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利害の一致

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 コレットはたっぷり十秒、返事が出来なかった。

 頼まれたのは、王女の振りをしながら、コレットが元々持っている聖女の力の一つ『治癒』を示して見せて、『大聖女』の力の一部だと言い張るということだ。

 断じて、騎士団長と一夜を過ごすということではない。

「な、なにを言っているのかしら?」
「そもそも、聖隷騎士団の騎士道は、聖者の身に危害が及べば自分の身を『盾』にしてでも守り、害する者に対しては『剣』となってこれを打ち果たすというものがある」

「そちらも……素晴らしい精神ね」

 高貴な者を守る『剣』と『盾』の概念は、コレットの生まれ故郷でも根づいている考え方だ。将来、国を背負って立つディアを支えたくなるのは、故郷の影響もあるかもしれないとコレットは思う。
 だが、彼の語る騎士道は、想像をはるかに超えているものだった。

「聖者が空腹だと言えば自分の全ての食物を差し出し、飢え死にする道を選ぶ。眠いとなれば寝床を差し出し、寒いと言えば衣服も全て捧げて、自分は地面の上で凍死するのが正しい」
「ちょっとおかしくない?」

「身体を満足させるのも、聖隷騎士団員の務めだ」
「大分おかしいわよ⁉」

「おかしくない。聖者に隷属するのが至上の幸せなどと言う、下僕根性が染みついた奇特な集団だからな」

 その不可思議な集団を率いている男がぬけぬけと言う。しかも、そんな事を言いながら、この男はちっとも卑屈なところも、へりくだる様子も無い。使命感に燃えている訳でもなさそうだ。

 偉そうだし、ぎらついている。

 呆気に取られていたコレットに、リオンはあっさりと己の置かれている立場を暴露した。

「だから、騎士団では『聖者』にどれだけ奉仕したかが、出世や今後に響く」
「あぁ……そういうこと」

 彼は騎士団長にまで登り詰めた男だ。今までも、他の聖女達にもよく尽くしてきたのだろう。
 大聖女と謳われる王女の覚えがよければ、彼は騎士団で更に名をあげる。そして、王女も聖隷騎士団長に公認された大聖女だ。

 お互い良い事づくめだ――――私が身代わりであること以外は。

「利害は一致したな」

 その言葉に彼の思惑も透けて見えた。
 王女は全部分かっていて、コレットを身代わりにしたに違いなかった。やりかねない人である。

「していないわ」
「ん?」
「貴方の申し出は結構よ。一通り勉強したけど……興味がないみたいで、全く何も思わなかったもの!」

 自信満々に言い放ったコレットに、彼は不敵に笑う。

「そうか。ならば、思いっきり泣かせてやる」
「泣かないわよ⁉……ちょっと!」

 コレットの傍の座面に片膝を乗せ、身を寄せてきた男に抗議の声をあげるが、彼はおかまいなしだ。

「寝室が良いか? どこだ」
「教えないわよ!」

「ならばここで奪うぞ」
「あなた、正気⁉」

「本気だ」

 そう短く告げる低い声は、その言葉を裏づけていた。コレットは両手を彼の胸に伸ばし、懸命に押しのけようとしているが、びくともしない。

「待って。私に触れたら、貴方は身の破滅、最悪の人生になるわよ!」
「今度は大聖女の『予知』か?」

 病や傷の治癒と予知は、聖女の有名な力だ。

 興味を示した彼に、コレットはうっかり口にしてしまった自分を罵りつつも、またしても嘘を貫くしかない。ここで否定したら、王女の身代わりであることが露見してしまうから、言うに言えない。

「そ、そうよ!」
「望む所だ。誰が私を破滅させるかは知らないが、やれるものものならやってみろ」

「大聖女の言葉を信じなさいよ!」
「あぁ、他ならぬ貴女の言葉だ、信じるとも。だが――――」

 にやりと笑う男の眼は極めて獰猛だ。

 他国の王女を罵倒し、自国の王女を怯ませただけあると、コレットは自らも半泣きになりながら心から思った。

 この男は、世の王女の天敵に違いない。

 彼を押しのけていた手を掴まれ軽々と引き離されて、手の甲にキスを落とされる。

「――――私は貴女に会いにきたんだ、簡単に引き下がるわけが無いだろう」

 何を言っても冷静に返してきた男の声が、珍しく感情を滲ませたものだったせいだろうか。立身出世の為に、大聖女を求めた男だというのに、コレットは胸の奥が酷く疼いた。

「……諦める気は無さそうね」
「その通りだ。私はしつこいぞ」
「自慢げに言わないで……」

 自分は大聖女などではないし、彼が求める王女でもない。

 ただ、ここで彼に身体を捧げれば、王女は純潔を守ったまま大聖女の肩書を維持し、彼は騎士団長としての役目を果たして出世街道を進み、自分は婚前に行為を済ませる事が出来る。

 全員が偽を重ねながら、面目が立つ。あくまで、自分達の立場に課せられた『役割』を果たしているに過ぎない。  

 それならば、誰も何の感情も要らないし、自分にとっては経験と受け止めれば良い。

 頭で分かっていても、彼が膝を長椅子から降ろして離れた時には何故か寂しく感じ、そしてすぐに腕を掴まれて立ち上がらされた時に、胸が勝手に高鳴った。

「今夜の事は口外しないと、約束してちょうだい」
「承知した。ただ、貴女と身体を重ねたのは私だという事は、後になっても認めて貰うぞ」
「……いいわ」

 再び寝室の場所を問われた時、コレットはもう嘘がつけなかった。
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