殿下、その婚約破棄の宣言が、すべての崩壊の始まりだと気付いていますか?

水上

文字の大きさ
2 / 100

第2話:スタッコ(化粧漆喰)の嘘

しおりを挟む
「見て見て、レイモンド様ぁ! すごぉい! この柱、ツルツルでピカピカですぅ!」

 建設中のホールの中心で、シルヴィア様が黄色い声を上げてはしゃいでいました。
 彼女が抱きつこうとしているのは、ホールを支える(ように見える)、直径一メートルはあろうかという巨大な白亜の円柱です。

「ああ、美しいだろう。我が国の最高級大理石、カッラーラ・ビアンコを惜しみなく使わせたんだ。君の純白の肌にふさわしい」

「うれしいぃ! 私、この柱大好き!」

 レイモンド殿下が自慢げに胸を張り、シルヴィア様がドレスの裾を翻して、その柱の周りをくるくると回り始めました。
 まるで求愛ダンスです。

 私はその光景を、数メートル離れた場所から冷ややかに見つめていました。
 私の手には、水平器の代わりに、護身用(兼、検査用)の樫の木の杖が握られています。

「……お嬢様。あんなに高そうな大理石、本当に使われているんですね。王子様ってば、意外とお金持ちなんですね」

 隣でロッテが感心したように呟きました。
 私は眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、小さく首を横に振りました。

「ロッテ。あなたはメッキと純金の区別がつきますか?」

「えっ? 噛んでみて柔らかいほうが金ですよね?」

「野性味あふれる判別法ですね。……ですが、建築物は噛むわけにはいきません。叩いて音を聞くのです」

 私は音もなく二人に近づきました。
 シルヴィア様は、はしゃぎすぎて足元がふらついています。

「キャッ!」

 バランスを崩したシルヴィア様が、勢いよくその柱にぶつかりそうになりました。
 彼女の細い体が、その硬い石に激突すれば、怪我では済みません――普通の大理石ならば。

「危ない!」

 レイモンド殿下が叫ぶより早く、私は踏み込みました。
 しかし、シルヴィア様を抱き止めるためではありません。
 そんなことをすれば、私が巻き添えを食らってドレスが汚れてしまいます。

 私は手に持っていた樫の木の杖を、フェンシングの突きのように鋭く繰り出しました。

 ――カツン。

 杖の先端が、シルヴィア様がぶつかる寸前の柱に当たりました。
 制止するための、ほんの軽い一撃です。
 小石を投げる程度の衝撃しか与えていません。

 しかし。

「えっ……?」

 シルヴィア様が目を丸くして立ち止まった目の前で、信じられない現象が起きました。

 私の杖が当たった一点を中心に、蜘蛛の巣のような亀裂が走り、次の瞬間、バラバラと白い破片が剥がれ落ちたのです。
 そして、剥がれた大理石の下から現れたのは――粗悪な赤レンガと、空洞でした。

「きゃあああっ! は、柱が崩れたぁ!?」

 シルヴィア様が悲鳴を上げて尻餅をつきます。
 レイモンド殿下が顔色を変えて駆け寄りました。

「貴様! 何をしたんだジュリアンナ! シルヴィアを助けるふりをして、私の最高級の柱を破壊するとは!」

 殿下の怒声がホールに響きます。
 私は杖を優雅に引き戻し、剥がれ落ちた白い破片を一つ拾い上げました。
 
 そして、それを指先で軽く捻ります。
 破片はあっけなく粉になって崩れました。

「破壊? いいえ、殿下。私はをしただけですわ」

「なんだと?」

「ご覧ください。これは大理石ではありません。スタッコ(化粧漆喰)……、いえ、もっと質の悪い、石膏と石粉を糊で固めただけの模造品です」

 私は指についた白い粉を払い落としました。

「本物の大理石ならば、私の杖ごときで砕けるはずがありません。これはレンガ積みの中空柱に、表面だけそれっぽく化粧を施しただけの張りボテです。構造耐力なんて皆無。シルヴィア様が勢いよくぶつかっていたら、柱ごと倒れて下敷きになっていたかもしれませんわよ?」

 本物の大理石の柱一本分の予算があれば、このスタッコの柱なら十本は作れるでしょう。
 予算を中抜きした業者がいるのか、それとも殿下が「安くても豪華に見えればいい」と指示したのか。
 おそらく後者でしょうけれど。

「なっ……、張りボテ、だと……?」

 レイモンド殿下は口をパクパクさせて、剥がれ落ちた柱の断面を見つめています。

「つまり、お嬢様。これって……」

 ロッテがおずおずと口を挟みました。

「エビフライだと思ってかじったら、中身が全部衣だった、みたいなことですか?」

「……ええ、ロッテ。相変わらず食欲をそそる例えですが、その通りです。しかも、揚げてから三日は経った湿気た衣です」

 私は殿下に向き直り、ニッコリと微笑みました。

「殿下、これがあなたの仰る夢の正体です。表面だけを取り繕い、中身は空虚で、少しの衝撃でボロが出る。……まるで、今の私たちのご関係そのもののようですわね」

「き、貴様……!」

「この程度の衝撃で崩れる柱に、屋根(国)を支えることはできません。早急に設計変更をお勧めしますわ。――それでは、ごきげんよう」

 私は反論する隙も与えず、踵を返しました。

 背後で「この柱、偽物なのぉ!? ヤダーッ!」というシルヴィア様の喚き声と、殿下の言い訳が聞こえてきます。

「……お嬢様、かっこよかったです!」

「あら、そうですか? ただ事実を突きつけただけですわ」

 私は杖の先についた漆喰の粉をハンカチで拭き取りました。
 この屋敷は、完成する前から既に廃墟への道を歩み始めています。

 その崩壊の序曲が、数日後の夜会でクライマックスを迎えることになるとは、この時の殿下はまだ知る由もなかったのです。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『婚約破棄された令嬢ですが、名も残さず街を支えています』

