続・性春時代

あかいとまと

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初めての二人

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### 初めての二人

「なあ、俺たちもそろそろ良い関係になってもいいんじゃないかな?」

 ある日、リビングのソファーに腰掛けたままマサシが言った。

「えっ? 今でもけっこう良い関係だとは思うけど?」

 カズが応える。

「だから、そういう良い関係じゃなくて、つまり、その⋯⋯肉体関係を持ってもいいんじゃないか、と思って」

 マサシの声は、いつもより少し震えていた。
 リビングの窓から差し込む夕焼けが、彼の横顔をオレンジ色に染めている。
 ソファーの上で、彼は膝の上に両手を重ね、視線を床に落としていた。
 その仕草は、どこか子供っぽくて、でも、とても真剣だった。

 カズは一瞬、言葉を失った。  
 目の前の男が、自分と約一年も一緒に暮らしているマサシだというのに、その言葉はまるで他人同士の距離を一気に縮めるような、鋭い楔のように感じられた。

「⋯⋯はあ?」

 カズは思わず声を上げ、思わず笑ってしまった。
 でも、それは完全に笑い飛ばすための笑いじゃなかった。
 むしろ、自分でも気づかない間に、心臓が早鐘を打っていることに気づいた。

「マサシ、お前⋯⋯マジで言ってんの?」

「当たり前だろ。ふざけてるわけじゃないって、さっき言ったじゃん」

 マサシが顔を上げた。
 その目は、照れくさそうではあるけれど、揺るぎない意志を宿していた。
 カズはその視線に、なぜか胸の奥がぐっと締めつけられるのを感じた。

「俺たち、付き合ってもうすぐ一年だよ? 同棲してもうすぐ一年。毎日同じマンションで起きて、同じテーブルで飯食って、自分のベッドで寝てる。でも⋯⋯その、それ以上のことは、一度もしてないんだよな」

「⋯⋯そりゃ、お互いのペースってもんがあるだろうが」

 カズはそう言って、視線をそらした。
 でも、心の中では、マサシの言うことに否定できない自分がいた。
 確かに、彼らは恋人同士。
 社会的には「カップル」として認められている。
 でも、その関係の核心に、まだ踏み込んでいない部分があることも、否めない事実だった。

「ペースとか、大事だけどさ⋯⋯」

 マサシが続けた。

「でも、俺、カズのことが好きなんだよ。本当に。だから、もっと近くになりたい。肌で感じたい。抱きしめられるだけじゃなくて、もっと⋯⋯ちゃんと、繋がりたい」

 その言葉に、カズは息を呑んだ。

 マサシは、普段はちょっと抜けているところがあって、料理は焦がすし、洗濯物は干し忘れるし、カズにとっては「面倒くさい弟」みたいな存在だった。 
 でも、こうして真剣に想いを伝えるときの彼は、まるで別人のようだった。
 その誠実さに、カズはいつも、少しだけ置いてけぼりにされる気がしていた。

「⋯⋯お前、急に重いこと言い出すなよな」

 カズは苦笑いを浮かべたが、その裏には、胸の奥が熱くなるような感情が渦巻いていた。

「だって、ずっと我慢してたんだよ? カズがまだ準備できてないと思って、触ることさえ我慢してた。でも、最近⋯⋯カズが俺のシャツのボタンを留めてくれたときとか、風呂上がりにタオルで頭を拭いてくれたときとか、その⋯⋯そういう日常が、すごく愛おしくて、興奮してしまって」

