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第一章
7-3.
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7-3
「ユニファルア・レイド!私、シヴェスタ・セウロンは貴様との婚約をここに破棄する!これは、レイド、セウロン両家の認めるところである!」
―終わってしまった、と思った
私が守りたかった何もかも、一瞬で砕かれて、こぼれ落ちていく。全部、全部、何にも無くなってしまう。
目の前には常より華やかな装いのシヴェスタ。彼の背後には『英雄の娘』と、彼女の守り人達が立つ。この場に相応しい華やかな装い、しかしその眼差しは一様に冷たい。
フルリ、全身に震えが走る。
周囲を見渡せば、復活祭の装飾がほどこされた大講堂、華やかな装いの学友達の姿。思い思い、手を取り合いダンスに興じていたはずの男女が、今は遠巻きにこちらをうかがっている。
―遠い
サワサワとさざめきは聞こえれど、決して近づいては来ない。差しのべられる手もなく私の隣に立つ者はいない。皆と同じく祝賀の衣装をまとう私は、けれど今、どうしようもなく独りだった。
「ユニファルア!貴様がサリアリア様に行った非道の数々、再三に渡る警告を無視しての悪行、もはや看過できるものではない!」
「貴様の後見であるサルマン子爵も此度のことは承知済みだ!貴様はこの場に相応しくない!誉れある我等が学舎から即刻立ち去れ!貴様には侯爵家での再教育が待っている!その歪んだ性根が直るとも思えんが、サリアリア様の前へ二度と姿を現すな!」
恐い。恐怖に膝から崩れ落ちそうになる。これは何だろう。何が起きているというのか。大勢の前で、多勢を連れて、将来を約束したはずの男が私を悪だと断じてくる。これは、これではまるで、『見せ物』ではないか。
―ああ、そうか、そうだ―これは見せしめなのだ。
フラフラとさ迷う視線の先、豪奢な男達に守られ、哀しみに佇む少女。彼女こそ、この舞台の主役、魔女に苦しめられるお姫様。物語は今や佳境、魔女に呪われていた騎士は真実の愛を知り、悪しき魔女を討ち滅ぼす。そしてついに、姫を苦しめるものはいなくなるのだ。
―一体どんな喜劇だというのか
けれど―騎士に守られるお姫様が思い出させてくれた。彼の人がかつて1度だけみせた、魂を揺さぶる真紅。憐れな魔女に与えられた、希望の猛火―
―まるで、喜劇ですね―
彼の人と親交を持つなか、一度だけ、彼女が彼らとかち合う場に居合わせたことがあった。
一方的な攻撃に、淡々と応じる声。傍観しているしかなかった私だが、優秀なはずの彼らに全く言葉が通じないことが不思議でたまらなかった。彼女の言葉が少ないことも確かだったが、その言葉を曲解し、ねじ曲げ、聞く耳を持たない。
だから、彼らが去った後、ついその言葉がこぼれ落ちた。
―まるで、喜劇ですね
―ただの茶番だ
両断した彼女が薄く笑む。表情を変えることの少ない彼女の初めて見せた酷薄な笑みに、ドクリと心臓が鳴った。瞳に浮かんだ獰猛な地獄の業火はしかし、こちらが見惚れたその一瞬で消えてしまったが。
―胸を張ろう。顔を上げて。私は、ユニファルア・レイド。今は未だ、誇り高き帝国貴族、レイド侯爵家が一子。思いだそう、心奮い立つ、あの紅を。大丈夫、私は一人では無い。
「シヴェスタ様のお言葉、確かに賜りました。あくまで個人的なお話を、何故このような場で、とは思いますが」
グルリと周囲を見渡し、ここが何のための場かを思い出させる。彼らに通じるとも思えないが、まさに最後の悪あがき、ただの嫌みだ。
「皆様には今以てご迷惑をおかけしておりますこと、お詫び申し上げます。これ以上、ご迷惑をおかけするわけには参りません。私はここで退場させて頂きます」
