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第79話:シルヴィアの没落
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「パパ! 開けてよパパ! 私よ、シルヴィアよ!」
王都の商業区。
かつては飛ぶ鳥を落とす勢いだったシルバー商会の本店前で、薄汚れたドレスを着たシルヴィア様が、固く閉ざされたシャッターをバンバンと叩いていました。
レイモンド殿下(今はただのレイモンド)と共にスラムへ追放され、日銭を稼ぐ労働に耐えられなくなった彼女は、最後の希望である実家へ助けを求めたのです。
「お願い、中に入れて! お風呂に入りたいの! 美味しいご飯が食べたいのよぉ!」
彼女の悲痛な叫びに応えるように、シャッターの小窓がガラリと開きました。
そこから顔を覗かせたのは、彼女の父親であるシルバー男爵……、いえ、今は破産した元・会頭でした。
「うるさい! 大声を出すな! 借金取りが来るだろうが!」
「パパ! ひどい、娘を閉め出すなんて! 早くお金ちょうだい! また王子様を見つけてやり直すから!」
「バカ言え! お前のせいでウチは潰れたんだぞ! 王太子妃の実家という看板だけで商売してたのに、お前が廃嫡されたせいで信用ガタ落ちだ!」
父親は血走った目で怒鳴りました。
「在庫の山をどうしてくれる! お前が『もっと作れ、もっと売れ』って言った化粧品も、ドレスも、全部ゴミだ! もうお前にやる金なんかない! 二度と来るな!」
小窓が無慈悲に閉められました。
「パ、パパ……? 嘘でしょ……?」
シルヴィア様はその場にへたり込みました。
家族の縁すら、金の切れ目が縁の切れ目。
彼女が頼りにしていた愛情は、経済的利害関係の上に成り立っていた脆いものでした。
「……見苦しいですわね」
呆然とする彼女の背後に、私とマックス様、そしてロッテが立ちました。
私たちは、倒産したシルバー商会の資産査定に来ていたのです。
「ジュ、ジュリアンナ……! あんたのせいよ! あんたがパパのお店を潰したのよ!」
シルヴィア様が私に掴みかかろうとしますが、マックス様の眼光に射すくめられて動けません。
「私のせいではありません。……原因は、この臭いにあります」
私はハンカチで鼻を覆いました。
商会の倉庫から漂ってくる、鼻を突くような油っぽい悪臭。
「うぅ……。これ、古い台所の雑巾の臭いがしますぅ」
ロッテが顔をしかめます。
「ええ。これは劣化した油の臭いです」
私は倉庫の扉を開けさせました(債権者代表の権限です)。
中には、売れ残った美容オイルやクリームの瓶が山積みにされていました。
「シルバー商会は、在庫管理を怠っていました。売れ残った古い商品を、新しい瓶に詰め替えて新品として売っていたのでしょう?」
私は一本の瓶を開け、中の液体を垂らしました。
黄色く変色し、ベトベトしています。
「油に含まれるリノール酸などの不飽和脂肪酸は、空気中の酸素と反応して過酸化脂質に変化します。……これが悪臭の元凶であり、肌にとっては毒です」
「ど、毒……?」
シルヴィア様が自分の頬に手を当てました。
「酸化した油は、活性酸素を発生させ、皮膚の細胞を傷つけます。シミ、シワ、色素沈着……、つまり老化を加速させるのです」
私は冷徹に告げました。
「シルヴィア様。あなたの肌が荒れたのは、ヒ素入り白粉のせいだけではありません。お父様が売りつけたこの腐った油を、高級品だと信じて塗りたくっていたからです」
「……え?」
「お父様は知っていたはずです。在庫処分品を、一番の上客(カモ)である娘に押し付けていたのですよ」
「う、嘘よ……、パパが、私にゴミを……?」
シルヴィア様の顔色が蒼白になります。
愛されていると信じていた父親に、実は在庫処分のゴミ箱扱いされていた。
その事実は、彼女の心を粉々に砕きました。
「商売の基本は信用です。腐った商品を売る店は、私が何もしなくても、いずれ潰れていました」
私は倉庫係に指示を出しました。
「この在庫は全て廃棄処分。……ただし、瓶だけは洗浄してリサイクルします。アイゼンガルド産の新鮮なスクワランオイルを詰めて売り出しましょう」
「は、はいっ!」
「待って……、私の家……、私の居場所は……?」
シルヴィア様が震える声で尋ねます。
「ありませんよ。ここも差し押さえ物件です」
私は背を向けました。
「あなたに残された道は一つ。……スラムに戻り、レイモンドと共に一からやり直すことです。今度は、親の七光りでも、王子の威光でもなく、あなた自身の力でね」
「いやぁぁぁ! 働きたくないぃぃ!」
泣き叫ぶシルヴィア様を残し、私たちは次の現場へと向かいました。
彼女の実家は解体され、その跡地には、アイゼンガルドの健全な商品を扱う新しいアンテナショップが建つ予定です。
古い油が拭き取られ、新しい風が吹き込む。
王都の経済もまた、正常な新陳代謝を取り戻しつつありました。
