続・性春時代

あかいとまと

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展覧会

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### 展覧会

 今日はハルのイラストの展覧会。
 空は青く澄み渡り、優しい光が降り注いでいる。
 秋の風がギャラリーの外に飾られた垂れ幕をそっと揺らし、その下には「HARU ILLUSTRATIONS 2025 ― 『光と影のあいだ』」と書かれた文字が、風に舞うように揺れていた。

 ギャラリーの中は、すでに多くの人で賑わっていた。
 白い壁に飾られたハルのイラストは、どれもが繊細なタッチと、どこか懐かしさを誘う色使いで、見る者の心を静かに揺さぶっていた。
 淡い水色と、夕焼けのようなオレンジ、それに影のように忍び寄る紺色のグラデーション。
 どれもが、まるで記憶の断片を切り取ったかのようだった。

「よお、兄貴。皆んなで見に来てやったぜ」

 カズが、片手にカフェラテを、もう片方の手にはマサシの手を握ったまま、にっこりと声をかける。
 彼の笑顔は、どこか作家特有の知的な鋭さを含みながらも、親しみやすさに満ちていた。
 その隣のマサシは、目をキラキラと輝かせ、壁に飾られたイラストを一つ一つ、まるで宝物を確かめるように見つめている。

 客と話していたハルが、その声に振り返ると、すぐに三人のもとへと歩いてきた。
 28歳の彼は、白いシャツにネイビーのジャケットを羽織り、落ち着いた雰囲気を漂わせていた。
 髪は少し長めに伸ばしており、額の前でふわりと流れるようにかきあげられている。
 その瞳には、いつもどこか優しさと、静かな強さが宿っている。

「おう、お前ら。ゆっくりしていってくれ」

 ハルはにこやかに笑い、カズの肩を軽く叩いた。
 その仕草は、兄としての自然な親しみを表している。

「けっこうな盛況ぶりだな」

 ハヤトが、ギャラリー内を見渡しながら、少し驚いたようにつぶやいた。
 彼は黒いコートを羽織ったまま、手にはノートとペンを握っている。
 普段は物静かで、人混みをあまり好まない性格だが、今日は特別だ。
 カズとマサシに誘われ、渋々ながらも足を運んだ。

「まぁね。予想よりは来てもらえてるかな」

 ハルは少し照れくさそうに頭をかき、壁に飾られた一枚の絵に視線を向けた。
 それは、夕暮れの駅を描いたもので、ホームに立つ一人の少年の背中が、赤と紫の空に溶け込んでいた。
 その絵の前には、すでに小さな値札が下げられており、「SOLD」という文字が赤いスタンプで押されていた。

「俺、ハルさんのイラストけっこう好きだな」

 マサシが、目を輝かせながら言った。
 彼は26歳の人気漫画家で、最近は恋愛漫画を中心に人気を博している。
 その瞳には、アーティスト同士の尊敬と、純粋な感動が浮かんでいた。

「特にこの駅の絵。なんか、俺たちの青春みたいだよ。カズと初めて手を繋いだ駅、あんな感じだったよね」

 マサシはカズの手をぎゅっと握り直し、甘えるように微笑んだ。
 カズは照れくさそうに笑いながらも、「あぁ、そうだな」とうなずいた。

「イラストって売れたりするのか?」

 カズが、ふとハルに尋ねた。
 彼自身は小説家としてすでに超有名で、彼の作品は映画化され、海外でも翻訳されている。
 しかし、視覚芸術の世界にはあまり詳しくないようで、素直な疑問を口にした。

「まぁね。欲しい人がいれば、交渉次第で売ったりもするよ。今回は展示と販売を併用してるんだ。特に、このシリーズは『記憶の風景』ってテーマでまとめてて、コレクターの人たちにも好評みたい」

「へぇ~。なら稼ぎ時だな」

 カズが冗談めかして言うと、ハルは笑いながら「お前、俺の金に目をつけたか?」と返した。

「時々、まとめ買いをして行くお客さんもいるくらいだよ。先週、企業の広告用に10枚まとめて購入されたこともあった」

「マジか。イラストでそれだけ動くのか」

 ハヤトが驚いたように目を丸くする。
 彼は小説家として地道に活動しているが、まだ大きなヒット作は一本きりで、収入もギリギリの生活。そんな彼からすれば、ハルの成功は眩しく見える。

