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第二章 召喚巫女、領主夫人となる
2.相互理解しよう
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馬車でゴトゴトする旅も二日目。セルジュに関して、ちょっと疑念が生まれてきた。
昨夜は街道沿いの宿屋で一泊し、今朝早くにまた車上の旅に戻ったわけだけど、なんか、うん、セルジュが普通に紳士なのだ。
こちらが緊張する間もなく、「気が休まらないだろうから」と別々に取ってくれた宿の部屋、「何か不足はないか」「不便はないか」と世話をやき、旅に不馴れなこちらの体調を気遣ってくれる。世話係の侍女もつけてもらってるし、貴族の利用するような高級宿屋だったから、従業員に丸投げしてもいいようなものを。セルジュ自らが細々と動いてくれるものだから、嬉しかったし驚いた。そして、気づいたのだ。
─あれ?この子、出来る子なのでは?
懺悔しよう。正直、私はちょっと彼を侮っていた。
淡々とした口調、変化の乏しい表情から、セルジュのことを、他人への興味が薄い子なのだろうと思っていたのだ。しかもまだ十八歳。だから、まさか、女性への気遣いだとか、スマートなエスコートだとか、そういうことを彼がごく自然にやって見せるとは思っていなくて─
「…セルジュって、モテるでしょう?」
「?」
若干の恨み節がこもってしまった言葉に、向かい合った彼が小さく首を傾げた。
「…だって、エスコート完璧だし、イケメンだし、優しいし、何か落ち着いてるし。モテる男の余裕が感じられる。」
それに比べて私は─
って言葉は、ギリギリで飲み込んだ。流石に僻みが過ぎる。大人げない。だけど、夫の思っていた以上の高スペックぶりに心臓がチリチリしている。嫌な予感というか、散々、痛い目みたトラウマというか。
「…恋人とか、それこそ婚約者とか居なかったの?」
「…」
聞いちゃった。
聞いて、「居た」とか「居る」とか答えられたら、私、どうするつもりなんだろ。結婚までしちゃった後なのに。今さらそれを聞き出して何になるんだって、わかってて聞くなよ!と自己嫌悪、ドツボにはまりそうになった。
だから─
「…恋人も婚約者もおりません。過去においても…」
だから、セルジュのその言葉に、ドッと力が抜けた。
ああ、うん、そうか、そうなんだって、思っていた以上に、ホント、心底安堵して、嬉しくて。
(ヤバイ、普通に泣きそう…)
情緒が不安定過ぎる。我慢するけど、それでも堪え切れずに薄く張った水の膜の向こう、セルジュの真っ直ぐな眼差しにヒタと見据えられる。
「そもそも…」
「…」
「巫女様、…アオイの伴侶候補として名乗りを挙げた時点で、他に想う相手や将来を約束する者があるなど、あり得ません。」
(ああ…)
これは、本当に、マズイ─
だって、そんな、当然でしょ?みたいな顔で。何言ってんだ?みたいな言葉を言ってくれるから。
込み上げてくるもの、必死に抑えてるんだけどな。私、五歳も年上だし。ここで泣くとか、セルジュも意味がわかんないだろうし、困らせたくないし。
(ああ、でも、ごめん…)
「アオイ?」
「ごめっ…」
「どうしました?…すみません、私の言葉が何か…」
「ううん。違う違う。」
「ですが…」
「違うの、本当。…ただ、ちょっと、嬉しかったから。」
「…アオイ、これを。」
溢れてきた涙を手で払っていたら、綺麗なハンカチが差し出された。うちの旦那の紳士みが過ぎる。ボロボロ溢れる涙を抑えながら、笑う。
「なんか、ホッとした。普通に、なんか、うん。ありがとう。」
「いえ…」
気遣う視線に、泣き笑いで応える。
「あのね、私の恋愛観?っていうか、結婚観?みたいなものが、最近、ズタボロになっちゃってて。」
「…」
「未だにこっちの世界の常識とかもよく分かってなくて、上手くこなせないんだよね。『あれ?間違ってるの私?』ってなることも多くて、でも、間違ってるんだとしても、だからってそんな簡単に自分の価値観なんて変えられないし。」
「…」
「…ちょっと、しんどかった。」
吐露した言葉に引きずられて、また涙が溢れ出す。
「だから、うん…。セルジュの言ってくれたことが、私の思ってることとおんなじで嬉しかったんだ。すごくホッとした。本当、ありがとう。」
浮かれてヘラヘラ笑いが浮かんできて、変な顔でセルジュと目を合わせたら、彼の表情が僅かに揺らいだ。
「…アオイは…」
「うん…?」
「私のエスコートを褒めて下さいましたが…」
「え、うん?完璧だよ?」
「いえ、私は…」
セルジュの首がフルフルと振られる。
「…今、目の前で泣くあなたを慰めることすら出来ない…」
「!」
「ましてや、あなたに対する余裕など…、最初から持ち合わせてなどおりません。」
「っ!?」
(あ、ぶなーいっ…!)
