42 / 49
第四章 元冒険者、真の実力を見せつける

42:輝く女騎士とあの人たち

しおりを挟む
 ちょうどここにいるのでディエゴたちのことも知りたくなったが、もう外はあかね色に染まっていた。

「そろそろ騎士団の方に行かなくちゃ」

 今日のダンジョンの様子は、前の状態を知っている私が記録した方がよいだろう。

 急ぎ足で騎士団寮に戻り、記録用紙を取りに団長室に入った。

「ご苦労様。ごきょうだいのところに行ったとディスから聞いている」

 自分だけ別行動をとる許可をもらったときに、ディスモンドが「分かった。団長に伝えておく」と言ってくれていたのだ。

「はい。……三人とも生きてはいましたが、全身大ケガでした」
「そうだろうね。さっきディスが書いた今日の記録を見たが、道中のモンスターでさえ手強かったようだね」
「前より数が増えた感じでした。なので奇襲も多く、一度に多くのモンスターを相手にしなければならなくて」
「クリスタル君でさえそう感じたのだな」

 団長は腕を組んで、「早く団員にも慣れてもらわないと」と厳しい顔をする。

「デス・トリブラスのことは聞いたかな?」
「もちろんです。あとでその記録もまとめます」
「よろしく頼むよ」

 色々聞きたがっている団長だが、記録だけはつけないといけないので、やんわり断って団長室をあとにした。





 騎士団寮で書き物をするときはいつも、ここの食堂の机とイスを借りている。寮に自室がないので仕方がない。

「今日の討伐のことと、お兄さまたちから聞いたデス・トリブラスのこと……だね」

 端の席で数枚の記録用紙を広げ、数時間前のことを思い出しながらつづっていく。

 隊形は、隊長のディスモンドを先頭に、前衛は遊撃隊、後衛は迎撃隊、私は最後尾で主に弓を使って討伐した。奇襲に備え、討伐の後半からは、遊撃隊から数人出して迎撃隊の保護にまわる隊形にした。
 上級ダンジョンに出るモンスターは以前と変わっていないが、量が体感で二倍くらいまで増えていた。
 団員がモンスターに慣れていないこともあるが、奇襲にって私が後ろから補佐することが度々あった。
 明日からは、よりダンジョンの奥に進み、ダンジョンの状況把握に務める予定である。

「ざっとこういう感じでいこう」

 記録をするときのテンプレートに沿って書き進める。このテンプレートは、騎士になって初日にリッカルドから教えてもらった。

 それまで弓に関することを書くときは、父から反省文を書かされたときくらいしかなく、そもそも書くことが嫌いであった。何をどういう構成で書くのか、父は私にどういうことを書かせたいのかくみ取らなければいけないからだ。

 リッカルドにテンプレートを教えてもらったことが、書き出しでいつも悩む私を救ってくれた。

「次はデス・トリブラスのことだね」

 別の真っ白な記録用紙に取り換えると、サム兄、姉、セス兄から聞いたことをそのままに書いていく。

「クリスタルも知ってるとおり、デス・トリブラスは上級ダンジョンの一番奥に現れたモンスターだ」
「見た目は、普通のトリブラスが見たことないくらい巨大化して、どす黒くて、禍々しいオーラを出してて、茎っぽいところに数えきれないほどのトゲがついてるの」
「トゲを全方向に飛ばすから、攻撃したくても近寄れない」

「しかも、花みたいなところから、毒が入った実を投げてくる。これに当たると、その部分がただれてだんだん力が入らなくなってくるんだ」
「力が入らないから、弓を引こうとしても引けない。ホント厄介」
「遠距離攻撃だけじゃなくて、普通に物理攻撃もしてくるんだよ」

「俺はその物理攻撃で頭をやられた。木で言うと枝にあたる部分が伸び縮みして、直接ぶん殴ってくるんだ」
「私はその攻撃で突き飛ばされて、体の右側を地面に思いっきり打って、こうなっちゃった」
「俺も物理攻撃で体が吹っ飛んで、足が変な方向に曲がった」

 話を聞けば聞くほど痛々しすぎて、私の心までダメージを負っている感覚になった。実際に体験した人から、その姿で語られた話は、あまりにも説得力がありすぎた。

 どれだけ厄介なモンスターなのかは、痛いほど伝わっている。これほど鮮明に思い出せるのだから。

「あの上級の人たちでも敵わなかったのに、私たちのような騎士が太刀打ちできるわけないよね。デス・トリブラスに挑むのは、上級の人のケガが治って動けるようになってからかな」

 ケガが治るのに、普通に見積もって一カ月。感覚を取り戻す時間も含めたら……一カ月半。
 ケガの治り具合や感覚が早く取り戻せれば、もっと早く討伐できると思うけど。

「これから最低一カ月は、私たちが代わりにモンスターを狩らなきゃいけない。……がんばろ」

 記録用紙がいっぱいに埋まったところで、席を立つと、食堂の入口の方からにぎやかな声が聞こえてきた。

 あ、もう夜ご飯の時間か。

 討伐と記録を書くのに集中力を使い果たした私。ご飯だと意識したとたんに腹時計が動き出した。

「今日はここの食堂で食べよう」

 私は記録用紙を提出しに、いったん食堂を離れた。





 一方、騎士団が去ったあとの冒険者ギルド。

「追放されて冒険者をやめたクリスタルが、騎士になって帰ってきたなんてな!」

 こっちの食堂では、初級・中級者が夕食をとっているが、今日は騎士団の話で持ち切りだった。

「さっき討伐から戻ってきたところを見たけど、ケガ一つしてなかったな」
「あぁ。デス・トリブラスが出る前のダンジョンでさえ、絶対一つは傷つくって帰ってきてたような」
「ホント、冒険者をやめて覚醒するなんて、あのときは誰も思いやしなかった」

