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第40話:廃墟の買い付け
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「……ひいぃっ! で、出ます! 絶対に出ますよぉ!」
王城の裏手に広がる鬱蒼とした森の中。
錆びついた鉄門の前で、ロッテが私の腰にしがみついて震えていました。
目の前に聳え立つのは、かつて離宮と呼ばれた石造りの洋館です。
しかし、その姿は見る影もありません。
壁は一面の蔦に覆われ、窓ガラスは割れ落ち、屋根の一部は崩れかけています。
夕闇の中で黒々と浮かび上がるシルエットは、まさに怪談に出てくる幽霊屋敷そのものでした。
「出る? 何がですか、ロッテ」
「ユーレイですよぉ! 無念の死を遂げた元・住人の霊とか、首なし騎士とか!」
「非科学的です。ここに出るとすれば、それはシロアリかコウモリくらいです」
私は懐中電灯(バイオエタノールランプ)を掲げ、スタスタと敷地内へ足を踏み入れました。
「待ってくれ、ジュリアンナ。足元が悪い」
マックス様が剣の鞘で雑草を払いながら、先導してくれます。
彼もまた、呆れたように館を見上げました。
「……本当にここを買うのか? 壁にはヒビが入っているし、修繕するだけで新築より金がかかりそうだが」
「ふふ。マックス様、建築には減価償却という概念がありますが、ある一線を超えると価値が反転することがあるのです」
私は玄関ポーチの柱――苔むした石柱を、愛おしそうに撫でました。
「ご覧ください。この柱は花崗岩(グラナイト)の削り出しです。王都で今流行りの軟らかい砂岩や、殿下の屋敷のような張りボテ(スタッコ)ではありません。百年経っても風化しない、本物の石材です」
私はランプを近づけました。
「この苔、この黒ずみ。……汚いと思いますか?」
「ああ。どう見ても汚れだ」
「いいえ。これは経年変化です。時間という偉大な職人だけが作り出せる、歴史の重みですわ」
その時、館の扉がギギギ……、と音を立てて開き、中から一人の男が出てきました。
王宮から派遣された管財人です。
彼はハンカチで鼻を押さえ、嫌悪感を隠そうともしませんでした。
「おや、本当にいらっしゃったとは。……アイゼンガルド辺境伯一行ですね?」
管財人は、私たちを薄汚いものを見るような目で見下しました。
「レイモンド殿下からは、『あんなゴミ捨て場を欲しがるとは、やはりお似合いだ』と仰せつかっております。……本当に買い取られるのですか? この廃墟を」
「ええ。提示された金額で即決いたします」
私は小切手(商業ギルドの手形)を差し出しました。
金額は、王都の一等地の屋敷の十分の一以下。
土地代を含めても、タダ同然の破格値です。
「……物好きなことだ。まあいい、これで王家の管理台帳からこの汚点が消えるなら安いものだ」
管財人は小切手をひったくり、鍵の束を投げ渡してきました。
「契約成立だ。……崩れた天井の下敷きにならないよう、気をつけることだな」
彼は逃げるように馬車に乗り込み、去っていきました。
残されたのは、私たちと、巨大な廃墟だけ。
「さて、ロッテ。掃除用具を出しなさい」
「ええっ!? これから大掃除ですか!? もう夜ですよぉ!」
「今夜の寝床を確保するためです。……マックス様、あなたは風魔法で、ホールに積もった百年分の埃を吹き飛ばしてください」
「風魔法を掃除機代わりに使うのは君くらいだぞ……」
マックス様は苦笑しながらも、詠唱を始めました。
私はランプを置き、腕まくりをしました。
通常の貴族なら、ここをピカピカの新築のようにリフォームしようとするでしょう。