 マサシの声は、だんだんと小さくなっていった。
 でも、その一言一言が、カズの心にじわじわと染み込んでいく。

「⋯⋯オレも、お前のそういうとこ、好きなんだよ」

 カズは、ふいにそう言った。
 自分でも驚くくらい、素直な言葉が口をついて出た。

「お前が、朝起きて『おはよう』って言ってくれるのとか、オレのコーヒーに砂糖多め入れてくれるのとか、そんなん全部⋯⋯オレにとっては、すごく大事なことなんだよ」

 マサシが、はっとしたようにカズを見た。

「⋯⋯それって、つまり⋯⋯」

「だから、そういうことだよ」

 カズはソファーから立ち上がり、マサシの前に立った。
 そして、ゆっくりと膝をつき、彼の手を取った。

「オレも、お前のことが好きだ。ずっと好きだった。でも、だからこそ、軽くしたくなかった。⋯⋯でも、今なら、いい気がする」

 マサシの目が、大きく見開かれた。

「カズ⋯⋯」

「だから、もう一度聞くよ。お前、本当に、そういう関係になりたいのか?」

「うん。本気だ。カズと、ちゃんと⋯⋯恋人として、全部を分け合いたい」

 カズは、その手をぎゅっと握り返した。

「わかった。じゃあ⋯⋯今夜、しよう」

 言葉を発した瞬間、部屋の中の空気が、まるで静電気でも走ったかのようにぴんと張り詰めた。

 マサシは顔を真っ赤にして、でも、目はきらきらと輝やかせていた。
 カズも、胸が高鳴っていた。
 不安も、緊張も、もちろんある。
 でも、それ以上に、この瞬間を逃したくないという気持ちが、全身を包んでいた。



 その夜、彼らは初めて、お互いの肌を重ねた。

 寝室の明かりを落とし、カーテンの隙間から差し込む街灯の光だけが、部屋を淡く照らしていた。
 マサシの手が、カズの頬に触れた。
 その指先は、少し震えていた。

「⋯⋯大丈夫?」

 カズが尋ねると、マサシは小さくうなずいた。

「うん。カズがいるから、平気」

 その言葉に、カズは胸が熱くなった。
 優しく、そして慎重に、彼はマサシの唇に口づけた。
 最初はぎこちなかった。
 でも、次第に、二人の呼吸が重なり、体温が溶け合っていく。

 服を脱がせる手も、最初は震えていた。
 でも、マサシが「大丈夫」と囁くたびに、カズの心は落ち着いていった。
 それは、ただの欲望の成就じゃなかった。
 二人の関係が、ようやく一つの形になった瞬間だった。

 マサシの肌は、思っていたよりずっと柔らかくて、温かかった。
 カズはその背中に手を這わせ、彼の鼓動を感じた。
 速くて、でも、確かに、自分と同じリズムで。

「カズ⋯⋯」

「ああ、いるよ。ここにいる」

 繋がった瞬間、マサシは小さく声を漏らした。
 カズは動きを止めて、「痛かった?」と尋ねた。
 マサシは首を横に振った。

「ううん⋯⋯むしろ、気持ちいい。カズの⋯⋯全部が、そこに感じられて」

 その言葉に、カズは目を閉じた。
 胸がいっぱいになった。
 今までの一年間、彼らが築いてきた日常のすべてが、この瞬間に凝縮されているような気がした。

 ゆっくりと、二人は一つのリズムに乗った。
 言葉はいらない。
 ただ、互いの体温と鼓動が語りかけてくる。
 マサシの指がカズの背中をなぞり、カズはその髪を優しく撫でた。

 そして、やがて訪れた頂点の瞬間――。

 マサシがカズの名を呼んだ。
 その声は、震えていて、でも、どこまでも確かに、愛を宿していた。

 カズは彼を抱きしめ、そのまま崩れるように横になった。
 汗ばんだ肌が触れ合い、二人の呼吸が、やがて一つになる。

「⋯⋯どうだった?」

 カズが囁くと、マサシは笑った。

「想像以上。カズとなら、こんなにも気持ちがいいなんて⋯⋯全部が、心地よかった」

「俺もだよ」

 カズは、マサシの額に軽くキスをした。

「⋯⋯でも、これで終わりじゃないよな?」

「え?」

「これからも、こうやって、お互いのこと、もっと知り合っていこう。もっと、近づこう」

 マサシは、その言葉に目を潤ませて、うなずいた。

「うん。これからが、本当のスタートだね」

 二人は、そのまま寄り添って眠りについた。
 夜は静かで、世界はまるで、彼らの新しい一歩を祝福しているようだった。



 次の朝、カズが目を覚ますと、マサシはまだ寝息を立てていた。
 彼の寝顔は、いつもよりずっと穏やかで、どこか満ち足りた表情を浮かべている。

 カズはそっと、彼の髪を撫でた。

「⋯⋯バカだな、お前」

 そう呟きながら、でも、心の中では笑っていた。

 初めての関係。
 初めての朝。  
 でも、それは、二人にとって、とても自然な、そして必然の出来事だった。

 これからも、きっと、たくさんの「初めて」が待っている。  
 でも、それも全部――二人で、歩いていけばいい。

 カズは、そっとマサシの隣から抜け出すと、着替えてキッチンへと向かった。

 朝の光が、静かに部屋を照らしていた。





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