辺境の娘 英雄の娘

リコピン

文字の大きさ
48 / 74
第三章(最終章)

3-2.

しおりを挟む
3-2.

結局―当初の予定には無かったのだが―ヂアーチ邸での晩餐に招かれることとなった。それまではと、邸内をアンネリエに連れられてラギアスと見て回ることになったのだが―

「これが、ラギアスがまだ五歳の時の平面魔像よ。すぐに動き回ってしまうから、撮るかたも苦労されていたわ」

アンネリエは、重厚な雰囲気の廊下に飾られた平面魔像の数々を見せながら、当時の思い出を語る。

「こちらは、ラギアスが十歳の時。照れてなかなか前を向いてくれないから、こんな構図なの。隣に居るのがあの子の弟たちなんだけど、こっちもなかなか大人しくしてくれなくて」

アンネリエが困ったように微笑む。

「ごめんなさいね。本当なら下の子達も紹介したかったのだけれど、今はどちらも任務で帝都を離れていて。建国祭にも戻って来れそうにないの」

「いえ、いずれお会いできれば」

「ふふ。そうね」

嬉しそうに笑ったアンネリエが、一際大きな肖像魔像の前に立ち止まる。幼いながらも、今へと通じる猛々しさを持ち合わせた少年が、真っ直ぐにこちらを見据える。

「…これは士官学校に入学する時のもの。このあと暫くは寮生活だったから、母親としては寂しい思いもしたわ」

描かれた当の本人は、照れ臭いのか面倒くさいのか、少し離れて後をついて来ている。

語られる幼い彼の姿は新鮮で、ついつい話に引き込まれていれば、アンネリエがふと話を止めてこちらをじっと見つめる。

「…ごめんなさいね。こんな話ばっかり」

「いえ、興味深いです」

「そう?ありがとう。…ヴィアンカさん、こんなこと聞くと怒られてしまいそうだけど」

アンネリエが言葉を探す。

「貴女は、何故ラギアスと結婚してくれる気になったのかしら?あの子から聞いた時は、あの子を好きなわけではないようだったし、まして恋人同士でもなかったと聞くわ」

なのに何故?と聞かれた問いに対する納得できる答えというものを、自身、いまだ持ち合わせていない。ただ、

「私は強欲なのです」

「強欲?」

「はい。私には、守りたいものが沢山ある。それこそ自分では抱えきれないくらいに」

抱えきれないとわかっていても、強欲ゆえに諦めきれない。

「ラギアスは私の一番の味方になると言ってくれました。彼なら、私の守りたいものを共に守ってくれる」

「それは、味方になるならラギアスでなくとも良いということ?ラギアスに守る力が無ければダメだった?」

子を思う母親の、凪いだ瞳の奥に静かにあるもの。それを認めて、

「…そうですね。ラギアスに力が無ければ、私が彼の手を取ることは無かったでしょう。彼を守りながら他を守るだけの力が、私には無い」

悔しいことだが、それは事実。案じているのだとわかってはいても、力など無くても彼を選んだと、そう返すことが出来ない。

「…ただ、ラギアスの求婚は私に鮮明な未来を見せてくれました。彼と共に、大事な人達を、辺境を、そしてこの国を守っていく未来を」

―ラギアスとなら、進むべき道、進みたいと望む道が見えてくる

「実際に彼以外の選択肢は過去に一つだけありました。その未来も決して嫌なものではなかったのです。それでも、ラギアスが見せてくれたような鮮やかさは持ち合わせていなかった」

「その方を愛してはいなかったのね?」

「愛…。兄のように慕ってはいますが。…申し訳ありません。私には異性として愛するということがよくわからない…。ただ、」

頬が緩むのを自覚する。

「私はラギアスといるのが楽しい。彼の周りの人々、彼のつくり出す空間をとても心地好いと感じています」

こんな拙い言葉が、果たして彼を案じる母親に届いているだろうか?