今、危うく「グフッ」って噴き出すとこだった。
ここで、そんなちょっと明らかに「落ち込んでます」な態度見せるとか!
(あざとくないっ?あざとくないっ?あざといよねっ!?)
内心、滅茶苦茶パニクってる。ついでに、私のライフ、ゼロになりかけてる。なのに─
「私は、アオイに評価してもらえるような人間ではありません。…それでも、あなたに選んで頂いた以上、あなたを大切にしたいと思っています。」
「…」
「約束します…。私の思いは、生涯、あなたの下に…」
(あ…)
死んだ─
(…なるほどね?)
これがまさに「殺し文句」ってやつね。オーケーオーケー。分かった。理解しました。
(…さっき、『慰めることも出来ない』とか仰ってませんでした?)
死んだ衝撃で、涙も止まったわ。
「アオイ?」
「…私も…!」
「?」
あなたを大切にしたいと思い始めてる。
婚姻式ではいい加減に誓ってしまった言葉。今、初めて、ちゃんと誓えると思った。
病める時も、健やかなる時も─
一応、年上の意地で、口の中でモゴモゴ誓ってみたけど。その言葉がセルジュに届いたかはわからない。
(…いや、うん。)
あの顔は、多分、普通に伝わってない。
(けど、でも…)
もうこれ以上は無理じゃない?私、ライフゼロなんだよ?アンデッドのわりには頑張った方だと思う。だから、今日はもう─
(この辺で勘弁しといて下さい…)
昨夜は街道沿いの宿屋で一泊し、今朝早くにまた車上の旅に戻ったわけだけど、なんか、うん、セルジュが普通に紳士なのだ。
こちらが緊張する間もなく、「気が休まらないだろうから」と別々に取ってくれた宿の部屋、「何か不足はないか」「不便はないか」と世話をやき、旅に不馴れなこちらの体調を気遣ってくれる。世話係の侍女もつけてもらってるし、貴族の利用するような高級宿屋だったから、従業員に丸投げしてもいいようなものを。セルジュ自らが細々と動いてくれるものだから、嬉しかったし驚いた。そして、気づいたのだ。
─あれ?この子、出来る子なのでは?
懺悔しよう。正直、私はちょっと彼を侮っていた。
淡々とした口調、変化の乏しい表情から、セルジュのことを、他人への興味が薄い子なのだろうと思っていたのだ。しかもまだ十八歳。だから、まさか、女性への気遣いだとか、スマートなエスコートだとか、そういうことを彼がごく自然にやって見せるとは思っていなくて─
「…セルジュって、モテるでしょう?」
「?」
若干の恨み節がこもってしまった言葉に、向かい合った彼が小さく首を傾げた。
「…だって、エスコート完璧だし、イケメンだし、優しいし、何か落ち着いてるし。モテる男の余裕が感じられる。」
それに比べて私は─
って言葉は、ギリギリで飲み込んだ。流石に僻みが過ぎる。大人げない。だけど、夫の思っていた以上の高スペックぶりに心臓がチリチリしている。嫌な予感というか、散々、痛い目みたトラウマというか。
「…恋人とか、それこそ婚約者とか居なかったの?」
「…」
聞いちゃった。
聞いて、「居た」とか「居る」とか答えられたら、私、どうするつもりなんだろ。結婚までしちゃった後なのに。今さらそれを聞き出して何になるんだって、わかってて聞くなよ!と自己嫌悪、ドツボにはまりそうになった。
だから─
「…恋人も婚約者もおりません。過去においても…」
だから、セルジュのその言葉に、ドッと力が抜けた。
ああ、うん、そうか、そうなんだって、思っていた以上に、ホント、心底安堵して、嬉しくて。
(ヤバイ、普通に泣きそう…)
情緒が不安定過ぎる。我慢するけど、それでも堪え切れずに薄く張った水の膜の向こう、セルジュの真っ直ぐな眼差しにヒタと見据えられる。
「そもそも…」
