妹に婚約者を奪われた上に断罪されていたのですが、それが公爵様からの溺愛と逆転劇の始まりでした

水上

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第20話:分業の提案

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 平民の絹にクロード・レース、そして中空繊維の肌着。
 次々とヒットを飛ばすクロード公爵家の工場は、嬉しい悲鳴を通り越して、断末魔のような叫びを上げていた。

「もう限界です! これ以上、注文を受けないでください!」

 工場長の悲痛な訴えが、騒音と熱気に満ちた作業場に響き渡る。

 熟練の縫製職人たちが目の下に隈を作り、血走った目で針を動かしているが、山積みになった注文書の山は一向に減らない。

「職人が足りません! 一人前の仕立て屋になるには十年はかかるんです。新入りを入れても、すぐに戦力にはなりません!」

 ソフィアは胸を痛めていた。
 彼女がデザインした服を多くの人が求めてくれるのは嬉しい。
 だが、そのために作り手たちが倒れてしまっては本末転倒だ。

「……アレックス様。やはり、受注を制限するしか……」

「却下だ。需要があるのに供給を止めるのは、機会損失以外の何物でもない」

 視察に来たアレックスは、混乱する作業場を冷静に見渡した。
 彼の目は、個々の職人の動きを冷徹に分析していた。

「見てみろ。あのベテラン職人は、今何をしている?」

「えっと……、ボタンを付けていますね」

「その隣の若手は?」

「襟の形がうまくいかなくて、何度も縫い直しています」

 アレックスは「非効率だ」と吐き捨てた。

「職人一人一人が、一着の服を最初から最後まで(裁断、縫製、仕上げ)担当している。これでは、熟練工が簡単なボタン付けに時間を取られ、新人は難しい襟付けで躓いて全体が止まる。……ボトルネックだらけだ」

 彼は手を叩き、全員の作業を止めさせた。

「全員、手を止めろ。これより、生産システムを根本から書き換える」

 アレックスが提案したのは、常識を覆すシステムだった。

「これより分業制を導入する」

 彼は黒板に工場のレイアウト図を描いた。

「A班は生地の裁断のみを行う。B班は袖の縫製のみ。C班は襟付けのみ。D班はボタン付けのみだ。……一人が一着を作るのではない。全員でバケツリレーのように服を完成させるのだ」

 職人たちがざわめいた。
 一人の老職人が、怒りを露わにして進み出た。

「公爵様! 我々は誇りある仕立て屋です! 袖だけを縫い続ける機械になれとおっしゃるのですか! 自分の手で一着を仕上げてこその職人でしょう!」

 他の職人たちも頷く。

 「服への冒涜だ」

「そんなのは職人の仕事じゃない」

 険悪な空気の中、アレックスは冷ややかに言い放った。

「誇り? 君たちのその誇りのせいで、客を何ヶ月も待たせているのが現状だ。顧客が求めているのは、君が苦労して作ったという物語ではない。質の良い服だ」

「ぐっ……」

「それに、同じ作業を繰り返せば、習熟曲線(ラーニングカーブ)は劇的に上昇する。袖だけを縫い続ければ、君は世界一速く美しく袖を縫う、袖のスペシャリストになる。……違うか?」

 論理は完璧だ。
 だが、職人たちの感情が追いついていない。

 反発がくすぶる中、ソフィアが静かに口を開いた。

「あの……、私からも、お願いがあります」

 彼女は職人たちの前に立った。

「皆様の技術が素晴らしいことは、私が一番よく知っています。だからこそ、その技術を独り占めしないでいただきたいのです」

「独り占め……?」

 ソフィアは、工場の隅で雑用をしていた見習いの少年たちを手招きした。

「彼らはまだ、難しい襟付けはできません。でも、ボタン付けならできます。分業にすれば、彼らも服作りの重要な戦力になれるのです」

 彼女は老職人の目を見て、真摯に訴えた。

「一人がすべてを抱え込むのではなく、得意な部分を分け合い、助け合う。それはまるで、オーケストラの演奏のようです。……皆様の手で、最高のハーモニーを奏でてはいただけませんか?」

 機械の一部ではなく、オーケストラの一員。
 その言葉に、職人たちの強張った表情が和らいだ。

「……オーケストラ、か。ソフィアお嬢様にそう言われちゃあな」

「ふん。俺の世界一の袖を見せてやるよ」

 こうして、工場のレイアウトが変更され、ライン生産方式の作業が始まった。

 その結果は劇的だった。

 作業スピードは三倍以上に跳ね上がり、品質のバラつきもなくなった。
 単純作業を新人に任せることで、ベテランは高度な縫製に集中でき、疲労も軽減された。
 何より、多くの失業者がボタン付け担当、梱包担当として新たに雇用された。

「すごい……! どんどん服が出来上がっていきます!」

 山積みだった注文が消化されていく様子を見て、ソフィアは目を輝かせた。
 アレックスは満足げに頷いた。

「これがライン化の威力だ。組織の再構築の重要性を、改めて学ぶことができたな」

 彼は忙しく立ち働く労働者たちを眺め、ふとソフィアに言った。

「だが、このシステムを稼働させたのは、私の論理だけではない」

「え?」

「私の理論は、彼らにとっては冷たい命令だった。それを君が協力という温かい言葉に翻訳したからこそ、彼らは納得して動いたんだ」

 アレックスは珍しく素直に称賛した。

「君は優秀な指揮者だ。……私という偏屈な楽器さえも、手懐けているからな」

「ふふっ。アレックス様は、とてもいい音色が出る楽器ですよ? 少し扱いが難しいだけで」

 二人は顔を見合わせて微笑んだ。
 工場のリズミカルなミシンの音が、まるで未来への行進曲のように響いていた。
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