「でも、ハルさんって、絵の他に小説の挿絵もやってるよね? あの雑誌の表紙も?」

 マサシが、別の絵を指差しながら尋ねた。
 それは、雨に濡れた街角で傘を差す少女の絵で、どこか物語を感じさせる情景だった。

「あぁ、あれは『月刊ストーリーズ』の連載小説の表紙イラストだ。カズの作品も、一時期描かせてもらったことあるよな?」

 ハルがカズを見る。
 カズは少し驚いたように眉を上げた。

「マジか? どの作品?」

「『夜の向こう側』の初版カバー。あの、主人公が線路の上を歩くシーンのやつ」

「⋯⋯マジで!? あの絵、めっちゃ好きだったんだよ! 誰が描いたか調べたけど、クレジットがなくて諦めたんだよ!」

 カズは目を見開き、マサシも「ええっ!?」と声を上げた。

「まさか兄貴だったなんて⋯⋯。あの絵、俺の小説の雰囲気を完璧に捉えてた。まるで文章の続きを描いてくれたみたいだった」

「お前が書いた文章が強烈だったからだよ。あんなに印象的な文章、他にないよ」

 ハルは微笑みながら、弟の才能を素直に称えた。

「へぇ~、カズの小説の表紙がハルさんだったなんて、知らなかった⋯⋯。なんか、二人のコラボって、すごく自然な気がするな」

 マサシが感心したように言う。
 ハヤトも、

「確かに、文章と絵が似てるよな。どちらも、静けさの中に熱があるっていうか」

 とうなずいた。

「でも、なんでクレジットなかったんだ?」

 カズが不思議そうに尋ねる。

「出版社の都合だよ。当時、新人作家のカバーは匿名でってルールがあってさ。でも、今なら言えるよ。あの表紙、俺が描いた」

「⋯⋯なんか、胸熱いな」

 カズは少し声を詰まらせ、マサシがそっと彼の背中をさすった。

「それにしても、兄貴、本当に才能あるよな。イラストも、小説の挿絵も、全部しっくりくる。俺たち三人は、それぞれ違う形で物語を紡いでるけど、兄貴の絵には、全部の答えがあるみたいだ」

 カズの言葉に、ハルは少し驚いたように目を見開いた。

「⋯⋯お前、そんなこと言うと、こっちが泣きそうになるぞ」

「いや、本気だよ。俺たちの世界に、兄貴の絵は欠かせない。マサシの漫画にも、ハヤトの小説にも、きっとどこかで兄貴の影がある」

 ハヤトは照れくさそうに

「お、お前、急に重いこと言うなよ」と笑ったが、心のどこかで、その言葉に共感していた。

「ところで、この展覧会、いつまで?」

 マサシが尋ねた。

「来週の日曜まで。その後は、地方のギャラリーに巡回する予定だ」

「じゃあ、また来るよ! 今度は両親も連れてくるわ」

 カズが言うと、ハルは、

「え、マジで? 親父たちが来てくれるのか」

 と少し緊張したように笑った。

「当たり前だろ。兄貴の晴れ舞台だぜ? それに、俺たちの恋人関係も、そろそろ公表してもいいかなって思ってたんだ。マサシと俺のこと」

 カズの言葉に、マサシは顔を赤くしながらも、「うん、いいよ」と小さくうなずいた。

「⋯⋯お前ら、やっとか」

 ハルは目を細め、少し嬉しそうに言った。

「親父たちも、きっと喜ぶよ。特に母さん、マサシの漫画大好きだからな。『カズくんとマサシくんのラブコメ、毎回泣いてる』って言ってたぞ」

「えっ、マジで!?」

 マサシが飛び跳ねそうになった。

「それなら、次号の表紙、兄貴に描いてもらおうかな。『カズとマサシの物語』ってタイトルで」

 カズが冗談めかして言うと、ハルは、

「お前ら、俺を物語のアシスタント扱いかよ」

と笑いながらも、

「やるよ。ただし、ギャラはふんだくってやる」

 と返した。

「あー、また金の話かよ」

「アートには価値があるんだよ、兄貴」

 カズとハルがからみ合うように笑い合う中、ハヤトは静かにノートを開き、今日の出来事を書き留めていた。

『展覧会の日。ハルの絵を見て、ふと思った。物語は、言葉だけじゃなく、色と形でも語られる。そして、その物語の中心にいるのは、いつも“人”だ。カズとマサシの愛も、ハルの優しさも、すべてが、一枚の絵のように、静かに、でも確かに、光を放っている』

 ふと、ハルがハヤトのノートを覗き込んだ。

「また小説のネタにしてんのか?」

「いや、日記だよ。でも、これ、小説にしてもいいかもな」

「なら、俺の分の印税、忘れるなよ」

「はいはい」

 笑い声が、ギャラリーに響いた。
 外の空は、まだ青く澄み渡り、優しい光が、四人の影を長く、暖かく伸ばしていた。

 その光の中、ハルはふと、一番奥の壁に飾られた一枚の絵を見つめた。
 それは、三人の青年が川の土手で並んで座っている絵。
 遠くの空には夕日が沈み、風が草を揺らしている。
 誰もが気づかなかったが、その絵の隅には、小さく「K・M・H」というイニシャルが、影のように描かれていた。

 ハルは、その絵の前で、そっと微笑んだ。

 ——これも、ひとつの物語だ。

 そして、これからも、続いていく。





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