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第35話:不当な召喚状
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「――ジュリアンナ・フォン・ヴィクトル! 王命である! 直ちに跪いて拝聴せよ!」
アイゼンガルド城の執務室。
平和な午後のティータイム(今日は新作のベリータルトでした)を切り裂くように、王家の紋章が入った鎧を着た使者が怒鳴り込んできました。
「……やかましい。ここは俺の城だ。王の使者だろうと、まずは礼儀というものがあるだろう」
マックス様が低い声で威圧します。
その迫力に、使者の騎士は一瞬怯みましたが、すぐに王家の威光を盾にして、尊大な態度を取り戻しました。
「辺境伯、貴殿も同罪だぞ! よくもこのような盗人を匿い、王家の財産を食い荒らしたものだ!」
使者は、丸められた羊皮紙を突きつけました。
「レイモンド殿下からの召喚状だ。読み上げる!」
『元婚約者ジュリアンナ。貴様を国家反逆罪および王家財産横領の疑いで王都へ召喚する。貴様が辺境で用いているコンクリート、バイオ燃料、トラス橋等の技術は、全て王家の機密情報を盗用したものであることが判明した。また、建設費も私の私財を横領したものである。よって、直ちに王都へ出頭し、全ての技術と財産を返還せよ。さもなくば、軍を差し向ける』
読み上げが終わると、執務室には静寂が落ちました。
ロッテが口を開けたまま固まり、マックス様は額に青筋を浮かべて震えています。
「……ふざけるな。盗用だと? 横領だと?」
マックス様が机をバン! と叩きました。
頑丈な樫の木の机がミシミシと悲鳴を上げます。
「あの橋も、工場も、全て俺たちが汗水を流して作ったものだ! 王家からは銅貨一枚の援助も受けていない! それを今さら『俺のものだ』などと……、強盗はお前たちのほうではないか!」
激昂するマックス様に対し、使者は鼻で笑いました。
「ふん。貧しい辺境伯風情に、あのような巨大な橋を作る金も知恵もあるはずがない。殿下の資金と設計図を盗んだと考えるのが妥当だろう」
「貴様ッ……!」
マックス様が剣に手をかけようとしたその時。
ソーサーにティーカップを置く、硬質な音が響きました。
私はゆっくりと立ち上がり、眼鏡の位置を人差し指で直しました。
「……落ち着いてください、マックス様。野蛮な方々に、剣を見せても話は通じませんわ」
「だが、ジュリアンナ! こんな侮辱を許せるか!」
「侮辱ではありません。これは敗北宣言です」
私は使者に向き直り、冷徹な視線を浴びせました。
「使者殿。レイモンド殿下は技術の盗用と仰いましたね?」
「そうだ! 王家の高度な技術を、貴様が持ち出したのだ!」
「では、お伺いします。もしそれが王家の技術であるなら……、なぜ王都の道は泥だらけで、夜は暗く、下水が溢れ返っているのですか?」
「うっ……、そ、それは……」
私は一歩踏み込みました。
「技術とは、所有するものではなく、行使するものです。殿下がその技術をお持ちなら、なぜご自分の領地で使われないのです? ……答えは簡単。持っていないからですわ」
使者の目が泳ぎます。
王都の惨状は、彼自身が一番よく知っているはずですから。
「それに、横領ですって? 私が管理していたのは予算だけではありません。全ての領収書、発注書、工数管理表の写しを持っています。……殿下の私的流用(シルヴィア様のドレス代など)の証拠も含めてね」
私はニヤリと笑いました。
「よろしいでしょう。出頭いたします」
「なっ……、行くのか!? ジュリアンナ!」
マックス様が驚いて私の肩を掴みます。
「罠だぞ! 行けば捕らえられて、技術を吐くまで拷問されるかもしれない!」
「いいえ、マックス様。これは好機です」
私は彼の手を優しく握り返しました。
「向こうから呼んでくれたのです。わざわざ軍を動かす手間が省けました。……法廷で堂々と、王家の無能さと不正を公表して、公開処刑にして差し上げます」
それに、と私は付け加えました。
「そろそろ保証期間が切れる頃です」
「保証期間?」
「ええ。私が去ってから、約半年。……あの欠陥住宅(愛の巣)が、物理的限界を迎える時期です。この目で崩壊の様を見届けるのも、元現場監督の務めでしょう?」
私の瞳の奥にある、楽しげで冷酷な光を見て、マックス様は深いため息をつきました。
そして、諦めたように、しかし力強く頷きました。
「……分かった。君が行くなら、俺も行く。最強の護衛としてな」
「頼りにしていますわ、私の騎士様」
私は再び使者に向き直りました。
「使者殿。出頭に応じます。ただし、準備に数日いただきますわ。……証拠物件を大量に持ち込む必要がありますので」
使者は「ふん、勝ったつもりか」と捨て台詞を吐いて去っていきましたが、その背中は逃げるように急いでいました。
彼も本能的に悟ったのでしょう。
自分が虎の尾を踏み、眠れる龍(モンスタークレーマー)を起こしてしまったことを。
「ロッテ、荷造りですよ! 今度は攻め込むための荷造りです!」
「はいっ! おやつは激辛味を持っていきますね! あいつらに目にもの見せてやるためですぅ!」
