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経済不安でブラッククエストに飛びつきました4
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下手なドラゴンより厄介なのがこのキメラ魔獣だ。
極めて希少でまだ出くわしたことはなかったが、その凶悪さはもはや伝説や神話といってもいい。
「二人とも気をつけろッ、そいつには毒があるぞ!」
振り立てる大蛇の尾にはもちろん、体液には生き物の内部を腐らせ死にいたらしめる猛毒が含まれている。
だから剣や槍などをつき刺せばそこから毒を噴射して危険なんだ。
迂闊に攻撃も出来やしない。あとは。
『コカトリスは睨みつけた相手を殺す』
とも言われている。
これはさすがに真偽のほどは定かじゃない。なんせ、こいつに遭遇した冒険者たちは高確率で命を落とすからだ。
死人に口なしってことだろうな。
さらに飛ぶ鳥を視線で焼き殺す、とも伝えられている。
だからひたすら逃げるという選択肢しかないんだ。
「少しは落ち着け、メイト」
「バカっ、なに悠長にしてんだ死ぬぞ!!!」
「やれやれ」
慌てふためく俺にやつは呆れたように肩をすくめた。
「そんなに怖いヤツじゃないと思うけどな」
「は?」
「確かに状況的にアレだが別に脅威ではないな。むしろ――」
「お、おい」
何言ってんのかさっぱり分からん。でも妙に冷静なこいつが少し怖かった。一方でベルはというと。
「あ、蛇みっけ」
と獲物である魔獣をみつけて嬉々として駆け出すしまつ
「だから危ないって!」
「メイト、やっぱり落ち着け」
「え?」
辺りに極彩色の羽が舞う。
嵐の前の静けさなのか、単純にこの魔鳥獣は俺たちのことを歯牙にもかけないだけなのか。はたまた警戒中なのか。
鋭く光る視線でこちらを睨みつけているだけだ。
ヒリつくような空気の中で、スチルの声がどんどん変化していく。
少しずつ、ゆっくりと間延びしながら低くなっていく。まるでテープの再生速度をが変わっていくように――って、俺は何を考えているんだ。テープってなんだろう。
……ああダメだ、なんか混乱してきたぞ。もしかしてこれもコカトリスの攻撃なんじゃないのか。精神に侵食していく魔法なんていうのはあまり聞かないが、なんせ幻獣レベルの存在だ。
「メイトしっかりしろ」
「えっ、どうしたの。大丈夫? どこか痛いの!?」
しかしそこでまたヤツの言葉が耳に入る。
気づけば二人とも眉 こちらを見上げていた。その表情はなぜか困惑しているようで。
さらにベルの手にはもうすでに十数匹の蛇がまるで荒縄みたく豪胆にも握られている。
「少しおかしいぞ」
「おかしいのはお前らだ! なんでそんなに平気な顔してるんだよっ、よく見ろよ。コカトリスだぞ!!」
今すぐにでも逃げるか戦うかしないと、ここで全滅するかもしれない。それなのにどうしてこいつらは恐れない?
いやちがう、俺がなんとかしなきゃいけないんだ。
「とりあえず逃げよう、撤退だ!」
「ちょ、メイト!?」
ベルの手を掴む。今すぐここから立ち去らないとダメだ。
「痛いっ、痛いよメイト!」
「早く逃げるぞ。ベル、スチル」
「どうしたの!? ねぇっ!!」
彼女があげる声なんてお構い無し、というよりそれどころじゃなかった。
するとスチルが割って入ってくる。
「あんたおかしいよ、混乱してる」
「混乱? いいや違う! そんなことよりお前も逃げるぞ!!」
剣なんか投げ捨ててスチルの手もつかむ。やつの目が大きく見開かれ、何か言わんと口を開けた時だった。
「うっ!」
俺の左手の薬指がチリチリと熱く痛んだ。
思わず押さえれば今度は視界の左側が紅く染まる。
「なっ……」
突然の異変に視界が揺れた。しかしこれはとても身に覚えのある――。
「あ、あの悪魔野郎」
ようやく上げた呻き声まじりの言葉に、嘲笑が響く。
『今度は先払いだ。左耳を頂いた』
最悪だ。さっきから片方の耳元でボソボソ囁かれている感覚が気持ち悪い。そして相変わらず俺の意識とは別に左の眼球が不規則な動きをして吐き気が止まらない。