「私は、貴女方と家族になれたら、いえ、家族になりたいと、そう思っています」

「まぁ」

大輪の花の綻ぶような微笑みが輝く。

「嬉しいわ。ありがとう、ヴィアンカさん。意地悪なことばかり言う私達が嫌になってるんじゃないかと思っていたの」

恥ずかしそうにアンネリエが笑う。

「私まで。ラギアスはもう子どもではないとわかっているんだけれど、ついつい貴女達のことに余計な口を挟んでしまって」

「いえ、母が子を心配するのはわかります。それに貴女とラギアスの話を出来て良かった」

「ヴィアンカさん!」

感極まったと言わんばかりの表情で抱き締めてくるアンネリエ。見下ろす位置にある身長からすると、抱きつかれているというべきか。

「何やってんだよ!」

廊下の反対側に離れていたラギアスが慌てて近寄ってくる。

「あら、いいじゃない。ヴィアンカさんはもう私の娘ですもの。母親が抱き締めるくらい構わないでしょう?」

「ヴィアはガキじゃねえんだよ!離せ!」

「本当に、なんでこんな口の悪い子になってしまったのかしら?やっぱり女の子はいいわよね。うちは男の子ばかりだったから」

ラギアスが、抱き締める腕を強引に引き剥がす。こちらを覗き込む目が心配そうに細められた。

「…何の話だった?」

「あらやだ、ラギアスったら心配しないで。ヴィアンカさんを虐めていたわけじゃないわ」

「おふくろには聞いてねえ」

ひどいと嘆く母親をよそに、じっと見つめられる。

「…士官学校に入る前のラギアスの話を聞かせてもらった」

「ああ。…それから?」

「…それから、」

―何故ラギアスと結婚してくれる気になったのかしら?

目の前の赤眼を見つめる。たった今―本当の意味では―答えられなかった問いに対する答えを探して。

「ラギアスを、愛しているのかと聞かれた」

「!?は!!」

「正確には、何故ラギアスと結婚したのかと聞かれたのだが、」

「!待て!答えんなよ!言うな!っ!おふくろ!何でんなこと聞いてんだよ!」

言葉の先を必死に止めようとするラギアスが、アンネリエを責める。

「あら、だって気になるでしょう?」

「っ!」

ラギアスが言葉に詰まった。逡巡を見せるが―

「っダメだ!心の準備が!ってか、こんなとこで聞けるわけねえだろ!」

「まあ、意気地の無い」

おっとりと微笑むアンネリエの言葉に、怯んだラギアスが、気まずげに目をそらす。

―彼への答え、か。

「そうだな。私もまだうまく伝えられる自信がない。準備ができるまで、ラギアス、待っていてくれるか?」

「…おう」

目元を赤らめたラギアスが眩しそうにこちらを見つめる。

「ふふ。素敵ね」

アンネリエが楽しそうに笑う。その顔が何かを思い付いたのか、ぱっと輝く。

「そうだわ。今度は二人の話を聞かせて。二人がどんな風に出会ったのか、ぜひ知りたいわ」

「!?」

ラギアスの顔がサッと青ざめる。

「?ラギアスとの出会い、ですか?」

「ま、待て!」

途端に慌て出すラギアスだが、彼との出会い、何か彼を困らせるようなことがあっただろうか?

「?士官学校の学舎内で声をかけられたのではなかったか?」

「っ!」

再びラギアスの言葉が途切れる。他に何かがあっただろうか?記憶を探るが特に何かが引っ掛かることもない。

「ラギアス?」

「…俺も、いつかお前に話したいことがある」

切ない顔が、一瞬のぞいて消えた。

「…まあ、今じゃねえよ」

言って、隣で目を輝かせて聞いていた自分の母を睨む。

「あら、残念」

少しも残念そうでは無い声が、笑った。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。 前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。 恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに! しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに…… 見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!? 小説家になろうでも公開しています。 第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

公爵令嬢は嫁き遅れていらっしゃる

夏菜しの
恋愛
 十七歳の時、生涯初めての恋をした。  燃え上がるような想いに胸を焦がされ、彼だけを見つめて、彼だけを追った。  しかし意中の相手は、別の女を選びわたしに振り向く事は無かった。  あれから六回目の夜会シーズンが始まろうとしている。  気になる男性も居ないまま、気づけば、崖っぷち。  コンコン。  今日もお父様がお見合い写真を手にやってくる。  さてと、どうしようかしら? ※姉妹作品の『攻略対象ですがルートに入ってきませんでした』の別の話になります。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?

はくら(仮名)
恋愛
 ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。 ※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。

【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!

ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。 ※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。

処理中です...