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1巻

1-3

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「ルード。後で川に連れていってやれ」
「わかりました。今なら誰もいないでしょうから、案内しますよ」

 食事の時と同じく、やや不機嫌そうにルードが了承してくれた。
 別に、忙しい最中に案内してもらわなくても大丈夫なのだが……
 ただでさえ嫌われている気がするのに、何故隊長はピンポイントでルードを指名するのだろう?

「ルード……忙しいのにごめんな? 暇な時でいいから……」
「今がまさに暇な時なので、今から行きましょう」
「あ、はい……」

 有無を言わせぬ雰囲気で、ルードに断言される。今から行くしか選択肢はない。
 隊長と他の隊員達に改めてお礼を言い、俺はルードの後に付いて川に向かった。
 どうやら草を踏み固めて道を作ってあるらしく、森の中にもかかわらず足元は快適だ。

「あのさ、ルードも俺に対して丁寧な言葉遣うのやめないか?」

 無言で歩を進めることに息苦しさを感じて話しかけると、ルードはチラリとこちらを見た。

「トオルはアイザック隊長が保護している存在ですから、立場としては我々一介の騎士よりも上位です。それに、私は元々こういう話し方なので、お構いなく」
「そういうものなのか?」
「ええ。そういうものです」

 つまり、俺は同僚ではなく上司が連れているお客さんだからってことだ。他の隊員もそういう認識なのかな。それは若干居心地が悪い気がする……
 悶々もんもんとしつつ、テントを出て十五分程歩いただろうか。ゆるやかに流れる川が見えた。
 俺はつい、はしゃいでしまう。

「すっげー綺麗だな……! 魚とかいそう!」
「ええ。魚も捕れますよ」

 魚好きなのだろうか。初めてルードの尻尾しっぽが嬉しそうに揺れた。
 その状態で川の利用ルールを説明してくれる。

「体を清めるのに使用する時間帯はある程度決めてありますが、夕刻の訓練後と明け方に利用する者が多いです」
「そうなのか。じゃあ、今夜早速、来てみるよ」

 道は覚えたし、多くの隊員と少しでも仲良くしておきたい。
 俺はすぐにマイテントへ帰り、軽く休憩をとった。
 ハンモックに乗り体を横たえる。細かいメッシュ地の布がかすかに空気を通し、とても気持ちがいい。体を包み込んでユラユラと揺れる感覚も好ましかった。
 しばらくそうしていたが、そのまま寝てしまいそうになり、俺はひとまず起き上がった。

「さて、狼達は広場にいるかな?」

 ブラシを持って再度広場へ行くと、ちらほらと狼がいた。
 とりあえず、近くにいた狼を呼び寄せてブラシをかける。周りの子達も興味ありげに近付いてきた。
 流石さすがに腹は見せてくれないが、ブラシをかけた子は俺に対して警戒を解いてくれるのを感じる。
 そして近付いてきたすべての狼を手入れし終わった頃、見覚えのある子が駆けてきた。

「シロ! 遊びに来たのか?」

 近くに腰を下ろしたシロの頭をでようと手を伸ばすと、口にくわえていた何かを押し付けてきた。

「何だ? これくれるのか?」

 シロはそうだと言わんばかりに一吠えし、尻尾しっぽをパタパタと振る。
 渡されたのは竹で作られた入れ物のようだ。カラカラと音がすることから、中身が入っていることがわかる。
 開けてみると、銀貨とメモ用紙が一枚入っていた。
 残念ながらメモは文字がわからないので、後で誰かに読んでもらうことにする。
 ――これ、もしかして飼い主からか?
 俺が顔を上げる頃にはすでにシロの姿はなく、他の狼も消えていた。
 仕方ないので、とりあえずメモを読んでもらうべく隊長のもとへ向かう。彼はすぐにメモを読んでくれた。
 どうやら、ブラッシング代として代金を納めるむねが書いてあるらしい。銀貨はそのままもらえることになる。
 街へ出れば住む場所もないし、少しでもお金があると心強い。
 その後、俺のテントの前に同じような筒が数個置かれていた。それも同様に扱っていいと隊長に言われ、俺はありがたく受け取る。
 そんなふうに収入を得て、俺は一気にこの世界で働いた実感を持った。
 と、言っても……狼とたわむれていただけのような気もする……
 ――とりあえず、汗もかいたし……早速水浴びに行こう。
 もらったタオルと着替えを持って川に行くと、すでに数名の隊員がいた。その光景に、俺はショックを受ける。
 ――え? ちょっと待って? 皆、すごい筋肉!
 ジムの風呂などでも自慢できる体だった俺だが、趣味で鍛えているのとはレベルが違う。皆、本職の方だ。
 俺は隊員の体を見て、自分の体を見る。
 ……色んな意味で自信喪失しそうだ。
 隊員達も獣人以外の体が珍しかったのか、こちらを見ては驚愕きょうがくの表情になっていく。

