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第27話:職人の大移動
「……お嬢様。これ、誘拐計画書ですか?」
ロッテが私の机の上に広げられたリストを覗き込み、ひきつった声を上げました。
そこには、王都に住む高名なガラス職人、石工、鍛冶師、魔導具技師たちの名前がずらりと並んでいました。
「人聞きの悪いことを言わないでちょうだい。これは人材獲得(ヘッドハンティング)のリストです」
私はリストの端を指で弾きました。
「アイゼンガルド・ルビー(ワイン)やホワイト・ナイト(化粧品)が売れれば売れるほど、それを入れる容器が不足しています。辺境の粗末な陶器では、中身の価値に見合いません」
「ああ、確かに。王都からガラス瓶を輸入しているが、輸送費がかさむ上に、よく割れるからな」
マックス様が腕組みをして頷きます。
「ええ。ですから、作る人を連れてくるのです。……王都で不当な扱いを受けている彼らをね」
*
(※王都のガラス工房街)
「おい、ジジイ! まだ注文したグラスはできないのか!」
王宮から派遣された役人が、工房の戸を乱暴に蹴り開けた。
工房主である老職人・ギュンターは、吹いていたガラス竿を下ろし、深く溜息をついた。
「……役人様。先日も申し上げましたが、レイモンド殿下がご所望の極薄のクリスタルを作るには、材料も時間も足りません。予算を削られたままでは、窯の温度も上げられないのです」
「言い訳をするな! 殿下は『ジュリアンナのワインより美しいグラスで飲みたい』と仰っているのだ! できないなら、お前の店への王室御用達の看板を取り上げるぞ!」
役人は怒鳴り散らすと、見本として置いてあったガラス瓶を床に叩きつけ、粉々にして出て行った。
「……またか」
ギュンターは割れたガラスを悲しげに見つめた。
最近の王都はおかしい。
ジュリアンナ様がいなくなってから、建設現場も工房も、「安く、早く、見た目だけ豪華に」という無理難題ばかり押し付けられる。
職人の腕やこだわりは、「生意気だ」と踏みにじられるばかりだ。
「親方……。もう限界ですよ。給料も三ヶ月未払いです」
若い弟子が泣きそうな顔で訴える。
ギュンターが閉鎖を覚悟したその時、一人の商人が店に入ってきた。
「ごめんください。……アイゼンガルド領主の代理で参りました」
商人が差し出したのは、一枚の羊皮紙だった。
そこには、驚くべき条件が記されていた。
『高純度の珪砂使い放題』
『バイオエタノール燃料による二千度の高温窯を完備』
『職人専用の断熱住宅(冬でもTシャツ可)を無償提供』
『給与は王都の三倍』
そして、最後に手書きでこう添えられていた。
『あなたの技術(アート)に、相応しい敬意と対価を払います。 ――J.V.』
「……技術への、敬意」
ギュンターの震える手が、その手紙を握りしめた。
金ではない。
いや、金も嬉しいが、何より職人として必要とされているという熱意が、文面から溢れていた。
「……弟子たちを呼べ。道具をまとめるぞ」
「親方?」
「北へ行く。……ここにはもう、俺たちの居場所はない」
*
数週間後、アイゼンガルド領。
城門の前に、長蛇の列ができていました。
荷馬車に家財道具と仕事道具を満載した、職人たちの一団です。
その数、家族を含めて百人以上。
「よ、ようこそ! 遠路はるばる、よく来てくれた!」
マックス様が目を白黒させながら出迎えます。
まさかこれほどの人数が、一斉に移住してくるとは思っていなかったようです。
「お初にお目にかかります、辺境伯様。……そして、ジュリアンナ様」
代表して進み出たのは、王都一のガラス職人と呼ばれたギュンター氏でした。
彼は煤けた作業着のまま、私に向かって深々と頭を下げました。
「あの手紙……、嘘ではございませんな?」
「もちろんです。ギュンター親方」