壁を塗り直し、古い装飾を隠してしまうはずです。
ですが、私の計画は違います。
「廃墟の美学……。あえて古さを残し、剥き出しの構造体を見せるデザインこそが、今のトレンドなのです」
割れた窓枠はそのままに、そこに最高級の透明ガラスをはめ込む。
崩れたレンガの壁は補修せず、クリア塗装で固めてインテリアにする。
古いものと、最新の設備(アイゼンガルド製の家具や照明)を融合させる。
「王都の貴族たちは、成金趣味の金ピカに飽き飽きしています。……この退廃的な美しさは、必ず彼らの心を鷲掴みにしますわ」
*
(※レイモンド視点)
「ぶっ、くくく……! あーっはっはっは!」
私の高笑いが、執務室に響き渡っていた。
「聞いたか、シルヴィア! あのジュリアンナの奴、私の離宮を買い取ったそうだぞ!」
「離宮って……、あの、お化け屋敷みたいなボロ家ですかぁ?」
シルヴィアも、高級なソファに寝そべりながらケラケラと笑っている。
「そうだ! あんなカビ臭い、ネズミの巣窟みたいな場所に住むなんて! やはりあいつ、金がないんだ! 黄金郷なんて全部嘘で、本当は一文無しに違いない!」
私は、手に持っていたワイングラスを揺らした。
「橋を作った金も、やはり私の横領金だったのだ。それを使い果たして、今は宿に泊まる金もないから、あんなゴミ捨て場に住み着いたんだろう」
「ウケるぅ~! 元公爵令嬢が、ホームレス同然なんて! ねえレイモンド様、明日見に行きましょうよぉ。あの子が煤だらけになって掃除してるところ、笑ってあげなきゃ!」
「ああ、いいアイデアだ。差し入れにカビの生えたパンでも持って行ってやろうか」
私たち二人は腹を抱えて笑い合った。
自分たちが捨てたゴミが、実は磨けば光るダイヤモンドの原石であり、それを手放したことが最大の損失であるとも知らずに……。
「待っていろ、ジュリアンナ。……明日はお前の惨めな姿を肴に、最高の酒が飲めそうだ」
しかし、私の歪んだ期待をよそに、離宮の森の奥では、着々と改装の準備が進んでいたのだった……。
王城の裏手に広がる鬱蒼とした森の中。
錆びついた鉄門の前で、ロッテが私の腰にしがみついて震えていました。
目の前に聳え立つのは、かつて離宮と呼ばれた石造りの洋館です。
しかし、その姿は見る影もありません。
壁は一面の蔦に覆われ、窓ガラスは割れ落ち、屋根の一部は崩れかけています。
夕闇の中で黒々と浮かび上がるシルエットは、まさに怪談に出てくる幽霊屋敷そのものでした。
「出る? 何がですか、ロッテ」
「ユーレイですよぉ! 無念の死を遂げた元・住人の霊とか、首なし騎士とか!」
「非科学的です。ここに出るとすれば、それはシロアリかコウモリくらいです」
私は懐中電灯(バイオエタノールランプ)を掲げ、スタスタと敷地内へ足を踏み入れました。
「待ってくれ、ジュリアンナ。足元が悪い」
マックス様が剣の鞘で雑草を払いながら、先導してくれます。
彼もまた、呆れたように館を見上げました。
「……本当にここを買うのか? 壁にはヒビが入っているし、修繕するだけで新築より金がかかりそうだが」
「ふふ。マックス様、建築には減価償却という概念がありますが、ある一線を超えると価値が反転することがあるのです」
私は玄関ポーチの柱――苔むした石柱を、愛おしそうに撫でました。
「ご覧ください。この柱は花崗岩(グラナイト)の削り出しです。王都で今流行りの軟らかい砂岩や、殿下の屋敷のような張りボテ(スタッコ)ではありません。百年経っても風化しない、本物の石材です」
私はランプを近づけました。
「この苔、この黒ずみ。……汚いと思いますか?」
「ああ。どう見ても汚れだ」
「いいえ。これは経年変化です。時間という偉大な職人だけが作り出せる、歴史の重みですわ」
