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第34話:嫉妬する王子
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(※レイモンド視点)
「……ありえん。絶対にありえん!」
私は執務机を拳で叩きつけた。
バン! という音が響くが、蒸し暑く湿った王都の空気のせいで、その音すらも鈍く重く感じられる。
私の目の前には、密偵(というよりは、単なる噂好きの商人)から買い取った、一枚の報告書が広げられていた。
そこには、北の辺境・アイゼンガルド領の現状が記されているのだが、その内容は私の常識を遥かに超えていた。
『泥沼の街道は石のように硬く舗装され、夜は魔法のような白い光が街を照らし、谷には天空を駆ける巨大な鉄の橋が架かっている』
『特産品のワインと化粧品は飛ぶように売れ、王都の商人たちはこぞって北を目指している』
『人々はそこを、北の黄金郷と呼んでいる』
「黄金郷だと……? あの、岩と雪しかないゴミ捨て場がか!?」
私は報告書を鷲掴みにし、クシャクシャに丸めた。
北部は貧しい。
それはこの国の常識だ。
予算も最小限しか与えていない。
それなのに、私が統治するこの王都よりも豊かだなどと、誰が信じるものか。
「殿下……。しかし、市場に出回っているアイゼンガルド・ルビーやホワイト・ナイトの人気は本物です。今や、あれを手に入れることが貴族のステータスになっておりまして……」
側近がハンカチで額の汗を拭いながら、おずおずと進言する。
「黙れ! そんなことは分かっている!」
私は貧乏ゆすりを止めることができなかった。
悔しい。
腹立たしい。
ジュリアンナを追放したとき、私はあいつが泣き叫び、泥にまみれて野垂れ死ぬことを想像していた。
「殿下、私が間違っておりました。どうかお助けください」と足元に縋り付いてくる姿を夢見ていたのだ。
なのに、現実はどうだ。
あいつは私を見返すどころか、私の手の届かない場所で、私よりも成功している。
「……金だ」
私はふと、ある真実に思い当たった。
「そうだ、金だ! あんな大規模な橋を架けたり、街灯を整備したりするには、莫大な資金が必要なはずだ。貧乏な辺境伯にそんな金があるわけがない!」
私の思考は、熱に浮かされたように加速していく。
「ジュリアンナだ! あいつ、公爵家にいた頃から、私の新居建設の予算管理を任せていただろう? ……そうだ、あいつは建設費を横領していたに違いない!」
「は、はぁ……? 横領、ですか?」
「そうでなければ説明がつかん! 私の愛の巣の柱がスカスカだったのも、壁が薄かったのも、あいつが裏で予算を抜き取り、自分の隠し財産にしていたからだ! その汚い金を使って、あんな橋を作ったんだ!」
論理の飛躍も甚だしいが、今の私にとってそれは救いの真実だった。
私が無能なのではない。
あいつが泥棒なのだ。
そう思わなければ、プライドが保てなかった。
そこへ、執務室の扉が乱暴に開かれた。
「レイモンド様ぁっ!」
入ってきたのは、シルヴィアだった。
彼女は今、王都で流行しているというエンジェル・スキン(滑石パウダー)を全身に叩いているようだが、汗でドロドロに流れてしまっている。
「聞いてくださいよぉ! さっき、お茶会に行ったら、みんなジュリアンナのことばかり褒めるんです! 『あの方は天才だ』とか『聖女だ』とか……。私、悔しくて悔しくて!」
シルヴィアが地団駄を踏む。
「それに、見てくださいこれ!」
彼女が差し出したのは、空になった化粧品の瓶だった。例のホワイト・ナイトだ。
「これ、もう使い切っちゃったんです。新しいのが欲しいのに、どこに行っても『売り切れ』だって! 商人に聞いたら、『アイゼンガルド側が、王家関係者への販売を制限している』って言うのよ!」
「な、なんだと……!?」
販売制限。
つまり、あいつは意図的に私達への供給を断っているのか。
「あいつ……! 私の金を盗んで作った商品で、私に嫌がらせをするとは!」
「えっ? お金、盗まれたんですか?」
「ああ、そうだとも! あの橋も、あの化粧品工場も、元はといえば私の金で作られたものだ! いわば王家の財産だ!」
私は立ち上がり、窓の外の淀んだ空を睨みつけた。
北の方角。
そこには今、私が喉から手が出るほど欲しい富と名声と快適な生活がある。
それを独り占めしているのは、私のもとから去っていった、あの可愛げのない女だ。
「許さん……。絶対に許さんぞ、ジュリアンナ!」
私の中で、嫉妬という名のどす黒い炎が燃え上がった。
それは王都の暑さよりも熱く、下水の臭いよりも醜悪な感情だった。
「取り返してやる。……あの橋も、技術も、金も。すべては次期国王である、この私のものだ!」
私は側近に向き直り、低い声で命じた。
「おい、筆を持て。……アイゼンガルド辺境伯、およびジュリアンナ・フォン・ヴィクトルへの召喚状を書く」
「し、召喚状ですか? どのような名目で?」
私は口の端を歪めて笑った。
「決まっているだろう。国家反逆罪および王家財産横領の疑いだ。……身の潔白を証明したければ、その技術と成果物をすべて献上しろとな」
これは正義の鉄槌だ。
泥棒から盗品を取り返すだけのこと。
そう自分に言い聞かせると、胸のつかえが少し取れたような気がした。