「……昨日からお世話になってます。トオルです」

 とりあえず俺はショックを隠し、近くにいた人に挨拶した。

「あ……ああ、俺はターナーだ」

 その獣人は、何かに驚いた顔のまま、挨拶を返してくれる。
 彼――ターナーは、気さくで話しやすいタイプの狼獣人だった。少し雑談をした後、俺は彼に思わぬ質問を受ける。

「トオル、お前……一体、何歳だ?」
「え? 二十六歳だよ」

 彼の質問に普通に答えると、周りから「二十六!?」と驚きの声が上がる。
 皆話しかけてはこないのに、しっかり聞いてたようだ。

「そんなに驚く?」

 苦笑いの俺に、彼らは十代だと思っていたと言う。
 どうやら獣人の基準では、俺の肉体は子どもレベルらしい。
 そして身長はこれ以上伸びないと伝えると、とてつもなく励まされた。
 しまいには、そこにいた皆から、「あごが弱くて栄養が足りなかったのか?」、「華奢きゃしゃな男が好きな奴もいるさ」、「無防備すぎるぞ」などと言われる。
 俺は更に自信をなくす。
 ――まぁ、でも仲良くなれたっぽいから良しとしよう。
 ちなみに、俺の体格はこちらでは兎や栗鼠りすの獣人の雌くらいの体格のようだ。
 つまり、かなり小さいんだということを理解した。


 水浴びでの自信喪失事件後、テントに戻った俺は、アイザック隊長から夕食に誘われた。二人で一緒に食堂舎へ向かう。
 テーブルに着くと、先程のターナーをはじめ、多くの隊員が俺のテーブルに果物や干した魚、ミルクやチーズのようなものを次々と置いていく。
 皆一様になぐさめの表情をしているのが、俺の心をえぐった。
 メインメニューは昨日と同じく干し肉とパンの入ったコンソメスープに似たものだ。
 干し肉は当然のように隊長がほぐしてくれる。

「何だ、随分とみつものが多いな」

 肉をほぐしながら、隊長がみつものを見つめ、苦笑いした。

「はぁ……年齢が二十六歳だと教えたらこんなことに……」
「二十六!? ……そうか……苦労をしたんだな……」
「いや、本当に標準なんですよ? 人間の中では。割と筋肉も付いてるほうですし」
「そうか。わかった。……筋肉は鍛えられる。しっかり栄養を摂って、これから体を作っていくといい……」

 いや、全くわかってないですよね。
 結果、隊長までもが干し肉を分けてくれた。
 とりあえずお礼を言って、俺は食べ物を腹に収める。
 うん。美味おいしい。
 けれど、ものを食べる度に、隊長や食べ物をくれた皆が満足そうな顔で見てくるので、居心地が悪いし、恥ずかしい。
 そして遠くで次なるみつものの準備をしている隊員が見えた。

流石さすがに満腹です。ありがとうございます」

 隊長に話しかけるていよそおって言う。すると、今まさに食べ物を持ってこようとしていた隊員達が、少しションボリとしながらそれを片付け始めた。
 ――ここは世話焼きが多いんだな……でも、ごめんなさい……胃袋には限界というものがありまして……

「うむ。ちなみにトオルは何が好きだったんだ?」

 食べ終わった後の皿を指さして、アイザック隊長が聞いてくる。

「全部好きでしたけど、干し肉とスープが特に美味おいしかったですね」

 干し肉は昨日のものと同じだったが、とても美味おいしい。噛めば噛む程味がしみだして……ビールが飲みたくなる。
 それに、今日のスープはおそらく俺のために作ってくれたんだろう。硬かったパンが、スープのうまみを吸って柔らかくなっていた。

「そうか、それは良かった。そのスープを作ったのはルードだぞ」

 またルードかよ!
 俺は思わず頬をらせる。奥にルードの顔が見えたので、とりあえず笑顔で会釈えしゃくしておいた。
 が、向こうは相変わらずの無表情だ。
 ――何なの? 俺は好かれてるの? 嫌われてるの!?

