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第一章 突然始まった非現実
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夜が明けて直ぐに、泊まった小屋を出た。足元は―誰かのお古なんだろうけれど―彼が昨日持ってきてくれた靴。村なんだろうなと思う集落には、木の家がいくつか見えて、広い畑が広がっている。それらを横目に、どんどん歩いていくヴォルフの後を追った。
こんなに朝早い時間でも、既に畑で働く人達の姿が見える。そんな彼らに、構わずに進んでいくヴォルフの袖を引っ張って、呼び止める。
『ヴォルフ、あの、私まだあなたについていっていいんですか?』
昨夜の男のことがあるから、この村に置いていかれるのは確かに恐い。だけど『人の居るところまで』、ヴォルフは連れてきてくれた。確実に足手まといでしかない私は、どこまでヴォルフについていっていいんだろう。畑の人達に視線を送る私と、その視線の先の人達を見比べて、ヴォルフが口を開いた。
「…昨夜のことがある。もめ事は避けたい。彼らとは接触せずにここを出るぞ」
『ヴォルフ?』
何を言っているかわからないから、首を傾けて意思表示をする。
「…来い」
お互いに言葉は通じないから、態度や行動で示すしかないのは確かなのだけれど。突然、手をとられて驚いた。そのまま、手を繋いで、歩き出す。歩幅の大きい彼に、一瞬引っ張られて、気づいた彼が、直ぐに歩幅を合わせてくれる。
『…ヴォルフ』
呼べば、視線が向けられる。
『ありがとう』
当然のように手を引いて、連れていってくれる。言葉は通じてないけど、まだ、私、あなたについていっていいんだよね?
それから十日、ヴォルフに連れられて街道を歩いた。途中に寄ったいくつかの街はそれなりの大きさがあって、街に立ち寄る度にヴォルフはお仕事をしているようだった。その間、私は宿に置いていかれることになったのだけれど。
一番最初に置いていかれた時は不安で仕方なかった。ヴォルフが何度も「大丈夫だ」という言葉を繰り返して、何かを説明してくれて。その「大丈夫だ」の優しい響きに、ソワソワしながらも何とか彼の帰りを待つことが出来た。
彼の帰りを待つ間、時間だけはたくさんあったから、色々なことを考えた。私がいるここは、私の居た世界とは違う。ようやくだけれど、その事実も認められるようになった。
ヴォルフの収納袋や他にも不思議なことが多かったけど、決定的だったのは、街で見かけた馬の足が六本あったこと。初めて見たときは衝撃だったけれど、どの街でもよく目にするあの馬は、こちらの世界の普通なのだろう。思い返せば森で襲ってきた熊だって、テレビでも見たことないくらい大きかった気がする。
そうやって、あり得ないことがあるここを、異世界だと認めて、また落ち込んだけれど。お母さんやお姉ちゃんの顔を思い浮かべて、何とか帰る方法を見つけようと決意した。
二人と、こんなに突然引き離されるなんて。二人に、二度と会えないなんて。そんなのは、絶対に嫌だから。
なぜ、私がこの世界に来たのかはわからない。小説やマンガで読んだお話の中では、異世界に来る前に神様に会っていたり、誰かに召喚されたりしていたけれど。私がここに居る理由を説明してくれる人を見つけたい。
私がここに居るのが何かの間違いなら―そうであって欲しいと心から思う―私を元の世界に帰してもらおう。何か理由があって呼ばれたのだとしても―私に出来ることなら何でもするから―それが終わったら家に帰して欲しい。何も関係なくこの世界に来てしまったのなら、自分で探そう。家に帰る方法を。魔法みたいな力がある世界だから、きっと何とかなる。そう、自分を奮い立たせて、まず、すべきことを考えた。
―まずは、言葉を覚える
ここに来るまでの道中に、ヴォルフからいくつか言葉を習った。習ったと言っても、あまり口数の多くない彼だから、物の名前をいくつか尋ねて、それに答えてもらったのだけれど。
彼が腰につけているポーチは『収納袋』、彼がわざわざ採ってきてくれた果物は『カリル』と言って、街でもよく売られているのを見かける。最初に市場で見つけたときは嬉しくて、名前を尋ねようと指差したのだが、勘違いしたヴォルフが並んでいるカリルを山ほど購入してくれた。嬉しかったけど、食い意地がはっているみたいで、赤くなった顔でお礼を言った。
それからも、ちょくちょく買って来てくれることがあるから、よっぽど気に入ったんだと思われている気がする。カリルも確かに好きだけれど、買ってきてくれるヴォルフの気持ちが嬉しくて、毎回喜んでしまう私のせいもあるとは思う。
彼に感謝の気持ちを伝える言葉がわかればいいのに。他の―宿の人達も含めてた―人との接触を、ヴォルフが避けているようだから、言葉を交わす相手はヴォルフしかいない。彼にお礼を言われるようなことがないから、彼の口から感謝の言葉が出てくることはない。だから、せめて日本語で感謝を伝えることしか出来ないのだけれど。
部屋にノックの音が響く。ヴォルフが帰ってきたのだろう。直後、扉から現れた大きな体に、ほっとする。
『お帰りなさい、ヴォルフ』
「何もなかったか?」
ああ、『お帰りなさい』も彼によく言っている。彼に伝えたい気持ち、覚えたい言葉がたくさんある。頑張ろう。手探りでやるしかないけれど、一つずつ。
部屋に入ってきた彼が腕に抱えるものを見て、思わず笑ってしまった。
『ありがとう、ヴォルフ!』
「…食べるか?」
差し出された山盛りのカリルの袋を受け取った。また、彼の誤解を深めてしまったかもしれないけれど、あふれる嬉しい気持ちは本物だから。
夜が明けて直ぐに、泊まった小屋を出た。足元は―誰かのお古なんだろうけれど―彼が昨日持ってきてくれた靴。村なんだろうなと思う集落には、木の家がいくつか見えて、広い畑が広がっている。それらを横目に、どんどん歩いていくヴォルフの後を追った。
こんなに朝早い時間でも、既に畑で働く人達の姿が見える。そんな彼らに、構わずに進んでいくヴォルフの袖を引っ張って、呼び止める。
『ヴォルフ、あの、私まだあなたについていっていいんですか?』
昨夜の男のことがあるから、この村に置いていかれるのは確かに恐い。だけど『人の居るところまで』、ヴォルフは連れてきてくれた。確実に足手まといでしかない私は、どこまでヴォルフについていっていいんだろう。畑の人達に視線を送る私と、その視線の先の人達を見比べて、ヴォルフが口を開いた。
「…昨夜のことがある。もめ事は避けたい。彼らとは接触せずにここを出るぞ」
『ヴォルフ?』
何を言っているかわからないから、首を傾けて意思表示をする。
「…来い」
お互いに言葉は通じないから、態度や行動で示すしかないのは確かなのだけれど。突然、手をとられて驚いた。そのまま、手を繋いで、歩き出す。歩幅の大きい彼に、一瞬引っ張られて、気づいた彼が、直ぐに歩幅を合わせてくれる。
『…ヴォルフ』
呼べば、視線が向けられる。
『ありがとう』
当然のように手を引いて、連れていってくれる。言葉は通じてないけど、まだ、私、あなたについていっていいんだよね?
