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正義厨なんでどうも人情に弱くなってみた
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結果から言うと。あの男は命を奪われるとかそういうことはなかった、その代わり。
「エルちゃん、あとはよろしくね♡」
「承知しました」
アメリアは大きくうなずくと、俺たちに向き直る。
「今からここは少し騒がしくなるわ。今のうちに帰りましょうね」
「え?」
「裏に馬車を待たしてあるわ、さあこちらに」
呆ける暇もなく、俺とベルは部屋の外に出るよう指示をされた。
廊下にも、たくさんのチンピラどもが倒れて気絶しているのが見えた。これもまさか全部エル先輩がやったんだろうか。
そして、ここで俺は思い出す。
「あの。スチルは……」
「今さらかよ、薄情者」
「!!!」
声があり振り返る。慌てて俺は駆け寄った。
腕を組み、立っている黒いローブの少年にタックルするような勢いで。
「お、おい」
「怪我はないか! なんか変なことされてないだろうな!?」
「えっ、ちょ、ええ?」
いきなり身体を探り始める俺に彼は驚いたようだが関係ない。擦り傷のひとつもないかと必死にさがす。
「すまん、俺のせいだ。怖かっただろ」
クソ生意気なこいつだって子供なんだ。自分より遥かに大柄な男達に取り押さえられて、挙句に売られるって話をされたら怖くないはずがない。
平気な顔をしている奴ほど、その内心は傷ついているかもしれない。身体だけじゃなく心も。
心の傷ほど深くえぐられ、癒えるのに時間がかかるんだ。しかも癒えたように見えて、ひどいケロイドを残して一生抱えていくことになる。
俺はそれを知っている。
「アンタなぁ」
深いため息と呆れたように言われた。
「まさかこんなことで、僕が怖がってチビるとか思ってたりするのか。バカにすんなよ」
「そういう事じゃねーよ」
ったく可愛げがない。でもこの憎まれ口で少しホッとしたのも事実だ。
「スチル君、よかった! 痛いとこない? ねえ大丈夫!? あたし抱っこしようか!」
あとからベルもきて、心配そうに彼の頭を撫でる。
「アンタらやめろよ。もういいって」
「でもなんかあったら大変だし。ほら、おんぶでもいいよ。あたし力だけは自信あるもん」
「あーもうっ、暑苦しい奴らばかりだな!」
「照れなくていいってば。ほら、ベルお姉ちゃんがおぶってあげる」
「いらんっ!!!」
まるきり幼子あつかいされ、彼はすっかりふくれっ面だ。
「だいたいアンタ達の方が重傷だろ」
「え?」
「ん?」
憮然として指摘され、改めて俺と彼女はお互いを見つめた。
「おいベル、お前ケガしてんじゃねーか」
「メイトこそ。ボロボロだよ!」
なんか俺たちすごくやばい状況だったんだな。そう思うと改めて生きててよかったと思える。
「ふふ……っ、あははっ……」
「ベル?」
突然、彼女が笑いだした。とてもおかしそうに俺の姿を見ながら。
「なんか、すごく……ぷぷっ……ははっ、笑えてきちゃった……あはははッ!」
腹を抱えて指さしてまで笑うもんだから、なぜか俺まで腹の底がムズムズと込み上げてきた。
「くくっ、はは……おま、笑いすぎだっつーの! あははっ」
「きゃはははっ、メイトだって!」
「ハハハッ!」
「あはははっ!!」
二人して笑い転げる。なんだろ、壊れちまったのかな。いや違うな、多分違う。違うと願いたい。
お互いを見ながら俺とベルは、数十秒に渡って爆笑し合った。
でもふと見ちまった。彼女が隠すようにぬぐった目尻に小さく光ったことを。
それを指摘することも憐れむことも多分ダメな事だし、今することじゃない。
それを分かってるのか。スチルは少しだけ目を伏せてから、黙ってそっぽ向いた。
※※※※
「落ち着いたかしら、二人とも」
「あー……すんません」
馬車に乗り、俺はアメリアさんに頭を下げた。
さっきは壊れてないと言ったが、やっぱりどこかおかしくなっちまってたと思う。
俺も、ベルも。
裏切られて追放されたトラウマが、彼女の事と重なったんだろうな。
「気になさらないで。あとこれから少し静かな道を走るから、時間がかかるかもしれないわねえ」