「俺、嫌われてるんですかね……?」

 ポツリとこぼすと、隊長が目を丸くする。

「いや、それはないな。表情の変化がとぼしいからわかりにくいが、アイツはトオルを気にかけてるぞ。今も喜んでいたようだしな」

 本当だろうか。にわかに信じ難い。
 まぁ、空気の読める日本人だから、波風たたなければ良しとする。
 アレだ。ルードは狼犬の獣人って聞いていたので、もっと犬っぽいのかと思っていたこともあり、ショックが大きいんだ。
 獣人だからかもと納得しかけてたところで、ターナーみたいな懐っこい奴に会ってしまったから混乱もしている。
 考え込んでいると、隊長から頭をでられた。
 子ども扱いは気になるが、嫌ではない。
 生温かい空気になぐさめられつつ、俺はテントへ戻りハンモックへ直行する。
 けれど、すぐに体を起こした。

「寒っ!!」

 夜の冷え込みを甘く見ていた。
 昼間は外気温が高くテント内の温度も高かったので心地良かったが、メッシュ素材から自分の体温が逃げていく。
 昨日とは違い、服をしっかり着込んでいるのに、ひどい冷え込みだ。一応受け取っておいた毛布にくるまってもやはり背中側が寒い。
 なるほど、昨日はベッドだったから熱が逃げず暖かかったのか。
 これは……眠れない。どうしよう。
 隊長のテント側を見ると、ランプの光が透けて見えた。
 あー……迷惑だよなー……でもなー……体調崩したほうが迷惑だよな。
 よし、相談に行こう。
 俺は心を決め、アイザック隊長のテントに向かった。

「隊長さん……疲れているところに失礼します……」

 遠慮がちに外から声をかけると、入室をうながされる。

「どうした? 眠れないのか?」
「それが……寒くて……ですね……。厚手の服とか借りれますか?」

 そう聞くと、隊長は思案げな顔をした後、決定事項のように告げた。

「深夜は更に冷える。厚着といっても、この時期は今着ているものしか用意できないからな……夜は俺のベッドで寝るといい」

 結局、俺はここにいる間はずっと隊長と一緒に休むことになった。
 皆はハンモックにパンツ一枚で寝ているらしいのに、人間って気温の変化に弱い生き物だと実感する。
 対して獣人は、皮膚を短い毛でおおわれているおかげで、気温の変化に対する適応力が強いようだ。
 俺がモゾモゾと動く度に隊長が毛布の上からポンポンとなだめるように軽く叩いてくるのを申し訳なく思いながら、結局二日目の夜もあっさりと眠りに就いた。


 翌朝。昨日と異なり、俺は自由の利く快適な目覚めを迎える。
 ぐっと体を伸ばして起き上がると、さわやかな空気が全身を包んだ。
 すでにアイザック隊長は活動を開始しているらしく、テントの中にその姿はない。
 とりあえず朝食をとった後、お世話になった分ブラッシングにいそしもうと、俺は考えた。
 服を着たまま眠ったため、着替える必要もなく、支度が楽だ。
 ひどしわがないか全身を確認すると、長い毛が数本、ズボンに付いているのを発見した。
 ――うん? アイザック隊長の抜け毛か?
 まさか寝ているうちに尻尾しっぽを下敷きにしたり巻き込んでしまったり。そんな失態を起こしていないか不安になる。
 なにせ、誰かと一緒に寝るなんて、ここ数年はなかったのだ。今の自分の寝相なんて、正直わからない。
 ――考えるのはよそう。状況の判断が付かない状態で考えても、思考がマイナスになっていくだけだし、ムダだ。
 気持ちを切り替えて早々に朝食を済ませ、俺は広場に直行する。

