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第3話:熱を失った妻の心
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アーサーは、自分の快楽を満たすことが最優先であり、妻の努力や献身は「伯爵夫人なのだから、僕のために尽くすのは当然」と思い込んでいる。
彼の頭の中では、妻が働き、自分が遊ぶことは何の矛盾もしていないのだ。
「早くそのサンプルを渡してよ。僕はシャワーを浴びて少し眠るから。納品書と成分表の作成も、君の方で終わらせておいてよね」
急かすように差し出されたアーサーの手。
クロエは、その手を見つめた。
今までなら、ここで「その匂いは何ですか」と問い詰め、涙ながらに抗議していただろう。
しかし、過去に何度か彼を責めた時のことを思い出す。
アーサーは決して自分の非を認めなかった。
『君が事業を成功させたいって言ったんじゃないか』
『僕の重圧を少しでも理解しているのか? 息抜きくらいさせてくれよ』
そうやって、最終的にはすべてをクロエの責任にすり替えてくるだけだった。
不毛だ。
底なし沼のように体力を奪われるそのやり取りに、今のクロエにはもう、立ち向かうだけのエネルギーは残っていなかった。
(ああ……、そうですか)
徹夜で擦り切れた体と心に、その下品な香水の匂いが重くのしかかる。
クロエの胸の内で、燃え上がりかけた怒りの炎が、急速に酸素を失って鎮火していくのを感じた。
怒りよりも先に、深い、泥のような疲労感と徒労感が沈殿していく。
この男は、クロエの痛みなど永遠に理解しない。
彼女の献身を、自分の足元を飾る絨毯くらいにしか思っていないのだ。
「……わかりました」
クロエは小さく息を吐き出し、自らの唇に完璧な微笑みを貼り付けた。
心の中にあったアーサーへの愛情、そして、いつか分かってくれるはずという淡い期待が、スッと音を立てて凍りついた瞬間だった。
「お疲れ様でございました。サンプルは後ほど、執務室にお持ちいたします。どうぞ、ごゆっくりお休みくださいませ」
静かな、淀みのない丁寧語。
それは妻としての愛ある言葉ではなく、単なる機械的な応答に過ぎなかったが、アーサーがそれに気づくはずもなかった。
「うん、ありがとう。やっぱりクロエはよくできた妻だよ。僕、君に頼ってるからね」
無邪気で残酷な笑顔を浮かべ、アーサーはクロエの肩を軽く叩くと、足取り軽く工房を出て行った。
バタン、と扉が閉まる。
残されたクロエは、微かに肩に付着した俗悪な香水の匂いを、手で払うことすらしなかった。
ただ、冷え切った翡翠の瞳で、閉じられた扉を静かに見つめ続けていた。
彼女の心はすでに、一切の熱を失っていた。
彼の頭の中では、妻が働き、自分が遊ぶことは何の矛盾もしていないのだ。
「早くそのサンプルを渡してよ。僕はシャワーを浴びて少し眠るから。納品書と成分表の作成も、君の方で終わらせておいてよね」
急かすように差し出されたアーサーの手。
クロエは、その手を見つめた。
今までなら、ここで「その匂いは何ですか」と問い詰め、涙ながらに抗議していただろう。
しかし、過去に何度か彼を責めた時のことを思い出す。
アーサーは決して自分の非を認めなかった。
『君が事業を成功させたいって言ったんじゃないか』
『僕の重圧を少しでも理解しているのか? 息抜きくらいさせてくれよ』
そうやって、最終的にはすべてをクロエの責任にすり替えてくるだけだった。
不毛だ。
底なし沼のように体力を奪われるそのやり取りに、今のクロエにはもう、立ち向かうだけのエネルギーは残っていなかった。
(ああ……、そうですか)
徹夜で擦り切れた体と心に、その下品な香水の匂いが重くのしかかる。
クロエの胸の内で、燃え上がりかけた怒りの炎が、急速に酸素を失って鎮火していくのを感じた。
怒りよりも先に、深い、泥のような疲労感と徒労感が沈殿していく。
この男は、クロエの痛みなど永遠に理解しない。
彼女の献身を、自分の足元を飾る絨毯くらいにしか思っていないのだ。
「……わかりました」
クロエは小さく息を吐き出し、自らの唇に完璧な微笑みを貼り付けた。
心の中にあったアーサーへの愛情、そして、いつか分かってくれるはずという淡い期待が、スッと音を立てて凍りついた瞬間だった。
「お疲れ様でございました。サンプルは後ほど、執務室にお持ちいたします。どうぞ、ごゆっくりお休みくださいませ」
静かな、淀みのない丁寧語。
それは妻としての愛ある言葉ではなく、単なる機械的な応答に過ぎなかったが、アーサーがそれに気づくはずもなかった。
「うん、ありがとう。やっぱりクロエはよくできた妻だよ。僕、君に頼ってるからね」
無邪気で残酷な笑顔を浮かべ、アーサーはクロエの肩を軽く叩くと、足取り軽く工房を出て行った。
バタン、と扉が閉まる。
残されたクロエは、微かに肩に付着した俗悪な香水の匂いを、手で払うことすらしなかった。
ただ、冷え切った翡翠の瞳で、閉じられた扉を静かに見つめ続けていた。
彼女の心はすでに、一切の熱を失っていた。
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