43 / 74
第二章
10.
しおりを挟む
10.
どこまでも続く青空の下、今日ばかりは魔物の憂いも忘れ、誰も彼もの顔に笑顔が溢れる。
広い庭園の一角、用意されたいくつもの円卓には白い布が掛けられ、その上には色鮮やかな料理がところ狭しと並べられている。
円卓の側、給仕されたグラスを持って立つ男が、側に控える男二人の顔を交互に見る。
「お前ら本当に良かったのか?俺についてこなくても、あっちでそれなりのポストに着けてやるくらいは出来んだぞ?」
本日の主役の一人、赤髪の男の言葉に、グラスを掲げた男が応える。
「言ったじゃないですか、『どこまでもついていきます』って。北だろうが南だろうが、当然、お供いたしますよ」
おどけて見せる男とは反対に、至極真面目な表情でもう一人の男も口を開く。
「私が上に行きたいのは、この国を魔物どもから守りたいからです。以前こちらに来た時にわかりました。帝都で上に行くよりも、ここに居る方がよほどその目的に近づける」
手段が替わっただけだと言い切る男に、赤髪の男が破顔する。
「付き合い良い奴らだ」
グラスを合わせて中身を煽る男たちの背後から、声がかかる。
「ラギアス君、紹介したい人がいる」
名を呼ばれた男が振り返り、視線の先の人物を認めて表情を険しくする。
「久しぶりだな、ラギアス・ヂアーチ」
「…フーバー、教授」
両者が睨み合う中、間に立つ男が、気にした様子もなく言葉を続ける。
「士官学校で見知ってるとは思うけど、改めて。サイラス・フーバー。今は帝都で先生してるけど、うちの軍事顧問みたいなものかな。帝都でのヴィーの保護者でもある」
最後の言葉が気にくわなかったのか、紹介を受けた男の表情がますます険しくなる。相手の男はそれを歯牙にもかけず、鼻で笑った。
「ヘスタトル様、何でこんな奴との結婚なんか許したんです?」
侮蔑の言葉にますます憤り、声を荒げようとした男を制して、穏やかな声が答えた。
「いいでしょ?」
「どこがですか?」
「ヴィーを守る盾として、ヴィーの夢を叶えるための種馬として。文句無いんじゃない?」
ふざけた言葉に、馬扱いされた本人は何故か誇らしげに胸を張っている。
「え?」
質問した男は、思わぬ答えとそれに胸を張る男に、睨み合っていたことを忘れ、訝しげな視線を送る。
「えー。お前それでいいの?」
鼻息は荒いが、何とも言えない気分にさせられる男に戸惑っていると、庭園の入口から歓声が上がった。
つられた男たちが視線をやれば、そこには、本日のもう一人の主役、純白のドレスに身を包んだ花嫁の姿があった。
「!」
その姿を認めた瞬間、赤髪の巨体が硬直した。花嫁に固定された目は大きく見開かれ、瞬きを忘れて魅いられている。
「へー。大したもんだ」
「ユニ達が頑張ってくれたからね。時間が足りないって散々叱られたけど、なんとか間に合って良かった」
横で交わされる会話にも、ピクリとも反応しない。
「ヴィーもあんな格好してると、まあ、それらしくは見えるな」
美しく着飾った花嫁の首には、大粒の宝石を使った豪奢な首飾りが輝いている。
「あの首飾りはラギアス君?」
「…母が、花嫁にと」
一心に見つめたまま、心ここに在らずの声が返る。
「ああ。今日はご家族を呼べなくて申し訳なかったね。国軍の要人を不用意に辺境にはよべなくてね」
「…気にしていない」
「今、帝都の方で『辺境の平民に骨抜きにされたヂアーチのバカ息子は継承権を奪われ、辺境に逐われた』っていう噂を絶賛流してるところなんだけど、三ヶ月じゃ、さすがに間に合わなくて」
「は!?ヘスタトル様!何をしてるんですか!?」
主筋の暴挙に、男が驚きの声を上げた。
「もう少ししたら、周囲の警戒の目も弱まると思うから、ご挨拶に伺うといいよ」
「…問題ない」
「いやいや!問題はあるだろうが!?」
ふと、花嫁の視線がこちらを向く。
「ほら、迎えに行っといでよ」
「!」
背中を押す言葉に、己の役目をようやく思い出した男が大股の一歩を踏み出す。残された男達は、足早に花嫁へと近づいていく背中を見送った。
「…根っから嫌なやつじゃないんだろうな、とは思うんですよ」
遠ざかる、かつての教え子の背を見ながら、男が呟く。
「ヴィーが退学したあと、俺への個人攻撃もなく、きちんと敬意も払ってましたからね」
「まあ、結局は彼ら自身の決断だからね。私達に出来ることなんて、彼らの行く末を見守ること、あとは祈るくらいかな?」
言った男は、上官に従い辺境を選んだ男たちに視線を送る。
「はい、君達も」
男が杯を掲げた。四つのグラスの音が重なる。
「二人の、未来に―」
どこまでも続く青空の下、今日ばかりは魔物の憂いも忘れ、誰も彼もの顔に笑顔が溢れる。
広い庭園の一角、用意されたいくつもの円卓には白い布が掛けられ、その上には色鮮やかな料理がところ狭しと並べられている。
円卓の側、給仕されたグラスを持って立つ男が、側に控える男二人の顔を交互に見る。
「お前ら本当に良かったのか?俺についてこなくても、あっちでそれなりのポストに着けてやるくらいは出来んだぞ?」
本日の主役の一人、赤髪の男の言葉に、グラスを掲げた男が応える。
「言ったじゃないですか、『どこまでもついていきます』って。北だろうが南だろうが、当然、お供いたしますよ」
おどけて見せる男とは反対に、至極真面目な表情でもう一人の男も口を開く。
「私が上に行きたいのは、この国を魔物どもから守りたいからです。以前こちらに来た時にわかりました。帝都で上に行くよりも、ここに居る方がよほどその目的に近づける」
手段が替わっただけだと言い切る男に、赤髪の男が破顔する。
「付き合い良い奴らだ」
グラスを合わせて中身を煽る男たちの背後から、声がかかる。
「ラギアス君、紹介したい人がいる」
名を呼ばれた男が振り返り、視線の先の人物を認めて表情を険しくする。
「久しぶりだな、ラギアス・ヂアーチ」
「…フーバー、教授」
両者が睨み合う中、間に立つ男が、気にした様子もなく言葉を続ける。
「士官学校で見知ってるとは思うけど、改めて。サイラス・フーバー。今は帝都で先生してるけど、うちの軍事顧問みたいなものかな。帝都でのヴィーの保護者でもある」
最後の言葉が気にくわなかったのか、紹介を受けた男の表情がますます険しくなる。相手の男はそれを歯牙にもかけず、鼻で笑った。
「ヘスタトル様、何でこんな奴との結婚なんか許したんです?」
侮蔑の言葉にますます憤り、声を荒げようとした男を制して、穏やかな声が答えた。
「いいでしょ?」
「どこがですか?」
