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第70話:スラムのジェントリフィケーション
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「……さて。悪臭の元(硫化水素)は中和しました。次は、この街の価値を反転させますわよ」
王都の東端、スラム街。
アイゼンガルドから呼び寄せた土木工兵隊と、土壌改良機(巨大な撹拌ブレードをつけた魔導重機)が唸りを上げています。
有毒ガスを放っていた黒い泥山に、大量の生石灰が投入され、凄まじい水蒸気が上がっていました。
「わぁっ! お嬢様、地面が沸騰してます! 巨大な蒸しパンを作ってるみたいです!」
ロッテが歓声を上げます。
化学反応熱によって水分が飛び、ドロドロだった汚泥が、サラサラの乾いた土へと変わっていく様は、確かに魔法のように見えます。
「これで改良土の完成です。……さあ、これを敷き詰めなさい!」
私の号令で、工兵たちが改良土をスラムのぬかるんだ路地に撒き、ローラーで転圧していきます。
これまで足首まで埋まる泥道だった場所が、みるみるうちに平坦で歩きやすい舗装路へと変わっていきました。
それを見ていたスラムの住民たちが、おずおずと近づいてきました。
「すげぇ……。俺たちの道が、固くなったぞ」
「靴が汚れないなんて、何年ぶりだ……?」
彼らは薄汚れた服を着て、痩せこけていますが、その目には驚きと、微かな希望の光が宿り始めていました。
「住民の皆様、聞いてください」
私は瓦礫の上に立ち、声を張り上げました。
「私はこのエリアを、王都で最も美しい芸術と流行の最先端地区に作り変えます」
「はぁ? 芸術だぁ?」
「俺たちを追い出す気か! 金持ちの街にするつもりだろう!」
住民の中から反発の声が上がります。
当然です。
ジェントリフィケーション(地域の高級化)は、往々にして元々の住民を家賃高騰で追い出す結果になりますから。
「いいえ。追い出しはしません」
私は地図を広げました。
「あなた方には、ここで働いていただきます。……この街の建設作業員として、そして新しくできる工房の職人として」
「俺たちが……、職人?」
「ええ。アイゼンガルドの熟練工たちが技術を教えます。給料も正規の金額をお支払いします。その代わり……」
私はニヤリと笑いました。
「その薄汚れた小屋は取り壊します。代わりに、私が設計した集合住宅に入居していただきます。もちろん、家賃は給料から天引きで構いません」
安全な家。
定職。そして綺麗な水と道。
スラムの住民にとって、それは夢物語のような提案でした。
「やる! やらせてくれ!」
「俺は力仕事なら自信があるぞ!」
歓声が上がります。
彼らは怠惰だったのではなく、機会を与えられていなかっただけなのです。
その様子を、物陰からじっと見ている二つの影がありました。
レイモンド殿下とシルヴィア様です。
二人は硫化水素の解毒剤(ロッテが配ったビネガー水)を飲んで落ち着いたものの、顔色は土気色のままです。
「……なんなんだ、あれは」
殿下が震える声で呟きます。
「私があんなに蔑んでいたスラムの連中が……、ジュリアンナにひれ伏している。……私の時には、石を投げてきたくせに!」
「悔しい……! あの子、また新しい街を作る気なの!? 私たちをこんなボロ屋に押し込んでおいて!」
シルヴィア様が地団駄を踏みますが、泥が跳ねて自分の足を汚すだけです。
「……おい、お前たち」
マックス様が、二人に気づいて近づいてきました。
その巨大な影に、二人は「ひっ」と身を縮こまらせました。
「文句があるなら、お前たちも働け。……ジュリアンナは『誰にでも機会を与える』と言った。元王族だろうが、ここでは労働力の一つだ」
「は、働けだと!? この私に土運びをしろと言うのか!?」
「嫌よ! 爪が割れちゃう!」
「なら、そこで指をくわえて見ていろ」
マックス様は冷たく言い放ちました。
「ただし、この街は急速に発展する。……働かざる者が住める場所は、どんどんなくなっていくぞ」
「う、うぅ……」
二人は何も言い返せませんでした。
目の前では、かつて自分たちが捨てた残土が、新しい道路の基礎として再利用されています。
ゴミだと思っていたものが、価値あるものに変わっていく。
逆に、宝石だと思っていた自分たちが、社会のゴミになりつつある。
その残酷な対比が、彼らを打ちのめしました。
「さあ、ロッテ。……仕上げにモデルルームを作りますよ」
私は殿下たちを無視して、大工たちに指示を出しました。
「古いレンガ倉庫をリノベーションして、一階をお洒落なカフェ、二階を住居にします。……コンセプトはブルックリン・スタイル。古さを活かした、無骨でカッコいい街並みです」
「はいっ! カフェのメニューは任せてください!」
数日後。
新聞の一面には、こんな見出しが躍りました。
『王都の最貧地区、劇的再生! 若者たちが殺到する「流行の発信地」へ!』