待っていろ、ジュリアンナ。
お前が築いた黄金郷は、そのまま私の別荘にしてやる……。
「……ありえん。絶対にありえん!」
私は執務机を拳で叩きつけた。
バン! という音が響くが、蒸し暑く湿った王都の空気のせいで、その音すらも鈍く重く感じられる。
私の目の前には、密偵(というよりは、単なる噂好きの商人)から買い取った、一枚の報告書が広げられていた。
そこには、北の辺境・アイゼンガルド領の現状が記されているのだが、その内容は私の常識を遥かに超えていた。
『泥沼の街道は石のように硬く舗装され、夜は魔法のような白い光が街を照らし、谷には天空を駆ける巨大な鉄の橋が架かっている』
『特産品のワインと化粧品は飛ぶように売れ、王都の商人たちはこぞって北を目指している』
『人々はそこを、北の黄金郷と呼んでいる』
「黄金郷だと……? あの、岩と雪しかないゴミ捨て場がか!?」
私は報告書を鷲掴みにし、クシャクシャに丸めた。
北部は貧しい。
それはこの国の常識だ。
予算も最小限しか与えていない。
それなのに、私が統治するこの王都よりも豊かだなどと、誰が信じるものか。
「殿下……。しかし、市場に出回っているアイゼンガルド・ルビーやホワイト・ナイトの人気は本物です。今や、あれを手に入れることが貴族のステータスになっておりまして……」
側近がハンカチで額の汗を拭いながら、おずおずと進言する。
「黙れ! そんなことは分かっている!」
私は貧乏ゆすりを止めることができなかった。
悔しい。
腹立たしい。
ジュリアンナを追放したとき、私はあいつが泣き叫び、泥にまみれて野垂れ死ぬことを想像していた。
「殿下、私が間違っておりました。どうかお助けください」と足元に縋り付いてくる姿を夢見ていたのだ。
なのに、現実はどうだ。
あいつは私を見返すどころか、私の手の届かない場所で、私よりも成功している。
「……金だ」
私はふと、ある真実に思い当たった。
「そうだ、金だ! あんな大規模な橋を架けたり、街灯を整備したりするには、莫大な資金が必要なはずだ。貧乏な辺境伯にそんな金があるわけがない!」
私の思考は、熱に浮かされたように加速していく。
「ジュリアンナだ! あいつ、公爵家にいた頃から、私の新居建設の予算管理を任せていただろう? ……そうだ、あいつは建設費を横領していたに違いない!」
「は、はぁ……? 横領、ですか?」
「そうでなければ説明がつかん! 私の愛の巣の柱がスカスカだったのも、壁が薄かったのも、あいつが裏で予算を抜き取り、自分の隠し財産にしていたからだ! その汚い金を使って、あんな橋を作ったんだ!」
論理の飛躍も甚だしいが、今の私にとってそれは救いの真実だった。
私が無能なのではない。
あいつが泥棒なのだ。
そう思わなければ、プライドが保てなかった。
そこへ、執務室の扉が乱暴に開かれた。
「レイモンド様ぁっ!」
入ってきたのは、シルヴィアだった。
彼女は今、王都で流行しているというエンジェル・スキン(滑石パウダー)を全身に叩いているようだが、汗でドロドロに流れてしまっている。
「聞いてくださいよぉ! さっき、お茶会に行ったら、みんなジュリアンナのことばかり褒めるんです! 『あの方は天才だ』とか『聖女だ』とか……。私、悔しくて悔しくて!」
シルヴィアが地団駄を踏む。
「それに、見てくださいこれ!」
彼女が差し出したのは、空になった化粧品の瓶だった。例のホワイト・ナイトだ。
「これ、もう使い切っちゃったんです。新しいのが欲しいのに、どこに行っても『売り切れ』だって! 商人に聞いたら、『アイゼンガルド側が、王家関係者への販売を制限している』って言うのよ!」
「な、なんだと……!?」
販売制限。
つまり、あいつは意図的に私達への供給を断っているのか。
「あいつ……! 私の金を盗んで作った商品で、私に嫌がらせをするとは!」
「えっ? お金、盗まれたんですか?」
「ああ、そうだとも! あの橋も、あの化粧品工場も、元はといえば私の金で作られたものだ! いわば王家の財産だ!」
私は立ち上がり、窓の外の淀んだ空を睨みつけた。
北の方角。
そこには今、私が喉から手が出るほど欲しい富と名声と快適な生活がある。
それを独り占めしているのは、私のもとから去っていった、あの可愛げのない女だ。
「許さん……。絶対に許さんぞ、ジュリアンナ!」
私の中で、嫉妬という名のどす黒い炎が燃え上がった。
それは王都の暑さよりも熱く、下水の臭いよりも醜悪な感情だった。
「取り返してやる。……あの橋も、技術も、金も。すべては次期国王である、この私のものだ!」
私は側近に向き直り、低い声で命じた。
「おい、筆を持て。……アイゼンガルド辺境伯、およびジュリアンナ・フォン・ヴィクトルへの召喚状を書く」
「し、召喚状ですか? どのような名目で?」
私は口の端を歪めて笑った。
「決まっているだろう。国家反逆罪および王家財産横領の疑いだ。……身の潔白を証明したければ、その技術と成果物をすべて献上しろとな」
これは正義の鉄槌だ。
泥棒から盗品を取り返すだけのこと。
そう自分に言い聞かせると、胸のつかえが少し取れたような気がした。
待っていろ、ジュリアンナ。
お前が築いた黄金郷は、そのまま私の別荘にしてやる……。
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