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第二章 召喚巫女、領主夫人となる

15.ちょっと前に取らされた杵柄

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魔石がやって来ないなら、こちらから狩りにいけばいいんじゃない─?

「てことで、セルジュ、魔物、こっちから狩りに行こう?」

「…」

「あ、昨日はありがとう。何か、セルジュに色々愚痴ったら、かなりすっきりした。吹っ切れたっていうか。」

我ながら単純な話。何も言わずにただ話を聞いてくれたセルジュのおかげで、またグダグダと面倒な自分になるところを、今回は軽やかに回避することが出来た。

(おかげでご飯が美味しい!)

朝食に用意されたフレッシュなフルーツを堪能しながら、向かいに座るセルジュに向かって笑う。

「大丈夫!任せて!私、他の魔術はさっぱりだけど、結界を張るのだけは何とか合格点貰ってるから!」

「…アオイが、結界魔術を使えることは知っていますが…」

「うん、だよね!」

「…」

(あ、可愛い…)

私の発言が可笑しいからか、テンションが可笑しいからか。小さく首を傾げたセルジュの仕草に、朝から小さなキュンを感じた。

「まぁ、正直なところ、結界魔術に関してもギリギリ及第点ってところなんだけど、私、魔力だけはあるから大丈夫。」

「…」

「静物、動かないものになら余裕で掛けられると思う。安心して?」

「静物…?」

「そう。私、生き物、というか動くもの?には結界張れないんだよねー…って、でも大丈夫!大丈夫だから!」

うっかり、ありのままを申告して、セルジュの信頼を失うところだった。

「盾とか剣とか防具とか!領軍の人達の身につけるものに結界張れば、もう完璧!魔物相手でも絶対壊れないし、ちゃんと皆を守ってくれる!それだけは自信ある!大丈夫!」

「…」

勢い余った力説に、セルジュが黙って、自身の手元、朝食の乗った皿へと視線を落とした。

「…アオイは…」

「ん?」

「何故、急にそのようなことを…?」

「あ!何でそんなこと思いついちゃったのかってこと?」

「…ええ、まぁ、」

顔を上げたセルジュに力いっぱい頷いて見せた。

「うん!私、昨日、マティアスから話を聞いて、それで、セルジュに話を聞いてもらって、色々考えたんだ。『結局、今の私に出来ることって何だろう』って。」

グジグジと過去を悔やむだけでは意味がない。そんな何の生産性も無いことをしてる暇があったら、まず、何かやってみればいい。

「それでね?昨日のマティアスの話。城壁の向こうの草原は、緩衝地帯、小型の魔物なんかは出没してて、領軍ではその魔物を狩ったりしてる、ってことだよね?」

「ええ。…小型種の大量繁殖を防ぐために、定期的に結界の外に軍を出しています。」

「うんうん!だったら、草原全部こっちの狩場にしちゃおう!」

「…」

無表情なままのセルジュに、何度目かわからない「大丈夫」を繰り返してから、

「それでね?そのために、一度、領軍が討伐に行く時に私もついて行きたいなって、」

「駄目です。」

「え?…えっと、でも、小型種相手なら、大した危険も無いって、」

「駄目です。」

「…」

(…なんと。)

いつも、無表情ながら淡々とオーケーを出してくれるセルジュ。考えてみれば、今まで、彼からはっきりとエヌジーを突き付けられたことは無かった。私が「したい」と言えば、何でも許してくれていたのに─

(…いや、それに慣れ切っちゃってた私も大概だけど。)

本来なら、あり得ないこと。それを許してくれていたセルジュに対して、今更ながら、胸の内、ジワリと込み上げるものがある。

(…まぁ、でも。)

