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第33話:橋の完成と開通
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「それでは、開通を宣言いたします。……テープカット!」
パチン、という小気味よい音が、渓谷の風に乗って響きました。
私が黄金色のハサミで紅白のテープを切った瞬間、集まっていた領民と職人たちから、割れんばかりの歓声と拍手が沸き起こりました。
「万歳! アイゼンガルド万歳!」
「これで山越えしなくて済むぞー!」
目の前に伸びているのは、銀色に輝く鉄の巨竜――アイゼンガルド大橋です。
トラス構造の鉄骨が幾何学的な美しさを描き、床板には耐久性の高い硬質コンクリートが敷き詰められています。
かつて竜の顎と呼ばれ、旅人を拒絶していた断崖絶壁は、いまや最も安全な空の道となっていました。
「……感無量だ。あの谷が、馬車で渡れるようになるなんて」
隣に立つマックス様が、目を細めて橋の向こうを見つめています。
その視線の先から、第一号となる商隊がやってきました。
隣国からの貿易商人たちです。
彼らは橋を渡り終えると、口々に叫びながら駆け寄ってきました。
「信じられん! たった十分だぞ!?」
「いつもなら険しい山道を三日かけて迂回していたのに、コーヒーが冷める前に国境を越えちまった!」
商隊のリーダーである太った男性が、マックス様の手を握りしめました。
「辺境伯様、これは革命です! 馬への負担も、荷崩れのリスクもない。これなら生鮮食品だって運べます!」
「うわぁ! お魚ですか!? 海のお魚が食べられるんですか!?」
ロッテが食い気味に商人の荷車を覗き込んでいます。
荷台には、隣国の港町で獲れたばかりの氷漬けの魚や、珍しい南国の果物が積まれていました。
「ええ、もちろん! これからは毎日運びますよ! ……ところで、通行料はおいくらで?」
商人が財布を取り出します。
マックス様が私を見ました。
価格設定は、全て私に一任されています。
私は眼鏡のブリッジを押し上げ、ニッコリと微笑みました。
この瞬間を待っていたのです。
「そうですね……。あなたが山道を通った場合の人件費、馬の飼料代、宿代、時間の損失、そして山賊に襲われるリスクを合計した金額の……、七割ほどいただきましょうか」
私は電卓代わりの手帳を弾き、具体的な金額を提示しました。
それは、従来の通行税の相場からすれば破格の高値でしたが、迂回コストよりは確実にお得な絶妙なラインです。
商人は一瞬ギョッとしましたが、すぐに頭の中でソロバンを弾き、顔を輝かせました。
「……安い! 三日分の経費が浮くなら、喜んで払います!」
金貨が料金所の箱に投げ込まれる音が、まるで美しい音楽のように響きます。
この橋は、単なる交通路ではありません。
何もしなくてもチャリンチャリンとお金を生み出し続ける、巨大な集金装置なのです。
それからのアイゼンガルド領の発展は、まさに爆発的でした。
隣国からの物流が全てこの橋に集中したことで、アイゼンガルドは北部のハブ(中継地点)となりました。
街には市場が立ち並び、新鮮な食材と、各地の珍しい品々が溢れかえります。
夜になれば、バイオエタノールの街灯が煌々と輝き、行き交う商人たちが酒場でワインを酌み交わす。
かつて灰色の岩の街と呼ばれた場所は、今や不夜城のごとき活気を呈し、人々からは黄金郷と呼ばれるようになっていました。
「……すごいな。税収が、先月の十倍になっている」
執務室で帳簿を見ていたマックス様が、震える声で呟きました。
「ええ。物流を制する者は経済を制します。私たちは橋という蛇口を握ったのです」
私は窓の外、光の海となった城下町を見下ろしました。
「そしてマックス様。この橋の真価は、お金儲けだけではありません」
「どういうことだ?」
私は地図を広げ、指で一本の線をなぞりました。
隣国からアイゼンガルドを通り、王都へと続く街道です。
「王都の貴族たちも、最近はこのルートを使いたがっています。贅沢品をいち早く手に入れたいですからね」
「ああ、そうらしいな」
「ですが、もし王都が私たちに敵対的な行動に出たら……、どうします?」
私は人差し指で、地図上の橋の場所をトン、と押さえました。
「ここを通行止めにすればいいのです」
マックス様が息を飲みました。
「……兵を挙げる必要すらない。橋を封鎖するだけで、王都への物流はストップし、物価は高騰し、経済は干上がる……」
「はい。この橋は、アイゼンガルドの喉元に突きつけられた剣ではなく、私たちが王都の首根っこを押さえるための手綱なのです」
王都のレイモンド殿下は、まだ気づいていないでしょう。
自分たちが食べている魚も、着ている絹も、もはや私が許可した(ゲートを開けた)からこそ届いているという事実に。
「恐ろしいな、君は。……橋一つで国を支配するつもりか」
「まさか。私はただ、効率的な物流網を設計しただけですわ」
私は優雅にワイングラスを傾けました。
中身はもちろん、自領産の最高級品。
「お嬢様ー! 市場でエビを買ってきましたー! 今日はエビフライ祭りですよー!」
ロッテが満面の笑みで飛び込んできました。
平和な光景です。
ですが、この平和は、堅牢なトラス橋と、緻密な経済戦略という基礎の上に成り立っているのです。
アイゼンガルドの黄金時代が始まりました。
