9 / 559
プロローグ
9.
しおりを挟む×××
アパートに帰ると、ドアポストに白い紙が挟まれていた。その端が時折吹く風に揺れる。
取り出して見れば、それは──ガス点検の通知書。
「……」
文書を作成した日付。不動産会社名。お知らせの文字。丁寧かつ堅い文がつらつらと連なった最後に、工程日時と請負会社が記されている。
特に気にする事もなく部屋に上がり、その紙を冷蔵庫のドアに貼り付ける。ついでにドアを開け、冷蔵庫の中身も確認する。
昨日の今日で竜一が来る確率は低い。けど、昨日の様な失態はしたくない……
ふと、視線を外した先にあったのは、冷蔵庫横の籠に収まったじゃがいもと玉ねぎ。
「……」
じゃがいもを取り出して洗うと、水を張った手鍋に皮付きのまま入れて火にかける。
……竜一は、どんなものが好きなんだろう……
考えてみれば、僕は竜一の事をよく知らない。
竜一の想いを知って、オンナになったけど。恋人同士がする様なデートなんてした事がないし、それ以前に、それらしい会話を交わした事もない……
このアパートに住んでから竜一に振る舞った食事といえば、肉じゃがとか金平牛蒡とか魚の煮付けとか……おばあちゃんが教えてくれた、純和風の食事。それを竜一は、ただ黙って口にしているだけだった。
凌の様に、嘘でもいいから喜んでくれたらいいのに……なんて、内心思ったのを覚えている。
水で洗ったきゅうり。皮を剥いた玉ねぎ。其れ等を薄切りにして塩揉みをする。
ポテトサラダ……竜一は好きかな。
もっと、料亭みたいな豪勢なものが作れたらいいのに。
トゥルルル……
そんな事を思っていると、心を見透かしたかのように突然携帯が鳴った。
*
「……今日は、もう少し長く居られる」
玄関先で僕を抱き寄せた竜一が、耳元で囁く。
「美味そうな匂いだな」
料理の匂いがしたのだろうか。竜一の厚い胸板に顔を埋めながら、こくんと頷く。
「今、ご飯作ってたから……」
「……お前が、だ」
そう言って、竜一が僕の首筋に顔を埋める。
軽く唇を当てた後、貪るように食み、恥ずかしくなるようなリップ音を立てる。
「……ゃ……」
ゾクッ……
全身が甘く痺れ、恥ずかしさが込み上げ、それから逃れようと竜一の胸を軽く押す。
「優しくしてやるからよ」
その手首を取って制した竜一が、もう片方の大きな手で僕の頬を包む。するりと滑り落ちる指先。それが僕の顎に掛かるとクイッと持ち上げられ──落とされる、キス。
「……ん、っ」
煙草の混じった、ほろ苦い味。
……だけど、新婚のお帰りのキスより、きっと甘い。
10
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる