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騙されたので反撃の時間にしてやってみた1

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 俺とスチルが一緒に店に入ると、カリアが少し驚いた顔をする。

「あら、珍しいわね。二人が一緒にいるなんて」
「まあな」

 俺はいつもとは違い、少し離れた所の席を指さした。

「そこ、いいかな」

 まかない扱いでタダ飯なもんで、一応確認しておかないとな。俺の言いたいことが分かったらしく、彼女はこころよく頷いてくれた。

「もちろん」

 そしてサッと水差しとコップを持ってきてくれるのがありがたい。
 彼女が仕事に呼ばれ去ったのを見計らって、スチルを目の前の席に座らせた。

「さて。ようやく話を聞こうじゃないか」

 俺が開口一番そう言うと。

「昨晩はそっちが先に爆睡してたくせに」

 と彼が苦々しい顔をした。
 確かにそうだ、俺は部屋にかえってくるなり床にぶっ倒れて爆睡したのは認める。
 でも仕方ないだろ。突然拉致されて、あんな強制戦闘で。
 
 俺はなんとか宿屋に帰って来たのはいいが、シーツの剥がれたベッドに倒れ込むようにかして意識を失ったらしい。
 
「あの後、大変だったんだからな」
「それに関してはすまなかった」

 物音で不審に思ったエル先輩が乗り込んできて、彼のベッドで爆睡する俺 (しかも戦いでボロボロの状態) を見て仰天したのだとか。
 叩き起して事情を聞き出そうとする彼女を必死でなだめて、代わりに適当な事情をでっち上げたのはこいつ。
 まあそりゃあ難儀しただろうな。

「でもお前は色々と知ってるんだろ」

 でなければ、にいなかったわけで。

「ここ数日の行動も洗いざらい吐き出せ」
「ふん、えらそうに。尋問のつもりかよ」
「いいから」
「はいはい、うっさいなァ」

 口をとがらせながらも、彼は話した。

 ――そもそも俺が拉致られたのは忘れもしない、最初に封書を届けた路地裏の一軒だった。

「僕は仕事としてアメリアの秘書、というかほとんど横に付いて歩くだけの事をしてたんだよね」

 まさに付属品、というかアクセサリー的な扱いだったらしい。貴族の子息みたいな小綺麗な格好をさせられ、傍についている簡単なお仕事……と言ったら怒るだろうが、それでも俺とは雲泥の差だ。

 見てくれが違うと、ここまで変わるものか。いや、別に拗ねてないぞ。拗ねてないが妙に理不尽だ。

「あの女、営業とかいって会食やらお茶会やらってやたら出歩きまくるし」

 スチルが苦々しく言った。
 その相手も驚くべきことに、この町の商人を束ねる商人会という団体の偉いさんやら隣の王国都市エアリクルムの城内管理をする家令。近隣のわりかし裕福な町村の長など。
 とにかく偉いさんばかりなのだ。

「なかでも一人、めちゃくちゃやばいのがいてさ」

 そこでふと声を落として。

「僕のことを愛玩動物か奴隷と勘違いしたのか、いきなり値段交渉してきやがった」
「はあぁ!?」

 その男は他国との貿易で財を成した大富豪で、かなり好色で有名だったらしい。

「自宅や別荘地。妾宅もたくさん抱えてるいるんだって自慢してたなあ」

『男に手を出す趣味はなかったが、これくらいの子供ならロリもショタも同じなんじゃないかと興味はある』

 と言った具合。
 その場に俺がいなかったのが幸いかもしれないな。間違いなくそいつをぶん殴っていたかもしれねえ。
 
 別にこいつがターゲットになってたからってだけじゃないぞ。
 ろくに判断も抵抗とできない子供を狙った卑劣な奴は許せん。小児生愛者というのが少なからず存在するのも知ってるし、彼らを否定したいって事でもないぞ。
 でも実際は、その行いで傷ついて人生狂わされる子供達がいるのも事実なわけで。

 誰がなんと言おうが、俺はそんな事許せないし許したらお終いだと思っている。

「顔が怖いよ」

 俺の怒りを見てとったのか、スチルが苦笑いする。
 いやマジで冗談じゃねえよ。この町はここまで腐ってたのか。

「で、アメリアはなんて返事したんだ」
「ちゃんと断ってくれたよ。当たり前だけど」

 毅然と、それでいて無礼のない柔らかい言葉だったらしい。それで引き下がるのも、さすが向こうも金持ちというか――。

「でもあとでやたら話しかけてきた」
「ん?」
「あとベタベタ触るんだ、キモかった」
「ンだとぉ!?」

 完全に諦めてないだろ、それ。しかもしつこくセクハラとか。
 アウトだアウト! 世の中の金持ち共の悪趣味的常識はともかく、俺の中では最低行為なんだよ。
 鼻息荒くまくし立てる俺に、スチルが肩をすくめた。

「まるで僕の親みたいだな、アンタ」
「うるせえ、大人として当然のことだ」

 こういうとこがウザいとか暑苦しいとか言われるのかもしれないってのは分かってる。
 前のパーティでもきっとそういうことなんだろう。でもな、俺にだって正義感みたいなもんはある。
 悪を倒せ、とかそういうでかい事じゃなくてあくまでスケールの小さい身近な事だけどな。

