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人違いで拉致られたので悪い奴らを蹴散らしてみた

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 最初の衝撃は背中。激痛にのたうつ。
 そしてその拍子に意識が強制的に浮上させられた。

「っ、い゙!?」

 これほど最悪な目覚めがあるか。ぶつけた背中は骨が軋むような音がするし、頭もズキズキと痛む。

「おいおい、もう少し丁寧に扱えねェのかよ。商品だぞ」

 目を開ける前に耳に飛び込んできた声。若い男だろうか。独特な訛りがあり、なんか聞き覚えがあるぞ。
 
「……ウス」

 低くこたえる男の声も。

「でもさァ。聞いてたよりデカくない?」
「いや、そんなもんだろ」

 気だるげな女の言葉に、訛りのある男が即答する。
 意味がよく分からないが。つまり、俺はこの三人の男女によって急襲され昏倒させられて。その上、どこかに拉致されたらしい。
 通りで視界が閉ざされているわけだ。
 安物のシーツに包まれた状態で、俺はどこか石造りの床。もしくは地下室に近いところに転がされている。

「それよりまず、の状態確認をしなくちゃいけねェ」

 商品? 状態? 一体なんのことだ?
 というか事態が全然飲み込めていない。だがともかく、今の俺がすべきは。

「うわっ!? コイツ動くぞ!」

 モゾモゾ動き出した俺に驚いたのか、間抜けな悲鳴が聞こえた。

「いや動くでしょうよ。あんたバカぁ?」

 呆れたような女の声にお構い無しに、シーツをかき分ける。
 分厚くてガサガサとした、お世辞にも上質とは言い難いそれを蹴りながら身体から剥がそうともがく。

「っ、ぷはッ」

 あー、苦しかった。熱いし相変わらず背中痛いしで、大きく息をつきながら顔を出した。
 そしてすぐ三方から突き刺さるような視線を感じて絶句する。

「……」
「……」
「……」

 シーツから首だけ出した俺の目の前に、男が二人と女が一人。
 ガリガリな若い奴と、ガタイの良い巨人族みたいな年齢不詳なのと。あとはくすんだ金髪が目につく、やたら胸のでかい女がいた。

 いずれも鳩が豆鉄砲食らったような顔っていうのかな、口を面白いくらいあんぐり開けたマヌケ面をしてこちらを凝視している。

「は、はじめまして……あはは……あは……」

 引きつった笑顔を浮かべてみせるも、気まずいような凍ったような空気はなごまない。むしろすごい彼らが形相になった気がする。

「テメェは誰だ」
「へ?」

 空気が一変した。ピリピリと肌を焼くような殺気。そしてついに。

「テメェは誰だって言ってんだッ、この野郎ォォォッ!!!」

 若いガリガリ男が叫んだと同時に。

「!」

 こちらにまっすぐ、立て続けに飛んでくる銀色の瞬光。鋭い刃物の切っ先だと反射的に理解した。

「っ、わ!?」

 慌てて身体をひねり、みずから床を転がりこむ。
 
 ストトトトッ――、軽快な音とともに数本のナイフが床に突き刺さった。さっきまで俺がいた場所だ。
 背中に冷たい汗が滲む。

「ちょ、いきなりなんだよ」
「早く答えろ。テメェは誰だァ?」

 うわ、ヤバい奴だ。怒りなのかなんなのか、完全に目がイっちまってる。
 これじゃあ穏便に済ませることは無理だろう。

「商品はガキだって聞いてたんだ。なのに、なんでテメェみたいのが入ってンだァァァ!!!」
「だから俺も何が何だかって……っうお!?」
「死ねェェェ!!!」

 男はパニックになってるのかイカれているのか、叫び声とともに突進してきた。もちろん手には鋭利なナイフ。
 そしてこちらの喉笛を掻っ切らんとしてくるからたまらない。

「ちょ、まっ! あぶねぇ!!」

 なんとかかわし続けているがこの男、マヌケだしおかしい奴だがナイフ使いの腕はそこそこ立つらしい。
 的確に素早く狙ってきやがる。

 ……このままじゃ殺られるかもしれない。

 ちらりと他の二人に視線を走らせると、二人とも男の実力を知っているのか余裕の表情でいる。

「落ち着けっ、落ち着けってば」
「このッ、ちょこまかとォ!」
「人違いだっての」

 シーツごと拉致することに成功したものの、ターゲットを間違えたという状況なのだろう。
 だがこいつって言ってたよな? つまりこいつらがさらおうとしてたのは。しかも商品って――。

