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第15話:構造的なプロポーズ
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「――着いたぞ。ここが俺の領都、アイゼンガルドだ」
マックス様の低い声と共に、馬車がゆっくりと停止しました。
私は窓から身を乗り出しました。
そこにあるのは、王都のような煌びやかな尖塔や、色とりどりの屋根瓦ではありません。
切り立った岩山を背にして、無骨な灰色の石壁が聳え立つ、巨大な要塞都市でした。
「わぁ……。灰色ですねぇ。お城というより、巨大な岩のお化けみたいです」
ロッテが率直すぎる感想を漏らしました。
確かに、華やかさは皆無です。
街並みも、木造の低い家々が身を寄せ合うように並んでおり、道はやはり泥だらけです。
寒風が吹き荒れるたびに、家々が音を立てています。
しかし、私の目は輝きました。
「……素晴らしい」
「素晴らしい?」
マックス様が驚いて振り返ります。
「ええ。見てください、あの城壁の石積み。乱積みに見えて、要所要所に力の分散を計算した迫り持ち(アーチ)構造が組み込まれています。古いですが、基礎が岩盤に直結しているため、地震が来てもびくともしませんわ」
私は眼鏡の位置を直し、うっとりと城を見上げました。
「装飾過多で重心の高い王都の城とは大違い。機能美の塊……、まさに質実剛健ですわ」
馬車の扉が開き、マックス様が手を差し伸べてくれました。
私はその手を取り、地面に降ります。
彼の手のひらは、レイモンド殿下の白魚のような手とは違い、剣ダコがあり、分厚く、そして温かいものでした。
……支持力(ベアリング・キャパシティ)の高い手だわ。
私が妙な感心をしていると、マックス様が城門の前で立ち止まり、真剣な表情で私に向き直りました。
「ジュリアンナ嬢。……いや、ジュリアンナ」
彼は呼び捨てに改め、私の目を真っ直ぐに見つめました。
その瞳の色は、私たちが先ほど作ったコンクリートのような、揺るぎない鋼色です。
「俺は、不器用な男だ。王都の貴族のように、甘い愛の言葉も、宝石の贈り物もできない。この領地にあるのは、君が見た通りの岩と雪、そして貧しい民だけだ」
「はい。存じております」
「だが、君は泥の中に可能性を見出し、石ころを宝に変えた。俺は……、そんな君に、惚れ込んだようだ」
心臓が跳ねました。
物理的な振動ではなく、生物学的な動悸です。
マックス様は、私の手を強く握り締めました。
「王命による追放者の受け入れとしてではなく……、俺個人の意思として、君に求婚したい」
「求婚……」
「俺の妻になってくれ。そして、この何もない土地を、君の知識と設計図で埋め尽くしてほしい。俺は君の足場となり、壁となり、君の描く未来を全力で支える柱になろう」
それは、今まで聞いたどんな詩の朗読よりも、私の胸に響く言葉でした。
「君を守る」とか「幸せにする」といった曖昧な約束ではありません。
「支える柱になる」――これほど建築家的で、信頼できるプロポーズがあるでしょうか。
私はレイモンド殿下の顔を思い出しました。
見栄っ張りで、中身がなく、私の言葉に耳を貸さず、少しの衝撃で崩れ去るスタッコの柱。
目の前にいる男性は、その対極にいます。
無骨で、飾り気はないけれど、決して折れない鉄骨のような男性。
答えは、計算するまでもありません。
「……謹んで、お受けいたします」
私は微笑み、彼の手を握り返しました。
「ただし、条件がございます」
「条件?」
マックス様が少し緊張した面持ちになります。
「はい。私はリノベーション(改修)が大好きです。一度契約したからには、あなたの領地を、住み心地の良い最高傑作に改造させていただきます。……途中で『予算がない』とか『派手すぎる』なんて泣き言は聞きませんわよ?」
私の言葉に、マックス様は目を丸くし、それから豪快に笑いました。
「望むところだ! 全財産を投げ打ってでも、君の設計図を実現してみせる!」
「言いましたわね? 証人(ロッテ)もいますよ」
「ああ、誓おう。俺の剣と名誉にかけて」
その時、背後でロッテが「うぅ……」と涙ぐむ声が聞こえました。
「おめでとうございますぅ、お嬢様! 最高の基礎工事完了ですね! ……ところで、お城に入ったらご飯食べられますか? 私、お腹と背中がくっつきそうです」
「ふふ、ロッテったら。ええ、行きましょう」
マックス様のエスコートで、私はアイゼンガルド城の門をくぐりました。
重厚な鉄の扉が、音を立てて開きます。
その音は、私にとって新しい人生の幕開けのファンファーレでした。
王都の華やかな生活も、王子との婚約も失いました。
けれど、私の手には今、広大な更地と、信頼できる施工パートナー、そして何より自由な設計権限があります。
「さあ、忙しくなりますよ。まずは城の断熱改修、次に上下水道の整備、それから産業道路の敷設……」
私が指折り数えていると、マックス様が愛おしそうに私の肩を抱きました。
「ああ。百年先まで崩れない国を作ろう、ジュリアンナ」
「ええ。千年保たせますわ、あなたとなら」
夕陽が、灰色の城壁を黄金色に染めていました。
それは王都のどんな宝石よりも美しく、そして何より強固に見えました。
