62 / 78
第四章 聖都への帰還と決意
5.
しおりを挟む
5.
「さて、では改めまして、」
そう言って、ハイリヒが今回の瘴気の発生についてやハイロビ周辺での瘴気の減少について、その減少が『巫女』である私の力によるものだと言うことを滔々と語る。
「ですので、今回の瘴気騒ぎについても、巫女様の浄化の御力で、速やかに解決できるものと考えております。巫女様、どうか、我々をまたお救い下さい」
そう、にこやかに言って、最後に頭を下げたハイリヒ。周囲の人間の反応は様々だ。
フリッツやドロテアには、こちらへの明らかな敵意を感じるし、レオナルトは厳しい表情のまま無言を貫いている。他の二人は、その立ち位置からレオナルトに近い関係なのだろうが、こちらも何を考えているのかはわからない。
頭を上げたハイリヒの顔をまっすぐに見つめる。
「…私は『巫女』じゃなくなったんじゃなかった?」
「っ!それは…」
ハイリヒの笑顔が、ぎしりと歪んだ。
「それは?何?神殿にとって、私は『巫女』なの?」
「…巫女様は、巫女様であらせられます。その存在を、御力を否定するつもりなど毛頭なく、」
「そう、わかった」
欲しい言質はとれた。長々と続きそうな言い訳に付き合うつもりはない。
「…巫女様、どうか聖都をお守り下さい。巫女様の御力で瘴気の浄化を、」
「それは、無理。今の私に、あの瘴気を祓う力は無いから、」
私の言葉が終わるよりも早く、部屋に男の罵声が響いた。
「やはり無理なのではないか!その女はもはや巫女でも何でもない、ただの女だ!」
「…フリッツ殿、お控えなさい」
「神殿長!その女は、ケルステンの名を汚したのだぞ!当家はその女を、絶対に許すわけにはいかない!」
ハイリヒの制止にも、フリッツの怒声が止まることはない。興奮したフリッツの肩に、レオナルトが手を置くことで、ようやくその勢いが止まった。
「レオナルト様…。申し訳ありません。しかし、巫女の力を失っていることは、その女自身も認めているところ、早々に追い出すべきです、こんな女」
吐き捨てるフリッツに、レオナルトが首を振る。
「フリッツ、落ち着け。巫女様の話を最後まで聞け」
レオナルトの言葉に、ようやく口をつぐんだフリッツの視線がこちらを向く。
「…今の私に、瘴気を祓う力は無い。それをどうにかするために、私はここに居る」
今度は私の意思で、守りたい人達を守るために、巫女の力を必要としているから。
「…そもそもの前提として、巫女は世界に漂う瘴気を集める装置ではあるけれど、自分の身の内に溜まった瘴気を浄化、消し去ることは出来ない」
これは、宝珠によって与えられた知識。
「私の中の瘴気を浄化する装置は、あくまで守護石、それを宿す守護者達だから」
それを知るはずの当人達に、困惑の表情が浮かぶ。神殿長であるハイリヒでさえ、戸惑いの表情を見せている。
「私の巫女としての器には、既に瘴気が限界まで溜まっている。だから、私が瘴気をこれ以上吸収することはできない」
告げたのは真実だけれど、彼らには私の言葉を信じる根拠はない。暫しの沈黙の後、口を開いたのはレオナルトだった。
「…巫女様、守護者の役目とは。我々が如何にして巫女様の抱える瘴気を浄化することが可能だと言うのでしょう?」
その言葉からわかるのは、やはり先代巫女の時代に歪められ、喪われてしまっている伝承としての知識。それでも、
「…例え、その意義がわからなかったとしても。あなた達は守護者として、自分達が何を成すべきかを知っている」
「…どういう?」
「守護者とは『巫女に侍り、仕える者』、『巫女を一途に愛し抜く』存在でなければならない、ということ」
「…」
巫女一人で完結せずに、守護者という補助装置を必要としてしまう。『人』の感情に左右される、不完全な浄化システム―
「巫女の中の瘴気は、肌を重ねることで守護者に移る。守護者に移った瘴気は、守護石が浄化する。それが、この世界の、あなた達が言うところの『浄化』の流れ」
真実を、告げた言葉に、沈黙が返る―
「さて、では改めまして、」
そう言って、ハイリヒが今回の瘴気の発生についてやハイロビ周辺での瘴気の減少について、その減少が『巫女』である私の力によるものだと言うことを滔々と語る。