ふわふわ
恋愛
婚約破棄された伯爵令嬢コルネリア・フォン・ヴァルデン。 名誉も立場も失いかけた彼女が選んだのは、誰かに勝つことでも、名を取り戻すことでもなかった。 前に立たず、声高に語らず、ただ「判断が続く仕組み」を街に残すこと。 現場に任せ、失敗を隠さず、問いを残し、そして最後には自ら手を離す――。 名を呼ばれず、称賛もされない。 それでも街は止まらず、確かに良くなっていく。 これは、ざまぁの先で「勝たなかった令嬢」が、 静かに世界を変え、そして正しく消えていく物語。

【完結】この運命を受け入れましょうか

なか
恋愛
「君のようは妃は必要ない。ここで廃妃を宣言する」  自らの夫であるルーク陛下の言葉。  それに対して、ヴィオラ・カトレアは余裕に満ちた微笑みで答える。   「承知しました。受け入れましょう」  ヴィオラにはもう、ルークへの愛など残ってすらいない。  彼女が王妃として支えてきた献身の中で、平民生まれのリアという女性に入れ込んだルーク。  みっともなく、情けない彼に対して恋情など抱く事すら不快だ。  だが聖女の素養を持つリアを、ルークは寵愛する。  そして貴族達も、莫大な益を生み出す聖女を妃に仕立てるため……ヴィオラへと無実の罪を被せた。  あっけなく信じるルークに呆れつつも、ヴィオラに不安はなかった。  これからの顛末も、打開策も全て知っているからだ。  前世の記憶を持ち、ここが物語の世界だと知るヴィオラは……悲運な運命を受け入れて彼らに意趣返す。  ふりかかる不幸を全て覆して、幸せな人生を歩むため。     ◇◇◇◇◇  設定は甘め。  不安のない、さっくり読める物語を目指してます。  良ければ読んでくだされば、嬉しいです。

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

婚約破棄は了承済みですので、慰謝料だけ置いていってください

鍛高譚
恋愛
公爵令嬢アナスタシア・オルステッドは、第三王子アレンの婚約者だった。 しかし、アレンは没落貴族の令嬢カリーナと密かに関係を持っていたことが発覚し、彼女を愛していると宣言。アナスタシアとの婚約破棄を告げるが── 「わかりました。でも、それには及びません。すでに婚約は破棄されております」 なんとアナスタシアは、事前に国王へ婚約破棄を申し出ており、すでに了承されていたのだ。 さらに、慰謝料もしっかりと請求済み。 「どうぞご自由に、カリーナ様とご婚約なさってください。でも、慰謝料のお支払いはお忘れなく」 驚愕するアレンを後にし、悠々と去るアナスタシア。 ところが数カ月後、生活に困窮したアレンが、再び彼女のもとへ婚約のやり直しを申し出る。 「呆れたお方ですね。そんな都合のいい話、お受けするわけがないでしょう?」 かつての婚約者の末路に興味もなく、アナスタシアは公爵家の跡取りとして堂々と日々を過ごす。 しかし、王国には彼女を取り巻く新たな陰謀の影が忍び寄っていた。 暗躍する謎の勢力、消える手紙、そして不審な襲撃──。 そんな中、王国軍の若きエリート将校ガブリエルと出会い、アナスタシアは自らの運命に立ち向かう決意を固める。 「私はもう、誰かに振り回されるつもりはありません。この王国の未来も、私自身の未来も、私の手で切り拓きます」 婚約破棄を経て、さらに強く、賢くなった公爵令嬢の痛快ざまぁストーリー! 自らの誇りを貫き、王国を揺るがす陰謀を暴く彼女の華麗なる活躍をお楽しみください。

あなたが恋をしなければ

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を宣言する第一王子。 よくあるシーンだけど、それが馬鹿王子ではなく、優秀だけど人の機微に疎い王子だったら……。

断罪の準備は完璧です!国外追放が楽しみすぎてボロが出る

黒猫かの
恋愛
「ミモリ・フォン・ラングレイ! 貴様との婚約を破棄し、国外追放に処す!」 パルマ王国の卒業パーティー。第一王子アリオスから突きつけられた非情な断罪に、公爵令嬢ミモリは……内心でガッツポーズを決めていた。 (ついにきたわ! これで堅苦しい王妃教育も、無能な婚約者の世話も、全部おさらばですわ!)

【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜

くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。 味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。 ――けれど、彼らは知らなかった。 彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。 すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、 復讐ではなく「関わらない」という選択。 だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

処理中です...