取り替えっこ狂詩曲

のどか

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それは言えない

 ゲイン陛下のお子様である見合い相手というのは、『清廉なる盾』と名高いキリム・ナダ様でした。数多い陛下のお子様の中でただ一人の王級“加護持ち”だそうです。
 美丈夫です。
 なんて恐れ多い。
 挨拶を交わしただけですけど、誠実さがにじみ出ています。
 こんな方を騙す形になって本当に心苦しいです。
 キリム様は付き添いである従兄だという方にこっそりと訊ねていました。
「従兄上、このようなときは何を言えばいいのでありましょう?」
「あのお嬢さんを見て、どう思う?」
「とても可愛らしい方だと思います」
「それをそのままいえばいい」
「その後は?」
「それは臨機応変に」
「自分、その臨機応変が分かりもうさん」
 すみません、筒抜けです。
 私は必死に表情を引き締めて手を握りしめました。
 勝手が分からず、わやわやしておられるキリム様が可愛らしいです。なぜでしょう? 年上の男性なのに。年上の男の方なのに!
 なぜこうも愛でたくなるのでしょう!
 うっかりすると顔が緩んでしまいます。
「キリム様は長くカイナンを離れておられたそうですが、何をしておられたのでございましょう」
 私は会話のきっかけを作りました。
 キリム様はほっとしたような顔をなさいます。
「自分はオウミに遊学に行っておりました。いやはや、オウミは豊かで学ぶべきところがたくさんございました」
 キリム様がオウミに行っておられたとき知りませんでした。
 我がカイナンとオウミは長くいがみ合っておりましたが、数年前にエチルも加えた三国で同盟を組んだのでございます。
「まあ、オウミに? オウミは長らく敵でしたわ。危なくございませんの?」
 口にしてしまってから後悔いたしました。
 キリム様は王級“加護持ち”でございます。
 多少のことなど歯牙にもかけられないでしょう。
「いえ、あちらでは皆さんによくしていただいて、知己ができ申した。有意義な日々でありましたぞ」
 にぱっと笑われます。笑顔が眩しいです。
 太陽ですか?
「友人とは文を交わしておりますよ」
「まあ、それはようございました」
 遊学といえば聞こえはよいのですが、それはおそらく人質のようなものだったのでございましょう。
 同盟を組んだ直後のオウミではまだ風当たりが強かったはずですわ。
 それなのにご友人を得られたということは、キリム様は両国の友好を深めてきたのでありましょう。
 ええ、キリム様ならば信頼を得られたはずです。
「オウミで学んだことを活かし、少しでも領地を豊かにしたいと思っておりますよ。なにせ自分、領地経営はよくわからんのです。代官に任せっぱなしでございまして……」
「まあ。でもキリム様は戦働きを期待されているのでしょう。誰かがそちらを補えばよいのですわ。一人で何もかもやれるわけではありませんから、周りの者を頼られる──いえ、信頼すればよいのですわ」
 キリム様の生家は下級貴族の家だと聞き及んでおります。
 キリム様は陛下の庶子であらせられながら、そのことを頼りにせず自らの力だけで立とうとしておられたとか。
 むろん、跡取りではございませんので、領地経営の教育などされていないでしょう。
 ですが、それは誰かが補えることでございます。
 キリム様はキリム様にできることをやればよいのです。
「そう言っていただけると、気が楽になりますな」
 そういえば、キリム様には伯父が勝手に領地を切り盛りしているとか、陛下から使わされた代官が領地をいいようにしているなどの噂がございましたが、それはキリム様が信頼して任されているからなのでしょう。
 きっとこの悪い噂もキリム様の耳に届いていたでしょう。
 従兄様との態度と考え合わせれば、伯父家族との仲はよいように思われます。
 キリム様は従兄様を信頼しておられるようですし、従兄様はキリム様を本当の兄弟のようにかわいがっておられる様子。
 噂は噂でしかないということですわ。
「気を強くお持ちになってくださいませ。いつか願いはかないます。キリム様はきっと領民が誇れる領主になられますわ」
 この方が立派な領主にならないわけがございません。
 この志を忘れなければ、誰からも慕われる領主になれると思います。
「ありがとうございまする」
 ああ、満面の笑みが眩しいです、キリム様。
 本当によい方ですわ。
 こちらが心苦しくなるくらいに。
「今日出会ったのが、あなたのような可愛らしい方でようございました」
 キリム様はなにかをやり切った男の顔で言われました。
 ああ、従兄様に言われたことを実行できたからですわね。
 可愛らしい方です。年上なのを忘れてしまいそうなくらい。
 私、末っ子ですので、こんな素直な弟がいたらと思います。
 キリム様の従兄様が羨ましいですわ。
 この後も和やかに会話は続きました。
 キリム様は知れば知るほど良い方で──心が痛みました。
 もし、私が何の憂いもなくお見合いをできる立場でございましたら、どれだけ嬉しかったことでしょう。
 けれど、これが運命なのでございますね。