ちらりと小さな窓の外に視線を走らせると、アメリアさんが言った。
「本当は宿屋に帰ってからにしようと思っていたけれども、丁度良いかもしれません」
彼女が微笑む。
「メイト・モリナーガ、今から貴方にすべてをお話します」
その目はいつより厳しかった。
おそらく今回のこと――この町に蔓延る犯罪組織、人身売買や誘拐等の黒幕についてのことだろう。
俺は膝の上で拳をつくり、大きくうなずく。
「まずは私たちの身分、と言いますか。立場を明らかにしなければなりませんね」
そしてほんのわずか言葉を切ってから。
「この国、栄光の国にはとある極秘組織があります。その名前は……伏せておきますね。それは国中の町や都市、村にも調査員を置いているのです」
つまり、国お抱えのスパイ集団ってことか。
そして話によると、この組織はある一定以上の治安維持のために調査とトラブルの解決を目的としているらしい。
「一定以上って」
「国としても、小さな暴力事件や犯罪行為に対してそうそう表に出てくることはありません。しかし、ひとたび王国に対する反逆や不利益を大きく産む可能性がある場合は――今回、キーマス・フォン・ピウスと名乗っていた男はまさにその一線を超えてしまいました」
「えっ?」
馬車の振動が、身体に伝わる。今、どこを走っているのだろう。ベルやスチルは何も言わない。
「彼は、さらって来た子供たちを異国に売りつけていました。しかもこともあろうに、手を出してはいけない立場のご息女を」
相手が悪かったのか。
辺境の下級貴族や商家の子供たちならまたしも、それ以上のやんごとなき家の子供たちを誘拐して。こともあろうに外国に売り渡してしまった。
これはもはや国際問題にまで発展しかねないだろうな。
とは言っても、釈然としない部分もある。
「誘拐された子供の家柄次第だった、ってことですか」
被害者の立場で見過ごされるのかよ。これが一定以上の治安維持、ってことか。
頭では理解できても感情が追いつかない。
「ええ。気持ちは察しますわ」
静かに彼女がこたえる。
「しかしこれが国王陛下の、いえ王国の意思なのです」
「……」
「とはいえ私はずっとこの町の闇を調査してきました。もちろんエルちゃんにもお願いしてね」
先輩も調査員の一人だったのか。確かにただ者でないのはあの強さでわかる。
単独で男たちをボコボコにしていた姿は、並の冒険者が束になっても勝てないような気がする。
「貴方にも感謝しています」
「え、俺?」
「あの手紙。毎日届けてくれたでしょう。あれは情報交換や、取引には貴重な手段。なんせすべてが極秘裏で行う必要があり、下手に魔法も使えませんからね」
魔法を使えば痕跡が残る。アナログであっても手紙の方が目立たないという。
「そしてスチルさん、貴方には私から謝罪しなければなりません」
「いえ、僕が決めたことですから」
アメリアは悲しそうに目を伏せ、スチルは首を横に振る。
「おいどういうことだ」
俺が彼に訊ねると。
「私が彼を囮にしてしまったのです」
囮だと? じゃあこいつがあの場にいたことも、誘拐犯どもに狙われてたことも。もっと言えば、彼女とともに行動を共にしていたのはすべて計画だったってことか。
「それはちょっとひどいんじゃねーのか」
思わず怒りが声にこもる。
「こいつを危険な目に合わせたんだぞ」
結果的に俺が身代わりになってたが、それでも寝込みを襲われてシーツごと攫われてたってこともある。
しかもか弱い子供が下劣な大人の性的餌食になってたってことがもう腹立たしい。
誰がなんと言おうがそんな事は許されるべきじゃねえよ。
調査がなんだ、そっちの都合で振り回されたこいつの身になれってんだ
怒りに目眩すらした。
「メイト」
スチルが俺の腕に触れる。
「いいよ、僕が望んだから」
「良いワケないだろッ!」
こいつもなんでそんなに落ち着いているんだよ。おかしいだろうよ。
百歩ゆずって本人が納得していても、俺が無理だ。
正義厨とか言いたければいえばいい。実際、俺自身がこの感情を持て余している。
唇を噛む俺を、スチルが覗き込んだ。
「メイト、ありがとう」
そう言って俺がいつもするみたいに少し乱暴に頭をなでる。