「まあまあ、怒るなよ。その代わり、色々と面白い情報入手してきてやったんだぞ」
「情報?」

 ニヤリと笑う彼に悪い予感を胸に抱えつつ、俺は耳を寄せる。

「とある貴族が人身売買や窃盗団を使って私腹を肥やしているらしい」
「なに」

 貴族、という言葉に引っかかる。だがあえて口は挟まなかった。

「といってもその身分すら眉唾モノってはなしだがな」

 そして更に続けた内容によると。その貴族というのは領主の子女を母に持ち、我が国の国王陛下の落胤おとしだね。つまり隠し子と噂されているとかいないとか。

「胡散くせぇな。そんな大層な奴が、みみっちい犯罪組織なんか」
「ま、それがまともな感想だろうね」
 
 スチルは素直にうなずく。

「とはいえまるで見過ごせるもんでもなくてさ。その手口がまたえげつないんだと。ただ奴隷を売り買いするんじゃなくて、誘拐してくるんだ。商品子供を」

 十五歳までの子供を専門とする、しかも他所の家から誘拐して秘密裏に売り払うという。
 もしや昨晩のもそいつらだろうか。
 俺の血管がまたキレそうになった。

「最低じゃねえか」
「そう、その最低な行為さ。しかも入念な下調べと準備によって、大きな商家の子供達を誘拐しているという噂もある。確かに小綺麗な子息令嬢の方が高値で取引できそうだしな。とはいえ、その証拠すらないし疑念の相手は楯突くことも許されない立場の人間。泣き寝入りする者も多いとか」
「なんだよそれ……」

 我が子が拉致られて、どこに行ったか分からない。それなのに泣き寝入り? 理不尽すぎる。
 確かに権威には弱い。特に商人となれば、その土地を管理している領主や国王という存在はまさに神に近いのかもしれない。
 そこんとこは冒険者としてある意味自由に、根無し草のように生きる俺たちとは違うのだろうが。

「窃盗団っていうのは」
「それは地元のチンピラやら孤児共をつかっての、ケチな商売だって聞いた」
「っていうか」

 そもそもどうやってそんな情報を手に入れてきたんだ。そう疑問を口にすると。

「まあ、色々とね」

 とはぐらかされた。

「それよりどうする。冒険者様としては、さ」
「どうするって」

 そりゃあ許せない。許したくないというのが正しいが。
 でもそんなこと俺がどうにもできる話じゃ――。

「そういえばベルって女、どうなった」
「へ?」

 なんかいきなりだな。
 脈絡がつかめず、俺は首を傾げる。

「なかなか可愛い子だったじゃないかよ」
「おい」

 ニヤニヤしやがって、このマセガキ。

「それにともいい感じだったじゃん。にくいねえ、色男」
「お前、見てたのか!?」

 ベルとカリアがなんか俺を挟んで喧嘩してた時のことだ。
 あれをこともあろうにコイツに見られてたとは。

「なんで助けないんだ」

 なんでいつも放置するんだよ、薄情者め。
 
「僕なりに空気読んだんだけど?」
「そこは読むなっ、いやむしろ読んで助けろ……っ」

 もうアレを見られてたってだけで頭の中がザワザワするわ!
 
