取り替えっこ狂詩曲

のどか

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訳アリのお嬢さん

 燃えるような赤い髪の人は満面の笑顔で言いました。
「トウボロス侯爵のご息女でございますな? 自分はキリム・ナダと申します。本日はよろしくお願いいたします」
 その笑顔は太陽のようで──私の罪悪感を掻き立てました。
「はい。トウボロス侯爵令嬢ローナと申します。こちらこそよろしくお願いいたしますわ」
 私は必死に笑って見せました。
 自然に笑えていたでしょうか?
 不安です。
 その人は大柄ですが、顔立ちはどこか幼さを残しています。きりりとしていても、頬とか目元とかちょっとした柔らかさがあります。男らしいのですが、正直可愛いと思います。
 挨拶ひとつにも爽やかさがあふれ出て眩しい。
 まさかお見合い相手がこのような好青年だとは思いもしませんでした。
 どうしましょう、お兄様。
 帰っちゃ駄目ですか?
「申し訳ございません、キリム様。妹は少々緊張しているようで」
 お兄様が庇ってくださいました。
 でも、しっかりと肩を抱き逃がしてくれません。
 逃げては駄目なようです。
 はい、わかっていました。
「さようでございましたか。そういえば候は本日体調がすぐれぬゆえ欠席でございましたな。御父上が不在では色々と不安でございましょう。気持ち、痛いほどにわかりまする。自分も見合いなどというものは初めて。作法もよくわからんのです。自分、何か失礼なことをしておりませぬか?」
 素直っっ!
 ちょっと困ったような顔も、可愛らしいんです。
 女々しいところなど全くないのに可愛く感じているのは私がおかしいのでしょうか?
 相手は年上なのですけどっっ!
「大丈夫です。立派な態度であらせられます、キリム様」
 お兄様が保証します。
「ありがとうございまする。もしよろしければ、おかしなところがあればご指摘ください」
 とてもまじめで素直な方です。
 どうしましょう。とても罪悪感が!
 なぜならば──本来ここにいるべきなのは私ではありません。
 私は姉の身代わりなのです。
 もし姉が、見合い相手がこのような好青年だと知っていたら、あんなことはなさらなかったでしょう。

   ◆

 それはほんの数日前のことでございました。
 我が家は侯爵家といえば聞こえがよろしいのですが、内情はさほど良いものではありません。
 御先祖様は侯爵にふさわしい武功をお立てになった──“加護持ち”らしいのですが、代を経るうちに格式はそのままに、内情は苦しいものになっておりました。
 我が父などは文官でございますが、あまり書類仕事が得意ではありません。
 かといって武勇の腕など──お察しくださいませ。
 内政は三人の兄が代理で回しておりました。私も細かいところはお手伝いさせていただいております。
 格式だけはそのままにゆっくり衰退する家。
 それが我が家でございました。
 私には上記の兄三人の他に歳の近い姉が一人おります。
 姉とは幼少のころから比べられて育ちました。
 姉を大輪の花とすれば、私はせいぜい野の小花でございましょう。
 何かにつけて華やかな姉と比べれば私はどこか地味でございます。
 金色の髪も緑の瞳も同じですが、どうしても私は姉に比べれば地味です。
 姉が華やかに親しい人と談笑している頃、私は兄と領地経営について相談しあっている──そんな日常でございました。
 私は嫁ぐことが決まっておりましたので、嫁ぎ先で夫を支えられるようにと厳しく指導されていたのです。
 相手は同格の侯爵家でございますが、内情が衰えつつある我が家と違い、相手の家は高い格式とそれにふさわしい経営手腕を兼ね備えた家長様がおられる家でございました。
 そことの縁が得られるならと、私が幼いころに婚約を交わしたのです。
 それに対して姉はよほど上を狙っているのか婚約者がいませんでした。
 姉ならば国王陛下の愛妾にもなれるとお父様は考えておられたようでございます。
 大陸中央三大国、東の覇者カイナンの王ゲイン陛下は大変好色で知られる方でございます。
 四十路も後半でございますが、それでもなお新しい愛妾を増やしております。
 その中の一人に姉を、と思っておられたのです。
 果たしてそうでしょうか?
 姉は確かに美人と言えば美人なのですが、上には上がいます。
 舞踏会でたまにお見掛けする陛下の愛妾は皆美しく、姉の入りこむ隙などないように見受けられます。
 というか、負けてます。
 しょせん井の中の蛙だったということですね。
 父が姉を売り込んでいたことは知っていますが、それが実るとは到底思えませんでした。
 ですからその日まで私は父の動向を知らなかったのでございます。
 ああ、なんたる不覚!

