殿下、その婚約破棄の宣言が、すべての崩壊の始まりだと気付いていますか?

水上

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第50話:国債ショック

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 王宮の「大審問の間」。
 そこは本来、国家の重罪人を裁くための荘厳な空間でした。
 しかし今日、そこに漂っていたのは威厳ではなく、焦燥と、隠しきれない異臭でした。

 傍聴席を埋め尽くす貴族たちは、皆一様に顔色が悪く、高級な扇子でパタパタと顔を仰いでいます。
 物流封鎖による食料不足と、猛暑、そして王都を覆う悪臭。
 彼らの忍耐は限界に達していました。

「被告人、ジュリアンナ・フォン・ヴィクトル! 前へ!」

 裁判官の声に従い、私はマックス様のエスコートで証言台へと進み出ました。
 対面の席には、原告であるレイモンド殿下と、その腕にしがみつくシルヴィア様が座っています。

 殿下は、以前にも増してけばけばしい衣装を身に着けていましたが、その額には脂汗が滲み、目の下には濃い隈がありました。

「よくもぬけぬけと戻ってきたな、泥棒猫め!」

 殿下がいきなり罵声を浴びせました。

「アイゼンガルドで作っている橋も燃料も、全て私のアイデアだ! 建設費も私が管理していた金を横領したものだろう! 今すぐ全ての権利を王家に返還し、賠償金を支払え!」

 会場がざわめきます。
 貴族たちの中には、「そうだ、返せば物流が再開するのか?」「早く楽になりたい」という期待の視線も見え隠れしています。

 私は静かに、手に持っていた鞄から一束の書類を取り出しました。
 それは、美しい装飾が施された羊皮紙の束です。

「殿下。……賠償金、とおっしゃいましたね?」

「そうだ! 貴様のせいで王家の財政は火の車だ! その責任を取れ!」

「火の車なのは、あなたの浪費と、無計画な国債の発行のせいではありませんか?」

 私は書類の束を、バサリと証言台の上に広げました。

「こ、これは……、王国国債!?」

 宰相が身を乗り出して叫びました。

「ええ。国の借金の証書です。……殿下は新居の建設費や、シルヴィア様へのプレゼント代を捻出するために、王家の信用を担保に大量の国債を発行し続けてきました」

 私は冷ややかな視線を殿下に向けました。

「本来、国債とは将来の税収を見込んで発行するもの。しかし、現在の王都の経済は停滞し、税収は激減しています。……つまり、この紙切れは今や不渡り寸前の手形も同然なのです」

「だ、だからどうした! 私が王になれば、いくらでも返せる!」

「いいえ、返せません。……なぜなら、私がこれからトリガーを引くからです」

 私はニヤリと笑いました。

「皆様、経済学における空売り(ショート)という手法をご存知で?」

 会場がシーンと静まり返ります。

「私はこの数週間、商業ギルドを通じて、この国債の空売り注文を大量に出しておきました。……つまり、王国の国債はこれから暴落するという方に、全財産を賭けたのです」

「ぼ、暴落だと? 王家の信用が落ちるはずがない!」

「落ちますわ。……この裁判で、私の無実が証明され、アイゼンガルドの技術が王家のものではないと確定した瞬間にね」

 私は会場を見渡しました。

「今、投資家たちが王国の国債を買っているのは、アイゼンガルドの莫大な利益が、いずれ王家に吸収されると信じているからです。殿下がそう吹聴(プロパガンダ)したからでしょう?」

 殿下の顔が引きつりました。図星です。

「ですが、もしこの法廷でアイゼンガルドの技術と利益は、法的にジュリアンナ個人のものであると証明されたら? ……王国の借金の担保は消滅します」

 私は指をパチンと鳴らしました。

「その瞬間、国債の価値は紙くず同然まで暴落する。……投資家はパニック売りを始め、王国の財政は破綻します」

「なっ……、なっ……!?」

 傍聴席の貴族たちが悲鳴を上げました。
 彼らの多くもまた、資産として国債を保有しているからです。

「そして、ここからが重要です。……国債が暴落すればするほど、事前に空売りを仕掛けていた私は、莫大な利益を得ることになります」

 私はマックス様を見上げ、微笑みました。

「その利益で、破綻した王国の優良資産――例えば土地や鉱山などを、二束三文で買い取らせていただきます。……これを敵対的買収(テイクオーバー)と呼びますわ」

「き、貴様ぁぁぁっ!! 国を乗っ取る気かぁぁぁ!!」

 殿下が泡を吹いて立ち上がりました。
 顔色は赤を通り越して土気色になり、手足がワナワナと震えています。

「乗っ取る? 人聞きの悪い。私はただ、市場原理に従って投資をしただけです」

 私は証言台に手をつき、決定的な一言を放ちました。

「殿下。あなたは私を泥棒と呼びましたが……、本当の泥棒は、返せるあてのない借金を重ね、国民の未来を食いつぶしているあなた自身ではありませんか?」

 会場の空気が一変しました。
 貴族たちの目は、もはや「物流を再開してほしい」という懇願から、「自分たちの資産を守るために、王子を切り捨てろ」という冷酷な計算へとシフトし始めていました。

「さあ、始めましょうか。……この国の信用がゼロになるまでのカウントダウンを」

 私の宣言と共に、大審問の間はパニックと怒号の渦に飲み込まれました。
 経済という見えない武器が、剣よりも鋭く王家の喉元を切り裂いた瞬間でした。
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