自分を取り囲む輪に、形ばかりの謝罪を見せて、きびすを返す。
「ユニファルアさん!」
張った虚勢と緊張の糸が切れる前、さっさとこの場を離れたかったのだが。聞こえなかったふりもできないほどの大声で名前を叫ばれてしまえば、致し方ない。
「…まだ何かございますか?」
「あ、えっと。」
一瞬の躊躇を見せた少女が、意を決したように近づいて来る。目の前で歩を止めた少女と、じっと見つめ合う。
「私、どうしても一度あなたと話がしたくて」
「…お話とは?」
「うん。あの、私達って今まで直接話したことってなかったよね。だから、どうしてユニファルアさんに嫌われちゃったのか、正直よくわかってなくて。こんなことになっちゃったけど、もっとちゃんと貴女と話をしておけば良かったって、私、後悔してる」
「…」
「今からでも私達ちゃんと話をして、お互いを尊重しあえたらって思う。せっかくこの学校で出会えたんだもん。友達にはなれなくても、この国を一緒に守っていけたらいいなって。あ!もちろん友達になってもらえたらその方が嬉しいんだけど!」
「お待ち下さい!サリアリア様、それは…」
私達の会話を聞いていたシヴェスタが苦々しい顔で話を遮る。今さら、私が彼女に取り入ってどうにかするとでも思っているのだろうか。…馬鹿馬鹿しい。本当に、今さらなのだ。
「サリアリア様、お話はわかりました。お返事は後日改めてさせて頂ければ」
「あ!うん!よろしくね!ユニファルアちゃん!」
体のいい断り文句でお茶を濁せば、額面通りに受け取ったのだろう、満面の笑顔が返ってきた。時間が惜しい。私には、まだやるべきことがある。暇を告げ、今度こそ本当に舞台を降りる。
きらびやかな光あふれる大講堂から闇深い回廊へと足を踏み出す。背後で閉まる大扉が、怒り、当惑、嘲り、様々な思惑をのせた視線を断ちきっていく。
静寂に浮かぶ愛しい子の姿。私にはあの子がいる。ここで立ち止まれるわけにはいかない。
「ユニファルア・レイド!私、シヴェスタ・セウロンは貴様との婚約をここに破棄する!これは、レイド、セウロン両家の認めるところである!」
―終わってしまった、と思った
私が守りたかった何もかも、一瞬で砕かれて、こぼれ落ちていく。全部、全部、何にも無くなってしまう。
目の前には常より華やかな装いのシヴェスタ。彼の背後には『英雄の娘』と、彼女の守り人達が立つ。この場に相応しい華やかな装い、しかしその眼差しは一様に冷たい。
フルリ、全身に震えが走る。
周囲を見渡せば、復活祭の装飾がほどこされた大講堂、華やかな装いの学友達の姿。思い思い、手を取り合いダンスに興じていたはずの男女が、今は遠巻きにこちらをうかがっている。
―遠い
サワサワとさざめきは聞こえれど、決して近づいては来ない。差しのべられる手もなく私の隣に立つ者はいない。皆と同じく祝賀の衣装をまとう私は、けれど今、どうしようもなく独りだった。
「ユニファルア!貴様がサリアリア様に行った非道の数々、再三に渡る警告を無視しての悪行、もはや看過できるものではない!」
「貴様の後見であるサルマン子爵も此度のことは承知済みだ!貴様はこの場に相応しくない!誉れある我等が学舎から即刻立ち去れ!貴様には侯爵家での再教育が待っている!その歪んだ性根が直るとも思えんが、サリアリア様の前へ二度と姿を現すな!」
恐い。恐怖に膝から崩れ落ちそうになる。これは何だろう。何が起きているというのか。大勢の前で、多勢を連れて、将来を約束したはずの男が私を悪だと断じてくる。これは、これではまるで、『見せ物』ではないか。
―ああ、そうか、そうだ―これは見せしめなのだ。