その時、館の扉がギギギ……、と音を立てて開き、中から一人の男が出てきました。
王宮から派遣された管財人です。
彼はハンカチで鼻を押さえ、嫌悪感を隠そうともしませんでした。
「おや、本当にいらっしゃったとは。……アイゼンガルド辺境伯一行ですね?」
管財人は、私たちを薄汚いものを見るような目で見下しました。
「レイモンド殿下からは、『あんなゴミ捨て場を欲しがるとは、やはりお似合いだ』と仰せつかっております。……本当に買い取られるのですか? この廃墟を」
「ええ。提示された金額で即決いたします」
私は小切手(商業ギルドの手形)を差し出しました。
金額は、王都の一等地の屋敷の十分の一以下。
土地代を含めても、タダ同然の破格値です。
「……物好きなことだ。まあいい、これで王家の管理台帳からこの汚点が消えるなら安いものだ」
管財人は小切手をひったくり、鍵の束を投げ渡してきました。
「契約成立だ。……崩れた天井の下敷きにならないよう、気をつけることだな」
彼は逃げるように馬車に乗り込み、去っていきました。
残されたのは、私たちと、巨大な廃墟だけ。
「さて、ロッテ。掃除用具を出しなさい」
「ええっ!? これから大掃除ですか!? もう夜ですよぉ!」
「今夜の寝床を確保するためです。……マックス様、あなたは風魔法で、ホールに積もった百年分の埃を吹き飛ばしてください」
「風魔法を掃除機代わりに使うのは君くらいだぞ……」
マックス様は苦笑しながらも、詠唱を始めました。
私はランプを置き、腕まくりをしました。
通常の貴族なら、ここをピカピカの新築のようにリフォームしようとするでしょう。
壁を塗り直し、古い装飾を隠してしまうはずです。
ですが、私の計画は違います。
「廃墟の美学……。あえて古さを残し、剥き出しの構造体を見せるデザインこそが、今のトレンドなのです」
割れた窓枠はそのままに、そこに最高級の透明ガラスをはめ込む。
崩れたレンガの壁は補修せず、クリア塗装で固めてインテリアにする。
古いものと、最新の設備(アイゼンガルド製の家具や照明)を融合させる。
「王都の貴族たちは、成金趣味の金ピカに飽き飽きしています。……この退廃的な美しさは、必ず彼らの心を鷲掴みにしますわ」
*
(※レイモンド視点)
「ぶっ、くくく……! あーっはっはっは!」
私の高笑いが、執務室に響き渡っていた。
「聞いたか、シルヴィア! あのジュリアンナの奴、私の離宮を買い取ったそうだぞ!」
「離宮って……、あの、お化け屋敷みたいなボロ家ですかぁ?」
シルヴィアも、高級なソファに寝そべりながらケラケラと笑っている。
「そうだ! あんなカビ臭い、ネズミの巣窟みたいな場所に住むなんて! やはりあいつ、金がないんだ! 黄金郷なんて全部嘘で、本当は一文無しに違いない!」
私は、手に持っていたワイングラスを揺らした。
「橋を作った金も、やはり私の横領金だったのだ。それを使い果たして、今は宿に泊まる金もないから、あんなゴミ捨て場に住み着いたんだろう」
「ウケるぅ~! 元公爵令嬢が、ホームレス同然なんて! ねえレイモンド様、明日見に行きましょうよぉ。あの子が煤だらけになって掃除してるところ、笑ってあげなきゃ!」
「ああ、いいアイデアだ。差し入れにカビの生えたパンでも持って行ってやろうか」
私たち二人は腹を抱えて笑い合った。
自分たちが捨てたゴミが、実は磨けば光るダイヤモンドの原石であり、それを手放したことが最大の損失であるとも知らずに……。
「待っていろ、ジュリアンナ。……明日はお前の惨めな姿を肴に、最高の酒が飲めそうだ」
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