「スチルのことか!?」

 やっぱりあいつ、人身売買の人さらいに狙われてたんじゃねえか!
 俺が彼のベッドにもぐりこんだから、人違いされたのか。

「つーか、大きさやら重さで分かれよ」
「ウルセェェェッ!!!!」

 あ、図星だな。ナイフ男は顔を真っ赤にして怒鳴るし、女は気まずそうに目を逸らした。
 ガタイが良い男だけは無表情で、じっとたたずんでいるから不気味だな。

「で、でもまあそれなら人違いってことで」
 
 ジリジリと部屋のドアに向かって後ずさる。

「俺はこれで失礼――」
「ンなわけにいくかァァァッ!!!」
「ですよね!」

 そしてまた始まる応酬。
 すんでのところで避けてかわして距離を取る。しかしこの早業、なかなか人間離れしてるよな。
 恐らく前の俺ならすぐに頸動脈やられて死亡だろう。それくらいの実力者なわけだ。
 だが。

「なんで避けやがんだチクショォォォ!!」
「当たり前だろうが」

 今の俺には効かない。
 恐らくこれも解呪のおかげだろう。以前、酒場で男を倒した時のやつ。
 あとで聞いたがはぐらかされた。しかし、これはおそらく。

「武術家の能力スキル、なんだろな。これ」

 反射的に相手の攻撃をかわして間合いに入り込む。

「なにをゴチャゴチャ言ってやがる、死ねッ!」

 また鋭い切っ先が喉を狙う。俺は咄嗟、身体の重心を倒し足を踏み込む。
 
「だから無理だっての」

 ちょっとだけ。そうちょっとだけ、俺はこの状況を楽しんでいた。
 夢にまでみた無敵無双。努力じゃ手に入らなかった、このスマートな戦闘を。

「ちっとは落ち着け」

 気配をさとる隙すら与えず、男の背後に立ち言った。

「っ!」
 
 トンッ、と軽くだが確実にに手刀を打ち込む。脳を震わせ、一時的に気を失わせる箇所だ。
 その瞬間、男は声すらあげられず顎を上げて地面に崩れ落ちた。
 
「悪いがアンタ達も――って、ぅえぇッ!?」
 
 顔をあげれば残り二人が猛攻撃を仕掛けてくるところで。

「【花陰に潜む欺瞞ニグレット・アグー】!」

 女がそう叫べば、突如として出現した黒い大蛇がこちらに飛びかかってくる。真っ赤な口からは今にも噛みつきそうな鋭い牙。

「ま、マジかよ」

 慌てて後ずさるも。

「ウス……」
「い゙っ!?」

 視界に一瞬だけ過ぎる残像と、低い声。そこでハッとして身体をひねり、飛び上がった。床を転げながら必死に逃げる。

「ウスッ! ウスッ! ウスッ!」

 奴の声に合わせるよう、床にドスドスドスと穴が空いていく。
 
「あ、危ねぇ」

 いやバケモンかよ。まさに人間離れした力で巨漢男は部屋中を穴だらけにしていく。

「ちょっと、壊しすぎ。あとでアタシまで怒られんのよ」

 女は顔をしかめて言うが、その背後からは何十匹もの蛇が湧き出してこちら威嚇いかくしている。

「とりあえず殺しときましょ」
「ウス」

 あきらな殺気に部屋全体が震えるような錯覚。周りを見渡すが、どうも武器になりそうなモノは……。

「死ねッ!」
「!?」

 女の声を合図にいっせいに飛びかかってくる。 
 俺は一か八か、必死こいてに向かって走り出した。

 無数の蛇と巨体の男。
 奴らがすべて俺を殺しにくる。そしてまたしても丸腰。絶体絶命といえばそうだ。
 だが。

「死ぬわけにいくかバカやろぉぉぉッ!!!」

 そう絶叫しながらを引っ掴んで――。

「ウス」
「っ、うぐ!?」

 拾うために床にひざまずいた時、目の端に男が映った時には遅かった。
 思い切り振るわれた太い腕。とっさに逃げたが脇腹をかする。それだけで焼けるような激痛と衝撃にもんどりうって床に投げ出された。