「ですので、今回の瘴気騒ぎについても、巫女様の浄化の御力で、速やかに解決できるものと考えております。巫女様、どうか、我々をまたお救い下さい」
そう、にこやかに言って、最後に頭を下げたハイリヒ。周囲の人間の反応は様々だ。
フリッツやドロテアには、こちらへの明らかな敵意を感じるし、レオナルトは厳しい表情のまま無言を貫いている。他の二人は、その立ち位置からレオナルトに近い関係なのだろうが、こちらも何を考えているのかはわからない。
頭を上げたハイリヒの顔をまっすぐに見つめる。
「…私は『巫女』じゃなくなったんじゃなかった?」
「っ!それは…」
ハイリヒの笑顔が、ぎしりと歪んだ。
「それは?何?神殿にとって、私は『巫女』なの?」
「…巫女様は、巫女様であらせられます。その存在を、御力を否定するつもりなど毛頭なく、」
「そう、わかった」
欲しい言質はとれた。長々と続きそうな言い訳に付き合うつもりはない。
「…巫女様、どうか聖都をお守り下さい。巫女様の御力で瘴気の浄化を、」
「それは、無理。今の私に、あの瘴気を祓う力は無いから、」
私の言葉が終わるよりも早く、部屋に男の罵声が響いた。
「やはり無理なのではないか!その女はもはや巫女でも何でもない、ただの女だ!」
「…フリッツ殿、お控えなさい」
「神殿長!その女は、ケルステンの名を汚したのだぞ!当家はその女を、絶対に許すわけにはいかない!」
ハイリヒの制止にも、フリッツの怒声が止まることはない。興奮したフリッツの肩に、レオナルトが手を置くことで、ようやくその勢いが止まった。
「レオナルト様…。申し訳ありません。しかし、巫女の力を失っていることは、その女自身も認めているところ、早々に追い出すべきです、こんな女」
吐き捨てるフリッツに、レオナルトが首を振る。
「フリッツ、落ち着け。巫女様の話を最後まで聞け」
レオナルトの言葉に、ようやく口をつぐんだフリッツの視線がこちらを向く。
「…今の私に、瘴気を祓う力は無い。それをどうにかするために、私はここに居る」
今度は私の意思で、守りたい人達を守るために、巫女の力を必要としているから。
「…そもそもの前提として、巫女は世界に漂う瘴気を集める装置ではあるけれど、自分の身の内に溜まった瘴気を浄化、消し去ることは出来ない」
これは、宝珠によって与えられた知識。
「私の中の瘴気を浄化する装置は、あくまで守護石、それを宿す守護者達だから」
それを知るはずの当人達に、困惑の表情が浮かぶ。神殿長であるハイリヒでさえ、戸惑いの表情を見せている。
「私の巫女としての器には、既に瘴気が限界まで溜まっている。だから、私が瘴気をこれ以上吸収することはできない」
告げたのは真実だけれど、彼らには私の言葉を信じる根拠はない。暫しの沈黙の後、口を開いたのはレオナルトだった。
「…巫女様、守護者の役目とは。我々が如何にして巫女様の抱える瘴気を浄化することが可能だと言うのでしょう?」
その言葉からわかるのは、やはり先代巫女の時代に歪められ、喪われてしまっている伝承としての知識。それでも、
「…例え、その意義がわからなかったとしても。あなた達は守護者として、自分達が何を成すべきかを知っている」
「…どういう?」
「守護者とは『巫女に侍り、仕える者』、『巫女を一途に愛し抜く』存在でなければならない、ということ」
「…」
巫女一人で完結せずに、守護者という補助装置を必要としてしまう。『人』の感情に左右される、不完全な浄化システム―
「巫女の中の瘴気は、肌を重ねることで守護者に移る。守護者に移った瘴気は、守護石が浄化する。それが、この世界の、あなた達が言うところの『浄化』の流れ」
真実を、告げた言葉に、沈黙が返る―
47
あなたにおすすめの小説
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
王女殿下のモラトリアム
あとさん♪
恋愛
「君は彼の気持ちを弄んで、どういうつもりなんだ?!この悪女が!」
突然、怒鳴られたの。
見知らぬ男子生徒から。
それが余りにも突然で反応できなかったの。
この方、まさかと思うけど、わたくしに言ってるの?
