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第二章 召喚巫女、領主夫人となる
16.伸ばした手の先 (Side S)
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「…すげぇな。」
「…マティアスには、見えますか?」
「ああ、すげぇ。…すげぇ、魔力の無駄遣いだ。」
「…」
地面にしゃがみこむようにして右手をかざすアオイ。その小さな背の向こうで行われている御業が、しかし、己の目では認識することすら叶わない。不可視の結界魔術を認識できるのは─
「…魔力無き身をこれほど悔やむのは、あの頃以来です。」
「…」
思わず吐露した泣き言に、隣の男が小さく息をついたのが分かった。マティアスが口を開く。
「…普通、魔力ってもんは術の発動と同時に消えてくもんだろ?結界魔術には詳しくないが、あれだって、魔力量によって効果時間に限界がある。だよな?」
「ええ。守護結界はともかく、通常の術式による結界であれば、平均して数分、最長で、二時間半持続したという記録が残っています。」
「…ありゃあ、そんなもんじゃ済まねえんじゃねぇか?」
「…」
マティアスの視線の先、盾に結界を張り終えたらしいアオイが、金属鎧へと近づいて行く。
「ただの木製、ただの金属製、魔力保持できるような材質のものなんざ、一切使ってねぇ。…なのに、巫女さんが張った盾から魔力が消える気配が無い。」
「…」
「正確に言やぁ、魔力は消えてってんだよ。保持出来ねぇからな、流れ落ちてってる。…にも関わらず、だ。大元の、盾に張り付いてる魔力の塊が減ってねぇ…」
マティアスの言葉に、アオイの、結界の巫女の持つ力の、その一端すらも、己が理解していなかったことを知る。
「…そんで、巫女さん、あんだけ魔力使っておいて、ケロッとしてやがるんだからな。…本当、なんてーか…」
「…」
規格外。そもそも、その規格に当てはめることすら間違っているのだろう。
(…遠い。)
一瞬、生まれた恐怖心に、だが、直ぐに、己の思い上がりを恥じる。
(…そんなことは、元から承知の上…)
承知の上で、天上の巫女へと手を伸ばしたのは己自身。返された手に忘れかけていたが、元より、彼女は─
「セルジュ―!終わったー!」
「っ!」
「取り敢えず、十人分?大体、それくらいのチームで討伐に出てるって聞いたから。」
「…」
「あ。後、一応、三本だけ剣の方にも結界張ってみたんだけど。…結界と剣の相性って、ねぇ?どうなのかなぁって思って。今回はお試しってことでお願いします。」
アオイの視線が、己の隣、マティアスを見上げる。その視線に肩をすくめて返した男が、自身の部下達へと指示を飛ばした。
「よーっし!んじゃあ、お前ら、折角、巫女さんが張ってくれた結界だ!無駄にしねぇように今からサクッと、銀毛狼でも狩りに出んぞ!」
「…団長、銀毛狼はサクッと狩れるような相手ではありません。」
「ああ?何言ってんだ、お前?巫女さんが力を貸して下さってんだぞ?それで、兎だの栗鼠だのチマチマ狩ってても意味ねぇだろ?」
「…」
マティアスの言葉に、彼の腹心であるジグが、その視線をアオイへと向ける。
「…失礼しました、巫女様。巫女様の御前に、必ずや銀毛の毛皮を、」
「っ!?要らないですっ!て言うか、安全第一!無事故無怪我で帰って来て下さい!」
「…」
「お願いします!」
「…仰せのままに。」
腰を折るジグの礼に、アオイが一歩後ずさる。こちらの背に隠れるようにして呟いた言葉。
「…ジグさん、…ジグって、凄く真面目な人?」
「…領軍の者達は、その、アオイ、…結界の巫女に対する思い入れも強いですから…」
「ああ、なるほど。…って、あれ?でも、マティアスは?」