王都の商業区。
かつては飛ぶ鳥を落とす勢いだったシルバー商会の本店前で、薄汚れたドレスを着たシルヴィア様が、固く閉ざされたシャッターをバンバンと叩いていました。
レイモンド殿下(今はただのレイモンド)と共にスラムへ追放され、日銭を稼ぐ労働に耐えられなくなった彼女は、最後の希望である実家へ助けを求めたのです。
「お願い、中に入れて! お風呂に入りたいの! 美味しいご飯が食べたいのよぉ!」
彼女の悲痛な叫びに応えるように、シャッターの小窓がガラリと開きました。
そこから顔を覗かせたのは、彼女の父親であるシルバー男爵……、いえ、今は破産した元・会頭でした。
「うるさい! 大声を出すな! 借金取りが来るだろうが!」
「パパ! ひどい、娘を閉め出すなんて! 早くお金ちょうだい! また王子様を見つけてやり直すから!」
「バカ言え! お前のせいでウチは潰れたんだぞ! 王太子妃の実家という看板だけで商売してたのに、お前が廃嫡されたせいで信用ガタ落ちだ!」
父親は血走った目で怒鳴りました。
「在庫の山をどうしてくれる! お前が『もっと作れ、もっと売れ』って言った化粧品も、ドレスも、全部ゴミだ! もうお前にやる金なんかない! 二度と来るな!」
小窓が無慈悲に閉められました。
「パ、パパ……? 嘘でしょ……?」
シルヴィア様はその場にへたり込みました。
家族の縁すら、金の切れ目が縁の切れ目。
彼女が頼りにしていた愛情は、経済的利害関係の上に成り立っていた脆いものでした。
「……見苦しいですわね」
呆然とする彼女の背後に、私とマックス様、そしてロッテが立ちました。
私たちは、倒産したシルバー商会の資産査定に来ていたのです。
「ジュ、ジュリアンナ……! あんたのせいよ! あんたがパパのお店を潰したのよ!」
シルヴィア様が私に掴みかかろうとしますが、マックス様の眼光に射すくめられて動けません。
「私のせいではありません。……原因は、この臭いにあります」
私はハンカチで鼻を覆いました。
商会の倉庫から漂ってくる、鼻を突くような油っぽい悪臭。
「うぅ……。これ、古い台所の雑巾の臭いがしますぅ」
ロッテが顔をしかめます。
「ええ。これは劣化した油の臭いです」
私は倉庫の扉を開けさせました(債権者代表の権限です)。
中には、売れ残った美容オイルやクリームの瓶が山積みにされていました。
「シルバー商会は、在庫管理を怠っていました。売れ残った古い商品を、新しい瓶に詰め替えて新品として売っていたのでしょう?」
私は一本の瓶を開け、中の液体を垂らしました。
黄色く変色し、ベトベトしています。
「油に含まれるリノール酸などの不飽和脂肪酸は、空気中の酸素と反応して過酸化脂質に変化します。……これが悪臭の元凶であり、肌にとっては毒です」
「ど、毒……?」
シルヴィア様が自分の頬に手を当てました。
「酸化した油は、活性酸素を発生させ、皮膚の細胞を傷つけます。シミ、シワ、色素沈着……、つまり老化を加速させるのです」
私は冷徹に告げました。
「シルヴィア様。あなたの肌が荒れたのは、ヒ素入り白粉のせいだけではありません。お父様が売りつけたこの腐った油を、高級品だと信じて塗りたくっていたからです」
「……え?」
「お父様は知っていたはずです。在庫処分品を、一番の上客(カモ)である娘に押し付けていたのですよ」
「う、嘘よ……、パパが、私にゴミを……?」
シルヴィア様の顔色が蒼白になります。
愛されていると信じていた父親に、実は在庫処分のゴミ箱扱いされていた。
その事実は、彼女の心を粉々に砕きました。
「商売の基本は信用です。腐った商品を売る店は、私が何もしなくても、いずれ潰れていました」
私は倉庫係に指示を出しました。
「この在庫は全て廃棄処分。……ただし、瓶だけは洗浄してリサイクルします。アイゼンガルド産の新鮮なスクワランオイルを詰めて売り出しましょう」
「は、はいっ!」
「待って……、私の家……、私の居場所は……?」
シルヴィア様が震える声で尋ねます。
「ありませんよ。ここも差し押さえ物件です」
私は背を向けました。
「あなたに残された道は一つ。……スラムに戻り、レイモンドと共に一からやり直すことです。今度は、親の七光りでも、王子の威光でもなく、あなた自身の力でね」
「いやぁぁぁ! 働きたくないぃぃ!」
泣き叫ぶシルヴィア様を残し、私たちは次の現場へと向かいました。
彼女の実家は解体され、その跡地には、アイゼンガルドの健全な商品を扱う新しいアンテナショップが建つ予定です。
古い油が拭き取られ、新しい風が吹き込む。
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追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
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