「でも僕には僕なりの正義があるんだ」
「……」
「僕のような年頃の子供が、親と引き離されて他国に売られるのを黙って見ていられなかった」
「……」
「メイト」
くそっ、分かってる。分かってんだよ、そんなことくらい。
まだ長い付き合いとは言えないが、スチルがなんの考えなしに行動するタイプじゃないって事くらい。
だから心配なんだ。俺にとってすでに『仲間』なんだよ、こいつはさ。
「アメリアさんから、アンタを関わらせるつもりはないと最初に聞いたんだ」
スチルのその言葉に彼女は無言で肯定した。
「でも僕には君の力が必要だった――この意味分かるよな?」
俺もまたうなずく。
上手く丸め込まれたと思わないこともない。でも、それこそ大人げないよな。
「で。あのクソ野郎はどうなるんだ」
ため息をつきながら言うと。
「この先は管轄が変わるから私達が知るところではないけれども。王国が管理する施設で取り調べと処分が下されるでしょうね」
とことん闇が深いな。
つまり生きてシャバに出てこれる保証がまるでない、と。どっちにしろあの男は終わりということか。
「彼はあまりにも多くの罪を犯しすぎました」
彼女が言うには、元々彼は貴族でもなんでもない貧民あがりの男娼であったと。
とある貴族をたらしこんで多少の財力を得てからが虚栄の人生の始まりで、脅迫や賄賂などで金を溜め込んでは自身を貴族と偽るようになったらしい。
「男女問わず、人を手玉にとる方法を心得ていたようです」
時に相手の望むモノを惜しげも無く差し出し、油断すれば牙を剥いて喉元に噛み付く。
まるで美しい蛇のようだった、と関係を持っていた者たちは言ったという。
確かに容姿はえらく良かったかもしれねえな。
でもどこか胡散臭い奴だった。
「……そっか」
小さな声で、ベルがつぶやく。
「あたしも騙されてたんだね」
ため息のような言葉。俺は改めて、彼女の負った傷の深さに戸惑う。
「でも、いいよ」
顔を上げた彼女の目は、潤んでいたが明るかった。
「メイトがいてくれたから」
そしてニッと笑う。
「その事ですが……」
申し訳無さそうに、アメリアさんが口を開いた。
「メイトさん、貴方には一つの選択をして頂く必要があります」
「え?」
その後の言葉に、俺は驚愕した。
「エルちゃん、あとはよろしくね♡」
「承知しました」
アメリアは大きくうなずくと、俺たちに向き直る。
「今からここは少し騒がしくなるわ。今のうちに帰りましょうね」
「え?」
「裏に馬車を待たしてあるわ、さあこちらに」
呆ける暇もなく、俺とベルは部屋の外に出るよう指示をされた。
廊下にも、たくさんのチンピラどもが倒れて気絶しているのが見えた。これもまさか全部エル先輩がやったんだろうか。
そして、ここで俺は思い出す。
「あの。スチルは……」
「今さらかよ、薄情者」
「!!!」
声があり振り返る。慌てて俺は駆け寄った。
腕を組み、立っている黒いローブの少年にタックルするような勢いで。
「お、おい」
「怪我はないか! なんか変なことされてないだろうな!?」
「えっ、ちょ、ええ?」
いきなり身体を探り始める俺に彼は驚いたようだが関係ない。擦り傷のひとつもないかと必死にさがす。
「すまん、俺のせいだ。怖かっただろ」
クソ生意気なこいつだって子供なんだ。自分より遥かに大柄な男達に取り押さえられて、挙句に売られるって話をされたら怖くないはずがない。
平気な顔をしている奴ほど、その内心は傷ついているかもしれない。身体だけじゃなく心も。
心の傷ほど深くえぐられ、癒えるのに時間がかかるんだ。しかも癒えたように見えて、ひどいケロイドを残して一生抱えていくことになる。
俺はそれを知っている。
「アンタなぁ」
深いため息と呆れたように言われた。
「まさかこんなことで、僕が怖がってチビるとか思ってたりするのか。バカにすんなよ」
「そういう事じゃねーよ」
ったく可愛げがない。でもこの憎まれ口で少しホッとしたのも事実だ。
「スチル君、よかった! 痛いとこない? ねえ大丈夫!? あたし抱っこしようか!」
あとからベルもきて、心配そうに彼の頭を撫でる。
「アンタらやめろよ。もういいって」
「でもなんかあったら大変だし。ほら、おんぶでもいいよ。あたし力だけは自信あるもん」
