殿下、その婚約破棄の宣言が、すべての崩壊の始まりだと気付いていますか?

水上

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第63話:共振の破壊

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「や、やめろ! 私の宮殿をこれ以上壊すな!」

 泥まみれのレイモンド殿下が、半泣きで私と壁の間に立ちはだかりました。
 彼の背後にあるのは、昨夜のパニックによる共振と、波の衝撃で半壊した壁です。

「壊すのではありません、解剖するのです」

 私はロッテから手渡された大型のハンマーを手に持ち、冷ややかに告げました。

「昨夜、人々が逃げ惑う足音の振動ごときで、なぜこれほど簡単に壁に亀裂が入り、窓枠が歪んだのか。……その原因は、この壁の中身にあります」

「中身だと? 最高級のコンクリートとレンガに決まっているだろう!」

「そうですか。では、見てみましょう」

 私はマックス様に目配せしました。
 マックス様が頷き、殿下の襟首を掴んでヒョイと横にどかします。

「退いていろ。……怪我をするぞ」

 マックス様が自らの大剣の腹を使い、既にひび割れていた壁の一部を強打しました。

 湿気を含んで脆くなっていた壁が、音を立てて崩れ落ちました。
 そして、その断面から、バラバラと何かがこぼれ落ちてきました。

「……えっ?」

 近くにいた新聞記者が、カメラを構えたまま固まりました。
 崩れた壁の中から出てきたのは、レンガでも石でもありません。

 錆びた空き缶。
 ボロボロの古靴。
 折れた木材の切れ端。
 そして、得体の知れないゴミ袋。

「き、汚いっ! なんですかこれぇ!?」

 シルヴィア様が悲鳴を上げて鼻をつまみます。
 壁の中からは、ヘドロの臭いとはまた違う、腐ったゴミの臭気が漂ってきました。

「建設廃棄物(産業廃棄物)ですわ」

 私はゴミの山を杖でつつきました。

「建物を建てる際、大量の廃材やゴミが出ます。本来なら、高いお金を払って専門の業者に処分させなければなりません。……ですが、予算をケチったり、業者が悪質だったりすると、こうやって壁の隙間や床下に埋めて隠すのです」

 私は古靴を拾い上げ、殿下の目の前に突きつけました。

「殿下。あなたが最高級の壁だと信じていたものは、ゴミをセメントで固めただけのゴミ箱の側面だったのですよ」

「う、嘘だ……。業者は『最新のエコリサイクル素材を使った』と言っていたぞ……」

「ええ。ゴミを再利用(リサイクル)して壁に埋めたのですから、嘘ではありませんね。……強度はスカスカですが」

 私はさらに、崩れたコンクリートの破片を拾い上げました。
 その破片からは、茶色い液体が染み出しており、中に入っている鉄筋はボロボロに錆びて痩せ細っていました。

「そして、これ。……マックス様、このコンクリートの破片を少し舐めてみていただけますか?」

「俺にか? ……まあ、毒ではないなら構わんが」

 マックス様は嫌な顔ひとつせず、破片を少し舐めました。そして、すぐにペッ! と吐き出しました。

「……しょっぱい。塩の味がするぞ」

「正解です」

 私は記者たちに向き直りました。

「コンクリートを作る際、砂が必要です。通常は塩分を含まない川砂を使いますが、川砂は高価です。……そこで、手抜き工事では、海辺でタダで手に入る海砂を、洗浄せずにそのまま使うことがあります」

「海砂……、ですか?」

「はい。海砂に含まれる塩分は、コンクリートの中の鉄筋を急速に錆びさせます。鉄は錆びると膨張しますから、内部からコンクリートを押し割り、破壊してしまうのです」

 これを塩害、あるいはコンクリートの癌と呼びます。

「昨夜の共振現象は、あくまでトドメの一撃に過ぎません。この建物は、建てられた瞬間から、内包されたゴミと塩分によって、内側から死んでいたのです」

 私は錆びてボロボロになった鉄筋を、手でポキリと折ってみせました。
 飴細工のように簡単に折れる鉄筋。

「これが、あなたの宮殿の骨格です。……ゴミを抱き、塩に蝕まれ、骨まで腐っている。王都の現状そのものですわね」

「あ、あぁぁ……」

 殿下はその場にへたり込みました。
 自分の命を守るはずの壁が、実は自分を欺くためのゴミ隠し場所だった。
 その事実は、彼のプライドを粉々に砕きました。

「詐欺だ……。私は騙されていたんだ……」

「騙されたのではありません。あなたが『安く、早く、見た目だけ良くしろ』と命じた結果、職人たちはプライドを捨てて、こういう仕事をするしかなかったのです」

 私は冷徹に告げました。

「職人の誇りを踏みにじった施主には、ゴミ屑の城がお似合いです」

 カメラのフラッシュが焚かれます。
 ゴミの山の上に座り込む王子と、錆びた鉄筋。
 その構図は、翌日の新聞の一面を飾り、「王家の腐敗、ここに極まれり」という見出しと共に、国中に拡散されることになります。

「さあ、解剖はまだ終わりませんわ」

 私は瓦礫の山から、一つの赤茶色のレンガを拾い上げました。
 そこには、微かに読み取れる刻印がありました。

「最後に出てくるのは、いつも過去の亡霊です。……このレンガが、トドメになりますわ」
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