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第四章 元冒険者、真の実力を見せつける

44:デス・トリブラス戦、当日

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「うわぁ、今日も風が強いね」

 朝の空気を吸おうと窓を開けると、私の長髪がなびくほどの風が入りこんできた。

「おぉ、起きたかクリスタル」
「あ、エラさん。おはようございます」

 今日はエラのモーニングコールの前に起きることができた。パジャマから制服に着替え、これから髪をまとめてお団子にしようとしていたところだ。

「これから戦うんだろ? デス・トリブラスっていう怪物に」

 改まったようにエラが言うので、「任務ですから」と返してみる。

「そうだな。これから他の客を起こしにいくから、下で待ってろ」
「モーニングですよね。私やっておきましょうか?」
「いいや、これから大仕事に向かう騎士様にそんなことをさせるわけにはいかない」

 いつもなら「じゃあお願いするか」と言ってくれるはずのエラだが、「騎士様」だなんて、エラはどうかしてしまったのだろうか。

「エラさんがそう言うなら……分かりました」

 エラの好意はそのまま受け取っておくことにした。
 髪を数分でまとめ終わると、下の階からくる朝食の匂いにつられるように、階段を下りて行った。

 激しく動く双剣を使うときは、体の向きを変えるときに自分の髪が視界を遮ることがあるため、このようにお団子にしている。
 これで何かのスイッチが入ったような気がした。

 エラが厨房ちゅうぼうに戻ってくるとすぐに、朝食が提供された。
 パン、豆がたくさん入ったスープ、ちょうどいい焼き目のウインナー、スクランブルエッグ、ほうれん草のソテーである。

「エラさん、これって……」
「……クリスタルに初めて出した朝食だよ」

 あぁ、覚えてくれてたんだ。一生忘れることのない、あたたかい朝食だ。

「これ食べて、任務を果たしてこい」
「はいっ……」

 パクッ

 おいしい。変わらぬ思い出の味。

 エラさんに誘われて、また弓を始めることができた。その弓で、今日は戦いに行くんだ。

 エラなりの応援メッセージなのだろう。ありがとう。

「ごちそうさまでした」





 弓とその道具と双剣を持って、騎士団寮に集まってから、よろいを着て冒険者ギルドに向かった。
 ギルドに着くと、既に上級冒険者たちが集まっていた。もちろんその中には兄や姉の姿もある。

「騎士団のみなさま、そして上級冒険者たちの幸運を祈ります」

 管理人から一言もらうと、ディスモンドは訓練中には絶対に見せないような笑顔で、「ありがとうございます。それでは行ってきます」と答えた。

 こちらに振り向くころには訓練中の厳しい顔に戻り、「第一隊形に並べ」と指示する。
 私はオズワルドとともに最後尾につく。

「みなさん、頑張ってください!」
「絶対倒してくれ!」
「死ぬんじゃないぞ!」
「ちょっと、縁起でもないこと言わないの」

 初級・中級冒険者の、まだ討伐に行っていないガヤが集まってきた。
 本来このような人たちには反応してはいけないのが、私たち騎士団の決まりである。しかし。

 ……隣のオズワルドが手を振っている。だが、小さく振っているだけなので、前にいるディスモンドやリッカルドには気づかれていないようだ。

 点呼と最終確認を済ませると、私たちはデス・トリブラスが待ち構える上級ダンジョンへ出発した。





 デス・トリブラスと戦うまでは、なるべく弓を使うようにする予定である。兄や姉でさえも太刀打ちできなかったのだから、体力は温存するに越したことはない。

「来たぞ!」

 真っ先にアウバールに反応したのは、サム兄だった。さすがといったところだろうか。
 サム兄が最初に見つけたアウバールを撃ち落とすが、向こうは優に二十は超えるほどの大群で迫ってきた。

 しかし、私が矢を放つ必要はない。その大群も冒険者の弓使いと迎撃隊だけで、一瞬で視界から消えて地面に落ちていく。

「やっぱり人数がいるとスムーズだね」

 感想を述べながらも、私の視線は常に辺りを見回している。
 アウバールを皮切りに、次々とモンスターが襲い掛かってきた。私も弓を構えておく。

「よし」

 ピュン!

 右から突進してきたモンスターの首めがけて撃ち、遊撃隊の騎士にトドメを刺してもらった。

 途中、私が双剣の片方を抜いて奇襲に対応したこともあったが、人数がいるので安定して進むことができた。
 昨日の討伐で引き返したところを通り過ぎ、数十メートル進んだところで一気に空気が変わり、向こうの方には紫色の霧が立ちこめている。

「止まれっ!!」

 ディスモンドの指令が飛び、私たちはスタッと歩みを止める。
 この空気を例えるならば、何日も換気をしていない部屋に大量の湿気があるような、嫌な空気だ。

「この先にデス・トリブラスがいます」
「この先だな。第二隊形に並べ!」

 サム兄の言葉に従い、ディスモンドが指示を出した。
 私は最後尾から前衛に移動し、発射の準備をしておく。

「物理攻撃が届かない範囲から、『がく』を目がけて矢を打ちこめ。いいか」
「「「はいっ!」」」
「よし、進め!」

 前の人の背中がギリギリ見えるくらいの濃い霧である。五覚を鋭くさせながら歩いていく。

「!」

 霧の中にぶどうくらいの大きさの、黒くて丸い何かを発見した。とっさに弓を構える。その何かはこちらに向かっている。
 ……まさか。

 パンッ!

 矢が『それ』に命中した瞬間、『それ』は弾け飛んだのだ。

「危ない、それ、デス・トリブラスの実!」
「なんだって!?」

 弾けたその下の地面は液体でれている。これが兄や姉が言っていた、当たった部分がただれてだんだん力が入らなくなる毒液だろう。

「まさか向こうから先制攻撃をしてくるとは……」

 リッカルドがいつになく悔しそうな顔をしたその時、

 ウォォォォォォォォォォォォォォッ!!

 地も空も心臓も揺らすほどの咆哮ほうこうが、辺りの濃霧を瞬く間に消し去った。同時に、私たちを巨大な影が見下ろす。

「ついに、だな」

 あれが、デス・トリブラス……!?

 普通のトリブラスを知っていても、開いた口がふさがらない。巨大すぎるのだ。
 デス・トリブラスがいるその真上だけ、それ専用かのように天井が高くなっている。

 一輪の花と言えなくはないが、かなり無理がある。見上げると首が痛くなりそうなほど巨大で、なぜか地上に出ている根以外はどす黒く、茎と呼ばれる部分すべてにびっしりとトゲが生え、花びらはチューリップのように半開きになっている。茎も根も一本一本が太く、確かにこれで一撃らったらひとたまりもない。

「今だ、放て!」

 リッカルドの指示が出て次の刹那には、デス・トリブラスの花と茎の境目に高密度の矢の塊が飛んでいた。
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