フラフラとさ迷う視線の先、豪奢な男達に守られ、哀しみに佇む少女。彼女こそ、この舞台の主役、魔女に苦しめられるお姫様。物語は今や佳境、魔女に呪われていた騎士は真実の愛を知り、悪しき魔女を討ち滅ぼす。そしてついに、姫を苦しめるものはいなくなるのだ。
―一体どんな喜劇だというのか
けれど―騎士に守られるお姫様が思い出させてくれた。彼の人がかつて1度だけみせた、魂を揺さぶる真紅。憐れな魔女に与えられた、希望の猛火―
―まるで、喜劇ですね―
彼の人と親交を持つなか、一度だけ、彼女が彼らとかち合う場に居合わせたことがあった。
一方的な攻撃に、淡々と応じる声。傍観しているしかなかった私だが、優秀なはずの彼らに全く言葉が通じないことが不思議でたまらなかった。彼女の言葉が少ないことも確かだったが、その言葉を曲解し、ねじ曲げ、聞く耳を持たない。
だから、彼らが去った後、ついその言葉がこぼれ落ちた。
―まるで、喜劇ですね
―ただの茶番だ
両断した彼女が薄く笑む。表情を変えることの少ない彼女の初めて見せた酷薄な笑みに、ドクリと心臓が鳴った。瞳に浮かんだ獰猛な地獄の業火はしかし、こちらが見惚れたその一瞬で消えてしまったが。
―胸を張ろう。顔を上げて。私は、ユニファルア・レイド。今は未だ、誇り高き帝国貴族、レイド侯爵家が一子。思いだそう、心奮い立つ、あの紅を。大丈夫、私は一人では無い。
「シヴェスタ様のお言葉、確かに賜りました。あくまで個人的なお話を、何故このような場で、とは思いますが」
グルリと周囲を見渡し、ここが何のための場かを思い出させる。彼らに通じるとも思えないが、まさに最後の悪あがき、ただの嫌みだ。
「皆様には今以てご迷惑をおかけしておりますこと、お詫び申し上げます。これ以上、ご迷惑をおかけするわけには参りません。私はここで退場させて頂きます」
自分を取り囲む輪に、形ばかりの謝罪を見せて、きびすを返す。
「ユニファルアさん!」
張った虚勢と緊張の糸が切れる前、さっさとこの場を離れたかったのだが。聞こえなかったふりもできないほどの大声で名前を叫ばれてしまえば、致し方ない。
「…まだ何かございますか?」
「あ、えっと。」
一瞬の躊躇を見せた少女が、意を決したように近づいて来る。目の前で歩を止めた少女と、じっと見つめ合う。
「私、どうしても一度あなたと話がしたくて」
「…お話とは?」
「うん。あの、私達って今まで直接話したことってなかったよね。だから、どうしてユニファルアさんに嫌われちゃったのか、正直よくわかってなくて。こんなことになっちゃったけど、もっとちゃんと貴女と話をしておけば良かったって、私、後悔してる」
「…」
「今からでも私達ちゃんと話をして、お互いを尊重しあえたらって思う。せっかくこの学校で出会えたんだもん。友達にはなれなくても、この国を一緒に守っていけたらいいなって。あ!もちろん友達になってもらえたらその方が嬉しいんだけど!」
「お待ち下さい!サリアリア様、それは…」
私達の会話を聞いていたシヴェスタが苦々しい顔で話を遮る。今さら、私が彼女に取り入ってどうにかするとでも思っているのだろうか。…馬鹿馬鹿しい。本当に、今さらなのだ。
「サリアリア様、お話はわかりました。お返事は後日改めてさせて頂ければ」
「あ!うん!よろしくね!ユニファルアちゃん!」
体のいい断り文句でお茶を濁せば、額面通りに受け取ったのだろう、満面の笑顔が返ってきた。時間が惜しい。私には、まだやるべきことがある。暇を告げ、今度こそ本当に舞台を降りる。
きらびやかな光あふれる大講堂から闇深い回廊へと足を踏み出す。背後で閉まる大扉が、怒り、当惑、嘲り、様々な思惑をのせた視線を断ちきっていく。
静寂に浮かぶ愛しい子の姿。私にはあの子がいる。ここで立ち止まれるわけにはいかない。
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