私は城の裏手に新設した職人区(アルチザン・エリア)を指差しました。
「あそこに見えるのが、あなた方のための新しい工房です。燃料はパイプラインで直結しており、火加減の調整もバルブ一つで可能です。そして……」
ロッテが小走りで近寄り、トレイに乗せた砂を差し出しました。
「どうぞ! お嬢様が見つけた、川の上流のキラキラ砂です!」
ギュンター氏がその砂を摘み、光にかざしました。
「こ、これは……、不純物がほとんどない、最高級の白珪砂……! 王都でも宝石並みに高価なものが、こんなに?」
「ええ。ここではただの川砂です。好きなだけ使ってください。……その代わり」
私はニッコリと微笑みました。
「私のワインと化粧品を入れる、世界一美しいボトルを作ってくださいね?」
ギュンター氏の目に、職人の火が灯りました。
「……お任せください。王都の連中が腰を抜かすような、最高の仕事をしてご覧に入れます」
「うおおおっ! やるぞ! 俺たちの腕を見せてやる!」
職人たちが歓声を上げ、工房へと雪崩れ込んでいきます。
彼らは飢えていました。
パンにではなく、良い仕事ができる環境に飢えていたのです。
「……すごいな。王都の工房がごっそり引っ越してきたみたいだ」
マックス様が呆然と呟きました。
「ええ。これを経済学では労働市場の流動化と言います。人は、より高く評価してくれる場所へと流れるのです」
私は王都の方角を見やりました。
あちらには今、技術を持たない口先だけの御用商人しか残っていないでしょう。
レイモンド殿下。
あなたが割ったのは、ただのガラスではありません。
国の産業を支える職人の心そのものを砕いてしまったのですよ。
「さあ、ロッテ。新しいガラス瓶ができたら、ラベルのデザインも一新しますよ」
「はいっ! 瓶が透明なら、中身のジャムの色が綺麗に見えますね!」
「……ジャムも売るつもりなの?」
活気に満ちた工房の煙突から、新たな産業の煙が力強く立ち上り始めました。
アイゼンガルド領が工芸の都として名を馳せる日は、もう目の前です。
ロッテが私の机の上に広げられたリストを覗き込み、ひきつった声を上げました。
そこには、王都に住む高名なガラス職人、石工、鍛冶師、魔導具技師たちの名前がずらりと並んでいました。
「人聞きの悪いことを言わないでちょうだい。これは人材獲得(ヘッドハンティング)のリストです」
私はリストの端を指で弾きました。
「アイゼンガルド・ルビー(ワイン)やホワイト・ナイト(化粧品)が売れれば売れるほど、それを入れる容器が不足しています。辺境の粗末な陶器では、中身の価値に見合いません」
「ああ、確かに。王都からガラス瓶を輸入しているが、輸送費がかさむ上に、よく割れるからな」
マックス様が腕組みをして頷きます。
「ええ。ですから、作る人を連れてくるのです。……王都で不当な扱いを受けている彼らをね」
*
(※王都のガラス工房街)
「おい、ジジイ! まだ注文したグラスはできないのか!」
王宮から派遣された役人が、工房の戸を乱暴に蹴り開けた。
工房主である老職人・ギュンターは、吹いていたガラス竿を下ろし、深く溜息をついた。
「……役人様。先日も申し上げましたが、レイモンド殿下がご所望の極薄のクリスタルを作るには、材料も時間も足りません。予算を削られたままでは、窯の温度も上げられないのです」
「言い訳をするな! 殿下は『ジュリアンナのワインより美しいグラスで飲みたい』と仰っているのだ! できないなら、お前の店への王室御用達の看板を取り上げるぞ!」
役人は怒鳴り散らすと、見本として置いてあったガラス瓶を床に叩きつけ、粉々にして出て行った。
「……またか」
ギュンターは割れたガラスを悲しげに見つめた。
最近の王都はおかしい。
ジュリアンナ様がいなくなってから、建設現場も工房も、「安く、早く、見た目だけ豪華に」という無理難題ばかり押し付けられる。
職人の腕やこだわりは、「生意気だ」と踏みにじられるばかりだ。
