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後日談
騎士団長夫人の一日
しおりを挟む「移転?どこに?」
訪れた銀行、新しく手に入れた宝石類のいくつを預けようとしたところで、顔見知りの支配人に店舗移転の話を聞かされた。
「伯爵夫人もご存知なのではないでしょうか」
そう前置きされて聞かされた場所は、確かに知った場所ではあったが、
「それって、アーベライン銀行のある場所じゃないの?」
王都で三本の指に入る老舗銀行の荘厳な建物が脳裏に浮かんだ。
「はい、やはりご存知でいらっしゃいましたか」
「知ってはいたけど。何でまたそんなところに?アーベラインと合併でもするの?」
「いえ、単純にアーベラインが売りに出した建物をうちが買い取った、というだけの話なのですが」
「…儲けてるわねぇ」
「はい、これも偏に伯爵夫人のおかげでございます」
ニコニコと笑う支配人の言葉は、世辞でも謙遜でもなく真実。そう思う程度には、この銀行へは預金も投資もしている。
「アーベラインの方は?建物を売り出すなんて、よほど経営がまずいってことなのかしら?」
「それが…ここだけの話、でございますが、どうやら、先日の魔物騒ぎで、金貨を相当やられたらしく」
「金貨を?」
「はい、金庫に『金のスカラベ』が大量発生したそうで」
「…なるほどね」
金を主食とし、集団で食い荒らす虫型魔物の群れ。人を襲うことは無いが、気づけば湧いているという厄介な生き物。私が王都を離れていた一月の間に、それにやられてしまったということか―
「…実を申しますと、被害に差はあるものの、この辺り一体の銀行は軒並みスカラベの被害にあっております。その中でもアーベラインの被害が特にひどく、損害を補填するために建物を売りに出した、ということのようです」
「…」
「偶然にも、大変幸運なことでございますが、当行はその被害を免れることが出来ましたので、」
「『偶然』、ではないわ」
「え?」
「…」
この場所が魔物の被害を免れたのは、ここにはロイスナー所縁の宝石類があるから。祖母と私の気配を色濃く纏ったそれらが、この場所から魔を遠ざけた結果。
「…何でもないわ」
まあ、『偶然』ではなくても、ロイスナーに縁付いたことが『幸運』だったのは間違いない。
店舗移転に伴いお客様には多少のご迷惑をおかけするという支配人の言葉には軽く頷いて、銀行を後にした。
「…ということが、今日はあったの」
「…そうか」
ここ最近、共にすることが増えた晩餐の後、ガリオンと並んで座るカウチの上で、とりとめもない話を重ねる。
片手にしたグラスに注がれた液体をじっと見つめるガリオン。
「…」
「…」
「…最近、帰りが早いのね、ガリオン」
「…うん、まあ、そうだね」
歯切れの悪い答えに、尋ねた。
「お仕事が嫌なの?」
「いや、そんなことはないよ」
それでも、ずっとあるその顔の翳りは隠しようもないから―
「…まだ、アルバンと仲直り出来ていない?」
「…」
返ってきたのは雄弁な沈黙。
「…ガリオンは、アルバンが許せない?」
「…わからないんだ。ただ、あいつが何も言わないから、俺もどうしたらいいのかがわからない」
「…ガリオンから聞いてみたら?」
「俺から?」
「うん。ガリオンはアルバンと仲直りしたいんでしょう?」
グラスを卓に置いたガリオンが、宙を仰ぐ。
「仲直り…って言うのかな?でも、そうだな、何であんなことしたのか、その理由を知りたい、とは思ってるんだ」
「うん…」
辛そうな横顔が、彼の心の痛みを訴える。
「…話を、してみるよ、明日。ずっと、このままって訳にもいかないから」
「うん…」
「…ありがとう、ルアナ」
そう言って、無理に笑う彼が切なくて、その体に抱きついた。
「…ルアナ?」
「…仲直り、出来るといいね」
「…」
あの男が考えていそうなこと、それも何となくはわかってしまう気がするけれど。
抱きしめ返してくるガリオンの腕に、力がこめられる。
―本末転倒よ、バカ
結果、ガリオンを傷つけた男の不手際に毒づいて、包まれる温もりに身を委ねた。
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