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第53話:図面の行方
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「配管図面……、だと? そんな汚い紙切れ、誰が気にするか!」
レイモンド殿下は、法廷中に響く大声で鼻を鳴らしました。
私が提示した最後の懸念――図面の欠如に対して、彼は全く危機感を抱いていないようです。
「家を解体するなり、修理するなり、壁をぶち壊せば中身は見えるだろう! いちいち紙を見ながら作業するなど、三流の職人がすることだ!」
「……三流、ですか」
私は呆れて溜息をつきました。
「殿下。現代建築において、壁の中は内臓のように複雑です。上水道、下水道、ガス管、電気配線……。それらが絡み合うように埋設されています。……外科医が何も見ずにメスを入れたらどうなるか、想像できませんか?」
「うるさい! 私の勘があれば、危険な管など避けられる!」
その時でした。
大審問の間の重い扉が、礼儀も忘れて乱暴に開け放たれました。
飛び込んできたのは、煤だらけになり、顔面蒼白で息を切らした王宮の衛兵でした。
「ほ、報告しますッ!! 緊急事態発生!!」
「なんだ騒がしい! 今は裁判中だぞ!」
裁判長が木槌を鳴らしますが、衛兵は構わず叫びました。
「レイモンド殿下のご新居で……、爆発事故です!!」
「は……?」
殿下の動きが止まりました。
会場全体が凍りつきます。
「ば、爆発だと!? 私の愛の巣が!?」
「は、はい! カビの生えた壁を張り替えるために、業者が壁を剥がそうとしてノミを打ち込んだところ……、壁の中に埋まっていたガス管を切断してしまったのです!」
衛兵の報告に、私は「やはり」と小さく頷きました。
「漏れ出したガスに、照明の火花が引火し……、小規模ですが爆発が起きました! 幸い負傷者は軽傷で済みましたが、屋敷内にはガスが充満しており、いつ大爆発してもおかしくない状況です! 現在、半径五百メートル以内の住民に避難勧告が出ています!」
「な、なんだとぉぉぉっ!?」
殿下が顔を抱えて絶叫しました。
隣のシルヴィア様も、「私のドレスが! 宝石がぁ!」と泣き叫びます。
「……申し上げた通りですわ」
私は静かに、しかし冷酷に告げました。
「あのお屋敷は、外観の美しさを優先するために、配管を柱の中や壁の隙間に無理やり押し込む隠蔽配管を行っています。……通常の住宅とは全く違う、不規則な場所にガス管が走っているのです」
私は自身のこめかみを指差しました。
「どこに何が埋まっているか。その正確な位置を知っているのは、現場監督として施工図を引いた私と……、私が持ち出した竣工図だけです」
「き、貴様……!」
殿下が血走った目で私を睨みました。
「知っていたのか! 知っていて黙っていたのか!」
「聞かれなかったので。それに、殿下は先ほど仰ったではありませんか。『紙を見ながら作業するのは三流だ』と」
私は肩をすくめました。
「一流の勘をお持ちの殿下が雇った業者なら、図面なしでも避けられると思っておりましたわ」
「ぐ、ぐぬぬ……! 出せ! 今すぐその図面を出せ! ガスを止めるバルブの位置だけでも教えろ!」
殿下はなりふり構わず叫びました。
屋敷が爆発すれば、資産価値ゼロどころか、近隣住民への賠償でマイナスになります。
王家の破産は確定的です。
しかし、私は首を横に振りました。
「お断りします」
「なっ……!?」
「先ほど申し上げました通り、私は不当に解雇され、契約に基づき知的財産を回収しただけです。……私の所有物である図面を、あなたに提供する義務はありません」
私はマックス様を見上げました。
「それに、もう手遅れですわね?」
「ああ。ガスが充満しているなら、うかつに近づけない。……あの屋敷はもう、誰にも止められない時限爆弾だ」
マックス様が冷静に分析します。
「ひ、人殺しーっ! あんたのせいで家が燃えちゃうじゃない!」
シルヴィア様がヒステリックに叫びましたが、ロッテが間髪入れずに言い返しました。
「違いますよぉ! お嬢様は説明書(図面)を大事にしてたのに、それをゴミ扱いして追い出したのはそっちじゃないですか! ……説明書を読まずに機械を壊して、メーカーに文句言うのはクレーマーって言うんですよ!」
会場の貴族たちが、うんうんと頷いています。
彼らもまた、家の修繕で図面の重要性を知っているからです。
「殿下。……建物というものは、完成した瞬間からブラックボックスになります。壁の裏側を見ることはできません」
私は鞄を閉じました。
「その見えない部分を管理し、記録し、守り続けることこそが、家主の責任であり、愛です。……見た目だけの愛を語り、中身(インフラ)を軽視したあなたに、あの家を維持する資格は最初からなかったのです」
「あ……、あぁ……」
殿下は膝から崩れ落ちました。
遠くで、鈍い音が響きました。
おそらく、屋敷の一部がガス爆発で吹き飛んだ音でしょう。
カビて、傾き、毒を含み、そして自ら爆発した愛の巣。
それは、レイモンド殿下の王位継承権と共に、文字通り灰燼に帰そうとしていました。
「さて、裁判長。……証拠は出揃いました。判決をお願いいたします」