「後生だ、ローナ! ニグルス殿のことは諦めて見合いをしてくれ!」
 はい? なんとおっしゃられました、お父様。
 居間に家族全員集められ、家長たるお父様がおっしゃられた一言は正気を疑うものでした。
「お父様! どうなさったの! 突然婚約破棄だなんて、私の知らないところでいったい何が起きているんですかー!」
 思わず聞き返した私は悪くないと思います。
 部屋にいた三人のお兄様は苦虫を噛み潰したような顔をしておられました。
 お母様はしくしくと泣いておられます。
 姉はうつむいています。
 いったい何が起きたというのでしょうか?
 ひたすら悲痛な顔をして唸るお父様を見放したのか一番上のお兄様が説明してくれました。
「リリスがニグルスの子を宿したんだ。婚約者の姉と関係するような屑にお前はやれない。ニグルスのことはきっぱりと諦めてくれ」
 お姉様ぁぁあああ! あなたか! またあなたか!!
 姉は昔から私の物を欲しがりました。
 人形や装飾品。教師やお友達まで。
 そういう時両親は姉の味方をして私にくださったものを取り上げ、改めて姉に渡していました。
 教師もお友達も姉に口説かれると私のことを放っておいて姉と仲良くしていました。
 私の婚約者までもその一人になったということでしょう。
「お兄様、屑だなんて酷すぎますわ!」
 お姉様が泣きながらお兄様を非難しました。
「黙れ、リリス! 婚約者の姉と寝る男も屑だが、妹の婚約者を寝取る姉も最低だ! お前が妹だと思うと腹が立つ! この恥さらしが!」
 ぴしりと二番目のお兄様が言い放ちます。
「お前のことはもはや妹だとは思わん! この阿婆擦れが!」
 三番目のお兄様も姉を罵りました。
 お兄様たちの総意のようです。
「お前たち、妹になんて酷いことを」
 お母様が兄たちを諫めようとしました。
「母上は黙っていてください! あなた方が甘やかすからリリスがこんなはしたない真似をするような娘になったんですよ! 何でもかんでもリリスを優先するから! 駄目なことは駄目となぜ教えなかったんですか! おかげで我が家は破滅だ!」
 一番上のお兄様がお母様を怒鳴りつけました。
 その中に看過できない言葉を見つけまして、私はお兄様に訊ねました。
「破滅? ラフドーラ侯爵家との縁談が駄目になったくらいで破滅するとは──」
「ラフドーラはどうでもいい! 問題は見合いの方だ!」
 一番上のお兄様が絶叫しました。
「恐れ多くも陛下のご子息との見合いが来ていたんだぞ!」
 その瞬間、頭の中が真っ白になりました。
 私は思いっきり叫んでいました。
「いっやあああああああああ! 断れないお見合いじゃないですか! 断ったらお家断絶ですわぁああああ!」
 気が遠くなり、三番目のお兄様に受け止められました。
「ローナ! しっかりしろ、ローナ! お前だけが頼りなんだ!」
 ニグルス様のことが吹っ飛びました。
 もうどうでもいいです。
 それよりも、なんということでしょう。
 父が姉を陛下に売り込んでいることは知っていましたが、いつ目標が変わったのでしょう?
 我が国の国王陛下は『強欲王』と呼ばれております。
 正妃様を筆頭に、数え切れないほどの妃を持っておられます。一夜妻の類を入れたらいったいどれだけになるか恐ろしいぐらいです。
 それだけに王太子様を筆頭にお子様も大勢いらっしゃいます。
 王子ではなくご子息というのなら、庶子の方でございましょうが、故なく断れるものではございません。
 理由があれば断れます。我が家も申し出ればおそらくは辞退が許されるでしょう。
 でも、それが、候補が、他の男の子を身籠っただなんて恥さらしな理由など!
「破滅ですわ……お家御取り潰しか、一家断罪か……いずれにしてももう終わりですわ……」
 万が一御咎めなしだったとしても、社交界での我が家の立場がありません。
 人様に後ろ指を指され、醜聞にまみれる未来しかっっ!
「まだ大丈夫だ! うちの娘をということだったが、リリスを名指しにされたわけではない! お前とて未婚のトウボロス侯爵令嬢だ、条件には合う!」
 お兄様の言葉に私はわずかな光明を見出しました。
 私は跳ね起きました。
「そうですわ! 私がお姉様の替わりに見合いにいって、あちらから断られれば何もかもうまくいきます!」
「うちの妹が卑屈だった! 断られるの前提か!」
 お兄様が悲鳴を上げました。
 私、何か間違ったことを言いましたでしょうか?
「だってお兄様、お姉様のつもりで見合いに望まれていますのでしょう。それが私ならがっかりしますわ! そうなれば、このお話はなかったことにしてくれと言われるに決まっています」
 ええ、何度同じことがあったことでしょう。
 トウボロスの娘といえばお姉様で、私だと知るとあからさまにがっかりした顔をなさる方。
 ええ、もう慣れましたわ。
「父上と母上がリリスばかり優先するから、ローナがこんなことに!」
 お兄様の悲鳴のような声がしたような気がします。
 きっと気のせいですわ。

