  
 ふたりの物語は、まだ、書き続けられている。

 塔の向こうへ――。  
 終わらない、光の連鎖のなかで。





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