そしてそれは同時に、物流の主導権を失った王都の、緩やかな衰退の始まりでもありました……。
パチン、という小気味よい音が、渓谷の風に乗って響きました。
私が黄金色のハサミで紅白のテープを切った瞬間、集まっていた領民と職人たちから、割れんばかりの歓声と拍手が沸き起こりました。
「万歳! アイゼンガルド万歳!」
「これで山越えしなくて済むぞー!」
目の前に伸びているのは、銀色に輝く鉄の巨竜――アイゼンガルド大橋です。
トラス構造の鉄骨が幾何学的な美しさを描き、床板には耐久性の高い硬質コンクリートが敷き詰められています。
かつて竜の顎と呼ばれ、旅人を拒絶していた断崖絶壁は、いまや最も安全な空の道となっていました。
「……感無量だ。あの谷が、馬車で渡れるようになるなんて」
隣に立つマックス様が、目を細めて橋の向こうを見つめています。
その視線の先から、第一号となる商隊がやってきました。
隣国からの貿易商人たちです。
彼らは橋を渡り終えると、口々に叫びながら駆け寄ってきました。
「信じられん! たった十分だぞ!?」
「いつもなら険しい山道を三日かけて迂回していたのに、コーヒーが冷める前に国境を越えちまった!」
商隊のリーダーである太った男性が、マックス様の手を握りしめました。
「辺境伯様、これは革命です! 馬への負担も、荷崩れのリスクもない。これなら生鮮食品だって運べます!」
「うわぁ! お魚ですか!? 海のお魚が食べられるんですか!?」
ロッテが食い気味に商人の荷車を覗き込んでいます。
荷台には、隣国の港町で獲れたばかりの氷漬けの魚や、珍しい南国の果物が積まれていました。
「ええ、もちろん! これからは毎日運びますよ! ……ところで、通行料はおいくらで?」
商人が財布を取り出します。
マックス様が私を見ました。
価格設定は、全て私に一任されています。
私は眼鏡のブリッジを押し上げ、ニッコリと微笑みました。
この瞬間を待っていたのです。
「そうですね……。あなたが山道を通った場合の人件費、馬の飼料代、宿代、時間の損失、そして山賊に襲われるリスクを合計した金額の……、七割ほどいただきましょうか」
私は電卓代わりの手帳を弾き、具体的な金額を提示しました。
それは、従来の通行税の相場からすれば破格の高値でしたが、迂回コストよりは確実にお得な絶妙なラインです。
商人は一瞬ギョッとしましたが、すぐに頭の中でソロバンを弾き、顔を輝かせました。
「……安い! 三日分の経費が浮くなら、喜んで払います!」
金貨が料金所の箱に投げ込まれる音が、まるで美しい音楽のように響きます。
この橋は、単なる交通路ではありません。
何もしなくてもチャリンチャリンとお金を生み出し続ける、巨大な集金装置なのです。
それからのアイゼンガルド領の発展は、まさに爆発的でした。
隣国からの物流が全てこの橋に集中したことで、アイゼンガルドは北部のハブ(中継地点)となりました。
街には市場が立ち並び、新鮮な食材と、各地の珍しい品々が溢れかえります。
夜になれば、バイオエタノールの街灯が煌々と輝き、行き交う商人たちが酒場でワインを酌み交わす。
かつて灰色の岩の街と呼ばれた場所は、今や不夜城のごとき活気を呈し、人々からは黄金郷と呼ばれるようになっていました。
「……すごいな。税収が、先月の十倍になっている」
執務室で帳簿を見ていたマックス様が、震える声で呟きました。
「ええ。物流を制する者は経済を制します。私たちは橋という蛇口を握ったのです」
私は窓の外、光の海となった城下町を見下ろしました。
「そしてマックス様。この橋の真価は、お金儲けだけではありません」
「どういうことだ?」
私は地図を広げ、指で一本の線をなぞりました。
隣国からアイゼンガルドを通り、王都へと続く街道です。
「王都の貴族たちも、最近はこのルートを使いたがっています。贅沢品をいち早く手に入れたいですからね」
「ああ、そうらしいな」
「ですが、もし王都が私たちに敵対的な行動に出たら……、どうします?」
私は人差し指で、地図上の橋の場所をトン、と押さえました。
「ここを通行止めにすればいいのです」
マックス様が息を飲みました。
「……兵を挙げる必要すらない。橋を封鎖するだけで、王都への物流はストップし、物価は高騰し、経済は干上がる……」
「はい。この橋は、アイゼンガルドの喉元に突きつけられた剣ではなく、私たちが王都の首根っこを押さえるための手綱なのです」
王都のレイモンド殿下は、まだ気づいていないでしょう。
自分たちが食べている魚も、着ている絹も、もはや私が許可した(ゲートを開けた)からこそ届いているという事実に。
「恐ろしいな、君は。……橋一つで国を支配するつもりか」
「まさか。私はただ、効率的な物流網を設計しただけですわ」
私は優雅にワイングラスを傾けました。
中身はもちろん、自領産の最高級品。
「お嬢様ー! 市場でエビを買ってきましたー! 今日はエビフライ祭りですよー!」
ロッテが満面の笑みで飛び込んできました。
平和な光景です。
ですが、この平和は、堅牢なトラス橋と、緻密な経済戦略という基礎の上に成り立っているのです。
アイゼンガルドの黄金時代が始まりました。
そしてそれは同時に、物流の主導権を失った王都の、緩やかな衰退の始まりでもありました……。
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