「親方……。もう限界ですよ。給料も三ヶ月未払いです」
若い弟子が泣きそうな顔で訴える。
ギュンターが閉鎖を覚悟したその時、一人の商人が店に入ってきた。
「ごめんください。……アイゼンガルド領主の代理で参りました」
商人が差し出したのは、一枚の羊皮紙だった。
そこには、驚くべき条件が記されていた。
『高純度の珪砂使い放題』
『バイオエタノール燃料による二千度の高温窯を完備』
『職人専用の断熱住宅(冬でもTシャツ可)を無償提供』
『給与は王都の三倍』
そして、最後に手書きでこう添えられていた。
『あなたの技術(アート)に、相応しい敬意と対価を払います。 ――J.V.』
「……技術への、敬意」
ギュンターの震える手が、その手紙を握りしめた。
金ではない。
いや、金も嬉しいが、何より職人として必要とされているという熱意が、文面から溢れていた。
「……弟子たちを呼べ。道具をまとめるぞ」
「親方?」
「北へ行く。……ここにはもう、俺たちの居場所はない」
*
数週間後、アイゼンガルド領。
城門の前に、長蛇の列ができていました。
荷馬車に家財道具と仕事道具を満載した、職人たちの一団です。
その数、家族を含めて百人以上。
「よ、ようこそ! 遠路はるばる、よく来てくれた!」
マックス様が目を白黒させながら出迎えます。
まさかこれほどの人数が、一斉に移住してくるとは思っていなかったようです。
「お初にお目にかかります、辺境伯様。……そして、ジュリアンナ様」
代表して進み出たのは、王都一のガラス職人と呼ばれたギュンター氏でした。
彼は煤けた作業着のまま、私に向かって深々と頭を下げました。
「あの手紙……、嘘ではございませんな?」
「もちろんです。ギュンター親方」
私は城の裏手に新設した職人区(アルチザン・エリア)を指差しました。
「あそこに見えるのが、あなた方のための新しい工房です。燃料はパイプラインで直結しており、火加減の調整もバルブ一つで可能です。そして……」
ロッテが小走りで近寄り、トレイに乗せた砂を差し出しました。
「どうぞ! お嬢様が見つけた、川の上流のキラキラ砂です!」
ギュンター氏がその砂を摘み、光にかざしました。
「こ、これは……、不純物がほとんどない、最高級の白珪砂……! 王都でも宝石並みに高価なものが、こんなに?」
「ええ。ここではただの川砂です。好きなだけ使ってください。……その代わり」
私はニッコリと微笑みました。
「私のワインと化粧品を入れる、世界一美しいボトルを作ってくださいね?」
ギュンター氏の目に、職人の火が灯りました。
「……お任せください。王都の連中が腰を抜かすような、最高の仕事をしてご覧に入れます」
「うおおおっ! やるぞ! 俺たちの腕を見せてやる!」
職人たちが歓声を上げ、工房へと雪崩れ込んでいきます。
彼らは飢えていました。
パンにではなく、良い仕事ができる環境に飢えていたのです。
「……すごいな。王都の工房がごっそり引っ越してきたみたいだ」
マックス様が呆然と呟きました。
「ええ。これを経済学では労働市場の流動化と言います。人は、より高く評価してくれる場所へと流れるのです」
私は王都の方角を見やりました。
あちらには今、技術を持たない口先だけの御用商人しか残っていないでしょう。
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あなたが割ったのは、ただのガラスではありません。
国の産業を支える職人の心そのものを砕いてしまったのですよ。
「さあ、ロッテ。新しいガラス瓶ができたら、ラベルのデザインも一新しますよ」
「はいっ! 瓶が透明なら、中身のジャムの色が綺麗に見えますね!」
「……ジャムも売るつもりなの?」
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