武神大公は元妻のストーカーがやめられない。〜元夫に敵視されていると思っている元妻の令嬢と、その元妻をストーキングしている元夫の大公のお話〜

百百百百

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ストーカーのストーカー

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 アイン商会、私が所有するキャラバンは、この領地に根付いて半年。
 だが、優秀な会計士のおかげで、この領地の大部分の取引を牛耳るのは時間の問題だった。
 スラムを根白にしていたギャング達は衰退し、スラムの人々には仕事と温かい食事が。
 農民や商人達は、商会の登場により異国との取引も可能となった。
 
 さらに言えば、アイン商会は各地に独自に施設を建て、それら全てを領民、移住民、旅人が使えるよう開放していた。
 この公園と呼ばれる子供達が遊ぶ場も、アイン商会が設けたものである。
 私がその公園を一望できる小さなベンチに座ると、中央にある噴水が水を一層強く湧き出した。


「レイザーくんは捕まってしまったか。」


 残念だよと独り言を話しながら、男が私の隣に腰掛けた。
 毒を盛った犯人、レイザーからポーンと言う言葉を聞いた私は、彼らが取引をしていた場所を聞き出しその場にやって来た。


「彼は、いい人間だった。」


 しみじみと感慨深そうに頷きながらそう言った男を見て、私は足を組んでその上で頬杖をついた。


「いい人間は、人を殺そうとはしないでしょう。」
「どうだろう。君はいい人間だが、やる時はやる人だ。」


 私を指差して言うと、男は被っていた帽子をゆっくり取って私に見せた。
 男の容姿に思わず目を見開いて、皮肉ってやろうか心のうちで思案する。


「この帽子は良い。アイン商会の系列店で買ったものだが、材質もデザインも、老舗の帽子店に劣らない出来栄えだ。」
「そうですか。私何より驚いたのは、貴方のその薄寒くなった頭なんですけどね。」
「五年だぞ。人が変わるには十分すぎる。」
「変わりすぎだって言ってんのよ。別人かと思ったわ。」


 この男から直接聞いたわけではないが、確か出会った頃でも二十歳は行ってなかった筈だ。
 当時髪も美しいブロンドだった。
 おそらく、今は二十代後半。
 それにしては寂しい頭に、私は時とは無情だと呟いた。


「その通りだ。昔ゴロツキだった男は、今や王都のギャング組織を仕切るボスになった。」
「そのゴロツキが攫った子供は、皇帝になったわ。」
「そして、その子供を救った少女は、アイン商会の会長になった。」


 時とは無常だが良いところもあると、男は言った。
 帽子を被り直して、懐から小さな封筒を取り出し中身を取り出した。
 毒が入っていた茶葉の箱と、同じロゴマークが入った封筒だ。


「この茶葉のおかげで、私はここまでのし上がれた。君は言っていた。雑草に思われているが、年月をかけて熟成させればどんな高級品にも勝ると。」
「確かに気づいたのは私だけど、それをここまでの商品にしたのは貴方の手腕よ。」
「あぁ、勿論だとも。だがきっと、君なら私よりもこの商品の旨味を引き立てられただろう。」


 私にその茶葉を見せると、懐かしいよと男はそれを一枚口に含んだ。


「この酸味には驚かされた。まさか、自分より小さな子供に、毒を盛られるなんて考えもしなかったよ。」
「盛ってないから。勝手に貴方が勘違いしただけ。」
「だが、そう思わせるような口ぶりだったじゃないか。」


 あの時の君は見事だったと当時を振り返っているのか、遠い目をする男に私は鼻で笑った。
 この男は私を買い被りすぎだ。
 ハロルドとお遊びで作った茶葉が、まさかギャング団の資金源になるとは思わなかったし、そもそもここまで人々にウケるとは思わなかった。
 

「王子を攫うのはかなりのリスクだったが、相応の見返りは貰えた。きっと皇帝からただ身代金を貰うだけじゃ、私はここまで来れなかった。君のおかげだ。」
「一国の王子攫うようなぶっ飛んだ思考の人が、ただのゴロツキで終わるわけないわ。私のおかげとか、死んでも触れ回らないでね。」


 ただでさえ、反逆罪で疑われているのだ。
 ギャングの勢力拡大の片棒を担いだとなれば、さらに罪状が増えてしまう。
 わかっていると言った男は、嬉しそうに私を見て微笑んだ。


「君はポーンだ。」
「チェスの?貴方、私が教えてあげたチェス好きね。私を呼び出す時、その言葉を合言葉にもしてる。」
「そうだ、あんなゲームを思いつくのは君ぐらいなものだ。とりわけポーンは君を示す言葉に素晴らしい。」


 ごめんなさいチェス作った人、著作権の侵害をお許しください。
 私が内心で名も知らぬ作者に謝っていると、男は立ち上がって私を見下ろした。


「気づいていると思うが、レイザーくんは君が大公を誑かす悪女だと思っている。彼を唆したのは私だ、彼に罪はない。」
「わかってる。貴方は、私に毒を盛った仕返しがしたかったんでしょう。」


 この男は私の敵ではないが、味方でもない。
 故に、本当に私が毒を飲んで死んでいても、それまでの人間だと容易に切り捨てる。
 それほどに残虐な男なのだ。
 だがゴロツキだった頃、解毒剤はないって伝えた時の病院へ走って行く男の姿を思い出して、私はクスクスと笑った。
 

「安心して、命を奪うようなことはしないから。」
「それでこそ君だよ。」


 ニコリと笑う男の姿は、人の良いおじさんに見えなくもない。
 男が立ち去ろうと、私に背を向けた。


「ところで、貴方がスラムのギャング達に手を焼いたって聞いたから、態々スラムに商会の本部を建てたんだけど。」


 どうお礼してくれるのと言うと、男は一歩進んだ足を後退させて、険しい顔つきで私を見た。


「私がおしゃべりするためだけに、貴方に会いに来るわけないでしょう。貴方の目と耳を貸してもらうわよ。」


 それもそうだなと、悪い顔で笑った男。
 それでこそ私が好きなポーンだよと、帽子を深く被った。
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