「ヴィーを守る盾として、ヴィーの夢を叶えるための種馬として。文句無いんじゃない?」
ふざけた言葉に、馬扱いされた本人は何故か誇らしげに胸を張っている。
「え?」
質問した男は、思わぬ答えとそれに胸を張る男に、睨み合っていたことを忘れ、訝しげな視線を送る。
「えー。お前それでいいの?」
鼻息は荒いが、何とも言えない気分にさせられる男に戸惑っていると、庭園の入口から歓声が上がった。
つられた男たちが視線をやれば、そこには、本日のもう一人の主役、純白のドレスに身を包んだ花嫁の姿があった。
「!」
その姿を認めた瞬間、赤髪の巨体が硬直した。花嫁に固定された目は大きく見開かれ、瞬きを忘れて魅いられている。
「へー。大したもんだ」
「ユニ達が頑張ってくれたからね。時間が足りないって散々叱られたけど、なんとか間に合って良かった」
横で交わされる会話にも、ピクリとも反応しない。
「ヴィーもあんな格好してると、まあ、それらしくは見えるな」
美しく着飾った花嫁の首には、大粒の宝石を使った豪奢な首飾りが輝いている。
「あの首飾りはラギアス君?」
「…母が、花嫁にと」
一心に見つめたまま、心ここに在らずの声が返る。
「ああ。今日はご家族を呼べなくて申し訳なかったね。国軍の要人を不用意に辺境にはよべなくてね」
「…気にしていない」
「今、帝都の方で『辺境の平民に骨抜きにされたヂアーチのバカ息子は継承権を奪われ、辺境に逐われた』っていう噂を絶賛流してるところなんだけど、三ヶ月じゃ、さすがに間に合わなくて」
「は!?ヘスタトル様!何をしてるんですか!?」
主筋の暴挙に、男が驚きの声を上げた。
「もう少ししたら、周囲の警戒の目も弱まると思うから、ご挨拶に伺うといいよ」
「…問題ない」
「いやいや!問題はあるだろうが!?」
ふと、花嫁の視線がこちらを向く。
「ほら、迎えに行っといでよ」
「!」
背中を押す言葉に、己の役目をようやく思い出した男が大股の一歩を踏み出す。残された男達は、足早に花嫁へと近づいていく背中を見送った。
「…根っから嫌なやつじゃないんだろうな、とは思うんですよ」
遠ざかる、かつての教え子の背を見ながら、男が呟く。
「ヴィーが退学したあと、俺への個人攻撃もなく、きちんと敬意も払ってましたからね」
「まあ、結局は彼ら自身の決断だからね。私達に出来ることなんて、彼らの行く末を見守ること、あとは祈るくらいかな?」
言った男は、上官に従い辺境を選んだ男たちに視線を送る。
「はい、君達も」
男が杯を掲げた。四つのグラスの音が重なる。
「二人の、未来に―」
88
あなたにおすすめの小説
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
公爵令嬢は嫁き遅れていらっしゃる
夏菜しの
恋愛
十七歳の時、生涯初めての恋をした。
燃え上がるような想いに胸を焦がされ、彼だけを見つめて、彼だけを追った。
しかし意中の相手は、別の女を選びわたしに振り向く事は無かった。
あれから六回目の夜会シーズンが始まろうとしている。
気になる男性も居ないまま、気づけば、崖っぷち。
コンコン。
今日もお父様がお見合い写真を手にやってくる。
さてと、どうしようかしら?
※姉妹作品の『攻略対象ですがルートに入ってきませんでした』の別の話になります。
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました
古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。
前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。
恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに!
しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに……
見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!?
小説家になろうでも公開しています。
第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品
我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。
たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。
しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。
そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。
ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。
というか、甘やかされてません?
これって、どういうことでしょう?
※後日談は激甘です。
激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。
※小説家になろう様にも公開させて頂いております。
ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。
タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~
【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!
ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。
※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。
「結婚しよう」
まひる
恋愛
私はメルシャ。16歳。黒茶髪、赤茶の瞳。153㎝。マヌサワの貧乏農村出身。朝から夜まで食事処で働いていた特別特徴も特長もない女の子です。でもある日、無駄に見目の良い男性に求婚されました。何でしょうか、これ。
一人の男性との出会いを切っ掛けに、彼女を取り巻く世界が動き出します。様々な体験を経て、彼女達は何処へ辿り着くのでしょうか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる