十回目の恋人

黒猫子猫

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六言目・あるような、ないような

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 裸を晒したセシルの中心は――たいへん立派なものだった。
 顔良し、体も美麗、なおかつ雄の象徴まで普通以上。
 天は二物以上を彼に与えている。

 彼の体を見た仲間たちが、嘆くわけだ。たぶん、ちょっと怒っていたに違いない。世の中、不平等だと心から思い『ひでえ』と絶叫し、物理的に間違いなく『女を嘆かせる』と訴えたに違いない。

 セシル当人だけが、全く分かっていないだけで。
 いや、むしろ腹立ちまぎれに、彼の誤解を助長させたのではないだろうか。

「⋯⋯つかぬことを聞くけれど、水浴びのとき、お仲間の方のモノは見た事がある?」

「ない。何故か奴らは前を隠す。理由を聞いたら、『自信がなくなるだろう』と言われた。不要な気遣いだと思ったが、別に奴らのモノなど見たくはないから放っておいた」
「そ、そう⋯⋯」

 セシルは脱いだ服を手近なテーブルに放ると、そっとベッドに乗ってきた。今更ながらに緊張し始めたアイリの前に座ると、薄っすらと赤く頰を染めながら、柔らかく笑った。

「触れても⋯⋯いいか?」

 断れる女がこの世でいたら、見てみたいとアイリは思う。小さく頷くと、彼の手がゆっくりと――まるで宝物に触れるかのように、優しく頬を撫でた。頬を両手で包まれて、額にそっと口づけられる。

「アイリ」

 心から喜んでいるような、甘い声に誘われて、アイリが顔を上げると、今度は唇が重なった。どう応えていいか、アイリには分からない。セシルの口づけも、たどたどしい。
 思わず声を漏らすと、セシルに抱き締められた。硬い胸板と逞しい腕を感じ、意外に力が強いと思う。そうして唇が離れると、彼が服を脱がせていいかと尋ねてきた。
 逐一確かめる彼の真面目さにアイリは思わず微笑んで、これにも応じたのだが――。

「あ、待って。袖が絡んで⋯⋯腕を先に、きゃ⋯⋯っ」

 女性服の構造に疎いのか、セシルは四苦八苦していた。見かねてアイリも手伝ったが、そうするとどんどん肌が露出していって恥ずかしくなる。

 ――これはどうすれば、いいのかしら⁉

 アイリは心中で絶叫するが、不意に手を止めたセシルを見上げて固まった。

「⋯⋯すまない、貴女の手を煩わせているな」
 と呟く彼は、まるで捨てられる寸前の子犬の眼差しだ。

 おかしい、イヌ嫌いのはずなのに、ときめいてしまう。アイリの葛藤は一瞬で消え、彼女は即決した。

 自分の恥など、ゴミ箱にポイっと捨ててしまえ、と。

「いいのよ、自分で脱ぎたい気分だったの!」

 そう言って、アイリは率先して全裸になった。彼に気を遣わせまいと、脱いだ服に何の未練もないとアピールするように、床へと放る。
 セシルは驚いたようにアイリを見つめ、柔らかく笑った。

「貴女は本当に優しいな⋯⋯それに、可愛い」

 抱き寄せられて、ベッドに寝かされ、アイリはセシルにまたキスをされた。先程よりも、少し上手くなったような気がする。
 そのまま肌にたどたどしく口付けを受けたアイリは、真剣に思った。

 彼のモノは見掛け倒しかもしれない。だが、それはトラウマによるもので、彼の責任ではない。それに、性的興奮を覚えなくたって、彼は娼婦である自分を慮って、優しくしてくれている。

 それでいいではないか。なかなかできる事じゃない。

 アイリは思ったが、しばらくして顔が引きつる事になった。

「も、もういいと思うわ!」

 アイリは半泣きになりながら心中で絶叫したのは、拙いながらもセシルの口づけに散々翻弄されたからだ。それをした張本人であるセシルはうっとりとした顔で、極上の笑みを浮かべている。

「可愛い⋯⋯アイリ」
「そ、そうかしら⋯⋯」

 ――私は天に召されそうな気分だわ⋯⋯。

 ただ、セシルが喜んでくれたなら、いいか、と思ったとき。
 彼は気恥ずかしそうに視線を落とした。

「⋯⋯だから⋯⋯だろうか、見てくれ」
「なぬ?」

 色気の欠片も無い言葉が出たアイリは、彼が手を添えた中心を見つめ、ひぃっと息を呑んだ。

 処女には恐ろしすぎる代物が、凶器となって待ち受けていた。照れくさそうにしながらも、セシルの目は全力でアイリを欲しがっている。

 だが、待ってほしい、とアイリは思った。現世界から自分が持ち込んだ避妊具は、ごく一般的な普通サイズに適合するものだからだ。明らかに――。

「た、足りない⋯⋯わね」
「やはり不足か?」

 そうじゃない、とアイリは思いながらも、身体を起こそうとすると、セシルがすぐに身体を絡めてきた。

「嫌だ、行かせない」
「待って、逃げようとしているわけじゃないのよ!」

 アイリは必死で訴えて、彼に自分の鞄を取ってもらうと、小箱を取り出した。見慣れぬ代物に不思議そうにするセシルの前で中身を取り出し、一つを開封した。

「なんだ?」

 セシルが不思議がるのも無理はない、とアイリは思う。この世界は主に内服薬で確実な避妊の効果が得られている。娼婦の女性達は全員がこの手段を使っていた。

 だが、アイリが元の世界に戻るためには、これを男性に使ってもらうしかないのだ。

 アイリは羞恥心を堪えながら、開けた物をセシルに渡して一通り説明すると、彼は納得したようだったが、目が据わった。
 話し終えたアイリが、『貴方には合わないかも』とぽつりと漏らしたからだ。

「この大きさを選んだ理由は?」
「えぇと⋯⋯このくらいかしらと見て考えて⋯⋯」

「では、他の男のモノを見た事があるんだな」
「あるような、ないような」

 アイリの目が泳ぐ。
 そちらも説明した方がいいのかもしれないが、ハードルが高い気がする。

 そして横たわったまま悩んでいたアイリは、セシルの気配が変わったことに気付いた。

「私が貴女を満たしてみせる」
「え」

 セシルは優しい口づけを落としてきた。それだけでアイリはまた力が抜けてしまい、何も考えられなくなって、果てしない行為へと溺れた。
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