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第68話:津波石の警告
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国王の退位と、マックス様による摂政就任が宣言された翌日。
私たちは再び、泥と瓦礫の山と化した新離宮の跡地に立っていました。
ただし、今回は調査のためではありません。
集まった大勢の貴族、市民、そして新聞記者たちに向けた、新政府としての最初の演説を行うためです。
「……まったく酷い有様だ。わずか一夜にして、夢の跡か」
マックス様が、半壊したコンクリートの塊を見つめながら呟きます。
青空の下、無残に砕けたガラスや、剥き出しになった錆びた鉄筋が、王政の終焉を象徴するように晒されています。
「皆様、ご覧ください」
私は瓦礫の山の上に立ち、よく通る声で呼びかけました。
ざわめきが止まり、全員の視線が私に集まります。
「この建物が崩壊したのは、単なる偶然や、嵐のせいだけではありません。……ここが、そもそも建物を建ててはいけない場所だったからです」
私は杖を振り上げ、敷地の奥――瓦礫の山から少し離れた高台にある、苔むした一つの巨石を指差しました。
直径三メートルほどの、黒くてゴツゴツした岩です。
レイモンド殿下が「庭の景観を損ねるからどかせろ」と命じ、しかし重すぎて動かせなかったため、仕方なく放置されていた岩でした。
「あそこに岩があるのが見えますか?」
「ああ、見えるぞ。……ただの岩じゃないか?」
「いいえ、ただの岩ではありません。あれは津波石です」
「ツナミ……、イシ?」
「はい。地質学における災害の記憶装置です」
私は解説を始めました。
「あの巨大な岩は、このあたりの地層の岩石とは成分が異なります。海底にあった珊瑚石灰岩です。……つまり、数百年前の巨大地震によって発生した大津波が、あの岩を海底から引き剥がし、あの高さまではるばる運んできたのです」
人々が息を飲み、岩と海を見比べます。
今の穏やかな海からは想像もつきませんが、かつてあの高さまで波が押し寄せたという証拠です。
「先人たちは、あの岩を動かさず、そこに残しました。それは『ここより下に家を建てるな』という、未来への警告だったのです」
私は足元の瓦礫――レイモンド殿下が無理やり埋め立てて作った平地を踏みしめました。
「しかし、旧王家はその警告を無視しました。『眺めが良いから』『海に近いから』という浅はかな理由で、自然が引いた死の境界線を踏み越えたのです」
静まり返った聴衆の中に、戦慄が走りました。
彼らが昨日まで宴を楽しんでいた場所は、過去に何度も海に飲み込まれた死地だったのです。
「自然を侮り、過去の教訓(データ)を無視した設計は、必ず破綻します。……今回の崩壊は、起こるべくして起きた人災なのです」
私はマックス様に向き直りました。
ここからは、新しいリーダーの出番です。
マックス様は深く頷き、前に進み出ました。
「民よ、聞け!」
その声は、海風にも負けないほど力強く、腹の底に響きました。
「俺たちは、もう二度とこのような過ちは犯さない! 見栄のために安全を犠牲にし、自然の摂理を無視するような政治は、今日で終わりだ!」
マックス様は腰の剣を抜き、高らかに掲げました。
それは戦いのためではなく、決意表明のための掲剣です。
「アイゼンガルドの新政権は、科学と論理、そして民の安全を最優先とする! 俺たちが築くのは、砂上の楼閣ではない! 百年、千年先まで揺るがない、強固な礎だ!」
「おおおっ……!!」
民衆から歓声が沸き起こりました。
それは、昨日のような怒りのシュプレヒコールではありません。
新しい時代への期待と、頼れる指導者への信頼に満ちた、熱い叫びです。
「ジュリアンナ!」
マックス様が私を呼びました。
「君を国家筆頭設計士に任命する! この腐敗した王都を解体し、一から設計し直してくれ!」
「……謹んで、お受けいたします」
私は優雅にカーテシーを行いました。
ついに、公式に権限が与えられました。
もう元婚約者の嫌がらせとしてコソコソ動く必要はありません。
国全体の予算と人材を使って、堂々とリノベーションができるのです。
「お嬢様! おめでとうございます! ついに国ごとリフォームですね!」
ロッテが感動して鼻をすすりながら、ハンカチを振っています。
「ええ、ロッテ。……忙しくなりますよ」
私は手帳を開き、最初の指示を書き込みました。
「まずはハザードマップ(災害予測地図)の作成です。津波石、地滑りの痕跡、液状化危険地帯……。王都に潜むすべてのリスクを洗い出し、居住可能エリアを再定義します」
私は瓦礫の山を見下ろしました。
「そして、この新離宮の跡地は……、メモリアル・パーク(防災公園)にします」
「公園、ですか?」
「はい。この津波石をモニュメントとして残し、誰もが海を眺められる場所にします。……二度とここに家を建てさせないために、みんなの憩いの場にしてしまうのが一番の防災ですから」
拍手喝采の中、私は青い海を見つめました。
かつて私を拒絶した海は、今は穏やかに凪いでいます。
正しい知識を持って接すれば、自然は敵ではありません。
「さあ、瓦礫の撤去開始です! ……アスベスト対策を忘れずに!」
私の号令と共に、アイゼンガルドから連れてきた工兵隊と、職を求めて集まった王都の市民たちが一斉に動き出しました。