ここは譲れないから。

「…あのさ、セルジュ。」

「…」

「自慢じゃないけど、今の結界って結構頑丈なんでしょ?魔物に襲われても、結界の中に逃げ込めば魔物だってそうそう簡単に追っかけて来られない。…違う?」

「…それは、そう、ですが…」

「だよね?だったら、結界が強固で、ついでに巫女だった私がここに居るんだから、このチャンスは存分に活かさなきゃでしょ!」

「…」

「今なら、ほとんど絶対安全って言える状況で魔物が狩れる。軍を出して魔物を間引いてるのは、将来のこと、結界が弱まった時のことを考えているからだよね?」

「ええ…」

「だったら、今の内に少しでも多く魔物を間引いておこうよ。それが将来のためになるだろうし、それに、…お金にもなるし?」

さり気なく最後に付け加えたのは、魔物討伐の一番の目的。この地の収入が減るのを黙って見過ごす訳にはいかない。

(だって、そんなことになったら、義務教育政策まで駄目になっちゃうし。)

そうならないためにも、領の収入を以前と同等までには取り戻したいと思っている。

「ねぇ、セルジュ、お願い!」

「…」

「討伐、ついて行ってもいいでしょう?」

手を合わせて頭を下げれば、聞こえてきた小さなため息。

「分かりました…」

「っ!本当っ!?」

「ええ。…ただし、討伐には、私も同行します。」

「えっ!?セルジュがっ!?」

驚きに声を上げれば、セルジュの瞳に影が差す。

「…私が、魔物討伐において戦力足り得ないことは承知の上です。それでも、いざという時にアオイの盾となる程度には、」

「っ!?成らないで!って、違う違う!そういうことじゃなくて!」

思わぬところでセルジュが見せてくれた漢気。だけど、こっちは、そんなものこれっぽっちも望んでいない。

「いざという時とか、盾とか、絶対にそんなことにならにようにするの!魔物は一方的に屠る存在!魔物狩りに命なんてかけない!」

「…アオイ?」

魔物が人類の、この地に住まう人の脅威、命を奪う敵だというのなら、容赦する気なんて一切ない。ただ一方的に、狩り尽くすだけ。

(…尽くすのは、マズいかな?)

「…えーっと、だから、まぁ、危ないことは絶対にないから、セルジュがついてくる必要は、」

「危険が無いのでしたら、私がついていっても構わないでしょう?」

「セルジュがついてくるのが危険とかそういうことじゃなくて。ただでさえ忙しいのに、私の我儘に付き合う必要はないって言ってるの!」

「…魔物討伐をアオイの我儘だとは思いませんし、仮にそうだとしても、アオイを一人で行かせる訳にはいきません。」

「…駄目?」

「駄目です。」

「…」

いつになく本気なセルジュの眼差し。怖いくらいのそれに、決して譲る気の無い彼の思いを悟って、ため息をつく。

(…仕方ない、かぁ。)

これ以上、セルジュに無理を強いてまで押し通すような我儘ではない。

「…分かった。領軍について行くのは止める。でも、軍の人達の防具に結界を張るのは試してみてもいい?」

「…ええ、アオイが同行しないのであれば…」

「うん。」

頷けば、安心した様子を見せる過保護な夫に、小さく笑った。








セルジュの了承を得たその日の午後、驚きの早さでマティアスの同意を取り付けてくれたセルジュと共に─結局、領軍まで同行すると言って譲らなかった─、訪れた軍の訓練所、そこに整然と並ぶ百人単位の軍の人達を見て、一瞬、眩暈がした。

「…マティアス、えっと、何で?」

「ん?」

「いや、あの、私が用があるのって、皆さんというより皆さんの防具とかの方で…」

「ああ。何か、巫女さんが防具に結界張ってくれるんだって?よくわからんが、巫女さんの施しに感謝して、こうやって領軍一同でお出迎えしてるってわけだ。」

「…解散して下さい。」

「あ?」

「解散!解散で!」

私の悲鳴に近い懇願に、肩をすくめて見せたマティアス。直後、軍の皆さんに指示を出して、通常業務に戻ってくれたのはいいのだけれど─

「…えっと、マティアス?こちらの方達は何で残ってるの?」

「ああ、こいつらは荷物持ちだ、荷物持ち。防具だ何だって、巫女さん一人で運ぶわけにゃぁいかねぇだろ?まぁ、好きに使ってくれていいから。」

「…」

(…荷物持ち?)

