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第4章 新しい過去、違う道の未来

第35話 なのにお前は、独りだ

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 来るなと言ったのに、ゾールたちはもうすぐ背後まで駆けつけてきていた。

 まあ、当時の俺ならそうするだろう。

「やつら、操られているぞ!」

 ゾールたちを横目に声をかける。

「あいつらに魔力の糸が絡まっているのが見えるやつはいるか!?」

 数秒の沈黙ののち、頷いたのはゾールだけだ。

「ぎりぎり、見えるような……」

 やはりその程度か。

 自分よりあまりに高い魔力は、目に魔力を集中しても感知できない。敵の術者と今のゾールたちには、それだけ力の差があるのだ。

「では切断は無理だな。役には立たん。下がってろ!」

「なんだとこのガキ! 糸は切れねえが、それがどうした! こいつらを倒すくらいなら――」

「バカが! ひとりでも死なせたら人間と戦争になるとわからないか!?」

 俺は向かってくる騎士たちの攻撃に対処しながら叫ぶ。

「それが敵の狙いだ! お前らは手を出さず、俺が糸を切ったやつらを救助しろ!」

「だが……」

「いや、今は彼の言う通りにしたほうが良さそうだ」

 なおも食い下がるゾールを、ニルスが抑えてくれる。

「お前が言うなら、まあ……」

「助かる、ニルス」

 呟いてから、俺は騎士たちの中心に身を躍らせた。

 騎士たちを操る魔力の糸は強力だ。切断するには、相応の威力が必要になる。それも糸を見るのに目に魔力を集中しながらだ。

 その上、多数の精鋭の騎士を同時に相手にしなければならない。誰も彼も、学園のクラス選別試験に使われたゴーレム程度なら破壊できる実力だろう。

 幸い、操られているため実力が発揮し切れていないようだが、それでも油断ならない。

 全神経を集中して、すべての攻撃を紙一重で回避。そして隙を見て、ひとりずつ、確実に糸を切る。

「これで……最後だ!」

 最後の騎士の糸を切断。崩れるその体を受け止める。開拓民の仲間に預け、一息つく。

 ゾールたちの様子を確認する。フラウも、ニルスもチコも、みんな傷ひとつなく無事だ。

 本当に、良かった。来た甲斐があった。

 しかし戦いが済んだ今、彼女らが警戒するのは、まず俺だった。

 フラウもチコも、ゾールに見せるような優しい笑顔を、俺に向けはしない。得体の知れないものを見るかのようだ。

 ゾールとニルスが、緊張の面持ちで近づいてくる。

「まずは、助けてくれてありがとうってところなんだろうが……」

「君は何者だ? なにもかも知ってるような口ぶりだったが……」

 ふたりの――特にニルスからの疑いの目が痛い。ニルスはこうやって疑うことで仲間を守ってきた。直感で動くゾールを補ってきてくれた。

 もちろん、こうなることはわかっていた。しかし、親しかった者たちから実際にこんな目を向けられるのは、想像以上に堪える。

「そもそも子供がこんなに強いこと自体が異常なんだ。君の言うことを、どこまで信じていいのか……。それこそ、なにかの策略なんじゃないのか?」

 こういうとき、どうすればいいのかは知っている。

 みんなゾールを信頼している。そのゾールさえ信じてくれれば、みんな、文句を言いながらでも必ず信じてくれる。

「ニルス、あまり質問攻めにしないでくれ。事情はゾールに話す。まずはふたりきりで話をさせてくれ」

「なんで君は、僕たちの名前まで……」

「よせよニルス。ご指名は俺だ。ちょいと行ってくる」

 ゾールはニルスの肩を軽く叩いて、進み出てきた。本人は隠しているつもりだろうが、いつでも戦闘に入れるよう、体のあちこちに魔力を溜めている。

 俺は気にせず、ゾールを連れて開拓民たちから離れる。

「すぐには信じられんだろうが……俺は、未来のお前だ」

 さっそく打ち明けると、ゾールは声を出して笑った。

「冗談が過ぎるぜ! なんで今より若くて、種族まで違ってんだよ。つくなら、もっとマシな嘘をつけって」

「まあ、当然の反応だな」

「それとな、冗談でも俺を名乗るんなら、仲間くらい連れてこい。お前が俺なら、なんで独りなんだよ」

「…………」

 俺が返答せずにいると、ゾールはフラウたちを視線で示した。

「俺は仲間の大切さを知ってる。いつも助けてもらってるからな。俺がなにかしようとすれば、勝手についてきて、勝手に手伝ってくれるくらいだぞ。なのにお前は、独りだ。お前が俺なら、今だって誰かがついてきてるはずだ」

 俺は目を逸らす。南東の方角へ。

「……ラージャ村の、大きな樹の下。故郷を旅立つ前に、フラウとニルスと一緒に箱を埋めたな」

 ゾールは目の色を変えた。

「なんで知ってる。あれは俺たちだけの秘密のはずだ」

「俺がお前だからだ。未来の自分たちに宛てた手紙、内容を話してやろうか?」

 今度はゾールが黙る番だった。

「本来の歴史ではな、ここの開拓民はあの騎士たちに皆殺しにされるんだ。家族同然のフラウやニルス、チコまで……。俺はひとり生き残って……この北の大地に国を興し、魔王となって人間と戦った」

「……みんなが、死ぬ……?」

「俺はそれを止めに来た。お前だって、俺の立場なら、必ず止めに来るはずだ。お前は、俺なんだから」

 ゾールは俺と開拓民たちを交互に見遣った。それから黙って思案し、やがて頷く。

「納得いかねえとこもあるが……否定もしきれねえ。だから今は信じとくぜ」

「ああ、そう言うと思ってたよ。だが俺がお前だということは、みんなには黙っておけよ。ややこしくなるからな」

 そうして俺たちは、みんなのもとへ戻る。

「みんな安心してくれ! 事情は複雑だけどよ、こいつは俺たちの味方だ! っと、そういや名前は?」

「カインだ」

 一歩進み出る。チコは怯えるように、フラウの足元に隠れてしまう。

「カインくん、さっきはありがとう」

 礼を言ってくれるフラウも他人行儀だ。

 気にしてはいけない。

 もとより、ゾールがいるのだ。今の俺が、彼ら家族の輪に入れるわけもない。

 それより……。

「礼はまだ早い。騎士どもを操っていたやつが、まだ残ってる」
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