   ◆

 キリム様との顔合わせを終わらせました私たちは屋敷に帰りました。
 ひと時の夢とわかっていましたが、幸せな時間でしたわ。
 居間に行くと、二番目のお兄様とニグルス様の弟であるニース様がいらっしゃいました。
「まあ、いらっしゃいませ、ニース様。今日はどのようなご用件で」
 ニース様はニグルス様によく似た貴公子然とした顔で微笑みました。
「久しぶりだね、ローナ姫。まあ、こうして顔を合わせるのも心苦しいのだけれども、君にも無関係ではないからねえ」
 ニース様は肩をすくめられました。
「婚約破棄における賠償金やら兄のその後の話とか、リリス嬢についてのこちらの考えを伝えに来たんだよ」
 ええ、並行してあちらのお家との話し合いをしておりました。
 お父様はラフドーラの家との話し合いに行かれたのではなく──心労で寝込んでおられます。
 あちらとの話し合いはもっぱらお兄様たちがなさっておられます。
「賠償金については昨日の案で落ち着いたよ。兄についてだけれどもね、兄は後継者から外されたよ。なんと、この僕が次の当主だってさ」
「まあ」
 ラフドーラの下した罰はとても重いものでした。
「そんなに重い罰になりましたの?」
 ニグルス様はラフドーラの跡継ぎではなくなってしまわれました。それは大変重い罰だと思われます。
「誤解の無いよう言っておくけど、これは君に対する謝罪ではないんだ。ただ、ラフドーラの次期当主が、婚約者の姉と関係するような節操無しじゃ困る、というラフドーラの総意なんだよ。なんだってそんな浮気相手を選んだのか、理解に苦しむね」
 ニース様が首を振られました。
 二番目のお兄様が頭を抱えられました。
「ニグルスに懸想していると本人は言っていたんだがな……」
「へえ? いったい何人に本気なんだろうね、彼女」
 ニース様が声を立てて哂われます。
 自棄になっていませんか?
「何かありましたの?」
 私が訊ねるとニース様は真顔になられました。
「ラフドーラは彼女を受け入れられない。けれど、兄との結婚は邪魔しないが、その場合兄はラフドーラ侯爵家からは出ていってもらう。兄は男爵の位があるからそれだけで勝手に暮らしていけ、ということさ」
 ニグルス様は姉と結婚すると実家から追放されてしまうようです。
 けれど、ニグルス様本人が武功を立てていただいた地位と領地がありますので、そちらで暮らす分にはかまわない、という判決のようです。
 これは大変厳しい沙汰ではありますが、男爵家として二人でやっていくことができるのなら温情とも言えます。
 今までの暮らしをとるか、愛をとるか。ということなのでしょうが──
「それではニグルス様が可哀想ですわ。ニグルス様は姉をも失いましょう」
「ああ、知っていたんだね?」
 ニース様が苦笑なされました。
「兄にそのことを言い渡したら従兄のレンドルがね、腹の子は自分の子である可能性がある。リリスは兄に渡さないと言いだしてね──彼女、レンドルとも寝ていたんだね」
 お兄様方が盛大に顔をしかめられました。
「まあ、レンドル様とも。困ったお姉様。少しは考えてくださらないと」
 姉はいったい何人の男性と関係していたのでしょう?
「あれ? 君が知っていたのはレンドルのことじゃないの?」
「具体的な数は知りませんわ。ただ、何人もの恋人がおられたのは知っておりました」
 ええ、姉は恋多き女でしたわ。
「ローナ、お前知っていたのか!?」
 二番目の兄が咎めるように言いました。
 私は悲しくなりました。
「私、以前からお姉様を諫めたり、お父様、お母様、お兄様方にも相談いたしましたわ。お姉様がふしだ──いえ、男性と不適切な関係にあると。それをお姉様を貶めるための諫言だと、そんなにお姉様を貶めたいのかと、本気にされなかったのはどなたでしょう?」
 お姉様がいつから男性とそのようなことをなさるようになったのかは知りません。
 気が付けば姉は「あなただけ」と言いながら複数の男性とそのような関係にありました。
 お姉様とニグルス様の逢瀬を暴露した侍女がニグルス様のことしか言わなかったのは、彼女はニグルス様とのことしか知らなかったからです。
 会いに行く恋人にあわせて使用人を替えていたのです、お姉様は。『貴女を信用しているからこそ』などという甘言でいままでそれを秘密になさっていたのです。
