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三話

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突如として響いたそれは、その場を圧倒させる低いテノールの声だった。その声に私は思わず息を呑む。

 そしてレオナードも終始閉じることのなかった口を漸く閉じた。流石に彼の存在を無視してまで話を続ける度胸は持ち合わせていなかったようである。

「王の目前でお前は一体何をしているんだ、レオナード」
「兄上!」

 声のした方へと顔を向ければそこには眉を寄せてレオナードを見つめる、レオナードが兄と呼んだ存在——すなわち第一王子であるセルシウス・ルーク・エルセリナがいた。
 セルシウス殿下は一瞬私の方へ視線を移してから、レオナードへと告げた。

「国王陛下主催の夜会でレオナード、お前は一体何をしているんだ?我が物顔で振舞っているが、そんな権限はお前にない。それに、私にはお前がシャルワール公爵令嬢を糾弾しているようにしか見えないのだが」
「それはっ……そもそも、悪いのは全部レティーシア嬢なんです、兄上!!彼女がユリアに数々の嫌がらせをするから!!」
「それはなんの説明にもなっていない」

 言い訳しようとするレオナードを一蹴するセルシウス殿下。それにレオナードは悔しそうに顔を歪ませる。

「大体、シャルワール公爵令嬢が嫌がらせを行ったという証拠はどこにある?言っておくが本人だけの証言なら自作自演も可能なのだから、信憑性は極めて低いからな」
「っ……」

 正に本人の証言しかない状態である為、レオナードはそれ以上何も言えずに押し黙ってしまった。

「待ってください、セルシウス様!!」

 しかしそこで思わぬ伏兵がでてくる。その声に、会場中がざわりとどよめいた。

 そしてその場にいた誰もが声を発した人物へと視線を移す。視線の先にはぷるぷると震え涙目になりながらもセルシウス殿下を見上げるユリアの姿があった。

「セルシウス様、どうか私の話を聞いてください。確かに証言できるのは私だけしかいません。けれど、私は決して嘘なんてついておりません!私はレティーシア様に数々の嫌がらせを受けているんです!」

 涙ながらに本当のことだと訴えるユリアに、セルシウス殿下は僅かに眉間に皺を寄せる。

 そんな彼女とは対称に、私はユリアの態度に頭を抱え込みたくなった。

 どんな理由であれ、身分が上の人物には自らが話しかけてはならないのだ。相手が許可をするまで決して話してはいけないし、ましては話しかけてはならない。そして、仮にもこの国の王太子殿下であるお方を許可無しに名前で呼ぶなんていうことは、立派な不敬罪にあたる。
 それを分かっていないのか、それとも第二王子に気に入られているのだから何をしても構わないのだと勘違いをしているのか。

 私としては後者な気がしてならない。

「……私は君に話を振った覚えはないのだけれど?」

 ねぇ、フォルエスタ男爵令嬢。と首を傾げるセルシウス殿下。その表情は笑っているようで、どこか薄ら寒さを漂わせている。

 多分、気付けたのは私と国王陛下だけだと思うけれど。

 長年一緒にいなければ分からない程の極僅かな変化を、ユリアに見抜ける筈がない。

 案の定、そんなセルシウス殿下の様子に微塵も気が付くことの無いユリアは、自分をようやく見てくれた彼に頬を赤く染めながら言葉を募らせる。

 そんなユリアの様子に益々眉を顰めたセルシウス殿下は、最後には溜息をついてユリアの言葉を遮った。

「フォルエスタ男爵令嬢、貴方は私の話を聞いていたのか?それに名前を呼ぶことを許した覚えはないのに私の名前を呼ぶということは、王族に対する不敬罪にあたる。君は、そんなに牢屋に入りたいのか?」
「そんなっ……!?」

 その言葉に言葉を失うユリア。自身の話を軽く受け流され、挙句の果てには不敬罪に問われることになるなんて思いもよらなかったのだろう。

(……相変わらず、どうでも良い相手には辛辣なのね、セレス様。まあ、あの二人を公の場で問い詰めて後戻りさせないくらいに追い詰めるようなことはしないみたいだけれど)

 内心で苦笑しつつ、私はついついセルシウス殿下を昔の呼び方で呼んでしまう。
 呼んでしまってからはっと我に帰った。

(違うわよ、私はもう殿下をそう呼ぶ権利は無いわ)

 そっと息を吐きながら私は首を振る。なんにせよ、声に出していなくてよかったと胸を撫で下ろさずにはいられない。 

 ……まあ、そんな私の内心のことは置いておくとして。 

 セルシウス殿下によって齎された言葉に呆然とするユリアを一瞥した後に、殿下は険しい表情を一転させて柔らかな笑みを浮かべてみせた。

「この度は我が弟のくだらない茶番に付き合わせてしまい誠に申し訳ない。時間は短くなってしまったが、年に一度の春告の会をどうか楽しんで欲しい」

 高らかにそう告げると、セルシウス殿下はその場を一歩下がった。 

 そしてそれが合図だったかのように、次第に会場中は元々の賑やかさを取り戻していったのだった。





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