王都からの召喚状。
それは私たちにとって、終わりの合図ではありません。
腐敗した王家を解体するための、正式な工事許可証が発行されたようなものでした。
アイゼンガルド城の執務室。
平和な午後のティータイム(今日は新作のベリータルトでした)を切り裂くように、王家の紋章が入った鎧を着た使者が怒鳴り込んできました。
「……やかましい。ここは俺の城だ。王の使者だろうと、まずは礼儀というものがあるだろう」
マックス様が低い声で威圧します。
その迫力に、使者の騎士は一瞬怯みましたが、すぐに王家の威光を盾にして、尊大な態度を取り戻しました。
「辺境伯、貴殿も同罪だぞ! よくもこのような盗人を匿い、王家の財産を食い荒らしたものだ!」
使者は、丸められた羊皮紙を突きつけました。
「レイモンド殿下からの召喚状だ。読み上げる!」
『元婚約者ジュリアンナ。貴様を国家反逆罪および王家財産横領の疑いで王都へ召喚する。貴様が辺境で用いているコンクリート、バイオ燃料、トラス橋等の技術は、全て王家の機密情報を盗用したものであることが判明した。また、建設費も私の私財を横領したものである。よって、直ちに王都へ出頭し、全ての技術と財産を返還せよ。さもなくば、軍を差し向ける』
読み上げが終わると、執務室には静寂が落ちました。
ロッテが口を開けたまま固まり、マックス様は額に青筋を浮かべて震えています。
「……ふざけるな。盗用だと? 横領だと?」
マックス様が机をバン! と叩きました。
頑丈な樫の木の机がミシミシと悲鳴を上げます。
「あの橋も、工場も、全て俺たちが汗水を流して作ったものだ! 王家からは銅貨一枚の援助も受けていない! それを今さら『俺のものだ』などと……、強盗はお前たちのほうではないか!」
激昂するマックス様に対し、使者は鼻で笑いました。
「ふん。貧しい辺境伯風情に、あのような巨大な橋を作る金も知恵もあるはずがない。殿下の資金と設計図を盗んだと考えるのが妥当だろう」
「貴様ッ……!」
マックス様が剣に手をかけようとしたその時。
ソーサーにティーカップを置く、硬質な音が響きました。
私はゆっくりと立ち上がり、眼鏡の位置を人差し指で直しました。
「……落ち着いてください、マックス様。野蛮な方々に、剣を見せても話は通じませんわ」
「だが、ジュリアンナ! こんな侮辱を許せるか!」
「侮辱ではありません。これは敗北宣言です」
私は使者に向き直り、冷徹な視線を浴びせました。
「使者殿。レイモンド殿下は技術の盗用と仰いましたね?」
「そうだ! 王家の高度な技術を、貴様が持ち出したのだ!」
「では、お伺いします。もしそれが王家の技術であるなら……、なぜ王都の道は泥だらけで、夜は暗く、下水が溢れ返っているのですか?」
「うっ……、そ、それは……」
私は一歩踏み込みました。
「技術とは、所有するものではなく、行使するものです。殿下がその技術をお持ちなら、なぜご自分の領地で使われないのです? ……答えは簡単。持っていないからですわ」
使者の目が泳ぎます。
王都の惨状は、彼自身が一番よく知っているはずですから。
「それに、横領ですって? 私が管理していたのは予算だけではありません。全ての領収書、発注書、工数管理表の写しを持っています。……殿下の私的流用(シルヴィア様のドレス代など)の証拠も含めてね」
私はニヤリと笑いました。
「よろしいでしょう。出頭いたします」
「なっ……、行くのか!? ジュリアンナ!」
マックス様が驚いて私の肩を掴みます。
「罠だぞ! 行けば捕らえられて、技術を吐くまで拷問されるかもしれない!」
「いいえ、マックス様。これは好機です」
私は彼の手を優しく握り返しました。
「向こうから呼んでくれたのです。わざわざ軍を動かす手間が省けました。……法廷で堂々と、王家の無能さと不正を公表して、公開処刑にして差し上げます」
それに、と私は付け加えました。
「そろそろ保証期間が切れる頃です」
「保証期間?」
「ええ。私が去ってから、約半年。……あの欠陥住宅(愛の巣)が、物理的限界を迎える時期です。この目で崩壊の様を見届けるのも、元現場監督の務めでしょう?」
私の瞳の奥にある、楽しげで冷酷な光を見て、マックス様は深いため息をつきました。
そして、諦めたように、しかし力強く頷きました。
「……分かった。君が行くなら、俺も行く。最強の護衛としてな」
「頼りにしていますわ、私の騎士様」
私は再び使者に向き直りました。
「使者殿。出頭に応じます。ただし、準備に数日いただきますわ。……証拠物件を大量に持ち込む必要がありますので」
使者は「ふん、勝ったつもりか」と捨て台詞を吐いて去っていきましたが、その背中は逃げるように急いでいました。
彼も本能的に悟ったのでしょう。
自分が虎の尾を踏み、眠れる龍(モンスタークレーマー)を起こしてしまったことを。
「ロッテ、荷造りですよ! 今度は攻め込むための荷造りです!」
「はいっ! おやつは激辛味を持っていきますね! あいつらに目にもの見せてやるためですぅ!」
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