 お父様はお城から見合いのお話があってすぐお姉様を呼ばれて、見合いの話をなさったそうです。
 お姉様はずっとお父様が陛下の妾に売り込んでいると思っていたので、突然の話に驚かれました。
 それ以上に顔色をなくしたのが、お姉様につけられていた侍女の一人でした。
 突然それを断れないかと発言したのです。
 なぜかと問われ、侍女は白状しました。
 お姉様が私の婚約者であるニグルス様と逢瀬を重ねていたことと、月のものが三カ月ばかり来ていないことを。
 お父様は倒れそうになられたそうです。
 なぜ侍女がそのようなことを知っていたのかというと、大概の高位貴族の娘というものは一人で着替えもできません。
 そうです。お姉様はニグルス様との逢瀬に必ずその侍女を伴っていたのです。
 貴女を信用しているからだとお姉様から言われていたそうですが、自身の良心の呵責に堪えられなかったそうです。
 そこでお姉様は以前からニグルス様に懸想していたとおっしゃいました。
 どうか二人の仲を許して欲しいと涙ながらに訴えました。
 いつもならお姉様にここまで哀願されればお父様は折れていましたが──さすがにここでは折れませんでした。
 激怒なさり、初めてお姉様を罵ったのです。
 お医者様を呼びつけて姉を診察させ、そして、ラフドーラ侯爵家に人をやり──二番目のお兄様が行かれたそうです──ニグルス様を問い詰め、お姉様と関係したことを吐かせたのです。
 話を聞いた侯爵家の方はお怒りになられたそうです。
 私とニグルス様の婚約は破棄となり、姉の替わりに私が見合いをすることになったのです。
「わ、私に我が家のこれからがかかっているのですね……頑張りますわ!」
 私はなるべく波風を立てずに断られようと心に誓いました。
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