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野良冒険者なのでトラブルに巻き込まれてみた4

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 長身の寡黙な若い執事とキラキラとした笑顔のベルに連れられて、俺はダイニングルームに通された。
 見たことも豪華なしつらえの室内は、シャンデリアが煌めいていて眩しいくらいだ。
 
「メイト様、ただいまあるじが参ります。申し訳ございませんが、今しばらくお待ちください」

 椅子をひかれ座るとそう頭を下げられ、こちらも思わず返してしまう。
 なんかこういう場って慣れてないんだよな。だから緊張も緊張で、ガチガチになっちまう。

「あはは、メイトったら顔怖いよ」

 ベルはそんな事を言いながら、相変わらずニコニコと楽しそうだ。よほど彼に会えるのがうれしいらしい。
 そりゃそうだよな。話を聞いていると、本当に親に対する思慕とそれ以上の恩義を感じているみたいだから。

 しかしその態度にどこか危うげなモノを感じるのは俺だけだろうか。

「こちらから招いたのに、おそくなって申し訳ない」

 ドアが開かれ、ゆっくりとした足取りで入ってきた男。
 キーマス・フォン・ピウスは、オールバックにした銀髪を撫でながら席についた。

「メイト・モリナーガ君。ようこそ我が屋敷へ」

 目を細めて微笑む彼に、俺は曖昧な笑みを返す。
 その間に給仕たちが手際よく、なにやら料理の乗った皿を運んでくる。

「す、すげえ」

 思わずつぶやいてしまうほどに豪華だった。
 色とりどりと果物や野菜。ソースのかかった肉料理の香りは鼻先をこれでもかってほどくすぐって、一気に食欲をかきたてる。
 しかも使われている食器がいちいち美しかった。銀色に輝くナイフとフォークは、シャンデリアの光をまぶしいくらいに反射する。

 一般的に庶民は食事の時は手づかみだ。スープ用に木製スプーンがあるくらいか。
 こんな上等な食器を使うのは、王族くらいのものだと思っていた。
 それくらい貴重なものだ。

「なあに、少しこだわりが強いだけさ」
 
 冗談めかしてはいるが、モノがガチで最高級なのだろうから笑いにくい。
 そのうち葡萄酒まで注がれて、食事の始まりとなった。

「お口に合うと良いのだが」
「めっちゃ美味うま――お、美味しゅうございます!」

 なんだかこっちの敬語がおかしくなっちまう。
 慌てふためきながら返事をしたが、たしかに凄く美味いんだ。こんな味、食べたことないって料理ですら美味いって頭の中に刻み込まれる感じ。

 美味いもの対しては食わず嫌いは存在しないんだなぁ。なんてまったくもって意味のわからん事を考えながら、俺はソースのかかった肉を口の中に放り込む。

「本当に感謝しているのだよ、彼女を守ってくれた事にね」

 フォン・ピウスはワイングラスを持って微笑んだ。

「この娘は優秀な子だ。私にとって、なくてはならない存在さ」
「ボスぅぅぅ」

 ベルが感極まった様子でべそをかく。

「そしてそんな彼女が私に、仲間にしたいと言った。この意味をお分かりかな」
「は、はあ」

 覚悟はしていたが、ここでもスカウトされるとは。正直、少しばかり気持ちが揺らいでいるのも事実だ。
 下手するとこのままいつまでもバイト生活しているような気もする。だが一方で、俺には密かな夢もあった。

 もう一度、自分のパーティを作りたい。
 また同じ過ちをおかすつもりかバカめ、と笑われることを承知の上でだ。
 今度は自分のようにパーティを追放された奴らを、より生かせるような集団を結成したい。
 そんな夢を持っている。

「申し訳ありませんが、今の俺は――」
「なにも私は、無理矢理引き入れようというつもりはないよ」

 そこで困ったように肩をすくめて。

「ただこの娘は、貴方のことをよほど気に入ったようだ。親代わりとして、これからも付き合っていってやって欲しいと思っている。君にとっては迷惑な話かもしれないが……」
「いや、そんなことはないです」