「二人の女に取り合いされるなんて、男冥利に尽きるだろうなあって」
「この野郎、ガキのくせに妙な言葉使いやがって」

 脳天にゲンコツでも食らわせたろかと拳を振り上げた時だった。

「でも女には注意しなよ」
「は?」

 急に鋭い目つきになった彼が言った。

「あの貴族と、つながってるぞあの娘」
「へ?」

 俺はひたすらマヌケだったと思う。だって、話がよく見えねえんだもん。いや、正しくいうと見たくないというか。
 するとそこへ。

「メイト、また来ちゃった!」

 噂をすればなんとやら、ドアをあけて元気に入ってきたのがベルだった。

「お、おう」

 思わず気まずい反応になるが、彼女は特に気にもとめないらしい。嬉しそうにテーブル席の、しかも俺の横に座って。

「ねえ、今日こそあの酒場に来てよ。一緒に飲も!」

 と笑顔で言う。

「ベル、お前もう酒飲んでるのか」

 この国にも当然のごとく飲酒に年齢制限なんて存在しない。でも、彼女はまだ俺よりずっと年下。つまり子供と大人の間ってわけだ。
 心情的にあまり飲酒はして欲しくない。

「うん、飲んでるよ? メイトもでしょ」
「まあ……うん」

 あまりにも綺麗な目でこたえられると、それはそれで困るというか。まあ、俺も別に彼女の家族だとかではないから何とも言えないが。

「飲むなとは言わんが、ひかえろよ」

 なんせ最初に見た時は酒の席での喧嘩だ。もし彼女がめちゃくちゃ酒豪でないなら、まず喧嘩っ早くなるような飲み方は止めたいのが個人的な感覚だよな。

「……」

 黙り込んだベルを見ると、なんとも言えない顔をしている。
 しまったウザかったかと後悔するも、どうしようもない。

「あ、すまな――」
「メイトは優しいね」
「え?」

 彼女は心なしか目を伏せ気味で微笑む。

「あたし。メイトのそういうとこ好き、かも」
「ベル」

 その頬は薄く染まっていた。俺はそんな姿を見て、思わず口をひらく。
 
「お兄ちゃん……って呼んでもいいぞ?」
「ぶふっ!」

 食い気味で吹き出したのはスチルだった。

「この雰囲気からのって。アハハッ、鈍感ってどこの話じゃないだろ!」
「おい笑うなよ、失礼だな」

 彼女も天涯孤独な身の上、兄弟っつーか甘えさせてくれる存在に飢えているんだろうよ。そんないじらしさに、俺が何にも感じないわけないだろ。
 そりゃもうお兄ちゃんでもおじさんでも、なんならお父さんでもいい。歳はまあそこまで離れてないけどな。

 なのに、このアホガキは腹抱えて笑いやがる。ったく、お前もお兄ちゃん呼びさせたろうかってんだ。

「メイト……お兄ちゃん?」
「!!!」

 少し考えこんだ後、ベルがつぶやくように言った。その言葉に俺はなぜか衝撃をうける。

「お、おう」

 なんだこの気持ちは。照れくさいというか、ムズムズするような。上目遣い気味で困ったような顔の彼女が素直に可愛いからっていうのもあるのかもしれない。
 いやそうでないと困る。

「えへへ、なんか嬉しいかも」

 むこうも少し照れくさかったのか、恥ずかしそうに笑った。アーモンド型の目を、猫みたいに細める女の子はやはり単純に可愛いとは思う。
 
「アホらしい」

 と、隣で鼻を鳴らしたはスチル。

「こんな単細胞のウザい兄貴が欲しいなんて。君、かなり情緒不安定なんじゃないの」
「おい!」

 思わず声をあげるも全く無視で、彼はなおも話し続ける。

「だいたいこいつを気に入っても良いことないぞ。いびきはうるさいし、デリカシーはないし。あとお節介。一緒に食事すれば好き嫌いは減らせとか、一口でもいいから食べろとか。あと――」
「おい待て!」

 めっちゃ出てくるやん、俺の悪口。突如として始まった毒舌に一瞬ハートブレイクしそうになるがかまわず割って入る。

「いびきはともかく、お前がだらしないから言ってんだよ! あとその生意気な態度、またゲンコツお見舞いされたいか」
「ほら、こうやってすぐに暴力に訴える」
「うるせえ! お前みたいな生意気チビ、そうしなきゃわかんねえだろーがっ!!!」
「アンタみたいな脳みそゴリラと一緒にすんなっ、バーカ!」
「ごっ、ゴリラとはなんだ! ていうかゴリラは結構すごい生き物なんだぞ」
「いや、怒るとこそこ?」

 売り言葉に買い言葉。久しぶりに顔合わせてからの朝だっていうのにギャイギャイわめいていると。

「あははっ、二人ともおもしろーい」

 ベルがやおら笑いだした。

「仲良し兄弟なんだね、いいなあ」
「だれがこいつと……って、痛っ!?」

 兄弟設定にしてたのを忘れてた俺は、前から伸びてきた彼の足に思い切りスネを蹴られて呻く。

「別に仲良しじゃないよ。むしろ逆」

 スチルの吐き捨てるような言い様にも、彼女は動じることがなかった。

「でもスチル君、楽しそうじゃん」
「あ?」
「ハンコーキってやつだね!」
「は?」

 ああなるほど反抗期、な。
 というか、無邪気さ全開のベルに戸惑ってる様子なのが面白い。

「これであたしとスチル君も兄妹ってことよね」
「いやなんで……」
「ンン? でもスチル君の方が小さいから、あたしがお姉ちゃんか」
「いやだから……」
「あたしのこと、ベルお姉ちゃんって呼んでいいよ」
「話を聞けよ!」

 頭抱える勢いで、ぐぬぬとなってるのがいい気味だな。今度はそっちでギャイギャイなってるのを横目に見ながら、俺は大きく息をついた。

 あー、またこのあと仕事か。しんどいな。また鬼みたいな先輩にしごかれるとか……。

「そういえばメイト!」
「ん?」

 スチルと言い合い (彼女本人は楽しげでそうは思ってなさそうだが)をしていたベルがこちらを振り向いた。

「ボスからの伝言なんだけど」

 少しだけ言い淀むような顔をしたが。

「メイトに仕事をしたいんだって」
「依頼?」

 あの貴族様が。自分で言うのもなんだがどこの馬の骨ともわからんパーティ無所属冒険者に?
 頭の中が疑問だらけになる。

「面白いじゃん」

 戸惑っているとスチルが横から口を挟む。

「受けてみなよ、僕も同行してやる」
「えらそうに言うなあ」

 むしろ危なっかしいっつーの。だが、お子様二人からの妙な期待というかキラキラした目を受けて俺は渋々うなずいた。



 

 
 





 
 

 

 


 

 

 



 
 
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