「うっ……やめろ゙……気持ち悪……」
ガチで吐きそう。しかもまた時間停止したのか、二人が目の前で固まっている。宙にコカトリスの羽が浮いたままだ。
『くく、面白いな』
くそっ。こっちは面白くもなんともねえよ。
いつの間にか現れた黒ずくめの男を睨みつけた。
『我の存在を忘れていたから、少し嫌がらせしたまでだ』
「思いっきり根に持ってるじゃねえか。陰険悪魔め」
『ふん。人間風情に言われたくないわ』
そう言いながらもニヤニヤしながら俺の肩に手をかけているのがもうね。どこのメンヘラ彼女だよ。
といいつつ、どこかホッとしている俺がいた。
「先払いなら話は早い、さっさとこいつをどうにかしろ」
「くく……相変わらず貴様は浅慮だな。まあ我にとっては好都合」
指をパチン、と鳴らして悪魔は笑う。
『と、言いたいが。今回はクーリングオフだ』
「は?」
何言ってんだ、こいつ。
思いもよらない言葉に思考が停止しかける。
「いやいやいや。さっさとこの魔獣を退治してくれよ!」
巨大な羽を広げて今にも襲いかからんばかりのバケモノを。
「ほら早く、左目でも右足でもなんでもくれてやる。だからこいつをどうにかしろ!」
そうしないとこいつらが、俺の仲間が全滅しちまう。だから守らないといけないんだ。俺が、俺の仲間を。
悪魔なんて怖くない。だって自分の身を犠牲にしてでも守るべきが仲間だろ?
絶対に裏切っちゃダメなんだ。これまでも、これからもそうだ。
何度生まれることがあっても――。
「なにボサっとしてんだ、手遅れになっちまう!」
『ふむ』
目の前の男に食ってかかった。
いかに事態は切迫しているかを訴えなきゃならない、その一心で。
そんな俺を、悪魔は無表情で見ている。
「あのバケモノを早く消せッ! 今すぐにだ!!」
『……当て身』
「痛ぇッ!?」
なんとこいつ、小さな声でつぶやくと同時に俺の後頭部を思いっきりぶっ叩きやがった。
ガクンと脳が震えて反射的に頭を抱える。
「な、なにしやがる」
『ショック療法だ』
「へ?」
首の後ろがめちゃくちゃ痛くて涙目になりつつ、なぜか頭の中がサッと霧が晴れるような感覚が。
うずまいていた不安や恐怖、絶望感が一気に消える。
「な、なにが起こった」
『まだ理解できないか、このマヌケ』
呆れ果てたといった悪魔の顔に、俺はようやく空を見上げた。
「!!」
そこにはとんでもない光景が広がっていたから。
「どういうことだ? 一体何があったんだ」
『答えは明瞭かつ単純だ』
そこに翼を広げた幻獣はいなかった。その代わり、なぜか箒に乗った少女が俺を見下ろしていたのだ。
『貴様はこの魔女に、幻覚の魔法をかけられていたようだな』
「ま、魔女……って。あれは!?」
さらに驚くべき事実に気づく。
少女の服に、一見すればただの幼い子供が着るには普通のエプロンドレス。しかしそ胸元に小さく施された刺繍。それは目にしたことある模様。
『さあ、お目覚めの時間だ』
悪魔は謳うように言い、同時に煙が掻き消えるように気配がなくなった。
「メイト痛いってば!」
「っ、!?」
……ベルの困惑に満ちた声でハッとする。
いつの間にか時が戻っていた。しかし舞っていたはずの極彩色の羽はなく、それどころか張り詰め不穏に溢れていたはずの森は見事に晴れ渡っていた。
「あんた本当に大丈夫か?」
珍しく心底心配そうなスチルの言葉に、俺はようやく彼らの手を離す。
「あ、ああ。すまん」
まだ事態がよく飲み込めていない。
いたはずの幻獣は、文字通り幻だったのか。そして代わりに目の前にいるこの少女。
これは幻でないようで。ふわふわと浮いた箒には五、六歳くらいの少女が座っていた。
「まさか君。いや、貴女が」
少女はこくんとうなずく。そしてやおらに箒から飛び降りた。
「初めまして。メイト・モリナーガ様」
彼女はひどく洗練された仕草でお辞儀をする。
「わたくし、ラヴッツと申します」
そう。顔は肖像画でしか見たことがないが、その隠しきれない気品と服に施された王家の紋章の刺繍。