「お? たくさんいるなー」

 でかい狼が群れている姿は迫力がある。
 行儀良く伏せているソレをよく見ると、シロと同じく犬っぽい奴らも数頭混ざっていた。そして、それぞれ口に例の銀貨入りの竹筒をくわえている。
 残念ながらシロはいないようだ……
 ところで、飼い主達の間で価格設定が定着したのだろうか?
 貨幣価値をよく知らないから実際にどれだけの価値が付けられているのかわからないが、満足してもらえるように頑張ろうと、一人、意気込む。
 そっと近付く俺に、狼達はスンスンと匂いをぎ、ゴロリと腹を見せた。
 昨日は皆、かたくなに腹を見せなかったのに何故だ。疑問に思いつつも、せっかくなので腹も綺麗に解きほぐそうと気合を入れる。
 やはり皆一様にズボンを穿いているので素早く脱がし、近い奴から順番にブラシを滑らせていく。腹をブラッシングしている際、数頭は興奮したのか……その……包皮からアレがチラ見えしてしまったのがいた。
 それを隠すように途中で足早に逃げたので、仕事が不完全になってしまったのが、とても残念だ。
 まぁ、デリケートな問題だから仕方ないな。
 その後、一通りブラッシングを終えて狼達がどこかへ去っていった頃、シロが顔を出した。
 ゆるくではあるが、尾を振りながら近付いてくる姿はいやしだ。
 ところが、シロは俺から二メートル程手前で突然ピタリと止まった。先程まで揺れていた尻尾しっぽも力なく垂れている。

「どうした? ほら、おいで」

 声をかけると、おずおずと近くに来て、他の狼達と同じく腹を見せて転がった。

「お前まで一体どうしたんだよ。まぁ、腹触らせてくれるのは嬉しいけどさー」

 シロのそれこそ真っ白な腹に手をうずめてでる。
 俺は満足いくまででた後、綺麗にブラッシングした。大人しいから、その首に抱き付いていやされる。

「お前、全然けもの臭くないよなー。いい匂いする」

 犬などはけもの臭が強いイメージだったが、シロは洗いたてのタオルのようなさわやかな香りだ。
 首元に顔をうずめて匂いをぐと、それが嫌だったのか、少し体を離された。
 慌ててごめんと軽く謝罪して頬をでる。許してくれたようで、シロの尻尾しっぽがパタリと動いた。
 俺はそろそろシロを解放してやろうかと、脇に置いていたズボンを穿かせる。
 その直後、シロが俺の後ろをって退いた。
 何事かと俺も釣られて後ろを見る。アイザック隊長がこっちに歩いてきていた。

「隊長さん! お疲れ様です!」

 そう声をかけると、軽く手を上げて応えてくれる。
 隊長……マジイケメンだわ。

「何だ。やはりお前達、仲がいいじゃないか」

 シロと俺を見比べて隊長が笑うが、俺はわけがわからず首をかしげた。

「ルード、ターナーが昼食のことで力を貸してほしいと探していたぞ?」

 ――え? ルード? いるの?
 隊長の言葉に、俺はきょろりと周囲を見渡したものの、それらしき人影はない。
 と、いうか……隊長の視線の先は完全にシロに向いている。
 次の瞬間、シロの体がぐにゃりと変形した。
 その不気味さに一瞬驚いたが、俺はそこから目が離せなくなる。

「え?」

 思わず口から音が漏れる。
 だってさ……いたんだよ。そこに――
 ――ルードが!

「では隊長、失礼します」

 完全に獣人の姿になったルードは足早に去っていくが、俺の思考はまだ正常に働いていない。
 ――つまり……? 獣人は完全なけものの姿にもなれる?
 そして、俺のいやしであるシロは……狼犬で?
 その正体はルード……?
 じゃあ、何? 俺はルードを犬扱いしてまわしてたってこと?

「マジかよ……」

 俺はパンクした思考の中で、そうつぶやくのがやっとだった。


 俺は獣人のことを知らなさすぎた。
 今、猛烈に反省している。
 けれど、人と同じ形から、骨格レベルで姿が変わるなんて思わないだろ、普通。
 いや、そうか……俺の普通は通用しないんだった……
 つまり、俺は隊員の皆の衣服をぎ取って全身をまわしていたということになる。
 なんてこった。とんだ変態じゃないか。

「トオル? どうした?」
「……隊長さん……ブラッシングって、皆さんには迷惑だったりしますか?」
「いや、街では頻繁にブラッシング店に通う奴がほとんどだぞ。騎士は基本的に身嗜みだしなみに厳しいからな」