「…」
「巫女様、…アオイの伴侶候補として名乗りを挙げた時点で、他に想う相手や将来を約束する者があるなど、あり得ません。」
(ああ…)
これは、本当に、マズイ─
だって、そんな、当然でしょ?みたいな顔で。何言ってんだ?みたいな言葉を言ってくれるから。
込み上げてくるもの、必死に抑えてるんだけどな。私、五歳も年上だし。ここで泣くとか、セルジュも意味がわかんないだろうし、困らせたくないし。
(ああ、でも、ごめん…)
「アオイ?」
「ごめっ…」
「どうしました?…すみません、私の言葉が何か…」
「ううん。違う違う。」
「ですが…」
「違うの、本当。…ただ、ちょっと、嬉しかったから。」
「…アオイ、これを。」
溢れてきた涙を手で払っていたら、綺麗なハンカチが差し出された。うちの旦那の紳士みが過ぎる。ボロボロ溢れる涙を抑えながら、笑う。
「なんか、ホッとした。普通に、なんか、うん。ありがとう。」
「いえ…」
気遣う視線に、泣き笑いで応える。
「あのね、私の恋愛観?っていうか、結婚観?みたいなものが、最近、ズタボロになっちゃってて。」
「…」
「未だにこっちの世界の常識とかもよく分かってなくて、上手くこなせないんだよね。『あれ?間違ってるの私?』ってなることも多くて、でも、間違ってるんだとしても、だからってそんな簡単に自分の価値観なんて変えられないし。」
「…」
「…ちょっと、しんどかった。」
吐露した言葉に引きずられて、また涙が溢れ出す。
「だから、うん…。セルジュの言ってくれたことが、私の思ってることとおんなじで嬉しかったんだ。すごくホッとした。本当、ありがとう。」
浮かれてヘラヘラ笑いが浮かんできて、変な顔でセルジュと目を合わせたら、彼の表情が僅かに揺らいだ。
「…アオイは…」
「うん…?」
「私のエスコートを褒めて下さいましたが…」
「え、うん?完璧だよ?」
「いえ、私は…」
セルジュの首がフルフルと振られる。
「…今、目の前で泣くあなたを慰めることすら出来ない…」
「!」
「ましてや、あなたに対する余裕など…、最初から持ち合わせてなどおりません。」
「っ!?」
(あ、ぶなーいっ…!)
今、危うく「グフッ」って噴き出すとこだった。
ここで、そんなちょっと明らかに「落ち込んでます」な態度見せるとか!
(あざとくないっ?あざとくないっ?あざといよねっ!?)
内心、滅茶苦茶パニクってる。ついでに、私のライフ、ゼロになりかけてる。なのに─
「私は、アオイに評価してもらえるような人間ではありません。…それでも、あなたに選んで頂いた以上、あなたを大切にしたいと思っています。」
「…」
「約束します…。私の思いは、生涯、あなたの下に…」
(あ…)
死んだ─
(…なるほどね?)
これがまさに「殺し文句」ってやつね。オーケーオーケー。分かった。理解しました。
(…さっき、『慰めることも出来ない』とか仰ってませんでした?)
死んだ衝撃で、涙も止まったわ。
「アオイ?」
「…私も…!」
「?」
あなたを大切にしたいと思い始めてる。
婚姻式ではいい加減に誓ってしまった言葉。今、初めて、ちゃんと誓えると思った。
病める時も、健やかなる時も─
一応、年上の意地で、口の中でモゴモゴ誓ってみたけど。その言葉がセルジュに届いたかはわからない。
(…いや、うん。)
あの顔は、多分、普通に伝わってない。
(けど、でも…)
もうこれ以上は無理じゃない?私、ライフゼロなんだよ?アンデッドのわりには頑張った方だと思う。だから、今日はもう─
(この辺で勘弁しといて下さい…)
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