それは恐らく間違いない、行方不明とされていたラヴッツ王女だったのだ。
極めて希少でまだ出くわしたことはなかったが、その凶悪さはもはや伝説や神話といってもいい。
「二人とも気をつけろッ、そいつには毒があるぞ!」
振り立てる大蛇の尾にはもちろん、体液には生き物の内部を腐らせ死にいたらしめる猛毒が含まれている。
だから剣や槍などをつき刺せばそこから毒を噴射して危険なんだ。
迂闊に攻撃も出来やしない。あとは。
『コカトリスは睨みつけた相手を殺す』
とも言われている。
これはさすがに真偽のほどは定かじゃない。なんせ、こいつに遭遇した冒険者たちは高確率で命を落とすからだ。
死人に口なしってことだろうな。
さらに飛ぶ鳥を視線で焼き殺す、とも伝えられている。
だからひたすら逃げるという選択肢しかないんだ。
「少しは落ち着け、メイト」
「バカっ、なに悠長にしてんだ死ぬぞ!!!」
「やれやれ」
慌てふためく俺にやつは呆れたように肩をすくめた。
「そんなに怖いヤツじゃないと思うけどな」
「は?」
「確かに状況的にアレだが別に脅威ではないな。むしろ――」
「お、おい」
何言ってんのかさっぱり分からん。でも妙に冷静なこいつが少し怖かった。一方でベルはというと。
「あ、蛇みっけ」
と獲物である魔獣をみつけて嬉々として駆け出すしまつ
「だから危ないって!」
「メイト、やっぱり落ち着け」
「え?」
辺りに極彩色の羽が舞う。
嵐の前の静けさなのか、単純にこの魔鳥獣は俺たちのことを歯牙にもかけないだけなのか。はたまた警戒中なのか。
鋭く光る視線でこちらを睨みつけているだけだ。
ヒリつくような空気の中で、スチルの声がどんどん変化していく。
少しずつ、ゆっくりと間延びしながら低くなっていく。まるでテープの再生速度をが変わっていくように――って、俺は何を考えているんだ。テープってなんだろう。
……ああダメだ、なんか混乱してきたぞ。もしかしてこれもコカトリスの攻撃なんじゃないのか。精神に侵食していく魔法なんていうのはあまり聞かないが、なんせ幻獣レベルの存在だ。
「メイトしっかりしろ」
「えっ、どうしたの。大丈夫? どこか痛いの!?」
しかしそこでまたヤツの言葉が耳に入る。
気づけば二人とも眉 こちらを見上げていた。その表情はなぜか困惑しているようで。
さらにベルの手にはもうすでに十数匹の蛇がまるで荒縄みたく豪胆にも握られている。
「少しおかしいぞ」
「おかしいのはお前らだ! なんでそんなに平気な顔してるんだよっ、よく見ろよ。コカトリスだぞ!!」
今すぐにでも逃げるか戦うかしないと、ここで全滅するかもしれない。それなのにどうしてこいつらは恐れない?
いやちがう、俺がなんとかしなきゃいけないんだ。
「とりあえず逃げよう、撤退だ!」
「ちょ、メイト!?」
ベルの手を掴む。今すぐここから立ち去らないとダメだ。
「痛いっ、痛いよメイト!」
「早く逃げるぞ。ベル、スチル」
「どうしたの!? ねぇっ!!」
彼女があげる声なんてお構い無し、というよりそれどころじゃなかった。
するとスチルが割って入ってくる。
「あんたおかしいよ、混乱してる」
「混乱? いいや違う! そんなことよりお前も逃げるぞ!!」
剣なんか投げ捨ててスチルの手もつかむ。やつの目が大きく見開かれ、何か言わんと口を開けた時だった。
「うっ!」
俺の左手の薬指がチリチリと熱く痛んだ。
思わず押さえれば今度は視界の左側が紅く染まる。
「なっ……」
突然の異変に視界が揺れた。しかしこれはとても身に覚えのある――。
「あ、あの悪魔野郎」
ようやく上げた呻き声まじりの言葉に、嘲笑が響く。
『今度は先払いだ。左耳を頂いた』
最悪だ。さっきから片方の耳元でボソボソ囁かれている感覚が気持ち悪い。そして相変わらず俺の意識とは別に左の眼球が不規則な動きをして吐き気が止まらない。
「うっ……やめろ゙……気持ち悪……」
ガチで吐きそう。しかもまた時間停止したのか、二人が目の前で固まっている。宙にコカトリスの羽が浮いたままだ。
