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第二章 召喚巫女、領主夫人となる

5.一歩進んで

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「あのー、セルジュ?」

「はい。」

仕事を終えたセルジュと共に夕食をとり、夫婦の部屋へと引き上げてきたところで、時間経過でだいぶ萎んでしまっていた気合いを、何とかもう一度膨らましてみた。

「えー、実は、謝罪といいますか、告白といいますか、懺悔といいますか、そんな感じのものがありまして…」

「…」

明かりの乏しい部屋の中。向い合わせのカウチに座るセルジュの手元には分厚い本。いつもなら、互いに好きな本を読んだり、私の「元の世界」の話を聞いてもらったりして過ごす、私的にはお気に入りの時間を、自らぶち壊しにかかる。

「…結婚前に、ね?私、セルジュからお見合いの身上書、もらったじゃない?」

「…はい。」

「…実は、あれをあまりよく見てなかったというか、あ!セルジュのだけじゃなくて、他の人のもなんだけどね!いや、それは言い訳っていうか、どうでもいいことなんだけど、…えー、で、ですね?」

「…」

「っ!ごめんなさい!せっかく書いてくれた身上書の中身、ほぼほぼ把握してません!」

「…」

「怒ってる?怒ってる?ごめん!気分悪いよね?本当に、ごめんなさい!」

無言のセルジュの顔色を、頭を下げたままチラチラうかがってみるんだけど─

(駄目だ、わからない…!)

表情が読めない。

(静かに怒るタイプだったらどうしよう…)

怒られるのは仕方ない。けど、嫌われるのは─

「…アオイ。顔を上げてください。」

「!」

「謝罪は不要、…いえ、謝罪は受け入れました。ですから、もう…」

「っ!ありがとう!セルジュ!」

許しの言葉に勢いよく顔を上げる。

(許してもらえた!…でも。)

ズルいけど、ここは、確約というか、覆されないようにもう一押ししておきたい。

「セルジュって、ホント優しいよね!?私、その優しさに甘えてるね!ごめんなさい!けど、お願い!嫌いにだけはならないで!」

セルジュの人の良さにつけこんで、畳み掛けた。

「…私が、アオイを厭うことはありません。ただ、アオイの方こそ、よかったのですか?…私を知らずに、」

「それこそ、なんっの問題も無いよ!」

セルジュだけが「私の中の必要最低条件を全てクリアしていた」なんて言えないし、この状況で「セルジュが好きだ!」と告げる勇気もない。

(けど、でも、これだけは言っとかないと…!)

「今!現在!ナウ!私、セルジュと居られて良かったって思ってる!毎日幸せ!申し訳ないくらい楽しい!何の不満もないの!」

「…ならば、良いのですが…」

(うっ!ちょっと困ってる?)

力押し過ぎたか、何か言いたげだけど言えずにいるセルジュ。だけど、ここは敢えて空気を読まない方向で行く。

(うん!聞かない!突っ込まない!怒ってはなさそうだから、ヨシとする!)

押し切った。良かった。ほんと、良かった。

「あ!えと、そうだ!後ね?」

「?」

「その、だから、私、多分、身上書に書いてあったこととか知らなくて、セルジュに聞いちゃったりすることがあると思うんだよね…」

「はい。」

「でも…!本当、今更だとは思うけど、私、セルジュのこと、これからちゃんと知っていきたい…と思ってるので、その、色々教えて欲しい、です…」

「…なるほど。」

「はい。本当、もう、なんか、すみません…」

「いえ。アオイの言いたいことは理解しました。私の方こそ、言葉が足らず、申し訳ありません。アオイが知りたいことがあるのなら、何でも聞いて下さい。」

いつも通りに聞こえるセルジュの声。これで本当は怒ってたりしたら洒落にならない。けど、多分、許してもらえた、はず。一安心。力が抜ける。と思ったんだけど─

「…えーっと、セルジュ、さん?」

「はい。何でも聞いて下さい。」

(ん?…え?)

先ほど読みかけていた本を手にするでもなく、改まった態度をキープしているセルジュ。有言実行。どうやら、まさかのこのタイミングで質問に答えてくれる気らしい。傾聴する気まんまんのセルジュに、言葉を探す。

(…困った。いきなり何か聞けと言われましても。)

改まってしまうと逆に何も出て来ないという状況に陥ってしまった。

(…うー!でも、セルジュのこと知りたいのは本当だし!)

今こそ、最近忘れがちになっていた年上ならではのリード力を発揮すべき時。

(大丈夫、イケる、多分…)

最強ブレーンのアドバイスもある。色々話してれば、何とかなる、はず─

「…今日、ね?」

「はい。」

「…エバンスと、セルジュのこと、話してたんだ。…それで、まぁ、私がセルジュのこと知らな過ぎることが発覚しちゃったんだけど、エバンスが色々教えてくれて、…あ!セルジュが王立学院、首席で卒業したって聞いて、凄いなぁって思ったよ…?」

「…」

「セルジュって、やっぱり、頭良かったんだね。」

「…学ぶことは好きなので。」

「あはは。」

想定内の答え。ここで、ドヤらないし、苦労話もしないところがセルジュだなって思うと、自然に笑ってしまった。

「まぁ、セルジュにとっては好きなことしてただけかもしれないけど、私にはそれが出来ないから、単純に『すごい』って思ったよーって話なんだけど。」

「…」

「ひょっとして、こういうこと言われるの嫌だったりする?」

「いえ。…嫌、というわけではなく、ただ、何とお返しすべきかが分からず…」

「そっか、嫌じゃないんなら良かった。…まぁ、普通に尊敬というか憧れ?セルジュ格好いいなーって言う賛辞だから、そのまま受け取ってくれると嬉しいかな。」

「…はい。…ありがとう、ございます。」

(…ん?あれ?珍しい…)

感情は読めなくても、いつも目線は合わせてくれるセルジュ。その目線が、今は微妙に合わない。照れているのだろうか?まじまじと表情を観察していたら、顔ごとフイと逸らされてしまった。

その仕草が、どう見ても─

(うそ…!本当に照れてる!?)