「…マティアスは、元からああいう男です。」
「…」
己の答えに黙ったアオイが、出撃の用意を整えたマティアス達に視線を向ける。振り返ったマティアス、軽く拳を上げた彼に手を振るアオイが、彼らを見送って─
「…そっかぁ、よく考えたら、移動って馬、なんだね。」
「?…はい。結界の外に出るには距離がありますし、魔物によっては、騎乗での戦いの方が有利な場合もありますので…」
「馬…、盲点。動物、動物はなぁ、すっごく難しいんだよねぇ…」
悩み始めたアオイの、その視線は、ずっと城壁の向こう、彼らの出て行った城門に向けられたまま。その場を動く気配のないアオイに、声を掛ける。
「…アオイ、城壁に上ってみませんか?」
「え?」
「上からであれば、マティアス達を見ることができます。」
「…あー、うん。ありがとう。…でも、セルジュ、他にもお仕事あるでしょう?ここまで付き合ってもらったし…」
「構いません。午後の予定は全て空けるように調整済みです。」
「…」
アオイの困ったような顔、そんな顔を、見たいわけではなく─
「…魔道具があるんです。」
「魔道具?」
「ええ。五年前、城壁の監視用に作ったものですが、遠見が出来るため、ここからでもマティアス達の様子がよくわかるかと、」
「遠見って、えっ!?望遠鏡っ!?」
アオイの驚いた顔。その瞳が、瞬時に輝く─
「凄い!え?それって凄くない!?作ったって、もしかして、セルジュが作ったの!?」
「…設計は私が。作成にはパラソの職人たちの手を借りました。」
「っ!ヤバい!セルジュ、凄い!恰好いい!」
「…」
「そういうのをサラッと作って、サラッと『作りました』って言っちゃうのがセルジュだよね!」
「アオイ…?」
急に取られた己の右手。急かすようにして、アオイの両手に引かれる。
「うん!よし!見に行こう!」
向けられる背、見下ろす頭に、繋がれたままの手。
(…近い。)
今は、こうして触れられる距離にアオイが居る。握られた手に、柔く、力を込めた。
「…マティアスには、見えますか?」
「ああ、すげぇ。…すげぇ、魔力の無駄遣いだ。」
「…」
地面にしゃがみこむようにして右手をかざすアオイ。その小さな背の向こうで行われている御業が、しかし、己の目では認識することすら叶わない。不可視の結界魔術を認識できるのは─
「…魔力無き身をこれほど悔やむのは、あの頃以来です。」
「…」
思わず吐露した泣き言に、隣の男が小さく息をついたのが分かった。マティアスが口を開く。
「…普通、魔力ってもんは術の発動と同時に消えてくもんだろ?結界魔術には詳しくないが、あれだって、魔力量によって効果時間に限界がある。だよな?」
「ええ。守護結界はともかく、通常の術式による結界であれば、平均して数分、最長で、二時間半持続したという記録が残っています。」
「…ありゃあ、そんなもんじゃ済まねえんじゃねぇか?」
「…」
マティアスの視線の先、盾に結界を張り終えたらしいアオイが、金属鎧へと近づいて行く。
「ただの木製、ただの金属製、魔力保持できるような材質のものなんざ、一切使ってねぇ。…なのに、巫女さんが張った盾から魔力が消える気配が無い。」
「…」
「正確に言やぁ、魔力は消えてってんだよ。保持出来ねぇからな、流れ落ちてってる。…にも関わらず、だ。大元の、盾に張り付いてる魔力の塊が減ってねぇ…」
マティアスの言葉に、アオイの、結界の巫女の持つ力の、その一端すらも、己が理解していなかったことを知る。
「…そんで、巫女さん、あんだけ魔力使っておいて、ケロッとしてやがるんだからな。…本当、なんてーか…」
「…」
規格外。そもそも、その規格に当てはめることすら間違っているのだろう。
(…遠い。)
一瞬、生まれた恐怖心に、だが、直ぐに、己の思い上がりを恥じる。