「あーもうっ、暑苦しい奴らばかりだな!」
「照れなくていいってば。ほら、ベルお姉ちゃんがおぶってあげる」
「いらんっ!!!」
まるきり幼子あつかいされ、彼はすっかりふくれっ面だ。
「だいたいアンタ達の方が重傷だろ」
「え?」
「ん?」
憮然として指摘され、改めて俺と彼女はお互いを見つめた。
「おいベル、お前ケガしてんじゃねーか」
「メイトこそ。ボロボロだよ!」
なんか俺たちすごくやばい状況だったんだな。そう思うと改めて生きててよかったと思える。
「ふふ……っ、あははっ……」
「ベル?」
突然、彼女が笑いだした。とてもおかしそうに俺の姿を見ながら。
「なんか、すごく……ぷぷっ……ははっ、笑えてきちゃった……あはははッ!」
腹を抱えて指さしてまで笑うもんだから、なぜか俺まで腹の底がムズムズと込み上げてきた。
「くくっ、はは……おま、笑いすぎだっつーの! あははっ」
「きゃはははっ、メイトだって!」
「ハハハッ!」
「あはははっ!!」
二人して笑い転げる。なんだろ、壊れちまったのかな。いや違うな、多分違う。違うと願いたい。
お互いを見ながら俺とベルは、数十秒に渡って爆笑し合った。
でもふと見ちまった。彼女が隠すようにぬぐった目尻に小さく光ったことを。
それを指摘することも憐れむことも多分ダメな事だし、今することじゃない。
それを分かってるのか。スチルは少しだけ目を伏せてから、黙ってそっぽ向いた。
※※※※
「落ち着いたかしら、二人とも」
「あー……すんません」
馬車に乗り、俺はアメリアさんに頭を下げた。
さっきは壊れてないと言ったが、やっぱりどこかおかしくなっちまってたと思う。
俺も、ベルも。
裏切られて追放されたトラウマが、彼女の事と重なったんだろうな。
「気になさらないで。あとこれから少し静かな道を走るから、時間がかかるかもしれないわねえ」
ちらりと小さな窓の外に視線を走らせると、アメリアさんが言った。
「本当は宿屋に帰ってからにしようと思っていたけれども、丁度良いかもしれません」
彼女が微笑む。
「メイト・モリナーガ、今から貴方にすべてをお話します」
その目はいつより厳しかった。
おそらく今回のこと――この町に蔓延る犯罪組織、人身売買や誘拐等の黒幕についてのことだろう。
俺は膝の上で拳をつくり、大きくうなずく。
「まずは私たちの身分、と言いますか。立場を明らかにしなければなりませんね」
そしてほんのわずか言葉を切ってから。
「この国、栄光の国にはとある極秘組織があります。その名前は……伏せておきますね。それは国中の町や都市、村にも調査員を置いているのです」
つまり、国お抱えのスパイ集団ってことか。
そして話によると、この組織はある一定以上の治安維持のために調査とトラブルの解決を目的としているらしい。
「一定以上って」
「国としても、小さな暴力事件や犯罪行為に対してそうそう表に出てくることはありません。しかし、ひとたび王国に対する反逆や不利益を大きく産む可能性がある場合は――今回、キーマス・フォン・ピウスと名乗っていた男はまさにその一線を超えてしまいました」
「えっ?」
馬車の振動が、身体に伝わる。今、どこを走っているのだろう。ベルやスチルは何も言わない。
「彼は、さらって来た子供たちを異国に売りつけていました。しかもこともあろうに、手を出してはいけない立場のご息女を」
相手が悪かったのか。
辺境の下級貴族や商家の子供たちならまたしも、それ以上のやんごとなき家の子供たちを誘拐して。こともあろうに外国に売り渡してしまった。
これはもはや国際問題にまで発展しかねないだろうな。
とは言っても、釈然としない部分もある。
「誘拐された子供の家柄次第だった、ってことですか」
被害者の立場で見過ごされるのかよ。これが一定以上の治安維持、ってことか。
頭では理解できても感情が追いつかない。
「ええ。気持ちは察しますわ」
静かに彼女がこたえる。
「しかしこれが国王陛下の、いえ王国の意思なのです」
「……」
「とはいえ私はずっとこの町の闇を調査してきました。もちろんエルちゃんにもお願いしてね」
先輩も調査員の一人だったのか。確かにただ者でないのはあの強さでわかる。