どちらかと言うと、SPとか用心棒とかの言葉が似合いそうなガタイのいいお兄さん達五人に囲まれ、身動きが取れない。

(え…、普通に怖い。)

圧に屈しそうになるが、どうやら、本気で私の指示を待ってくれているらしいお兄さん達、その中で、一番年長らしき黒髪のお兄さんとコミュニケーションを取ってみる。

「…えーっと、すみません。お名前は?」

「ジグです。」

「ジグさん…」

「ジグとお呼び下さい。」

「あ、はい。…じゃあ、えっと、ジグ、私、皆さんの防具とか盾、…あと一応、剣も?お借りしたいんですけど、どこに行けば…?」

「我々がお持ちします。巫女様はこちらでお待ち下さい。」

「いや、でも、結構な量になるだろうし、自分で、」

「なりません。」

「え?」

「…武器庫は、女人が足を踏み入れるような場所ではございません。」

(あ、これは…)

拒絶されたかな、なんて、少し、落ち込みそうになったが─

「あのような場所に巫女様をお連れするなど!巫女様が穢れてしまわれます!!」

「えっ!?」

(私、穢れるのっ!?)

ジグの発言に、むしろ怖いもの見たさ、その武器庫とやらに非情に興味が湧いたが、ここは言われた通り、大人しくその場で待つことにする。

暫く待てば、お兄さん達がそれぞれ山のように抱えて来てくれた防具と盾。以前目にしたことのあったそれは、金属製の鎧に、盾は木製も金属製もあった。

(…うん、これなら。)

何とかなりそうな気配に安堵して、木製の盾を一つお借りする。

選んだ盾を地面の上に置き、右手で触れた。

「…」

「…」

「…」

(…ちょっとぉ、メチャクチャ見られてるんですけどー。)

それほど集中が必要な場面ではない。なのに、周囲からの視線、プレッシャーで、国の守護結界を張った時より緊張してしまっている。

(…あの時は、ほぼほぼ魔法陣だよりだったからなぁ。)

国を覆う結界は常設型というらしく、巨大な魔法陣に順番通りに魔力を流しこむだけで良かったのだが、通常の「魔術」ではこの陣を即興で自作しないといけない。陣を描く場所は、地面だろうと空中だろうと、それこそ頭の中だろうと構わないらしいのだが、描く線によって発動する魔術の種類や範囲、威力も指定することになるから、実際はかなり複雑なものになる。

(…センスがある人間からしたら、簡単なことなんだろうけどね。)

魔術の無い世界の一般ピーポーでしかなかった私にそれを求めるのは無理というもの。それでも、ひたすらに覚えて、練習して、一応、結界魔術の基礎の基礎くらいは出来るようになった。

(魔術陣に魔力流すだけならそれで済むからって、以降は放置だったし…)

あの男曰く「壊滅的に魔術の才が無い」らしい私にはそれ以上を求められなかったが、正直、求められても応えることは出来なかったと思う。

(…いや、それでも、全くの役立たずってわけではない、はず。)

あの頃の劣等感を振り払うようにして、手元を見下ろす。

私が出来るのは、触れた静物の表面を覆うだけの結界。これなら、流した魔力で範囲指定が出来るから、魔法陣で細かく指定する必要も無い。

(だって、本当、範囲指定とかめちゃくちゃ難しい…)

陣の始点と終点を空間座標として認識する?なにそれ?意味分かんない!と嘆いたあの頃が懐かしい。守護結界のような半球状のドームを作るなんて夢のまた夢、自分の周りを覆う結界を張ろうとして、地面に結界を張り付かせたのは苦い思い出。

「…」

「…アオイ?」

「…うん、大丈夫。問題無いよ?」

魔術の教師役でもあった男の嘲り顔も思い出したのが、つい顔に出てしまっていたらしい。軽く頭を振って、男の顔を脳内から締め出す。

「…よし、じゃあ、ちょっと、やってみるね?」









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