アラカルト -a la carte-

真田晃

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1rd

雨宿り×嘘 1

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先輩は、嘘つきだ。
それに気付けず、踏み込めかなかった僕は──臆病者の馬鹿だ。





集団の中心から少し外れた位置で、いつも物静かに微笑む先輩。
サラサラとした長い髪が綺麗で。時折見せる細めた瞳が儚げで。
委員会で彼女を見掛ける度に、目が離せなくなっていた。

「そういえば、聞いた?」
「聞いた聞いた!」

集団から少し離れた女子三人組が、僕の近くでひそひそ話を始める。

「藤先輩、委員長と付き合ってるらしいよ」

その言葉が、やけに大きく鼓膜を打つ。
先輩を見れば、集団の中心にいる委員長を見上げ、優しく微笑んでいた。


サァァ──……

別に、先輩とどうこうなりたい訳じゃなかった。僕はただ、遠くから見ているだけでよかった。

なのに──
心の中にある淡い炎が、ふと消えてしまったような気がする。

しんと静まり返る教室内。
次第に強くなっていく雨音。
冷たい机に伏せたまま、もうずっと動けずにいた。

思えば僕は……孤独だった。
友達から手痛い裏切りを受けてから、他人に心を開けずにいた。
そんな僕によく似た陰りを見たのが──先輩だった。

脳裏に浮かぶ、憂いを帯びた先輩の横顔。


ガラッ──

突然ドアの開く音がし、反射的に顔を上げる。

入ってきたのは──藤先輩。
しっとりとした長い髪。毛先から滴る水滴。紺色のベストが深く濡れ染み、肌に張り付いた白いブラウスが、うっすらと素肌を浮かび上がらせている。

「……っ、!」

心臓が跳ね上がり、咄嗟に視線を逸らす。
しかし、その残像に違和感を感じ、怖ず怖ずと先輩を盗み見る。

肩の付け根から数センチ下。二の腕の前辺りに、青痣のような痕が──

「……これ?」

不意に足を止め、僕の視線を辿った先輩が二の腕の痣に触れる。

「これは、……彼が付けたの」

虚ろ気な瞳を伏せ、静かに彼女が口を開く。

「私をもっと、愛したいからって……」

そう言った彼女が、含んだように口角を持ち上げる。
濡れた横髪の束。それが僅かに俯いた頬に張り付き、彼女の代わりに涙を流す。

「……彼、って……」

言いかけて、止める。
聞いた所で……僕にはどうする事もできない。

「……」

虚ろ気な瞳を上げ、真っ直ぐ僕を見つめる彼女。踏み込んで来ない僕を、責めるかのように。

「他にもあるの」

深紅の細いリボンを抓み、引っ張って解く。

「えっ、ちょ……!」

予想外の展開に、慌てふためく。
そんな僕など気に止めず、胸元のボタンを外す。


「──見て」


開けたブラウス。
足元に落ちた、制服のスカート。

二の腕、肩、鎖骨、太腿──ありとあらゆる所に散りばめられたマーキング。打撲傷。拘束痕。
それらは明らかに度を超えていて。その異常性に悪寒が走る。

「……おかしいよ、こんなの」
「どうして?」
「……」

何の疑問を持たない先輩の言葉に、胸の奥が締め付けられる。

「だって──、」

次に続く言葉が中々出ず、口を閉ざせば、二の腕を掴んで目を伏せた彼女が寂しそうに微笑む。

「……これが無ければ、私は愛して貰えないから──」



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