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第25話:日焼け止めの革命
しおりを挟む「……痛っ」
夕食の席で、マックス様が顔をしかめました。
彼が自分の頬に触れようとして、慌てて手を引っ込めたのです。
よく見れば、彼の精悍な顔立ちは、茹でたカニのように赤く腫れ上がっています。
鼻の頭の皮はめくれ、見るからに痛々しい状態です。
「マックス様、その顔……。まるで火傷ですわ」
「ああ……。今日は一日中、日陰のない荒野で測量をしていたからな。ここの日差しは王都と違って突き刺さるようだ。……毎年夏はこうなる」
マックス様は「男の勲章だ」と笑おうとしましたが、ひきつった笑顔が痛みを物語っています。
ロッテも心配そうに覗き込みました。
「旦那様、トナカイさんみたいなお鼻になってますよ。冷たいタオル持ってきましょうか?」
「お願いするよ、ロッテ。……ヒリヒリして眠れそうにない」
私はナイフとフォークを置き、ため息をつきました。
建築家として、これは見過ごせない事態です。
「マックス様。人間の皮膚は、建物の外壁と同じです。紫外線という破壊光線を浴び続ければ、塗装(肌)は劣化し、ひび割れ(シワ)や剥離(皮むけ)を起こします。……適切なコーティングが必要ですわ」
「コーティング? ……また何か、石を塗るのか?」
マックス様が少し警戒した目を向けました。
前回の滑石(ベビーパウダー)は好評でしたが、今回は顔ですからね。
「ご名答。……ロッテ、明日、川の上流へ金紅石(ルチル)を探しに行きますよ」
翌日、私たちは川の上流にある砂金採り場のような場所に来ていました。
そこで見つけたのは、砂利の中に混じる、黒っぽくて赤い光沢を持つ小さな結晶です。
「これです。金紅石(ルチル)。成分は二酸化チタンです」
私は結晶を拾い上げ、太陽にかざしました。
「王都で売られている日焼け止めは、油をベタベタに塗って物理的に肌を覆うか、鉛白を塗って真っ白になるかの二択です。鉛は体に悪いですし、油は酸化して肌荒れの原因になります」
「では、この石なら?」
「この石から精製される酸化チタンは、光の屈折率がダイヤモンドよりも高いのです。つまり、肌に塗ると紫外線を鏡のように跳ね返します。しかも、粒子を細かくすれば白浮きせず、透明感が出ます」
私たちは工房に戻り、早速精製作業に取り掛かりました。
金紅石を粉砕し、化学処理(酸処理など)を経て不純物を取り除くと、驚くほど真っ白な粉末が出来上がります。
これを、以前ベントナイトで精製したクリアな植物油と、滑石(タルク)パウダー、そして保湿成分としてのハチミツと混ぜ合わせます。
「完成です。アイゼンガルド・UVシールド」
出来上がったのは、滑らかな乳白色のクリームでした。
「さあ、マックス様。実験台……、いえ、モニターになってください」
「お、俺か? ……顔が白くなって、またロッテに笑われないだろうな?」
マックス様が椅子に座り、覚悟を決めたように目を閉じました。
私は指先にクリームを少し取り、彼の赤くなった頬に触れました。
「じっとしていてくださいね。……ムラなく塗らないと、施工不良になりますから」
私は彼の顔に顔を近づけ、丁寧にクリームを伸ばしていきました。
日焼けした熱い肌に、ひんやりとしたクリームが馴染んでいきます。
「……冷たくて、気持ちいいな」
「ええ。炎症を抑える成分も入れてありますから」
私の指が、彼の高い鼻梁、広い額、そして無精髭の生えた顎へと滑ります。
至近距離にある彼のまつ毛が、微かに震えているのが分かりました。
……改めて見ると、整ったお顔立ちですわね。
王都の軟弱な貴族たちとは違う、風雪に耐えた岩のような強さと、彫刻のような美しさ。
私が外壁塗装に熱中していると、ふとマックス様が目を開けました。
視線が絡み合います。
あまりに近い距離に、私の心拍数が少し上がりました。
「……ジュリアンナ」
「は、はい。動かないでください」
「君の手は、魔法使いの手ではないな。……職人の手だ」
彼は私の手首をそっと掴みました。
私の指先には、ペンだこや、実験でついた小さな傷があります。
普通の令嬢なら恥じるところでしょう。
「だが、俺はこの手が好きだ。俺を守ってくれる、頼もしい手だ」
彼の低い声が、鼓膜を直接揺らしました。
私は慌ててパッと手を離し、咳払いをしました。
「こ、コーティング完了です! ……鏡をご覧ください!」
マックス様が鏡を覗き込みます。
そこには、白塗りの道化師ではなく、自然な艶を帯びた彼の顔が映っていました。
「おお……! 白くない! 塗っているのが分からないくらいだ」
「ええ。光を乱反射させているので、肌の粗も隠れて、いつもよりも男前に見えますわよ」
「痛みも引いた気がする。……すごいな、これは」
「お嬢様ぁ! 私も! 私も塗ってください!」
ロッテが自分の顔を突き出してきました。
「はいはい。ロッテはそばかすが気になっているものね」
ロッテに塗ってあげると、彼女の肌は陶器のように透き通って見えました。
「わぁ! お肌がキラキラしてます! これなら王都のお姫様にも負けません!」
「ええ。王都の貴婦人たちは、白くなりたいけれど、厚化粧はしたくない、という矛盾した願望を持っています。このクリームは、その両方を叶える透明な鎧になりますわ」
私はクリームの入った瓶を掲げました。
鉛も水銀も使わない、肌に優しくて最強の紫外線カットクリーム。
これが発売されれば、王都の美白市場はアイゼンガルドが独占することになるでしょう。
「商品名はホワイト・ナイトにしましょうか。あなたのお肌を、太陽の剣から守る騎士様です」
「俺がモデルになるなら、肖像権(ロイヤリティ)を貰わないとな」
マックス様が、ツヤツヤになった顔でニカッと笑いました。
その笑顔は、どんな太陽よりも眩しく、私の心を焦がしました。
日焼け止めを塗っているので、私の心もガードできているはずですが、少しだけ顔が熱いのは、きっと工房の気温のせいでしょう……。
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