花のように

月夜野 すみれ

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第七章 花のように

第四話

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 一旦署へ戻って逮捕状を取ると、紘彬と如月は石神井にある新発田の家に向かった。
 家には新発田の妻がいて、夫は仕事へ行っていると答えた。
 仕事をクビになったことは言ってないらしい。

「旦那さんがどこにいるか、電話して聞いていただけますか? 警察が来たことは伏せて」
 紘彬がそう言うと、新発田の妻は不安そうな顔で電話をかけた。
「出ません。留守電になってしまいます」
「奥さんのスマホ、ちょっとお借りしていいですか?」
 如月はそう言ってスマホを借りると、新発田のスマホの位置情報を検索した。
 表示された地図を紘彬と如月はのぞき込んだ。
「駅とこの家の中間にいますね」
 如月はスマホを返しながら言った。
「よし、行こう」

 二人は新発田の家を後にした。
 夫に知らせるなという口止めはしなかった。
 教えるなと言ってもその場で見張ってなければ止めることは出来ない。それなら言うだけ無駄だ。
 歌舞伎町と比べると、夜の住宅街は暗かった。

「桜井さん、自分は顔を知られてますからなるべく暗がりを歩くようにします」
 如月は道路の反対側を歩き始めた。
 紘彬と如月が駅へ向かって歩いて行くと、向かいから男がやってきた。
 如月はわずかに足を速めた。
 男が街灯の下を通ったとき顔に光が当たった。
 新発田だ。

 如月は道を横切って男に近付いた。
 それを見た紘彬は男の正面に立ちふさがった。
 新発田は、はっとして身を翻そうとした。
 その行く手を如月が阻んだ。

「貴様……!」
 新発田に憎悪の表情が浮かんだ。
 紘彬は新発田の肩に手をかけた。
「新発田真紀雄、殺人未遂の罪で逮捕する」
 一瞬、肩に掛かった手を振り払おうとする仕草をしかけた後、大人しく手錠をかけられた。

「あなた!」
 新発田の妻の声がして三人は振り返った。
 女の子と、それより少し小さい男の子が女性の後ろから顔を覗かせるようにして不安そうに新発田を見ていた。
「あの、夫は何を……」
 新発田を引っ立ててパトカーに向かう如月に訊ねた。
「高校生を刺して殺そうとした罪です」
 如月は感情のない声で答えた。
「そんな……」
 絶句する新発田の妻に軽く会釈をするとパトカーに向かった。

 警察署に着くと、新発田は取調室に入れられた。

「俺のせいじゃない!」
 新発田が両手で取調室の机を叩いた。
「高校生を殺そうとしておいて何言ってんだ!」
 上田も負けじと机を叩いた。
「なんで内藤宗佑を刺した」
「そいつとあのガキのせいでクビになったんだ」
 新発田が如月を睨み付けた。

「それは違う。何もしてない紘一君に無実の罪を着せようとしたからクビになったんだろ」
「そもそもあのガキが万引きなんかしなけりゃ……」
「紘一君に濡れ衣を着せようとした言い訳にはならないよ」
「クビになったんなら大人しく職探ししてりゃ良かったじゃねぇか」
「今時そう簡単に就職先が見つかるわけないだろ!」
「それで内藤宗佑を刺したのか。最初から彼を狙ってたのか?」
「どっちのガキでもよかった。思い知らせてやらないと俺の気が済まなかったんだよ!」
「逆恨みで殺そうとしたのか」
「逆恨みじゃない!」
「逆恨みだろ! 殺人未遂だからな。刑期は長くなるぞ」
 上田が言った。

「あのガキのせいで……」
「内藤君は反省してるよ」
 如月が落ち着いた声で言った。
「今更反省したって遅せぇよ!」
「あなたを告発したくないって言ってた」
「じゃあ、刑務所へは……」
「行くに決まってんだろ!」
 新発田は恨めしげに上田を睨んだ。
「検事に内藤君のことは伝えるから情状酌量はされると思うよ」
 新発田は納得できないという表情で黙り込んだ。

 翌日、永山と岡本の検屍報告書が紘彬達の署にも回ってきた。

「なんの毒の痕跡も無かったんですね」
 紘彬は黙ってしばらく解剖所見を見ていた。
「如月、岡本達の所持品の中にエキペンはなかったよな」
「はい。ありませんでしたけど」
「バカだな、あいつ」
 紘彬が呟くように言った。
「え?」
 如月が聞き返した。

「特殊な毒なんか使ったら薬理学関係の人間だってすぐにバレるだろ。一般人用の毒はトリカブトなんだから」
「トリカブトが一般人用かどうかはおいとくとして、奥野も製薬会社勤めですが、吉田さんも大学の研究室で薬の研究してるんですから、どちらなのかは……」
「ああ、そうか」
 紘彬が言った。
「山崎じゃ無くて吉田の名前を使ったのもそのためか」
 紘彬が呟いた。

 そのとき、電話がかかってきた。電話のそばにいた紘彬が受話器を取った。
 それを見て、如月は課長のオフィスへ向かった。

「なんだ」
 如月が入って行くと、課長が書類から目を上げた。
「あの、今回の……内藤君が刺された件なんですけど……」
 如月は課長に自分のせいだと告げた。
「どんな処分でも受けます」
 課長は如月を見ながら、
「桜井も同じこと言いに来たぞ」
 と言った。
「それは違います! 桜井警部補は何も知らなかったんです。自分が独断で……」
 課長は手を振って如月の言葉を遮った。

「もういい。仕事に戻れ」
「あの、処分は……」
「してほしいのか?」
「そう言うわけでは……」
「ならさっさと仕事に戻れ」
「はい。失礼しました」
 刑事部屋に戻ると紘彬が報告書を読んできた。

「あの、桜井さん、自分を庇ってくださったそうで……」
「別に庇ったわけじゃないよ。紘一のためにやってくれたことだからさ。それより早く帰ろうぜ」
 紘彬は如月に声をかけた。
「はい」
 如月は紘彬と並んで歩き出した。

「去年、お前が持ってきてくれた腐葉土のお陰で桜に蕾がついたんだぜ」
「ホントですか!? じゃあ、今年は花が見られますね」
「ありがとな。お祖母さんにもお礼言っといてくれ」
「はい」
 そんな話をしながら紘一の家の前に着くと、その桜の上の方が裂けて折れていた。

「これ……、どうしたんでしょう」
 二人はしばし呆然となって桜の木を見上げていた。
「紘一に聞いてみよう」
 我に返った紘彬が言った。

 二人は家に入った。二階の紘一の部屋に入ると紘一がいた。

「紘一、あの桜、どうしたんだ?」
「近所の子がバトミントンの羽根を取ろうとして木によじ登ったら折れたって……」
「そっかぁ、折角今年こそは咲くと思ったんだけどな。悪いな、如月」
 紘彬は落胆した様子で如月に謝った。
「自分のことは気にしなくていいですよ」

 そうは言ったものの、何となく、あの桜は自分のような気がした。
 ずっと頑張ってきて、ようやく花が咲かせられると思ったら木が折れてしまった。
 今回のことにしても、もっと上手くやれば新発田はクビにはならなかったのではないか。
 クビにならなければ内藤だって刺されることはなかったはずだ。
 幸い命に別状はなかったが、下手をすれば内藤は死んでいた。
 如月の思考はどんどん悪い方向へと進んでいった。

 よそう……。
 一番がっかりしてるのは桜井さんなんだから。

 如月は、桜のことを頭から追い払うようにゲームに集中した。
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