破壊の音ではなく、再生の槌音が、新しい王都の空に響き渡り始めました。
私たちは再び、泥と瓦礫の山と化した新離宮の跡地に立っていました。
ただし、今回は調査のためではありません。
集まった大勢の貴族、市民、そして新聞記者たちに向けた、新政府としての最初の演説を行うためです。
「……まったく酷い有様だ。わずか一夜にして、夢の跡か」
マックス様が、半壊したコンクリートの塊を見つめながら呟きます。
青空の下、無残に砕けたガラスや、剥き出しになった錆びた鉄筋が、王政の終焉を象徴するように晒されています。
「皆様、ご覧ください」
私は瓦礫の山の上に立ち、よく通る声で呼びかけました。
ざわめきが止まり、全員の視線が私に集まります。
「この建物が崩壊したのは、単なる偶然や、嵐のせいだけではありません。……ここが、そもそも建物を建ててはいけない場所だったからです」
私は杖を振り上げ、敷地の奥――瓦礫の山から少し離れた高台にある、苔むした一つの巨石を指差しました。
直径三メートルほどの、黒くてゴツゴツした岩です。
レイモンド殿下が「庭の景観を損ねるからどかせろ」と命じ、しかし重すぎて動かせなかったため、仕方なく放置されていた岩でした。
「あそこに岩があるのが見えますか?」
「ああ、見えるぞ。……ただの岩じゃないか?」
「いいえ、ただの岩ではありません。あれは津波石です」
「ツナミ……、イシ?」
「はい。地質学における災害の記憶装置です」
私は解説を始めました。
「あの巨大な岩は、このあたりの地層の岩石とは成分が異なります。海底にあった珊瑚石灰岩です。……つまり、数百年前の巨大地震によって発生した大津波が、あの岩を海底から引き剥がし、あの高さまではるばる運んできたのです」
人々が息を飲み、岩と海を見比べます。
今の穏やかな海からは想像もつきませんが、かつてあの高さまで波が押し寄せたという証拠です。
「先人たちは、あの岩を動かさず、そこに残しました。それは『ここより下に家を建てるな』という、未来への警告だったのです」
私は足元の瓦礫――レイモンド殿下が無理やり埋め立てて作った平地を踏みしめました。
「しかし、旧王家はその警告を無視しました。『眺めが良いから』『海に近いから』という浅はかな理由で、自然が引いた死の境界線を踏み越えたのです」
静まり返った聴衆の中に、戦慄が走りました。
彼らが昨日まで宴を楽しんでいた場所は、過去に何度も海に飲み込まれた死地だったのです。
「自然を侮り、過去の教訓(データ)を無視した設計は、必ず破綻します。……今回の崩壊は、起こるべくして起きた人災なのです」
私はマックス様に向き直りました。
ここからは、新しいリーダーの出番です。
マックス様は深く頷き、前に進み出ました。
「民よ、聞け!」
その声は、海風にも負けないほど力強く、腹の底に響きました。
「俺たちは、もう二度とこのような過ちは犯さない! 見栄のために安全を犠牲にし、自然の摂理を無視するような政治は、今日で終わりだ!」
マックス様は腰の剣を抜き、高らかに掲げました。
それは戦いのためではなく、決意表明のための掲剣です。
「アイゼンガルドの新政権は、科学と論理、そして民の安全を最優先とする! 俺たちが築くのは、砂上の楼閣ではない! 百年、千年先まで揺るがない、強固な礎だ!」
「おおおっ……!!」
民衆から歓声が沸き起こりました。
それは、昨日のような怒りのシュプレヒコールではありません。
新しい時代への期待と、頼れる指導者への信頼に満ちた、熱い叫びです。
「ジュリアンナ!」
マックス様が私を呼びました。
「君を国家筆頭設計士に任命する! この腐敗した王都を解体し、一から設計し直してくれ!」
「……謹んで、お受けいたします」
私は優雅にカーテシーを行いました。
ついに、公式に権限が与えられました。
もう元婚約者の嫌がらせとしてコソコソ動く必要はありません。
国全体の予算と人材を使って、堂々とリノベーションができるのです。
「お嬢様! おめでとうございます! ついに国ごとリフォームですね!」
ロッテが感動して鼻をすすりながら、ハンカチを振っています。
「ええ、ロッテ。……忙しくなりますよ」
私は手帳を開き、最初の指示を書き込みました。
「まずはハザードマップ(災害予測地図)の作成です。津波石、地滑りの痕跡、液状化危険地帯……。王都に潜むすべてのリスクを洗い出し、居住可能エリアを再定義します」
私は瓦礫の山を見下ろしました。
「そして、この新離宮の跡地は……、メモリアル・パーク(防災公園)にします」
「公園、ですか?」
「はい。この津波石をモニュメントとして残し、誰もが海を眺められる場所にします。……二度とここに家を建てさせないために、みんなの憩いの場にしてしまうのが一番の防災ですから」
拍手喝采の中、私は青い海を見つめました。
かつて私を拒絶した海は、今は穏やかに凪いでいます。
正しい知識を持って接すれば、自然は敵ではありません。
「さあ、瓦礫の撤去開始です! ……アスベスト対策を忘れずに!」
私の号令と共に、アイゼンガルドから連れてきた工兵隊と、職を求めて集まった王都の市民たちが一斉に動き出しました。
破壊の音ではなく、再生の槌音が、新しい王都の空に響き渡り始めました。
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