 たしかに戸惑うが、懐かれるのは悪い気はしないのも確か。
 
「メイトは迷惑なんて思わないよ! ねえ? メイト」

 料理を頬張りながら、ベルが無邪気に言う。ああ、やっぱり年相応なんだなと思いつつ。やはりどこか引っかかる。

「あのつかぬ事を聞きますが、ピウス様も冒険者を?」

 というのはそもそも貴族が彼女の親代わりで、その彼女がいうというのがイマイチよく分からないんだ。
 名前からしてこの男は伯爵家だと思うが。そんな身分が冒険者なんて、いわば玉石混交のフリーランスと関わるか? って話。
 たしかに一部の領主は、売れっ子冒険者に専属契約持ちかけて用心棒や領地内の魔獣駆除などをやらせるのもいると聞くが。

「いや、私はあくまで彼らを統率して色々とを任せているだけさ」

 と、どこか曖昧に返す様に、さらなる疑念がふかまる

「しかし人を使うというのは難しいこと」

 カチャ、という皿とフォークの音が妙に耳障りに響く。

「彼女と諍いを起こした男のこともだけれども」
「ああ、あの男ですか」

 ベルと喧嘩して、間に入った俺を刺そうとしたプッツン野郎のことだろう。
 もうすでにあまり残っていない記憶の中と男をかろうじて思い出す。どこにでもいそうな、ガラの悪いチンピラめいた奴。

「私の元で働かせていたが、恩知らずにも裏切ったので仕方がない、断腸の思いでを下した次第でね」

 そう言うと、断腸の思いどころかむしろ上機嫌な様子でワインをまた一口。

「上に立つ者というのはなかなか大変なものさ。特に、貴族であり次期領主としてはね」
「えっ!?」

 思わず肉に刺そうとしたフォークを落としかけた。それくらい驚いたんだ。
 
 貴族であり、次期領主。つまり領主の血族ってことだ。
 確かうろ覚えだけど、この町を治める領主はここだけでなく更に付近にあるいくつかの村や町をも管理していると聞いたが。
 
 いわばそんな偉い人が目の前にいて、得意げに話をしているなんて思っても見なかったんだ。
 こっそりベルに視線を送ろうとするも、こちらは。

「ボス! これっ、すっごく美味いです!!」

 としっぽを最大限に振る犬のごとくに、嬉しそうな顔で料理を頬張っている。
 つーか、ダメだなこりゃ。でもそれでも不器用ではあるが、ナイフもフォークも使いこなしているのはさすがというか。

「――というわけだから、これを縁にお付き合いを頼むよ。冒険者殿」
「えっ? あ、はあ」
「ゆくゆくは仕事の方も、是非ともね」

 なんかやっぱり勧誘されてる気がするのだが。まずは相手、つまり俺に理解を示す形で警戒心を解きつつ。次に自分の立場を誇示する。

 なんか正直、コイツは苦手なタイプだな。
 しかしベルの横にいてはあからさまな顔もできない。俺はひたすら愛想笑いを浮かべつつ、早くこの時間が終わってくれと切に願った。




※※※

「づがれ゙だぁぁ~っ!」

 そう叫んで自室のベッドに飛び込む。それくらいクタクタだった。
 主に精神的に。

「って、またスチルいねぇし」

 あいつが使ってるベッドは使った形跡がない。朝とそう変わらない。いや、今朝も前日の夜も見かけてないぞ。
 最後に顔合わせたのはいつだ?