 けれどそういうことは姉の将来にとっても、姉の複数の恋人にとってもよいことではありません。
 私は姉を諫めたり、家族に相談いたしましたが、姉は私が嫉妬しているから偽りを口にしているのだと糾弾しました。
 私は姉やその恋人のため良かれと思ってしたことですが、家族の誰にも信じてもらえませんでした。
 そのつけが今になって返ってきたのです。
「実をいうとね、僕も誘われたことがあるんだ。僕には婚約者がいるし、親戚になる予定の人だろう? きっぱり断ったからいいけど、そうでなかったら、兄や従兄と恋人を共有することになっていただろうね」
 ニース様がいたずらっぽく笑いました。
 お姉様、いったいどれだけ手を広げるおつもりなんですか?
 二番目のお兄様がうなだれました。
「……すまなかった。我々がお前を信じなかったばかりに──」
「お姉様、嘘が得意ですもの」
 私もお姉様について何か言うのは諦めました。
 私がどれだけ何を言おうとこの人は変わらないのだと分かりましたから。
 見捨てたと言ってよろしいかと存じます。
「ん~、傍から見ていてもそちらの家のリリス贔屓は異常だったからねえ。祖母様が君のことを気に入っていたからさ、早く結婚して保護しろって兄にうるさかったけど──その兄があんなんじゃあねえ。ごめんね、僕らにできることはラフドーラから解放してあげることだけかなぁ。お見合いしたんでしょう? 『清廉なる盾』と」
 ニース様がキリム様の二つ名を口になさいました。
「御存じですの?」
「知っているっていうか、ちょっと前にその指揮下にあったんだよ、僕」
 縁は奇なものでございます。
 あるいは世間は狭いとでも申しましょうか。
「ホルクといざこざがあっただろう? 戦じゃなくて睨み利かせに行っただけだったけど。その時に彼の指揮下に置かれたんだ。いやいやいやいや、凄かったよ。王級“加護持ち”の恐ろしさを思い知ったね」
 少し前の話でございます。
 お隣のオウミのさらに向こうのエチルで、そこの王様『無敗王』と名高い方にお子様が生まれました。
 それまでその方に実子はなく、養子をとられておりました。
 すわお家騒動かと周辺国から注目されておりました。
 そうしたら、ホルクという国が何やら干渉なさったそうです。
 現在エチル、オウミ、ハヤサ、カイナンは四ヶ国同盟を組んでおりますゆえ、エチルへの手出しは許さないと、軍隊をオウミの西へ終結させ、ホルクを脅すということがありました。
「ですけど、あれは結局開戦には至らなかったと聞き及びましたが?」
「あれは戦闘じゃないねえ。王級“加護持ち”が三人戯れただけだ」
 あははははと力のない笑いをニース様が零しました。
「いやいやいや、あれはもう次元が違うねえ。三つ巴の手合わせで遊んでいただけだったけど、僕らのような普通の人間が入ったら即死だったよ。あれで全力じゃないって、怖いよ。本当に桁が違うってああいうのをいうんだね」
 カイナンからはもちろん『清廉なる盾』キリム・ナダ様が。
 オウミからは『黒の魔将軍』マティサ様。
 ハヤサからは『ハヤサの鬼』トウザ様という豪華な顔ぶれが集まったそうです。
 皆年若い王級“加護持ち”です。
 三国の力を見せつけるため何度か手合わせを公開なさったそうです。
 それはさぞ恐ろしいものだったのでしょう。
「キリム様は美丈夫だったなぁ。ローナ姫、キリム様が気に入ったら、ラフドーラのことは気にせず添い遂げるといい。君は自由だ」
 ニース様はそういうと長椅子から腰を上げました。
「では、用件も終わったし、僕はお暇させてもらうよ。今回のことはもちろん双方に非があったわけだ。残念ながらそちらとの付き合いは縮小させていただくしかないね。本当に残念だけど。じゃあね、ローナ姫お幸せに」
「このような仕儀になり本当に残念ですわ。そちらの祖母様やご両親にもよくお伝えください」
 ニース様は外套を手にして立ち去りました。
 これからニース様は次期当主として忙しい毎日を送られるのでしょう。
 この方も姉によって未来が変わってしまったのです。
 私は頭を下げました。
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