私の声が、静まり返った法廷に凛と響きました。
これ以上の議論は不要。
物理法則が、すでに彼らを裁いてしまったのですから……。
レイモンド殿下は、法廷中に響く大声で鼻を鳴らしました。
私が提示した最後の懸念――図面の欠如に対して、彼は全く危機感を抱いていないようです。
「家を解体するなり、修理するなり、壁をぶち壊せば中身は見えるだろう! いちいち紙を見ながら作業するなど、三流の職人がすることだ!」
「……三流、ですか」
私は呆れて溜息をつきました。
「殿下。現代建築において、壁の中は内臓のように複雑です。上水道、下水道、ガス管、電気配線……。それらが絡み合うように埋設されています。……外科医が何も見ずにメスを入れたらどうなるか、想像できませんか?」
「うるさい! 私の勘があれば、危険な管など避けられる!」
その時でした。
大審問の間の重い扉が、礼儀も忘れて乱暴に開け放たれました。
飛び込んできたのは、煤だらけになり、顔面蒼白で息を切らした王宮の衛兵でした。
「ほ、報告しますッ!! 緊急事態発生!!」
「なんだ騒がしい! 今は裁判中だぞ!」
裁判長が木槌を鳴らしますが、衛兵は構わず叫びました。
「レイモンド殿下のご新居で……、爆発事故です!!」
「は……?」
殿下の動きが止まりました。
会場全体が凍りつきます。
「ば、爆発だと!? 私の愛の巣が!?」
「は、はい! カビの生えた壁を張り替えるために、業者が壁を剥がそうとしてノミを打ち込んだところ……、壁の中に埋まっていたガス管を切断してしまったのです!」
衛兵の報告に、私は「やはり」と小さく頷きました。
「漏れ出したガスに、照明の火花が引火し……、小規模ですが爆発が起きました! 幸い負傷者は軽傷で済みましたが、屋敷内にはガスが充満しており、いつ大爆発してもおかしくない状況です! 現在、半径五百メートル以内の住民に避難勧告が出ています!」
「な、なんだとぉぉぉっ!?」
殿下が顔を抱えて絶叫しました。
隣のシルヴィア様も、「私のドレスが! 宝石がぁ!」と泣き叫びます。
「……申し上げた通りですわ」
私は静かに、しかし冷酷に告げました。
「あのお屋敷は、外観の美しさを優先するために、配管を柱の中や壁の隙間に無理やり押し込む隠蔽配管を行っています。……通常の住宅とは全く違う、不規則な場所にガス管が走っているのです」
私は自身のこめかみを指差しました。
「どこに何が埋まっているか。その正確な位置を知っているのは、現場監督として施工図を引いた私と……、私が持ち出した竣工図だけです」
「き、貴様……!」
殿下が血走った目で私を睨みました。
「知っていたのか! 知っていて黙っていたのか!」
「聞かれなかったので。それに、殿下は先ほど仰ったではありませんか。『紙を見ながら作業するのは三流だ』と」
私は肩をすくめました。
「一流の勘をお持ちの殿下が雇った業者なら、図面なしでも避けられると思っておりましたわ」
「ぐ、ぐぬぬ……! 出せ! 今すぐその図面を出せ! ガスを止めるバルブの位置だけでも教えろ!」
殿下はなりふり構わず叫びました。
屋敷が爆発すれば、資産価値ゼロどころか、近隣住民への賠償でマイナスになります。
王家の破産は確定的です。
しかし、私は首を横に振りました。
「お断りします」
「なっ……!?」
「先ほど申し上げました通り、私は不当に解雇され、契約に基づき知的財産を回収しただけです。……私の所有物である図面を、あなたに提供する義務はありません」
私はマックス様を見上げました。
「それに、もう手遅れですわね?」
「ああ。ガスが充満しているなら、うかつに近づけない。……あの屋敷はもう、誰にも止められない時限爆弾だ」
マックス様が冷静に分析します。
「ひ、人殺しーっ! あんたのせいで家が燃えちゃうじゃない!」
シルヴィア様がヒステリックに叫びましたが、ロッテが間髪入れずに言い返しました。
「違いますよぉ! お嬢様は説明書(図面)を大事にしてたのに、それをゴミ扱いして追い出したのはそっちじゃないですか! ……説明書を読まずに機械を壊して、メーカーに文句言うのはクレーマーって言うんですよ!」
会場の貴族たちが、うんうんと頷いています。
彼らもまた、家の修繕で図面の重要性を知っているからです。
「殿下。……建物というものは、完成した瞬間からブラックボックスになります。壁の裏側を見ることはできません」
私は鞄を閉じました。
「その見えない部分を管理し、記録し、守り続けることこそが、家主の責任であり、愛です。……見た目だけの愛を語り、中身(インフラ)を軽視したあなたに、あの家を維持する資格は最初からなかったのです」
「あ……、あぁ……」
殿下は膝から崩れ落ちました。
遠くで、鈍い音が響きました。
おそらく、屋敷の一部がガス爆発で吹き飛んだ音でしょう。
カビて、傾き、毒を含み、そして自ら爆発した愛の巣。
それは、レイモンド殿下の王位継承権と共に、文字通り灰燼に帰そうとしていました。
「さて、裁判長。……証拠は出揃いました。判決をお願いいたします」
私の声が、静まり返った法廷に凛と響きました。
これ以上の議論は不要。
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