こうして、追放された公爵令嬢と辺境伯の、国造りの物語が正式にスタートしたのです。
マックス様の低い声と共に、馬車がゆっくりと停止しました。
私は窓から身を乗り出しました。
そこにあるのは、王都のような煌びやかな尖塔や、色とりどりの屋根瓦ではありません。
切り立った岩山を背にして、無骨な灰色の石壁が聳え立つ、巨大な要塞都市でした。
「わぁ……。灰色ですねぇ。お城というより、巨大な岩のお化けみたいです」
ロッテが率直すぎる感想を漏らしました。
確かに、華やかさは皆無です。
街並みも、木造の低い家々が身を寄せ合うように並んでおり、道はやはり泥だらけです。
寒風が吹き荒れるたびに、家々が音を立てています。
しかし、私の目は輝きました。
「……素晴らしい」
「素晴らしい?」
マックス様が驚いて振り返ります。
「ええ。見てください、あの城壁の石積み。乱積みに見えて、要所要所に力の分散を計算した迫り持ち(アーチ)構造が組み込まれています。古いですが、基礎が岩盤に直結しているため、地震が来てもびくともしませんわ」
私は眼鏡の位置を直し、うっとりと城を見上げました。
「装飾過多で重心の高い王都の城とは大違い。機能美の塊……、まさに質実剛健ですわ」
馬車の扉が開き、マックス様が手を差し伸べてくれました。
私はその手を取り、地面に降ります。
彼の手のひらは、レイモンド殿下の白魚のような手とは違い、剣ダコがあり、分厚く、そして温かいものでした。
……支持力(ベアリング・キャパシティ)の高い手だわ。
私が妙な感心をしていると、マックス様が城門の前で立ち止まり、真剣な表情で私に向き直りました。
「ジュリアンナ嬢。……いや、ジュリアンナ」
彼は呼び捨てに改め、私の目を真っ直ぐに見つめました。
その瞳の色は、私たちが先ほど作ったコンクリートのような、揺るぎない鋼色です。
「俺は、不器用な男だ。王都の貴族のように、甘い愛の言葉も、宝石の贈り物もできない。この領地にあるのは、君が見た通りの岩と雪、そして貧しい民だけだ」
「はい。存じております」
「だが、君は泥の中に可能性を見出し、石ころを宝に変えた。俺は……、そんな君に、惚れ込んだようだ」
心臓が跳ねました。
物理的な振動ではなく、生物学的な動悸です。
マックス様は、私の手を強く握り締めました。
「王命による追放者の受け入れとしてではなく……、俺個人の意思として、君に求婚したい」
「求婚……」
「俺の妻になってくれ。そして、この何もない土地を、君の知識と設計図で埋め尽くしてほしい。俺は君の足場となり、壁となり、君の描く未来を全力で支える柱になろう」
それは、今まで聞いたどんな詩の朗読よりも、私の胸に響く言葉でした。
「君を守る」とか「幸せにする」といった曖昧な約束ではありません。
「支える柱になる」――これほど建築家的で、信頼できるプロポーズがあるでしょうか。
私はレイモンド殿下の顔を思い出しました。
見栄っ張りで、中身がなく、私の言葉に耳を貸さず、少しの衝撃で崩れ去るスタッコの柱。
目の前にいる男性は、その対極にいます。
無骨で、飾り気はないけれど、決して折れない鉄骨のような男性。
答えは、計算するまでもありません。
「……謹んで、お受けいたします」
私は微笑み、彼の手を握り返しました。
「ただし、条件がございます」
「条件?」
マックス様が少し緊張した面持ちになります。
「はい。私はリノベーション(改修)が大好きです。一度契約したからには、あなたの領地を、住み心地の良い最高傑作に改造させていただきます。……途中で『予算がない』とか『派手すぎる』なんて泣き言は聞きませんわよ?」
私の言葉に、マックス様は目を丸くし、それから豪快に笑いました。
「望むところだ! 全財産を投げ打ってでも、君の設計図を実現してみせる!」
「言いましたわね? 証人(ロッテ)もいますよ」
「ああ、誓おう。俺の剣と名誉にかけて」
その時、背後でロッテが「うぅ……」と涙ぐむ声が聞こえました。
「おめでとうございますぅ、お嬢様! 最高の基礎工事完了ですね! ……ところで、お城に入ったらご飯食べられますか? 私、お腹と背中がくっつきそうです」
「ふふ、ロッテったら。ええ、行きましょう」
マックス様のエスコートで、私はアイゼンガルド城の門をくぐりました。
重厚な鉄の扉が、音を立てて開きます。
その音は、私にとって新しい人生の幕開けのファンファーレでした。
王都の華やかな生活も、王子との婚約も失いました。
けれど、私の手には今、広大な更地と、信頼できる施工パートナー、そして何より自由な設計権限があります。
「さあ、忙しくなりますよ。まずは城の断熱改修、次に上下水道の整備、それから産業道路の敷設……」
私が指折り数えていると、マックス様が愛おしそうに私の肩を抱きました。
「ああ。百年先まで崩れない国を作ろう、ジュリアンナ」
「ええ。千年保たせますわ、あなたとなら」
夕陽が、灰色の城壁を黄金色に染めていました。
それは王都のどんな宝石よりも美しく、そして何より強固に見えました。
こうして、追放された公爵令嬢と辺境伯の、国造りの物語が正式にスタートしたのです。
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