「ったく」

 こちとらお礼という名の接待、むしろこっちが接待していた状態からようやく解放されたんだぞ。
 ずっとあの男の自慢話を聞かされてさ。しまいには酔って気分良くなったのか、とうとうと金と商売の話題を繰り広げる始末。
 すべてが怪しげな儲け話ってやつで、胡散臭い以外ない。
 
 これを、うれしそうに目を輝かせて聴いているベルが心配になってきちまった。
 これはもう崇拝、に近いのかもしれねえ。
 親がおらず、孤独に育ったからかもしれないな。俺も似たようなものだから多少は分かる気もするが。

「仕方ねえな」

 さすがにスチルも仕事で徹夜はしないだろうから、部屋で待っててやろうか。色々と今日の話もしたい。
 
 そう思ってベッドから起き上がった。

「よーし」

 ふと悪戯心が湧いた。
 あいつのベッドに潜り込んで、部屋に入ってきたところで驚かせてやろうと思ったのだ。
 
「フッフッフッ、腰抜かせよぉ」

 俺のベッドには枕やら服やらを詰め込んで人が寝てるように見えるように。そして靴を脱いでその下に置いておく。
 これで俺はそこで爆睡してるように見えるだろう。
 
 込み上げる笑いを抑えながら、彼のベッドのシーツに潜り込んだ。
 部屋に入ってきたスチルは、まずは入口に近い俺の寝床を見て納得するだろう。それからもうひとつのベッドに人がいることにめちゃくちゃびびるに決まっている。

 お、なんだか楽しくなってきたぞ。こんな気分、ガキのとき以来だ。
 幼なじみと一緒にイタズラして笑いあって怒られて……いかんいかん、また感傷的になっちまう。

 慌てて首を振って、俺はその時を待った。
 スチルだって騙されて怒るだろうが、それでも軽いイタズラだ。怒りつつも笑ってくれるだろう。

「!」

 木が軋む音。
 間違いない、部屋の前を誰かが通った。ゆっくりとした足音が数人――数人? 

「?」

 湧いてきた疑問に頭をひねるが、そうこうするうちにドアがギィと音を立てて開いたらしい。
 踏みしめるように歩いているのは、やはり一人じゃない気がする。俺はいよいよ緊張と訝しさに身体を固くした。

 ……まさかあいつ、誰か連れ込んだとか? 女?
 いやいやいや! ガキだぞ。もしそうなら俺が直々に説教してやらんといかんだろ!!

 足音はゆっくりとこちらへ近づいてくる。しかも二人か、三人くらいのが。

「おまっ、なにして――ッぐ!?」

 怒鳴りつけながらシーツを蹴って飛び出そうとした時だった。
 突然、布団ごと何かに強く締めつけられたのだ。

「がはっ、うぐ、な、なに゙っ」

 ただでさえシーツに包まれて熱くて苦しいのに、まるで太い紐のようなモノで締めあげられては。
 俺は得体の知れないソレに懸命にもがくが、ビクともしない。

「くっ、くそ! はな゙、せぇ゙っ!!!」

『おい。えらく暴れてるな。もっと締めれるか』
『これ以上すると死んじゃうわよ。まあアタシはいいけど』
『チッ、もういい』

 必死に抵抗する俺の耳に、かろうじて聞こえたのは知らぬ男二人と女の声。
 どうやらこの紐のみたいなのは女の仕業らしい。

『まったく、予定よりかなり遅くなっちまったぜ。おい、テメェのせいだからな』
『あら、アタシのせいだけにしないでよ。それにちゃんと間に合ったじゃないのよ』
『間に合ってねえよ、あっちのベッドのヤツはどうすんだ。始末するか?』
『そうねえ。睡眠魔法くらい掛けといたらいいんじゃないの』

 あっちのベッドって、俺が細工した方か。それがバレるのも何だかまずい気がするぞ。
 朦朧としてきた意識の中で、必死に考える。

 一体なにがどうなってんだ? この押し入ってきた男女は何者なんだ。俺はこれからどうなるんだ!?

『少し大人しくなってきたな。運べ』
『ウッス』

 低い、三人目の声が応えて急に俺の身体は宙に浮いた。なんとシーツに包まれたまま抱きかかえられたらしい。

「っ、う……」

 息がしにくくて、熱くて、苦しくて――俺は意識を失った。

 


 

 

 

 
 
 
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