スペアの聖女

里音ひよす

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身を隠す2

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 薄暗い森の中の小道で出口に背を向けているのは森の中に用事があるからで・・・その用事というのが私達に関係ないことかもしれないと、私達は少し離れた所で立ち止まった。

 この見知らぬ人と距離を保っておきたいからだ。

 旅人なのだろうか、薄暗い中でもその服装に違和感がある。
 街の人達とは違う感じがしたからだけど、服装が軽装ではないのだ。

 この時期に旅をしてくるには理由があるはずで、そんな人が領民が好んで入る憩いの森にこんな時間に来るはずがない。


 「マナ、この石を持ちなさい」
 ヒルダさんが私の手のひらに硬い物を押し付けた。
 ヒルダさんは魔法石を幾つも持っているが、その一つかもしれない。

 「ヒルダさんあの人・・・」
 「私が目的であれば仕方がないから話を聞くしかないが、もし何かあったらマナはひとまず逃げるんだよ。転移魔法石は一人しか移動出来ないから二人で捕まるよりも関係のない者が逃げたほうがいい、逃げる場所は一番遠い場所に設定してあるから時間が稼げるだろう。そこでティーロが来るのを待つんだよ」

 「ヒルダさんが危ないじゃないですか。目的がヒルダさんならヒルダさんが逃げて私がなんとか森の中を走って逃げればどうでしょうか?」

 小声で相談していると、離れた場所にいた人影が動いた。
 ヒルダさんは私を隠すように前に出て両手を広げて私が動くのを制止した。

 「突然のことで驚かれていると思いますがお許しください」

 近づくにつれて私達は一歩後ろへと退こうとしたが、近づいてくる男性の後ろに幾人も人が控えている気配がした。

 逃げたとしてもすぐに捕まるだろう。

 「誰かと間違えてるんじゃないかね?」

 「ヒルダ様のお体を心配する主から主の元へお連れするようにと言い付っておりますゆえ、我らに御同行お願いします」

 「ふん、体調は悪くはないよ、私のことをほっといてくれないかね」

 「手荒な真似はするつもりはありませんが、もし嫌がる様子であれば眠りながら移動していただくことになりますが・・・」
 怪我をさせるつもりはないけれど、ヒルダさんの意思とは関係なく同行するつもりなんだ。

 「ヒルダさん、やっぱりヒルダさんが逃げてください」

 「私が逃げてもマナが人質に捕られたらどうせ私が困るんだよ」

 後ろに控える人達の幾人かの服装は知っている。
 たまに大きな街で見かける魔術師達が着るローブを着用している。

 ヒルダさんに魔力があろうとも、幾人もの相手に対しては体調が思わしくない今は無理だ。

 「時間がありませんので、そちらの方もご同行願えればと思います。行方を心配されている方もいるようですし」

 目の前の男性は私のことを知っている。

 連れていかれたらヒルダさんと一時的にでも離されてしまうのだろうか。

 瞬間ヒルダさんと私の周りに強風が吹いたがすぐにその風は立ち消えた。

 「ヒルダ様の風魔法のことは伺っておりますが、お体の悪い時にこれ以上魔力を消耗させてはいけません。我々の数であればヒルダ様の魔力を抑えることが出来ますので、抵抗などなさらずにこちらにいらしてください」

 風魔法を力で抑えられ、ヒルダさんは諦めた様子で少し後ろを振り向いた。

 「強風で一度森から二人で上空に飛ばされようと思ったんだけど無理なようだね。二人とも連れていかれるなら今この場で二手に分かれたほうがいい、とにかくマナはティーロと合流するまで逃げるんだよ、合流したらあの子に手紙を書いて指示を仰ぐんだ!わかったら行きなさい!!」

 その言葉と共にヒルダさんは私に向かって風魔法だろうか、何か強い風の力が体に加わりふわりと浮いた瞬間目の前が真っ白になった。



 薄闇の森の中一瞬鈍くマナの全身が光り消えた。


 二人を連れて行こうとしているのにマナが消えた事に対して別段慌てていない様子が気になった。

 「私に会いたいのなら別に私の付き添いは必要ないだろう」

 「そうですね、我々はヒルダ様をお連れするように命じられているだけですし、我々は当初はあの方の居場所を確認するだけで良いと言われていましたのでこの場から居なくなろうと問題ではありません」

 「あの子は私には関係ないんだったら構わないでおくれ」

 「我々の仕事ではありませんので我々が追う事はありませんが、転移魔法石とは珍しい物をお持ちですね。お一人だとすぐに逃げられるので丁度お二人で行動されていたので我々の運がよかったようですね」

 ヒルダとの距離をゆっくり詰める男性は目の前で起きた魔法石による転移に感心していた。

 転移に関しては魔法陣を描き幾人かの魔術師が集まりようやく1人を転移させることが出来るのに、女性の手のひらから強い魔力を感じた瞬間に女性が消えたのだ。
 魔法石は用途別に様々な種類があるが、転移魔法が使える石など見たことがなかった。

 「夜は森の中は湿気で体が冷えますし、お体に障りますので早くこの森を出ましょうか。どうぞこちらにおいでください」

 用意されている輿に乗ることを促された。

 「ふん、長旅で私が死なないようにせいぜい丁寧に私を扱うがいいさ」

 ヒルダが輿に乗るとふわりと空中まで輿が浮かび上がった。
 全盛期のヒルダなら容易に出来ていたことだが、今のヒルダには魔力を連続して使える体力はなくヒルダに会いたいと願う者の元へと連れられて行くしか選択肢がなかった。






◇◇◇



 草の上に投げ出されるようにマナは転がった。
 一瞬目が回ってしまったが、辺りを見渡すと後ろに森が見えた。
 先程いたマデカントの街にある小さな森ではなく人の手の入っていない森だった。

 でもこの森は・・・


 マナが飛ばされた場所はヒルダさんの冬の住処である森の手前の家のすぐ近くだった。

 立ち上がる前に手の中にあったはずのヒルダさんの魔法石を探した。
 草の上に転がった時に手のひらから落ちたようで見当たらない。

 手探りで探しても見つからないので、明日の朝太陽が昇るとすぐにまた探す事にして立ち上がり暗闇の中家の方に向かって小走りに走った。


 懐かしい家だ。

 何か月か家を空けていたけれど行商前にいつもヒルダさんが泥棒除けの魔術をかけていると言っていたので荒らされていることはないだろう。

 家にはヒルダさんがマナとティーロのみが何時でも入れるように扉に登録してあるので鍵は必要なかった。

 辺りに人影はないが、急いで家の中に入ると扉を背にズルズルと座り込んでしまった。

 あの状況であればヒルダさんは連れていかれてしまっただろう。

 「ティーロと合流するように」

 そう言われたが、合流するまでに時間がかかるだろう。
 街道沿いにまで魔物が出るのであればこの場所までティーロさんが戻って来るのにも時間がかかるだろうし、私がこの家から出て移動すればすれ違ってしまうかもしれない。

 それまでこのヒルダさんの冬の住処に隠れていても大丈夫なのだろうか。

 暗闇の中、一人でいることが怖いが部屋に灯りを付けることにも躊躇いがある。
 家の扉は防犯で外から開ける事も窓を割ることも出来ないようにヒルダさんがしているけれど、あの人達がもしかして魔力を使って追いかけて来るかもしれない。

 怖い・・・

 怖い・・・

 もし追いかけて来たとして、これ以上逃げることが出来ないし、魔術師に対抗出来る力なんてない。

 「ティーロさん・・・助けて・・・」

 息を潜めて夜明けを待った。
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