それから十日、ヴォルフに連れられて街道を歩いた。途中に寄ったいくつかの街はそれなりの大きさがあって、街に立ち寄る度にヴォルフはお仕事をしているようだった。その間、私は宿に置いていかれることになったのだけれど。
一番最初に置いていかれた時は不安で仕方なかった。ヴォルフが何度も「大丈夫だ」という言葉を繰り返して、何かを説明してくれて。その「大丈夫だ」の優しい響きに、ソワソワしながらも何とか彼の帰りを待つことが出来た。
彼の帰りを待つ間、時間だけはたくさんあったから、色々なことを考えた。私がいるここは、私の居た世界とは違う。ようやくだけれど、その事実も認められるようになった。
ヴォルフの収納袋や他にも不思議なことが多かったけど、決定的だったのは、街で見かけた馬の足が六本あったこと。初めて見たときは衝撃だったけれど、どの街でもよく目にするあの馬は、こちらの世界の普通なのだろう。思い返せば森で襲ってきた熊だって、テレビでも見たことないくらい大きかった気がする。
そうやって、あり得ないことがあるここを、異世界だと認めて、また落ち込んだけれど。お母さんやお姉ちゃんの顔を思い浮かべて、何とか帰る方法を見つけようと決意した。
二人と、こんなに突然引き離されるなんて。二人に、二度と会えないなんて。そんなのは、絶対に嫌だから。
なぜ、私がこの世界に来たのかはわからない。小説やマンガで読んだお話の中では、異世界に来る前に神様に会っていたり、誰かに召喚されたりしていたけれど。私がここに居る理由を説明してくれる人を見つけたい。
私がここに居るのが何かの間違いなら―そうであって欲しいと心から思う―私を元の世界に帰してもらおう。何か理由があって呼ばれたのだとしても―私に出来ることなら何でもするから―それが終わったら家に帰して欲しい。何も関係なくこの世界に来てしまったのなら、自分で探そう。家に帰る方法を。魔法みたいな力がある世界だから、きっと何とかなる。そう、自分を奮い立たせて、まず、すべきことを考えた。
―まずは、言葉を覚える
ここに来るまでの道中に、ヴォルフからいくつか言葉を習った。習ったと言っても、あまり口数の多くない彼だから、物の名前をいくつか尋ねて、それに答えてもらったのだけれど。
彼が腰につけているポーチは『収納袋』、彼がわざわざ採ってきてくれた果物は『カリル』と言って、街でもよく売られているのを見かける。最初に市場で見つけたときは嬉しくて、名前を尋ねようと指差したのだが、勘違いしたヴォルフが並んでいるカリルを山ほど購入してくれた。嬉しかったけど、食い意地がはっているみたいで、赤くなった顔でお礼を言った。
それからも、ちょくちょく買って来てくれることがあるから、よっぽど気に入ったんだと思われている気がする。カリルも確かに好きだけれど、買ってきてくれるヴォルフの気持ちが嬉しくて、毎回喜んでしまう私のせいもあるとは思う。
彼に感謝の気持ちを伝える言葉がわかればいいのに。他の―宿の人達も含めてた―人との接触を、ヴォルフが避けているようだから、言葉を交わす相手はヴォルフしかいない。彼にお礼を言われるようなことがないから、彼の口から感謝の言葉が出てくることはない。だから、せめて日本語で感謝を伝えることしか出来ないのだけれど。
部屋にノックの音が響く。ヴォルフが帰ってきたのだろう。直後、扉から現れた大きな体に、ほっとする。
『お帰りなさい、ヴォルフ』
「何もなかったか?」
ああ、『お帰りなさい』も彼によく言っている。彼に伝えたい気持ち、覚えたい言葉がたくさんある。頑張ろう。手探りでやるしかないけれど、一つずつ。
部屋に入ってきた彼が腕に抱えるものを見て、思わず笑ってしまった。
『ありがとう、ヴォルフ!』
「…食べるか?」
差し出された山盛りのカリルの袋を受け取った。また、彼の誤解を深めてしまったかもしれないけれど、あふれる嬉しい気持ちは本物だから。
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