(…そんなことは、元から承知の上…)
承知の上で、天上の巫女へと手を伸ばしたのは己自身。返された手に忘れかけていたが、元より、彼女は─
「セルジュ―!終わったー!」
「っ!」
「取り敢えず、十人分?大体、それくらいのチームで討伐に出てるって聞いたから。」
「…」
「あ。後、一応、三本だけ剣の方にも結界張ってみたんだけど。…結界と剣の相性って、ねぇ?どうなのかなぁって思って。今回はお試しってことでお願いします。」
アオイの視線が、己の隣、マティアスを見上げる。その視線に肩をすくめて返した男が、自身の部下達へと指示を飛ばした。
「よーっし!んじゃあ、お前ら、折角、巫女さんが張ってくれた結界だ!無駄にしねぇように今からサクッと、銀毛狼でも狩りに出んぞ!」
「…団長、銀毛狼はサクッと狩れるような相手ではありません。」
「ああ?何言ってんだ、お前?巫女さんが力を貸して下さってんだぞ?それで、兎だの栗鼠だのチマチマ狩ってても意味ねぇだろ?」
「…」
マティアスの言葉に、彼の腹心であるジグが、その視線をアオイへと向ける。
「…失礼しました、巫女様。巫女様の御前に、必ずや銀毛の毛皮を、」
「っ!?要らないですっ!て言うか、安全第一!無事故無怪我で帰って来て下さい!」
「…」
「お願いします!」
「…仰せのままに。」
腰を折るジグの礼に、アオイが一歩後ずさる。こちらの背に隠れるようにして呟いた言葉。
「…ジグさん、…ジグって、凄く真面目な人?」
「…領軍の者達は、その、アオイ、…結界の巫女に対する思い入れも強いですから…」
「ああ、なるほど。…って、あれ?でも、マティアスは?」
「…マティアスは、元からああいう男です。」
「…」
己の答えに黙ったアオイが、出撃の用意を整えたマティアス達に視線を向ける。振り返ったマティアス、軽く拳を上げた彼に手を振るアオイが、彼らを見送って─
「…そっかぁ、よく考えたら、移動って馬、なんだね。」
「?…はい。結界の外に出るには距離がありますし、魔物によっては、騎乗での戦いの方が有利な場合もありますので…」
「馬…、盲点。動物、動物はなぁ、すっごく難しいんだよねぇ…」
悩み始めたアオイの、その視線は、ずっと城壁の向こう、彼らの出て行った城門に向けられたまま。その場を動く気配のないアオイに、声を掛ける。
「…アオイ、城壁に上ってみませんか?」
「え?」
「上からであれば、マティアス達を見ることができます。」
「…あー、うん。ありがとう。…でも、セルジュ、他にもお仕事あるでしょう?ここまで付き合ってもらったし…」
「構いません。午後の予定は全て空けるように調整済みです。」
「…」
アオイの困ったような顔、そんな顔を、見たいわけではなく─
「…魔道具があるんです。」
「魔道具?」
「ええ。五年前、城壁の監視用に作ったものですが、遠見が出来るため、ここからでもマティアス達の様子がよくわかるかと、」
「遠見って、えっ!?望遠鏡っ!?」
アオイの驚いた顔。その瞳が、瞬時に輝く─
「凄い!え?それって凄くない!?作ったって、もしかして、セルジュが作ったの!?」
「…設計は私が。作成にはパラソの職人たちの手を借りました。」
「っ!ヤバい!セルジュ、凄い!恰好いい!」
「…」
「そういうのをサラッと作って、サラッと『作りました』って言っちゃうのがセルジュだよね!」
「アオイ…?」
急に取られた己の右手。急かすようにして、アオイの両手に引かれる。
「うん!よし!見に行こう!」
向けられる背、見下ろす頭に、繋がれたままの手。
(…近い。)
今は、こうして触れられる距離にアオイが居る。握られた手に、柔く、力を込めた。
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