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その後の彼ら。
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しおりを挟むある日、リリアが寮から学舎に向かうと、その、特定の面子が1人も来ていなかった。異変といえばそれだけのこと。
───潮時ね
リリアは舌打ちした。なんとなく感覚でわかる。最早学生ごっこをしている場合ではない。一刻も早く逃げ出さなくては。いつトカゲの尻尾切りに遭ってもいいよう、所持金を隠している場所がある。そこにさえ辿り付ければ、後は乗り合い馬車にでも乗って遠くに逃げられるはず。
素早く踵を返したリリアだったが、直後、ギクリとして立ち止まざるを得なかった。
優しく、甘く、美しく微笑むシェノローラ第一王女が立っていた。
「貴女がリリア様ね?」
人違いです、と言ったところで意味は無いだろう。シェノローラ第一王女の瞳は明らかに確信を得ている。リリアはすかさず制服のスカートの両裾を掴み、片足を少しだけ後ろへ引いて深々と背中からお辞儀をする。
「───シェノローラ第一王女殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう。わたくしのような者の愛称を口にして頂けるなど恐れ多いことでございます」
「あら、愛称なの?てっきり、本名かと思ったのだけれど」
体が強ばりそうになる。相手が何をどこまで把握しているのか、わからない今、動揺だけはしてはいけないと己を叱咤する。
「───申し遅れました。サルベール男爵家の長女、リーリアティ・サルベールでございます。親しい者からはリリアと」
「ねぇ、リリア様。貴女がグレイルを好きって、本当?」
まるで幼い子供に問いかけるかのような声音がリリアの耳を滑る。深く頭を垂れたままのリリアから、シェノローラ第一王女の表情は窺えない。それでも、殺気に似た捕食者の視線を肌で感じたリリアは、浅く息を吸う。
「憧れを口にしたところ、誇張されて噂が広まったようです。全てわたくしの軽率さが招いた誤解でございます。お騒がせして誠に申し訳ございません」
「───ほんとうに?」
どうすれば納得して貰えるのか。相手が子供の無邪気さを装うなら、こちらも本音をぶちまけるしかないだろう。リリアは覚悟を決めた。頭を上げていいとは言われていないが、本音を真っ直ぐぶつける為には目を合わせて言った方がいいと、背筋を伸ばす。
「失礼を承知で申し上げますと、あのように高貴で美しい男性に憧れはしますが、近くにいられると息が詰まりそうです。遠くから観賞したいです」
「───かんしょう?」
「ええ。演劇観賞の末端席のように、オペラグラスが必要な距離で眺めて、目の保養にしたい。近いと毒にしかならなそうで恐ろしいです」
これこそがリリアの本音だ。あんな美形は心臓に悪いから近寄らないで欲しい。
「貴女、面白いわ。ふふ、グレイルに引き渡そうと思っていたけれど気が変わったわ」
シェノローラ第一王女は、コロコロと笑いだした。リリアは呆気にとられつつ、聞こえてしまった名前に顔を引き攣らせる。
「───グレイル様に引き渡された場合、わたくしはどうなっていたのでしょう?」
「どうかしら。───隠しているつもりのようだけど、彼って拷問や毒薬を用いた人体実験が趣味なの。未だに気づかれてないと思っているのよ。相手に執着しているのは彼だけじゃないのに、可愛いでしょう?」
ほんのり頬を赤く染める様は可愛らしい王女だ。発言の全体としては惚気である。やたらと物騒な単語が混じっていることに目を瞑れば耐えられそうだ。
既に授業が始まっている時間帯の校舎入口に人の気配はない。恐怖しか覚えない惚気を聞いたのはリリアだけらしい。───あるいは、最初から人払いをされているのか。
「わたくしを、どうなさるおつもりですか」
ふむ、とシェノローラ第一王女は小さく頷いた。
「まず、“彼ら”の実家は国家機密漏洩の罪にて法律に基づいた罰を受けるわ。自身の家の人間を管理できなかった罪を問われて当主は交代でしょうね。貴方が聞きたいのは、このような大枠?それとも“彼ら”の行く末?」
彼ら。それが誰のことなのか、わからないリリアではない。リリアが巻き込んだ人達だ。リリアの手口に引っかからない人も多数いる中、彼らはリリアの甘言に溺れることを選んだ。自業自得だろうと思っている。驚くほど良心は痛まない。リリアは自身が人間として欠けているのを自覚して、小さく息を吐く。
「彼らも私も自業自得でしょう」
「───サルベール男爵は国内外問わず、お金と引き換えに情報を横流ししていたようね。結果、第四王子の同行する遠征の際、人為的に橋が崩落されるなどの暗殺行為が起きているわ。元凶として死は免れない。そして貴女、リーリアティ・サルベールは身内としてサルベール男爵と連座でしょう」
「さようですか」
衣食住に困らない生活がしたいというのがリリアの夢で、腹を満たすのに残飯を漁った幼少期とリリアの行動原理は変わっていない。むしろそれ以外に望むものなどないので、報いを受ける分には怖くない。
彼らは、リーリアティ・サルベールを恨むだろう。死んだ方が報復を受ける心配をしなくて済むし、楽かもしれない。そんな甘い考えを軽やかな声が遮った。
「リーリアティは死刑でも、リリアは別よ?」
「───それは一体」
簡単には死なせてあげない。
シェノローラ第一王女は艶然と微笑んだ。
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