単独で男たちをボコボコにしていた姿は、並の冒険者が束になっても勝てないような気がする。
「貴方にも感謝しています」
「え、俺?」
「あの手紙。毎日届けてくれたでしょう。あれは情報交換や、取引には貴重な手段。なんせすべてが極秘裏で行う必要があり、下手に魔法も使えませんからね」
魔法を使えば痕跡が残る。アナログであっても手紙の方が目立たないという。
「そしてスチルさん、貴方には私から謝罪しなければなりません」
「いえ、僕が決めたことですから」
アメリアは悲しそうに目を伏せ、スチルは首を横に振る。
「おいどういうことだ」
俺が彼に訊ねると。
「私が彼を囮にしてしまったのです」
囮だと? じゃあこいつがあの場にいたことも、誘拐犯どもに狙われてたことも。もっと言えば、彼女とともに行動を共にしていたのはすべて計画だったってことか。
「それはちょっとひどいんじゃねーのか」
思わず怒りが声にこもる。
「こいつを危険な目に合わせたんだぞ」
結果的に俺が身代わりになってたが、それでも寝込みを襲われてシーツごと攫われてたってこともある。
しかもか弱い子供が下劣な大人の性的餌食になってたってことがもう腹立たしい。
誰がなんと言おうがそんな事は許されるべきじゃねえよ。
調査がなんだ、そっちの都合で振り回されたこいつの身になれってんだ
怒りに目眩すらした。
「メイト」
スチルが俺の腕に触れる。
「いいよ、僕が望んだから」
「良いワケないだろッ!」
こいつもなんでそんなに落ち着いているんだよ。おかしいだろうよ。
百歩ゆずって本人が納得していても、俺が無理だ。
正義厨とか言いたければいえばいい。実際、俺自身がこの感情を持て余している。
唇を噛む俺を、スチルが覗き込んだ。
「メイト、ありがとう」
そう言って俺がいつもするみたいに少し乱暴に頭をなでる。
「でも僕には僕なりの正義があるんだ」
「……」
「僕のような年頃の子供が、親と引き離されて他国に売られるのを黙って見ていられなかった」
「……」
「メイト」
くそっ、分かってる。分かってんだよ、そんなことくらい。
まだ長い付き合いとは言えないが、スチルがなんの考えなしに行動するタイプじゃないって事くらい。
だから心配なんだ。俺にとってすでに『仲間』なんだよ、こいつはさ。
「アメリアさんから、アンタを関わらせるつもりはないと最初に聞いたんだ」
スチルのその言葉に彼女は無言で肯定した。
「でも僕には君の力が必要だった――この意味分かるよな?」
俺もまたうなずく。
上手く丸め込まれたと思わないこともない。でも、それこそ大人げないよな。
「で。あのクソ野郎はどうなるんだ」
ため息をつきながら言うと。
「この先は管轄が変わるから私達が知るところではないけれども。王国が管理する施設で取り調べと処分が下されるでしょうね」
とことん闇が深いな。
つまり生きてシャバに出てこれる保証がまるでない、と。どっちにしろあの男は終わりということか。
「彼はあまりにも多くの罪を犯しすぎました」
彼女が言うには、元々彼は貴族でもなんでもない貧民あがりの男娼であったと。
とある貴族をたらしこんで多少の財力を得てからが虚栄の人生の始まりで、脅迫や賄賂などで金を溜め込んでは自身を貴族と偽るようになったらしい。
「男女問わず、人を手玉にとる方法を心得ていたようです」
時に相手の望むモノを惜しげも無く差し出し、油断すれば牙を剥いて喉元に噛み付く。
まるで美しい蛇のようだった、と関係を持っていた者たちは言ったという。
確かに容姿はえらく良かったかもしれねえな。
でもどこか胡散臭い奴だった。
「……そっか」
小さな声で、ベルがつぶやく。
「あたしも騙されてたんだね」
ため息のような言葉。俺は改めて、彼女の負った傷の深さに戸惑う。
「でも、いいよ」
顔を上げた彼女の目は、潤んでいたが明るかった。
「メイトがいてくれたから」
そしてニッと笑う。
「その事ですが……」
申し訳無さそうに、アメリアさんが口を開いた。
「メイトさん、貴方には一つの選択をして頂く必要があります」
「え?」
その後の言葉に、俺は驚愕した。
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