『くく、面白いな』
くそっ。こっちは面白くもなんともねえよ。
いつの間にか現れた黒ずくめの男を睨みつけた。
『我の存在を忘れていたから、少し嫌がらせしたまでだ』
「思いっきり根に持ってるじゃねえか。陰険悪魔め」
『ふん。人間風情に言われたくないわ』
そう言いながらもニヤニヤしながら俺の肩に手をかけているのがもうね。どこのメンヘラ彼女だよ。
といいつつ、どこかホッとしている俺がいた。
「先払いなら話は早い、さっさとこいつをどうにかしろ」
「くく……相変わらず貴様は浅慮だな。まあ我にとっては好都合」
指をパチン、と鳴らして悪魔は笑う。
『と、言いたいが。今回はクーリングオフだ』
「は?」
何言ってんだ、こいつ。
思いもよらない言葉に思考が停止しかける。
「いやいやいや。さっさとこの魔獣を退治してくれよ!」
巨大な羽を広げて今にも襲いかからんばかりのバケモノを。
「ほら早く、左目でも右足でもなんでもくれてやる。だからこいつをどうにかしろ!」
そうしないとこいつらが、俺の仲間が全滅しちまう。だから守らないといけないんだ。俺が、俺の仲間を。
悪魔なんて怖くない。だって自分の身を犠牲にしてでも守るべきが仲間だろ?
絶対に裏切っちゃダメなんだ。これまでも、これからもそうだ。
何度生まれることがあっても――。
「なにボサっとしてんだ、手遅れになっちまう!」
『ふむ』
目の前の男に食ってかかった。
いかに事態は切迫しているかを訴えなきゃならない、その一心で。
そんな俺を、悪魔は無表情で見ている。
「あのバケモノを早く消せッ! 今すぐにだ!!」
『……当て身』
「痛ぇッ!?」
なんとこいつ、小さな声でつぶやくと同時に俺の後頭部を思いっきりぶっ叩きやがった。
ガクンと脳が震えて反射的に頭を抱える。
「な、なにしやがる」
『ショック療法だ』
「へ?」
首の後ろがめちゃくちゃ痛くて涙目になりつつ、なぜか頭の中がサッと霧が晴れるような感覚が。
うずまいていた不安や恐怖、絶望感が一気に消える。
「な、なにが起こった」
『まだ理解できないか、このマヌケ』
呆れ果てたといった悪魔の顔に、俺はようやく空を見上げた。
「!!」
そこにはとんでもない光景が広がっていたから。
「どういうことだ? 一体何があったんだ」
『答えは明瞭かつ単純だ』
そこに翼を広げた幻獣はいなかった。その代わり、なぜか箒に乗った少女が俺を見下ろしていたのだ。
『貴様はこの魔女に、幻覚の魔法をかけられていたようだな』
「ま、魔女……って。あれは!?」
さらに驚くべき事実に気づく。
少女の服に、一見すればただの幼い子供が着るには普通のエプロンドレス。しかしそ胸元に小さく施された刺繍。それは目にしたことある模様。
『さあ、お目覚めの時間だ』
悪魔は謳うように言い、同時に煙が掻き消えるように気配がなくなった。
「メイト痛いってば!」
「っ、!?」
……ベルの困惑に満ちた声でハッとする。
いつの間にか時が戻っていた。しかし舞っていたはずの極彩色の羽はなく、それどころか張り詰め不穏に溢れていたはずの森は見事に晴れ渡っていた。
「あんた本当に大丈夫か?」
珍しく心底心配そうなスチルの言葉に、俺はようやく彼らの手を離す。
「あ、ああ。すまん」
まだ事態がよく飲み込めていない。
いたはずの幻獣は、文字通り幻だったのか。そして代わりに目の前にいるこの少女。
これは幻でないようで。ふわふわと浮いた箒には五、六歳くらいの少女が座っていた。
「まさか君。いや、貴女が」
少女はこくんとうなずく。そしてやおらに箒から飛び降りた。
「初めまして。メイト・モリナーガ様」
彼女はひどく洗練された仕草でお辞儀をする。
「わたくし、ラヴッツと申します」
そう。顔は肖像画でしか見たことがないが、その隠しきれない気品と服に施された王家の紋章の刺繍。
それは恐らく間違いない、行方不明とされていたラヴッツ王女だったのだ。
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