 なるほど。ブラッシングは、しっかりとしたサービス業として確立しているということだ。ということは、それなりに喜ばれてはいたと考えていいだろう。
 しかし、シロ――ルードに対しては……。勝手にあだ名を付けて馴れ馴れしくまわした挙句、抱き付いて匂いまでいでしまった。
 なんとしても……謝らねば……
 うなだれる俺に、隊長が声をかけてくる。

「とりあえずは食事をとろう。食堂舎へ行くぞ」
「そう、ですね」

 食堂舎に行けば、確実にルードに遭遇するだろう。
 心の準備ができていないというか、後ろめたさがすさまじいが、覚悟を決める。
 そして食堂舎の入り口をくぐると、案の定、目の前にルードがいた。
 こんな時、日本人のDNAには一つの形が刻み込まれている。
 そう。
 土下座だ。
 本当は、土下座をするつもりなど全くなかった。なのに、気付けば俺は、流れるような動きで床に手を付いてしまっていた。深層心理とは恐ろしい。
 俺は、土下座スタイルをとったものの、なんと言えばいいのかわからず、無言のまま固まる。
 言い訳のために、ここで変にべらべらと話したら、かえってルードのプライドを傷付けるかもしれない……
 動けなくなった俺を、何故か周囲の獣人達が心配し始めた。

「……急に眠くなったのか?」
「毛布持ってきますか?」

 ――そうですよねー……土下座なんて知らないですよねー。
 アレかな? すご流行はやった「ごめん寝」ポーズみたいに見えるのかな?
 寝床を整えようとする隊長とルードを止めるべく、俺は立ち上がる。周囲からは心配そうな視線を寄越されていた。

「いや……大丈夫です。ルード……なんていうか……お前、俺のこと嫌い?」
「――? 何故?」

 率直に聞くと、心底不思議そうに聞き返される。
 もう、これはしっかり話しとこう。

「ほら、お前……俺の前だとずっと真顔だし……迷惑かけたり……その、馴れ馴れしくしたりしただろ?」
「何だ、トオルはそのことを気にしてたのか」

 ルードではなく、隊長が返事をした。周りの獣人達も苦笑いしている。

「ルード、尻尾しっぽ我慢するのやめてみろよ」

 ターナーが爆笑しながらルードの肩を叩く。それと同時に、ルードの尻尾しっぽが勢い良く揺れ始めた。
 その尻尾しっぽを凝視していると、ルードが口を開く。

「……私は、トオルを嫌だと思ったことはないですよ」

 うん。すごい説得力だ。
 だって尻尾しっぽすごいもの。

「ルードは狼犬だからな。純粋な狼獣人と違って、尾や表情に感情が出やすいんだ。だけど、尻尾しっぽを振りまくる騎士なんて格好悪いだろ? 普段は必死で抑えてるんだよ」

 ターナーがわけ知り顔で話してくれる。真実だったのだろう、ルードがターナーの尻尾しっぽを掴んで思いっきり引っ張った。

「ギャウゥン!! やめろよ! 悪かったって! もう余計なこと言わねーよ!」

 なるほど? つまりルードはツンデレ?
 素早く退散するターナーをポカンと見送りつつ、俺は隊長のほうを見る。彼は父性あふれる目でこちらを見ていた。

「良かったな。これで心配事が減っただろう?」

 隊長から思いきり頭をでられる。本当にほっとした。

「ルード! たまには狼犬の姿でモフらせてくれるか?」

 嫌われていないとわかれば、こっちのものだ。どんどん絡んでいこう! そうしよう。
 ルードの尻尾しっぽがぶんぶんと振られているのを、俺は了承と取る。
 やったね!
 明日にはここを発つ……街まで何日かかるのか、わからないけど……
 皆とまだ一緒にいたいな……
 俺はそう願ったのだった。


   ◇ ◆ ◇


 狼というものは組織の中に生きる生き物らしい。そしてこの部隊は、かなりのエリート揃いで他の狼や犬の獣人から尊敬され、畏怖いふされる存在だと言う。
 俺は今、それを皆に教えられていた。

「じゃあ、何で今日俺に腹を見せたんだよ」

 一通り聞いた情報からは、彼らが容易たやすく腹を見せていい立場ではないと推察できる。それなのに腹を堪能たんのうした身としては、疑問が残った。


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