「がはっ……ぁ゙……ぐ……ぇ」

 やばい、これまともに食らったらマジで死ぬかもしれん。デカい身体もダテじゃないってわけか。

「っ、はぁ、はっ……」
「あーあ。アタシの分も残しておいてよ。この子達のエサとしてさぁ」

 女が笑う。ザワザワと蛇の群れがこちらへゆっくり近づいてくる。

「とりあえずアンタを殺してから、また仕切り直しだねぇ。ほんと迷惑な話だわ」

 刻一刻と迫るピンチ。
 俺は腹の痛みをやり過ごしながら、懸命に立ち上がる。

「っふざけん、なよ」

 勝手に人違いされて殺されてたまるかってんだ。このバカどもが。
 内心そう思いながら、口の中にたまった血混じりの唾を吐く。

「へえ、命乞いはしないタイプね」

 女が肩をすくめて、男がまた一歩こちらへ近づいた。

「でももうおしまいよ、さよなら」

 その言葉と同時に蛇達が束になって飛んでくる。
 しかし今度は俺の方が早かった。

「なっ!?」

 白い布、俺が包まれていたシーツを前方に向かって投げつける。まるで網を広げるように。

 途端視界を奪われた女は声をあげ、数秒遅れてドスドスドスッと大きな足音がこちらへ猛然と迫ってくる。

「ウス!」

 轟音と共に穴が空く床、爆ぜて飛び散る木の破片。

 ……でも俺はそこにはいない。

「さっきは痛かったぞ、この野郎」

 相手の目の前。間合いに入り込んで言う。
 そして返事も聞かず、そのまま今度は自らの拳を男の顎したから突き上げるように叩きつけた。

「ウボァ゙ァァァァッ!!!!」

 叫び声と吹っ飛ぶ巨体。
 殴られる時は『ウス』じゃねぇんだなぁ、とかボーッと考えてた。

「っ、アンタなにしたのよ!」

 舞っていたシーツが落ち、視界がはれた女が怒鳴る。俺はため息をついた。
 もういい加減にして欲しい。間違いなく、こっちはワケわかんねえことに巻き込まれただけなのに。
 
「いや何って。これはむしろ正当防衛だ」

 この床みたく、俺の身体に風穴空けてこようとしたんだからな。

「こ、このっ、ビ〇クソ野郎がァァァッ!」
「あのなあ」

 女が吼え、蛇達が牙を剥いて飛び出してきた瞬間にはもう俺は動いていた。
 穴だらけの床を飛び越えて、大きく踏み出して。
 一瞬の隙をつく。

「汚い言葉遣い、するもんじゃねえぞ」
「!」

 そしてうなじにまた手刀を叩き込んだ。

「うっ……」

 小さな声だけで倒れ込む女。とりあえず穴の空いてない所へ横たえさせる。

「ったく。どうすんだろ、これ」

 部屋はほぼ全壊。気づかなかったけど、壁も部分的にぶち抜いてるじゃねえかよ。ま、俺は知らないけどな。

「ふぅ」

 疲れた、めちゃくちゃ疲れた。そしてまだ少し腹と背中が痛い。もう散々だ。

 とりあえずここから出るしかない。どこだか知らんが、町のどこかだろう。

 あ、それにスチルのこともだ。
 まずはどこにいるのか安全確認しないといけないな。まさか本人も人さらいに狙われてるなんて思ってもないだろうし。
 それからええっと。
 あー、もうダメだ。

「疲れたぁぁぁ……」
「おつかれ。なかなか面白かったよ」
「~~~っ!?!?!?」

 座り込む俺の後ろから、にゅっと出した顔。久しぶりのそいつはニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。

「す、スチル!?」
「やあ。御機嫌よう」

 チビで意地悪そうな顔の、色の白いガキ。そうだこの顔だ。
 おれは久方ぶりの再会にホッとするやら拍子抜けするやら。だから何も言えなくなった。

「おい、どうしたんだよ。メイト」
「……」
「なに黙ってんの。腹でも壊した?」
「……」
「あ、もしかして漏らしたのか」
「ンなわけあるかボケッ!!!」

 俺は叫ぶとやつの首根っこを思い切りつかまえる。

「どれだけ心配したと思ってんだっ、このアホガキ!」
「め、メイト?」
「うるせえっ、俺はお前がどっかに売り飛ばされてないかをだなあっ――!」
「ごめん」

 その華奢な肩をガクガクと揺らして怒鳴りつけた時、そっと差し込むように彼はつぶやいた。

「ごめん。心配、かけて」
「え」

 あいつが謝った? この不遜と偉そうという言葉が服を着て歩いてるような生意気なクソガキが? 俺に、謝っている???

 あまりの事に、また言葉が出なくなる。そんな俺を見てか、スチルがそっぽを向く。

「……僕は謝ったからな」

 まったく、ふてくされた子供みたいだ。一気に肩の力が抜けるのを感じた。

「はいはい。でもこれからまだ、お説教タイムがあるからな」
「はぁぁ!?」
「文句は聞かんぞ」
「謝っただろ!」
「謝った上での説教タイムだ、バカもん」
「ケッ」

 今度はふくれっ面をする彼がの頭を軽く小突きながら、俺は多分笑っていたと思う。
 



 






 


 

 
 

 
 











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