わたくし、アンネローゼ・フォン・ローリンゲン。花も恥じらう16歳。この国の王女よ。
先日、学園内で突然無礼者に絡まれたの。
お義姉様が仰るに、学園には色んな人が来るから、何が起こるか分からないんですって!
婚約者も居ない、この先どうなるのか未定の王女などつまらないと思っていたけれど、それ以来、俄然楽しみが増したわ♪
お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。
え? 違うの?
ライバルって縦ロールなの?
世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。
わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら?
この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。
※設定はゆるんゆるん
※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。
※明るいラブコメが書きたくて。
※シャティエル王国シリーズ3作目!
※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、
『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。
上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。
※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅!
※小説家になろうにも投稿しました。
行動あるのみです!
棗
恋愛
※一部タイトル修正しました。
シェリ・オーンジュ公爵令嬢は、長年の婚約者レーヴが想いを寄せる名高い【聖女】と結ばれる為に身を引く決意をする。
自身の我儘のせいで好きでもない相手と婚約させられていたレーヴの為と思った行動。
これが実は勘違いだと、シェリは知らない。
傷物令嬢は騎士に夢をみるのを諦めました
みん
恋愛
伯爵家の長女シルフィーは、5歳の時に魔力暴走を起こし、その時の記憶を失ってしまっていた。そして、そのせいで魔力も殆ど無くなってしまい、その時についてしまった傷痕が体に残ってしまった。その為、領地に済む祖父母と叔母と一緒に療養を兼ねてそのまま領地で過ごす事にしたのだが…。
ゆるっと設定なので、温かい気持ちで読んでもらえると幸いです。
前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)
miy
恋愛
(※長編なため、少しネタバレを含みます)
ある日目覚めたら、そこは見たことも聞いたこともない…異国でした。
ここは、どうやら転生後の人生。
私は大貴族の令嬢レティシア17歳…らしいのですが…全く記憶にございません。
有り難いことに言葉は理解できるし、読み書きも問題なし。
でも、見知らぬ世界で貴族生活?いやいや…私は平凡な日本人のようですよ?…無理です。
“前世の記憶”として目覚めた私は、現世の“レティシアの身体”で…静かな庶民生活を始める。
そんな私の前に、一人の貴族男性が現れた。
ちょっと?訳ありな彼が、私を…自分の『唯一の女性』であると誤解してしまったことから、庶民生活が一変してしまう。
高い身分の彼に関わってしまった私は、元いた国を飛び出して魔法の国で暮らすことになるのです。
大公殿下、大魔術師、聖女や神獣…等など…いろんな人との出会いを経て『レティシア』が自分らしく生きていく。
という、少々…長いお話です。
鈍感なレティシアが、大公殿下からの熱い眼差しに気付くのはいつなのでしょうか…?
※安定のご都合主義、独自の世界観です。お許し下さい。
※ストーリーの進度は遅めかと思われます。
※現在、不定期にて公開中です。よろしくお願い致します。
公開予定日を最新話に記載しておりますが、長期休載の場合はこちらでもお知らせをさせて頂きます。
※ド素人の書いた3作目です。まだまだ優しい目で見て頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。
※初公開から2年が過ぎました。少しでも良い作品に、読みやすく…と、時間があれば順次手直し(改稿)をしていく予定でおります。(現在、146話辺りまで手直し作業中)
※章の区切りを変更致しました。(9/22更新)
どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~
涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!
公爵令嬢は嫁き遅れていらっしゃる
夏菜しの
恋愛
十七歳の時、生涯初めての恋をした。
燃え上がるような想いに胸を焦がされ、彼だけを見つめて、彼だけを追った。
しかし意中の相手は、別の女を選びわたしに振り向く事は無かった。
あれから六回目の夜会シーズンが始まろうとしている。
気になる男性も居ないまま、気づけば、崖っぷち。
コンコン。
今日もお父様がお見合い写真を手にやってくる。
さてと、どうしようかしら?
※姉妹作品の『攻略対象ですがルートに入ってきませんでした』の別の話になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる