妹に婚約者を奪われた上に断罪されていたのですが、それが公爵様からの溺愛と逆転劇の始まりでした

水上

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第7話:混紡のような二人

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 実験室の窓から差し込む午後の日差しが、机の上に広げられた一枚の布を照らし出していた。
 それは、クロード領の未来を担う試作品第一号だった。

「……素晴らしいです、アレックス様」

 ソフィアは、その布の感触を確かめるように何度も指を滑らせた。
 経糸に領地特産のイラクサを、緯糸に輸入した綿(コットン)を使用した、交織生地だ。

「イラクサだけでは少し硬くてチクチクしますが、綿が混ざることでふっくらとしています。それでいて、綿だけの布よりずっと丈夫で、張りがある……。これなら、ドレスにも作業着にも使えます」

 ソフィアの瞳が輝く。
 イラクサの強靭さと光沢、綿の柔らかさと吸湿性。互いの長所を引き出し合ったハイブリッドな布の完成だ。

「強度テストの結果も良好だ。引張強度は綿100%の1.5倍。吸水速度も申し分ない。……だが」

 アレックスは満足げに頷きつつ、ふとソフィアの顔を覗き込んだ。

「ソフィア。さっきから、布を褒めてばかりで、自分を褒めようとしないな」

「え……? 私、ですか?」

 ソフィアは戸惑い、視線を伏せた。

「私は、何もしていませんから。イラクサを繊維にする化学処理を考えたのはアレックス様ですし、綿の配合率を計算したのもアレックス様です。私はただ、言われた通りに織機を動かして、手触りを確認しただけで……」

 言葉尻が小さくなっていく。
 成功すればするほど、ソフィアの心には小さな影が落ちていた。

 アレックスは天才だ。
 次々と革新的なアイデアを出し、領地を救っていく。

 それに比べて自分はどうだ。
 実家を追い出された、ただの裁縫好きな小娘に過ぎない。
 いつか彼にとって不要になるのではないか――そんな不安が、胸の奥でフェルトのように固まっていた。

「……やれやれ。君の自己評価の低さは、どうしようもないレベルだな」

 アレックスは呆れたように溜息をつくと、椅子から立ち上がった。
 そして、ソフィアの隣に歩み寄り、机の上の布を指差した。

「ソフィア。この布がなぜ優れているか、論理的に説明できるか?」

「えっと……。二つの素材が、混ざっているから、でしょうか」

「そうだ。だが、ただ混ぜればいいというものではない」

 彼は実験台の隅にあった、失敗作の糸くずを摘み上げた。

「イラクサだけでは強すぎる。肌を傷つけ、染色もしにくい。逆に、綿だけでは弱すぎる。すぐにヨレて、頼りない。……単独では、どちらも不完全な素材だ」

 アレックスは、その鋭い銀色の瞳でソフィアを真っ直ぐに見つめた。

「人間も同じだ」

「人間、ですか?」

「ああ。例えば私だ。私は論理と効率を愛するが、それゆえに他人の感情を逆撫でする。社会的な風合いは最悪だ。まるで、未加工の麻縄のようにな」

 自嘲気味に言う彼に、ソフィアは慌てて首を横に振った。

「そんなことありません! アレックス様は、誰よりも賢くて、領民のために……」

「そして君だ」

 アレックスはソフィアの言葉を遮り、彼女の手をそっと取った。

「君は綿のように柔らかく、誰かの涙や痛みを吸い取ることができる。だが、その分、傷つきやすく、汚れを溜め込みやすい。……あの王子に捨てられた時のように、簡単に引き裂かれてしまう」

 痛いところを突かれ、ソフィアは息を呑んだ。
 けれど、握られた手は温かかった。

「だからこそ、私と君はお互いを補完できる」

 アレックスは、ソフィアの手を自分の頬に寄せた。
 普段の皮肉屋な彼からは想像もできないほど、穏やかな声だった。

「僕と君の相性は、綿とポリエステルの混紡率くらい完璧だ。お互いの欠点を補い合っている」

「……ポリエステル?」

 ソフィアは瞬きをした。

「ああ、石油から作る最強の化学繊維。強くて、シワにならず、半永久的に朽ちない。……まあ、私のような可愛げのない素材だよ」

 アレックスは少し照れくさそうに笑った。

「私が強さを提供し、君が優しさを提供する。私が骨組みを作り、君がそこに彩りを与える。そうやって織り上げた関係なら、どんな圧力がかかっても破れることはない」

 彼はソフィアの瞳を覗き込み、囁いた。

「君はただの助手ではない。私という硬質な素材を、人が触れられる布に変えてくれる、唯一の緩衝材だ。……自信を持ってくれ。私が選んだ君なのだから」

 論理的で、少し回りくどくて、でも最高に温かい肯定の言葉。
 ソフィアの目から、ぽろりと涙がこぼれた。

「……はい。……はいっ!」 

「おいおい、泣くな。綿は吸水性が高いと言ったばかりだろう。私のシャツまで濡れてしまう」

 困ったように言いながらも、アレックスはハンカチを取り出し、不器用な手つきでソフィアの涙を拭った。

「……これからは、二人の配合率を調整していこう。最高の人生を織り上げるためにな」

 ソフィアは涙でにじむ視界の中、大きく頷いた。
 机の上に置かれた試作品の布は、二人の未来を象徴するように、夕陽を浴びて優しく輝いていた。
 
 ――こうして、イラクサと綿の混紡布はソフィア・クロスと名付けられ、後にクロード領の看板商品として世界中を席巻することになるのだった。
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