貴重なセルジュの照れ。部屋が暗いのが恨めしい。もっと明るいところでこの顔を見たかった。

(…可愛い。…年下、悪くない、かも。)

年相応というか、初めて「可愛い」を見せてくれたセルジュに、だから、つい、調子にのってしまう。

「あー、学院通ってた頃のセルジュも見てみたかったぁ…」

「…それは、どういう…?」

「えー?セルジュってどんな顔してどんな青春してたのかなー?と思って。」

「青春…」

「そう!勉強が好きだったっていうのは聞いたけど、それ以外。友達と居る時はどんな顔してどんな話してたんだろーとか?セルジュが馬鹿笑いするところとか想像出来ないけど、友達と居る時のセルジュ、見てみたかったなー。」

「友人とは、普通に…、…具体的にどんな、と聞かれると難しいのですが…」

「うんうん!」

困りながらも答えを出そうとしてくれるセルジュが嬉しくて、後は単純に好奇心が抑えきれずに前のめりになってしまう。

「…周囲には年上が多かったので、よく、面倒を見てもらっていたと思います。寮では、特に、日常生活に関すること全て、自身でこなさなければなりませんでしたから、友人達に教えられることも多く…」

「あー、だからかぁ。セルジュ、基本的に自分のこと自分で出来ちゃうもんね。」

「はい。…効率を考えると、その方が良い時もあります。」

「面倒見いいのも、その寮生活のおかげかな?」

「私が、ですか?面倒見がいい…?」

「メチャクチャいいでしょー。でなきゃ、領主なんて大変なお仕事、こんなに完璧にこなせないよ。あ!あと、ここに来るまでの私のお世話とか!ホント、至れり尽くせりだった!」

「それは…」

こちらの賛辞に、また困ったような顔をするセルジュ。ついつい、楽しくなってしまう。

「いい学院生活というか、寮生活だったんだね?その時の友達、先輩?達とはまだ交流があるの?」

「…そう、ですね。今までは、この地に友人を招くということも無かったため、ほとんどが時候の挨拶を送り合う程度でしたが。私が王都に出向いた際には連絡をとって会いに行く方も数名…」

数名と聞いて、思い当たるものがあった。

「…それって、婚姻式に来てくれてたっていう人達?セルジュがお礼状、書いてた?」

「はい。」

数えるもの嫌になるほど大量に届いた結婚祝いの数々。エバンス監修の元、一応、自筆で礼状を書き上げたそれらの中から、「セルジュ様が書かれる」とエバンスが抜き取っていった数枚があった。当然のように知らない名前しかなかったから、気にしてはいなかったのだが。

「今度…、今度、王都に行った時、紹介してくれる?そのお友達のこと。」

「ええ。…良ければ、一緒に会いに行って下さると嬉しいです。」

「うん…」

(…紹介されたら、先ずは謝らないとなぁ…)

相手はセルジュの友人、きっと不快だっただろうから。あの日の、最低だった自分─

「…あ、あと、出来れば、お手紙やり取りしてる人達も。…夜会でも、お茶会でも、何でも参加するから。…会ったら、紹介して欲しい。」

「はい。…ありがとうございます。」

「うっ。…いや、正直、夜会とか苦手だから、逆にセルジュに迷惑かける可能性の方が高すぎるんだけど、一応、ね?こう、辺境伯夫人として?社交も頑張ろうかなーって…」

「…アオイが望まないのであれば、夜会など出ずとも構いません。あなたが無理をなさる必要は、」

「いやいやいや!この程度、無理とは言わないから!」

セルジュの激甘発言を押し止めて、彼が気にすることのないよう、こちらの正直な欲望も口にする。

「それに、セルジュの友達に会ってみたいっていう気持ちが一番だからね!第三者の口から、セルジュの天才っぷり、評価を聞きたいの!夫を褒められたい!」

「…第三者の評価、ですか?」

「そうそう。アンブロスの人達は、領主の顔したセルジュのことはいっぱい知ってるし、色々教えてくれるけど、領主になる前、学生時代のセルジュを知ってる人達の話も聞いてみたいじゃない?絶対、何か武勇伝、逸話的なものがあるはず!」

「…」

「セルジュ、そういうこと自分では言わない、というか、自分で気づいてもなさそうだよね。…てことで、先ずは、セルジュのお友達と仲良くなろうという作戦、です。」

仲良くまではいかずとも、「友人の奥さん」枠で、セルジュの過去を色々聞いてみたい。社交だなんて身構えると途端、逃げ出したくなるけど、夫の友人から、夫の話題で交友関係を広げると考えれば─

「もし…」

「?」

「もし、アオイが、第三者による私の評価を知りたいのでしたら…」

「え?うん…?」

妙に真剣、神妙な顔で「評価」という言葉を口にしたセルジュ。その表情の理由が分からずに首を傾げる。「また何か難しく考えてるのかな?」なんて、のんきに構えていたら─

「…王都の、フォーリーン魔術師長への問い合わせが、最も確実な方法です。」







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