『貴族街はもう古い? 今は「イースト・サイド」が熱い!』
スラムのジェントリフィケーションは成功しました。
かつて人々が鼻をつまんで通り過ぎた場所は、今や誰もが憧れるブランド・エリアへと変貌を遂げようとしていました。
そして、開発の波に取り残された、とある長屋だけが、時代遅れの廃墟のように、ポツンと取り残されることになるのです……。
王都の東端、スラム街。
アイゼンガルドから呼び寄せた土木工兵隊と、土壌改良機(巨大な撹拌ブレードをつけた魔導重機)が唸りを上げています。
有毒ガスを放っていた黒い泥山に、大量の生石灰が投入され、凄まじい水蒸気が上がっていました。
「わぁっ! お嬢様、地面が沸騰してます! 巨大な蒸しパンを作ってるみたいです!」
ロッテが歓声を上げます。
化学反応熱によって水分が飛び、ドロドロだった汚泥が、サラサラの乾いた土へと変わっていく様は、確かに魔法のように見えます。
「これで改良土の完成です。……さあ、これを敷き詰めなさい!」
私の号令で、工兵たちが改良土をスラムのぬかるんだ路地に撒き、ローラーで転圧していきます。
これまで足首まで埋まる泥道だった場所が、みるみるうちに平坦で歩きやすい舗装路へと変わっていきました。
それを見ていたスラムの住民たちが、おずおずと近づいてきました。
「すげぇ……。俺たちの道が、固くなったぞ」
「靴が汚れないなんて、何年ぶりだ……?」
彼らは薄汚れた服を着て、痩せこけていますが、その目には驚きと、微かな希望の光が宿り始めていました。
「住民の皆様、聞いてください」
私は瓦礫の上に立ち、声を張り上げました。
「私はこのエリアを、王都で最も美しい芸術と流行の最先端地区に作り変えます」
「はぁ? 芸術だぁ?」
「俺たちを追い出す気か! 金持ちの街にするつもりだろう!」
住民の中から反発の声が上がります。
当然です。
ジェントリフィケーション(地域の高級化)は、往々にして元々の住民を家賃高騰で追い出す結果になりますから。
「いいえ。追い出しはしません」
私は地図を広げました。
「あなた方には、ここで働いていただきます。……この街の建設作業員として、そして新しくできる工房の職人として」
「俺たちが……、職人?」
「ええ。アイゼンガルドの熟練工たちが技術を教えます。給料も正規の金額をお支払いします。その代わり……」
私はニヤリと笑いました。
「その薄汚れた小屋は取り壊します。代わりに、私が設計した集合住宅に入居していただきます。もちろん、家賃は給料から天引きで構いません」
安全な家。
定職。そして綺麗な水と道。
スラムの住民にとって、それは夢物語のような提案でした。
「やる! やらせてくれ!」
「俺は力仕事なら自信があるぞ!」
歓声が上がります。
彼らは怠惰だったのではなく、機会を与えられていなかっただけなのです。
その様子を、物陰からじっと見ている二つの影がありました。
レイモンド殿下とシルヴィア様です。
二人は硫化水素の解毒剤(ロッテが配ったビネガー水)を飲んで落ち着いたものの、顔色は土気色のままです。
「……なんなんだ、あれは」
殿下が震える声で呟きます。
「私があんなに蔑んでいたスラムの連中が……、ジュリアンナにひれ伏している。……私の時には、石を投げてきたくせに!」
「悔しい……! あの子、また新しい街を作る気なの!? 私たちをこんなボロ屋に押し込んでおいて!」
シルヴィア様が地団駄を踏みますが、泥が跳ねて自分の足を汚すだけです。
「……おい、お前たち」
マックス様が、二人に気づいて近づいてきました。
その巨大な影に、二人は「ひっ」と身を縮こまらせました。
「文句があるなら、お前たちも働け。……ジュリアンナは『誰にでも機会を与える』と言った。元王族だろうが、ここでは労働力の一つだ」
「は、働けだと!? この私に土運びをしろと言うのか!?」
「嫌よ! 爪が割れちゃう!」
「なら、そこで指をくわえて見ていろ」
マックス様は冷たく言い放ちました。
「ただし、この街は急速に発展する。……働かざる者が住める場所は、どんどんなくなっていくぞ」
「う、うぅ……」
二人は何も言い返せませんでした。
目の前では、かつて自分たちが捨てた残土が、新しい道路の基礎として再利用されています。
ゴミだと思っていたものが、価値あるものに変わっていく。
逆に、宝石だと思っていた自分たちが、社会のゴミになりつつある。
その残酷な対比が、彼らを打ちのめしました。
「さあ、ロッテ。……仕上げにモデルルームを作りますよ」
私は殿下たちを無視して、大工たちに指示を出しました。
「古いレンガ倉庫をリノベーションして、一階をお洒落なカフェ、二階を住居にします。……コンセプトはブルックリン・スタイル。古さを活かした、無骨でカッコいい街並みです」
「はいっ! カフェのメニューは任せてください!」
数日後。
新聞の一面には、こんな見出しが躍りました。
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