 騎士団の食堂と違うのは、この男たち二人が酒を飲んでいることだろう。少し顔を赤らめた二人は、声量というものは気にしていないようだ。

「騎士っていうだけでカッコいいもんな。クリスタルだけ他の騎士とは違ったカッコよさがないか?」
「確かに。俺もクリスタルの弓見てみたいな。どれくらいうまくなったのか」
「討伐が終わってから誘うか?」
「いや、クリスタルは騎士だぞ。もう冒険者じゃないんだ」
「そうだな。つい俺らの感覚で言ってしまう」

 男たちはグビグビとのどを鳴らしながら飲み、ガハハと腹から笑った。

 二人の声量が大きすぎて、この人たちにも会話が聞こえていた。

「何よ、ちやほやされちゃって」

 ディエゴたちである。
 かつてクリスタルをにらんだときのような目で、不服そうに男たちを見るジェシカ。

「難しくなったあの上級ダンジョンで傷一つつくらないで帰って来れるなんて……そんなのクリスタルにできるわけないでしょ!」
「他の騎士に守られてたんじゃね?」
「絶対それよ!」

 ジェシカとディエゴは意気投合しているものの、イアンは無言だ。

「ていうか、今日ここに来たのも、元冒険者だからとりあえず連れてきたんだろ」
「あんなのお荷物だものね。討伐であんなの使えないから」

 むしろ、クリスタルが奇襲に対応したり、隊列の後ろからサポートしていたが。
 ここで、イアンが「なぁ」とようやく会話に入ってきた。

「聞いた話だが、クリスタルは騎士団長からの特別推薦で来たそうだ」
「特別推薦っていうのは表向きだろ。本当は少しでもダンジョンやモンスターのことを知っている人を連れていきたかっただけで――」
「実際はお荷物」

 自分たちに都合がよい解釈をしている。イアンの表情は変わらない。

「それなら何でクリスタルは騎士団にスカウトされたんだ?」
「知らね」
「生活費を稼ぐために、騎士団にごねたんじゃない? 『元冒険者なので、戦いの経験あります!』って」

 核心に関わることになると、ディエゴは知らんぷりし、ジェシカはとんでもない仮説をでっちあげる。
 ちなみに、騎士団はゴネで入れるような生易しいところではない。あの三兄弟でさえ入団試験を受け、実力で隊長という座に上り詰めている。

 未だにクリスタルがスカウトされて入団したことを信じられていない三人は、このあとクリスタルの本当の実力と才能を目の当たりにすることになる……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

【完結】無能と婚約破棄された令嬢、辺境で最強魔導士として覚醒しました

東野あさひ
ファンタジー
無能の烙印、婚約破棄、そして辺境追放――。でもそれ、全部“勘違い”でした。 王国随一の名門貴族令嬢ノクティア・エルヴァーンは、魔力がないと断定され、婚約を破棄されて辺境へと追放された。 だが、誰も知らなかった――彼女が「古代魔術」の適性を持つ唯一の魔導士であることを。 行き着いた先は魔物の脅威に晒されるグランツ砦。 冷徹な司令官カイラスとの出会いをきっかけに、彼女の眠っていた力が次第に目を覚まし始める。 無能令嬢と嘲笑された少女が、辺境で覚醒し、最強へと駆け上がる――! 王都の者たちよ、見ていなさい。今度は私が、あなたたちを見下ろす番です。 これは、“追放令嬢”が辺境から世界を変える、痛快ざまぁ×覚醒ファンタジー。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

魔力ゼロで出来損ないと追放された俺、前世の物理学知識を魔法代わりに使ったら、天才ドワーフや魔王に懐かれて最強になっていた

黒崎隼人
ファンタジー
「お前は我が家の恥だ」――。 名門貴族の三男アレンは、魔力を持たずに生まれたというだけで家族に虐げられ、18歳の誕生日にすべてを奪われ追放された。 絶望の中、彼が死の淵で思い出したのは、物理学者として生きた前世の記憶。そして覚醒したのは、魔法とは全く異なる、世界の理そのものを操る力――【概念置換(コンセプト・シフト)】。 運動エネルギーの法則【E = 1/2mv²】で、小石は音速の弾丸と化す。 熱力学第二法則で、敵軍は絶対零度の世界に沈む。 そして、相対性理論【E = mc²】は、神をも打ち砕く一撃となる。 これは、魔力ゼロの少年が、科学という名の「本当の魔法」で理不尽な運命を覆し、心優しき仲間たちと共に、偽りの正義に支配された世界の真実を解き明かす物語。 「君の信じる常識は、本当に正しいのか?」 知的好奇心が、あなたの胸を熱くする。新時代のサイエンス・ファンタジーが、今、幕を開ける。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...